言の葉の涯

2026-04-26
『別れたんだった』

「凄く景色が綺麗だった」と文字を打って
撮った写真を送りそうになったのだけれど。

あぶね、別れたんだった。

久しぶりに仕事が休みになった僕と友達は
レンタカーをして、少し遠くへと旅に出た。

山奥、もう時刻は17時を過ぎていて
辺りは薄暗くて不安に苛まれるけれど。

スピーカーで流していた『女々しくて』が
その雰囲気をぶち壊して、怖さはなかった。

「愛情ってゆーか、ただ君が欲しい」と
友達は運転をしながら大声で歌い始める。

その曲が流れ終わる頃には山から抜けていて
田んぼと川が見える道を真っ直ぐ進んでいた。

「ちょっと停めて」と僕は言った。

さっき通ってきた道が真っ直ぐ伸びていて
その両端に田んぼがずらっと広がっている。

先には山の間から見える太陽が輝いていて
「ちょっと降りる」と言って僕は車を降り
道路の真ん中に立って、その光景を撮った。

そして車に戻って、「よし行こう」と伝え
車に揺られながら撮った写真を眺めていた。

もう、日常の一部と化していたのだろう。

「凄く景色が綺麗だった」と文字を打って
写真も添付して彼女に送ろうと思ったけど。

「お前、写真を撮ってどうするつもりなの」
「彼女と別れたばっかりだし誰に見せるの」
運転している友達は、何気なくそう言った。

あぶね、別れたんだった。

「おい、ありがとう。送りそうだった」
僕は笑って、友達の肩を冗談ぽく突く。

スマホに表示された送信を押すことはなく
打った文字を1つずつ消して写真も消した。

彼女から「今日会える?」と連絡が来ていて
「いいよ、10時に会おう」と僕が返信した
履歴だけがそこには残されていて、思い出す。

その日、10時に彼女の家で会って
もう好いていないことを教えてくれ
別れてしまったことを断片的にふと。

「嫌だ」と言えそうになかった。
だってもう、好意は感じないし。

「見ろよ、あれ」と友達が話しかけてくる。
視線の先には夕焼けがあって、凄く美しい。

また写真を撮った。
送る相手はいない。

車に揺られながら写真を見返していると
上のほうには彼女との写真が残っている。

写真だけではなく、動画も残っていて
僕は再生ボタンを容赦なく押していた。

スピーカーから流れていた音楽が止まり
動画から発せられる音声が車内を満たす。

「私ね、君と色んな景色を見たいの」
彼女の声が聞こえてきたかと思えば。

「そうだね、僕も一緒に見たいな」
過去の自分の声が、聞こえてくる。

もう、このときの記憶はない。

「なんだよそれ、後で見せろよ」と友達が言う。
「もう消すから無理」と言って、動画を消した。

消してから動画の記憶が
幾つか蘇ってくるけれど。

もう。

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