言の葉の涯

2026-04-29
『過去の人』

あなたに忘れられない人がいること
なんとなくだけど分かってはいるの。

性別とか年齢とか関係性とかまで
分かっているわけではないけれど。

あなたの視線の先には私でなく
他の誰かが映っている気がして。

嫉妬していないと言えば嘘になる。

「何を考えているの」と訊ねたくても
きっと笑って誤魔化されてしまうから。

あなたの視線の先に映る人のことをまだ
私は何も知らない、知らなくてもいいね。

手を握られた。

夏祭りの会場、人混みで迷わないよう
ぎゅっと握られた手から体温を感じる。

過去に、誰かと繋いでいた手を
今、私と繋ぎ合っているこの手。

少しだけ、強く握り返してみると
私のほうを見てきて、目が合った。

微笑んで、何も言わずに前を向いて
またあなたは歩みを進めていくから。

離れないようにぎゅっと掴んだ手。
あなたではない人の体温も感じる。

きっとそれは、あなたが忘れられない人で
今のあなたを形成してくれた人だけの体温。

私よりも遥かに温かさがあって
勝手に敗北した気になるけれど。

手を引っ張られた。

考え事をしていた私は注意散漫になっていて
目の前から歩いてくる男の子に気付いてなく。

あなたが手を引っ張ってくれたおかげで
男の子が持つかき氷とぶつかることなく。

近くなった、距離。

出店の匂いで気付かなかったのだけど
あなたは私があげた香水を付けていた。

「付けた」と言われてなかったから余計に
密かに付けていたあなたを想像してしまう。

「香水付けた?いい匂いがする」
あなたに近付いて、話しかけた。

「ん?」と聞き返してきたのだけど
「うん、付けてみた」と言っている。

横から女の子が走ってきて危ないけど
あなたはまた、手を引っ張ってくれた。

気付けば、会場から少し遠のいていて
人混みと言うほどの場所ではなかった。

花火が上がった。

久しく見ていなかった花火は相も変わらず
子供の頃に見た美しさを保ったままだった。

あなたも花火を眺めていて
目の奥に花火が反射してる。

「ん?」と言って私のほうを見てきたあなたは
「花火見なよ」と微笑んで、また花火を眺めた。

花火を眺めているとき、誰を思っているのだろう。
忘れられない人と見た記憶が蘇っている気がして。

ふと、香水の匂いがした。

繋いでいた手を少しだけ
あなたが緩めた気がした。

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