言の葉の涯

2026-05-02
『指輪が外れた』

「別れって悲しいことだけではなくて」
「成長するために必要なことだと思う」

ふと、声が聞こえてきた。

振り返ると同じバス停で待っていた
女子中学生がひそひそと話している。

目が合い、少し口角を上げて
また前を向いてバスを待った。

「あんたの彼氏は確かにクズだったけれど」
「幸せな思い出を作ったのも事実でしょ?」

中学生らしからぬ言葉遣いで
失恋をした女子に話している。

「そうなの。幸せだった、別れたくなかった」
そう言って、鼻を啜る音が後ろから聞こえる。

「勿論、別れは辛いと思うわ」
「だって距離が離れてしまう」
「でも、必要なことだと思う」

慰めているときの声と少し違っていて
どこか力んだ声のように聞こえてきた。

カラン、と音が鳴った。

前のほうに並んでいた女子高生の指輪が
指から外れて地面へ落ちてしまっている。

「これ、彼氏から貰ったやつなんだけど」
「サイズも合ってなくて嫌になっちゃう」
「でも、私を思ってくれてるってことね」

女子高生はもう1人にそう話していて
「愛されてていいな」と言われていた。

バスが着いた。

僕は前のほうへ行って席に座り
スマホを鞄から出して見つめる。

通知は1件もなく、誰からも愛されないようで
悲しくて、でも、もはや感情を抱くことはない。

1年前に失恋をした。

このバス停から2つ前のバス停で
当時、大好きだった人に告白した。

3年間同じクラスで、それなりに仲も良くて
同じバイトで時間帯が被ることもあったから
心惹かれてしまうのは時間の問題でもあった。

「好きです。付き合ってください」
高校3年生の秋、思いをぶつけた。

夕方、太陽が沈んでいくのを眺めながら
その人がどの選択をするのか待ったけど。

「ごめんなさい」

その言葉だけが返ってきて、到着したバスに
そそくさと乗って行ってしまい、僕は佇んだ。

伝えなければならないほど大きかった好意も
伝えてしまえば日に日に萎んでいってしまい。

今はもう、好きとかは思わない。
その人は県外の大学に進学した。

「いつか、この別れも笑い話になるかな」
さっきの女子中学生の声が聞こえてくる。

「これまでに別れる危機とかなかったの?」
女子高生の声も被さるように聞こえてくる。

「いずれ別れるんだし、楽しめば良くない?」
「別れる危機とかありまくり、分かるでしょ」

女子高生はゲラゲラと笑いながら話していて
見かねたのか運転手がマイクで咳払いをした。

カラン、と音が鳴った。

また女子高生の指輪が落ちてしまい
僕の足元まで転がってきてしまった。

「お兄さん、その指輪拾ってもらえますか」
女子高生が話しかけてきて、それを拾った。

「サイズが合わないんじゃないですか」
そう言いながら、女子高生に返すけど。

「彼氏に貰ったんですよ。サイズとか関係ない」
満面の笑みでこちらを見てくるから目を逸らす。

「そうなんすね」と言い残して
スマホのほうへと視線を戻した。

小指に嵌めていた指輪が輝いていて
クルクルと回して、1度だけ外した。

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