ラブ・ミッション・デッドライン〜祠を壊した俺たちが、男同士で愛を誓うまで〜

 涼太は目が見えないが、陽向の小さな悲鳴を聞き逃さなかった。感覚を研ぎ澄ませて助けようともがいていた。
 陽向は必死に声を出そうとしたが、無理だった。体が空中にあり、足が床についていない。

 何がなんだが、分からずにパニックになっている。涼太が自分の名前を呼び、右往左往している。
 その姿を見て、胸の奥が痛くなってきた。大丈夫だと告げたいが、何もできない。

 必死に両手両足を動かすが、その抵抗は虚しく崩れ落ちた。体が鉛のようになっており、悲鳴にも似た声を出すのが精一杯だった。

 ――涼太! 俺は大丈夫だから、動くなっ!

「ひなっ! 陽向!」
「涼太よ」
「その声は……観察する影か!」
「いかにも。この者を助けたいのであろう」
「当たり前だろ! 陽向を離せっ!」
「うう! うう!」

 涼太は取り乱しているが、その場からは動かない。どこに階段があるかも、段差があるかも分からないからだ。
 涼太の半歩後ろには、階段がある。少しでも動かせば、絶望的な状況になってしまう。

 迂闊には動けないため、大声を出すことしかできない。陽向がそこでいるのは、熱で理解できた。
 動いている様子が分かるため、人まずは安心している。今まで実力行使に出ていないが、何をするのか分からない。

 直接的な危害を加えてきても、不思議はない。寧ろないものだと、完全安全なものだと安心していたのか。
 目が見えないというのは、かなり辛いものである。しかしそれ以上に、陽向を失うほうがよっぽど辛いのである。

 泣きそうになったが、陽向も辛いだろう。どのような状況なのか、理解できない。
 熱は確認できるが、無事であるとは確証が持てない。悪い方向に考えていると、観察する影に声をかけられた。

 無機質な機械で音を変えたような不気味な声。見えないとそれがさらに、顕著に出てしまう。
 何を企んでいるのか、何をさせようとしているのか。それは全くもって、理解することはできない。

 しかし一つだけは、はっきりしていた。涼太は陽向を守りたいが、それができない歯痒さだけが残っていた。
 大きな声を出して、威嚇することしかできない。陽向が何か叫んでいるようだが、うめき声としか認識できない。

 ――涼太! 後ろに下がるな! 危ない!

 涼太は興奮のあまり、階段を踏み外しそうになっていた。陽向は必死に伝えようとするが、その想いは届かない。

「この者を助けたいのなら、真の意味で体を預けるのだ」
「何言ってんだ! いいから! 陽向を離しやがれっ!」
「ううっ! ああっ!」
「陽向!」
「助けたいのならば、言葉の意味を考えるのだ。答えは、最初に提示してあるぞ」
「最初……ミッションの紙か? なんて、書いてあったか……ダメだ……噛んでいる光景しか、思い浮かばない」

 観察する影は、意味深なことを呟いた。涼太は意味が分からずに、首を傾げていた。
 一歩前に出たが、危ない状況なのは変わらない。陽向は必至で伝えようとするが、涼太には何を言いたいのか理解できない。

 何かされたのかと、本気で心配している。観察する影は、気にせずに謎を解く糸口を提示する。
 涼太の脳内には、陽向が噛んでいたという記憶しかなかった。肝心のミッションの内容までは、覚えていなかった。

「ううっ! ああっ!」
「なんだっけか……思い出せない」
「んんっ!」
「陽向っ! 俺はお前がいないとダメなんだっ! 解けたっ!」

 陽向は観察する影の言いたいことを、考えていた。涼太の顔を見つめ、思考を巡らせた。
 ミッションクリアの条件は、涼太が陽向への絶対的な信頼を口にすること。

 覚えてはいなかったが、陽向の悲鳴が聞こえてきた。居ても立っても居られずに、涼太は咄嗟に声が出ていた。
 本気で陽向への熱い想いを口にすると、布がハラリと解けた。暴力的なまでの光が、視界に飛び込んできた。
 徐々に見えるようになり、陽向の顔を半日ぶりに見ることができた。満面の笑みの涼太を見つめ、陽向は顔が真っ赤になっていた。

「あっ、うわっ!」
「陽向っ! 危ないっ!」
「はあ……はあ……りょた」
「陽向! はあ……よかった……ふう……間一髪、間に合った」

 その数秒後、陽向を縛っていた煙が姿を消した。観察する影もいなくなっており、跡形もなくなっていた。
 陽向の体は、糸が切れた人形のように放り出された。涼太は一瞬、血の気が引き青白い顔になった。

 我に返り、必死に走り出した。途中で転びそうになったが、間一髪で受け止めることができた。
 涼太は陽向を強く抱きしめ、胸を撫で下ろした。お姫様抱っこの形になり、陽向は彼の胸に顔を埋めた。

 涼太はその場に座り込み、強く抱きしめた。自分の腕の中で震える陽向のおでこに、彼は静かにキスした。
 陽向は顔を真っ赤に染めて、涼太の香りを堪能した。お互いに潤んだ瞳で、相手を見つめた。

 ――涼太……俺も、お前がいないと……生きていけない。

 彼の腕の中で、陽向は静かに泣いた。声を押し殺し、悟られたくなかった。
 彼は泣いていることに気がついていたが、何も言わずにいた。優しく頭と背中を撫で、慈しむように抱きしめた。

「陽向、腹減った」
「……なあ、涼太」
「ん? なんだ」
「俺がずっと、そばにいてやるからっ」
「守ってやりたかったのに、結局俺はお前に守られてばかりだ」

 二人はお互いの体温と、優しい瞳を感じ合った。満足すると、肩を組みながらキッチンへと向かう。
 涼太はいつも以上に、神経をすり減らした。お腹が鳴りそうになったため、急いでいた。

 そこで陽向は精一杯の勇気を振り絞り、声をかけた。少しだけ声が上擦り、吃ってしまった。
 それでも彼の想いは、涼太に痛いほど伝わった。陽向の腕に抱きつき、少しだけ悲しそうに微笑んだ。

「……い、いつだって! 守ってやるよ! ったく、世話の焼ける」
「まあ、このノートは使えそうにないけど」
「どうせ、俺は字が下手だよ!」
「まあ、このままでいいぞ。だって、俺がお前の分まで字を書くのを上手くなればいいし」
「……っつ! か、勝手にしろ」
「はーい」

 陽向は悪態をつき、腰に両腕を置いた。偉そうにしていたが、耳は真っ赤だった。
 悪態をついてはいるが、嬉しそうにしている。その様子を見つめ、涼太は揶揄っていた。

 だけどその顔は、笑顔だった。陽向は不貞腐れて、口を尖らせていた。
 それでも嬉しそうに、口元が綻んでいた。涼太の発言に、全身を熱くしていた。

 ――こいつは……あんまり、無意味に期待させんなよ。だけど、こいつの笑顔が見られてよかった。

「ふ〜ふふんっ」
「美味そうな匂い……楽しそうだ」

 キッチンに向かい、いつものように陽向の料理風景を見つめていた。鼻歌交じりで料理する姿は、本当に楽しそうだ。
 顔を赤らめて、穴が空くほど凝視している。心臓の鼓動が高鳴り、呼吸することすらできない。
 涼太は今回の件で、陽向に対する感情が膨れ上がった。彼がいない生活なんて、意味なんてない。

 例えるならば、味噌の入っていない味噌汁のようだった。ルーの入っていないカレーでもいい。
 彼がいないと、生きていくことができない。食事は生きて行く上で、重要なことである。