ラブ・ミッション・デッドライン〜祠を壊した俺たちが、男同士で愛を誓うまで〜

 陽向はみかんを剥いて、涼太に食べさせた。ニコニコ笑顔の彼は、幸せそうに陽向を抱きしめる。
 陽向は涼太の言葉に悪態をついているが、耳まで真っ赤に染まっていた。その様子を見て、涼太は自然と笑顔になった。

 左耳のホクロを見つめ、優しく微笑んだ。指でなぞると、小さく体を震わせていた。
 涼太は、異界での視界が遮られた時のことを思い出していた。あの時は、絶望が大きかった。

 大好きな陽向の笑顔を見ることができない。それが彼にとっては、何よりも変え難い苦痛であった。
 見て触れることができるのが、何よりの幸せであった。陽向の首に顔を埋めると、涼太の吐息がくすぐったいようだった。
 お互いにつけているネックレスが、目に入ってきた。それが嬉しくて、顔の緩んでしまう。

「あれ? これは?」
「欲しけりゃやる」
「なるほどな〜なんだろうな〜マフラー! 一生大事にする。可愛いな〜お前と一緒で」
「うるせーよ」
「有難く使わせてもらう。どうだ、暖かいだろ」
「ああ、悪くないな」

 涼太はベッドの脇に、見たこともない小包を見つけた。綺麗にラッピングされており、気になった。
 陽向は顔を真っ赤にしつつ、ぶっきらぼうに答えた。涼太は優しく微笑みながら、綺麗に中身を取り出した。
 黄色の手編みのマフラーが入っており、幸せそうに微笑んだ。陽向の香りがして、涼太は胸の奥が熱くなった。

 陽向は顔を真っ赤にしながらも、涼太の方を向いた。胸に顔を埋め、深呼吸した。
 涼太は微笑みながら、二人の首に一緒に巻き付けた。彼の腰を抱き寄せ、向かい合った。

「あの時の汚い字のノートも、俺にとっては最高のプレゼントだったけどな」
「うっせ……」
「あはは、すまん」
「来年も、その次も……ずっと、こうして祝ってやらないこともない」
「プロポーズだな。一生、離さない……幸せすぎて、怖いぐらいだ」
「勝手にしろ……りょた」

 涼太は陽向を抱きしめ、穏やかに微笑んだ。揶揄っていたが、その表情には小馬鹿にするニュアンスはなかった。
 大切な宝物を扱うように、彼を抱き寄せた。陽向は上目遣いで、潤んだ瞳を浮かべている。

 涼太は生唾を飲み込み、陽向の髪を撫でている。異界での目隠しの時のことを思い出し、真面目な顔になった。
 左耳のホクロを触ると、彼の体はビクンと震えた。静かに目を閉じると、涼太はさらに体を寄せた。

 陽向は全身を預け、静かに唇が重なった。除夜の鐘が鳴り響き、遠くからは家族の笑い声が聞こえてきた。
 雪が降り始め、暖かい部屋の中。お互いの体温と見つめ合う瞳を、心ゆくまで堪能した。

「陽向! ちょっと待って」
「どうした」
「紐、解けてるぞ」
「おうっ」
「二人とも〜今日もイチャついてるね〜」

 一月中旬、陽向のサッカーの試合当日。陽向たちが、グラウンドに向かおうとした。
 涼太が声をかけると、陽向は振り返った。涼太は駆け寄り、足元にしゃがみ込んだ。

 スパイクの靴紐が、解けていたからだ。その光景を見つめ、陽向は嬉しそうに頬を掻いていた。
 今日も、二人の世界に入り込める者はいない。サッカー部だけではなく、学校中が受け入れていた。

 二人が知らないところで、完全にカップル認定されていたからだ。佐伯でなくても、分かるぐらいの距離感だった。
 二人が微笑み合っていると、そこに当たり前のように佐伯がやってきた。ニヤニヤしており、悪霊もいるような気がした。

「……よしっ、出来たぞ」
「さんきゅ」
「少しは驚いてよ」
「あのクソみたいな世界で慣れた」
「確かにな。今更、驚かない」
「ちぇ、つまんない」

 涼太は佐伯を無視して、陽向の頭を撫でた。顔を真っ赤に染めて、少しだけ素直にお礼を告げる。
 そんな二人を見て佐伯は頬を膨らませて、不貞腐れている。陽向が悟りを開いたような瞳で答えると、涼太は何度も頷いていた。
 佐伯は構って欲しかったようで、腕を組んでいた。その光景を見ているサッカー部の部員たちは、呆れてため息をついていた。

「陽向っ!」
「おうっ!」

 試合が始まり、涼太は大声で応援した。他の声援に負けていたが、陽向には涼太の声のみが聞こえていた。
 ピッチを駆けるたび、足元からはザッ、ザッと芝生を力強く薙ぎ払う音が響く。

 ――負けてたまるか。涼太が選んでくれたスパイクを、汚すわけにはいかないんだ。

 踏みしめるたびに伝わる大地からの振動。まるで涼太の手のひらに背中を支えられているような、そんな不思議な安心感を与えてくれた。
 全力で踏み込んだ瞬間、足元で芝生が弾ける音がした。涼太がくれたこの一足なら、どんなに深い泥濘《ぬかるみ》だって突き抜けていける気がした。

 ガリガリと硬い音を立てて芝を削る。そのリズムは、スタンドで見守る涼太の鼓動とシンクロしているようだ。
 彼の心臓は、さらに熱く脈打った。冷たく澄んだ冬の空気の中に、芝生を蹴り飛ばす硬い音が乾いて響いた。

 吐き出す息は白く、心臓の音だけがうるさいほどに耳の奥で鳴っている。一歩踏み出すたびに、視界の端で朱色が躍る。
 ザッ! と土を払う音が、心地よかった。あの日、涼太からもらった情熱そのものになったかのような錯覚に陥った。

「ふう……うっ」
「陽向……」

 最後のホイッスルが鳴り響き、陽向たちの冬が終わった。泥にまみれ、芝生に膝をつく陽向。
 涼太から贈られた朱色のスパイクだけは、誇らしげに冬の夕日を跳ね返して輝いている。

 スタンドで見守る涼太は、不安でいっぱいになった。泣き出してしまうじゃないかと、飛び出すために立ち上がった。
 悔し涙を流すチームメイトの中で、陽向だけは晴れやかな顔をしている。涼太だけは、その表情に見惚れてしまった。
 胸の奥が熱くなり、寒いはずなのに全身が暖かい。そんな妙な感覚に包まれて、優しい気持ちになった。

「お前のプレゼントが、俺の背中を押してくれた。負けたけど、最高に楽しかった」
「また次の試合があるだろ。俺がずっと、一番近くで見ててやるから」
「さんきゅ」
「おうよっ!」

 二人での帰り道、どちらからともなく手を繋いだ。負けて悔しいはずだが、陽向の表情は晴れ晴れしていた。
 涼太という最高の彼氏が、隣で笑ってくれる。それが本当に心強く感じ、胸の奥が熱くなった。

 涼太が陽向の左耳元のホクロに軽く触れ、涼太の指先は少し震えていた。
 陽向は静かに背伸びをし、涼太が体を支えた。二人の影が静かに重なり、永遠に一つになる。
 夕日が差し込んで、二人を照らしてくれた。お互いに微笑み合い、抱きしめ合った。