陽向も緊張しているようで、生唾を飲み込んでいる。心配そうに、涼太の顔と周囲を見渡している。
その様子を遠巻きに見ている佐伯は、ニヤニヤしながら声をかけてきた。
涼太は咄嗟に陽向に抱きつき、低い声を出した。陽向の耳元だったため、顔を真っ赤に染めていた。
佐伯のことなど、眼中にない。その様子を見つめ、嬉しそうにその場を後にした。
「陽向以外はどうでもいい」
「……ったく、煽てても何も出ねーぞ! 今日は、肉にするかっ!」
「陽向最高! イケメン!」
「いやあ〜後三段で踊り場だぞ」
涼太は陽向の腕に抱きつき、極端な独占欲を浮き彫りにした。陽向は文句を言いつつも、嬉しそうだった。
顔を赤らめ、ニヤついている。涼太の腰に手を回し、昼間だが深夜テンションになっている。
涼太はさらに、褒め称えた。有頂天になり、テンションが異様に高くなった。
無事に教室に到着し、隣同士に座った。他の生徒たちもいるが、通常通りに無機質な笑みを浮かべている。
「……ここ大事」
「……なあ、陽向。何が書かれているんだ」
「数式だな……何かは、さっぱりだが」
「そうか……はあ」
「俺が全部書いてやるから。お前は座ってろ」
顔のない教師がやってきて、黒板に字を書き始めた。陽向は恐怖で震えており、声を出しそうになった。
隣に座る涼太は、不思議そうに首を傾げている。その様子を見て、何度も深呼吸をした。
――こいつのほうが、何百倍も怖いはずだ。俺は弱音を吐いて、どうする!
涼太に聞かれ、数式だと答えた。かなりの難問のため、陽向が答えられないのは当然のことだった。
大学入試レベルのもので、習っていない数式であった。涼太なら、解くことはできただろう。
しかし陽向には、暗号のように見えた。陽向の返答を聞き、涼太は諦めることにした。
どちらにせよ、この異界では数学を解けても意味はない。特に意味のないため息だったが、陽向はやる気を出した。
本来であれば、勉強は大の苦手である。高校生になった現在でも、九九も怪しいぐらいである。
受験やテスト前には、涼太の鬼の勉強合宿が開かれるぐらい。そのため、自発的にノートに字を書くことはない。
そんな陽向が自分のために、行動してくれる。そのことは嬉しくて、涼太は自然と嬉涙が溢れてきた。
次々と書かれては、消えていく黒板の文字。それを必死に写している音が、涼太の耳に入ってくる。
見えないが、かつてない集中力で向き合っている。そのことが音だけで、理解できて嬉しかった。
「んー……あえ? あ? うーん」
「大丈夫なのか」
「ああ、泥舟に乗ったつもりでな」
「溺れないようにな」
陽向は寝そうになりながらも、必死にノートに書いていた。涼太のためだと、何度も眠たい目を擦っている。
最初こそ、しっかりと書かれてあった。しかし次第に文字ではなく、ミミズが這った跡のようになっていた。
まるで呪いの呪文や、解読に数百年かかりそうな古代文字のようだ。必死に書き殴った文字は、もはや日本語の体を成していない。
うねる線、数学のはずなのにサッカーのフォーメーションが書かれてあった。
何故か最後に、力尽きたような謎の猫のイラストが描かれてあった。
涼太は内心、読めないんだろうなと察していた。それでも苦手なことを自分のために、頑張ってくれている。
そのことが何よりも嬉しいため、気長に待つことにした。愛おしい気持ちが膨らみ、自然と笑顔になった。
「……陽向、ちゃんと書けてるか? 無理しなくていいぞ」
「あったりまえだろ! 完璧だ。お前の参考書より分かりやすいぜ」
涼太は、陽向の様子が気になった。黙ってやっているが、それ以上の音が響いている。
貧乏ゆすりや、唸り声などだ。紙を引っ掻く音が、凄まじく轟音のように廊下まで響いている。
涼太は両耳を塞ぎ、陽向を見つめる。心拍数が上昇しており、かなり無理をしているみたい。
一文字も読めないことは、想像にお釣りが出る。それでも、自分のために頑張ってくれている。
その事実は嬉しいため、静かに見守ることにした。夢中になっている彼の制服をひっぱり、優しく微笑んだ。
熱量が高いため、気がついていない。それでも陽向の荒い息遣いや、シャーペンが紙を削るガリガリという音。
必死になった時に漂う、陽向特有の体温の香り。それが分かり、涼太は心から笑顔になった。
「あぁ、いいですね。知性の象徴だった涼太くんが、本能で動く陽向くんに魂の記録を委ねる。まさに情報の非対称性が生む愛……。あ、陽向くん、その漢字、書き順どころか部首が家出してますよ」
佐伯は教室の隅で、静かに黙々とノートに文字を書き記していた。その内容は、ここでは言えないようなものであった。
佐伯のペンは、もはや記録の域を超えていた。二人の密着度や吐息の間隔までも数値化し、妄想という名の劇薬を注ぎ込んでいく。
その目は、獲物を狙う悪霊よりもよっぽど据わっていた。そんな彼を、彼氏は横で見つめていた。
その間も、陽向は必死でメモを取っている。使い物にはならないが、涼太にはそんなことはどうでもよかった。
「いっつ」
「陽向、どうした! 何か……」
「大丈夫。授業中だろ、静かにな」
「珍しいな……いつもは率先して、煩いくせに」
「……うっせ」
涼太は見えないが、陽向の体温を観察していた。すると急に、陽向が小さい悲鳴を上げた。
心配そうに涼太も驚くが、陽向はなんでもないふりをした。そこで涼太の右手首にも、かなりの痛みが走った。
陽向の痛みは、涼太にも伝わるようになっている。そのことを思い出し、涼太は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
陽向の指には、ペンだこができていた。それだけでなく、手首が痙攣しそうになっていた。
灼熱の張りが刺さるような激痛だった。何度も泣きそうになりながら、陽向は手を動かしていた。
その痛みが、涼太にも伝わっていた。いつもは嫌々ながら、勉強をしていた。
異界に来て、勉強をしなくて済んでいる。そのことが嬉しいとさえ言っているが、涼太のために頑張っている。
相変わらず、ミミズの走ったような字であった。それでも、涼太にはかけがえない素晴らしい作品であろう。
「はあ〜なんとか、無事に」
「だな〜見られるようになったら、見せてな。ノート」
「ああ、もちろんだ。だから、早く見ろよな。ったく、世話の焼ける」
「あはは、すまんな〜」
「お前は、呑気だな……うわっ」
「おいっ! 陽向っ!」
「うっ! ううっ!」
授業が終わり、二人は部屋に戻ることにした。涼太は必要以上に、陽向の腕に抱きついていた。
お互いに心拍数が上昇しているが、そのことには触れない。涼太は軽い感じで、陽向に声をかけた。
彼は内心、その言葉に焦っていた。見せたら、確実に揶揄われるのが目に見えているからだ。
――早く見せたいな。だけどな……自分でも読めねーんだよな。はあ……どうしたものか。
それでも頼られるのが、本当に嬉しい。浮き足立ち、鼻歌混じりで歩いていた。
二人は軽口を叩き合い、笑顔で密着していた。陽向が呆れていると、急に足が滑ってしまった。
観察する影が、いつの間にか真横に立っていた。襲われてしまい、陽向は口元を紫の煙で覆われてしまった。
その様子を遠巻きに見ている佐伯は、ニヤニヤしながら声をかけてきた。
涼太は咄嗟に陽向に抱きつき、低い声を出した。陽向の耳元だったため、顔を真っ赤に染めていた。
佐伯のことなど、眼中にない。その様子を見つめ、嬉しそうにその場を後にした。
「陽向以外はどうでもいい」
「……ったく、煽てても何も出ねーぞ! 今日は、肉にするかっ!」
「陽向最高! イケメン!」
「いやあ〜後三段で踊り場だぞ」
涼太は陽向の腕に抱きつき、極端な独占欲を浮き彫りにした。陽向は文句を言いつつも、嬉しそうだった。
顔を赤らめ、ニヤついている。涼太の腰に手を回し、昼間だが深夜テンションになっている。
涼太はさらに、褒め称えた。有頂天になり、テンションが異様に高くなった。
無事に教室に到着し、隣同士に座った。他の生徒たちもいるが、通常通りに無機質な笑みを浮かべている。
「……ここ大事」
「……なあ、陽向。何が書かれているんだ」
「数式だな……何かは、さっぱりだが」
「そうか……はあ」
「俺が全部書いてやるから。お前は座ってろ」
顔のない教師がやってきて、黒板に字を書き始めた。陽向は恐怖で震えており、声を出しそうになった。
隣に座る涼太は、不思議そうに首を傾げている。その様子を見て、何度も深呼吸をした。
――こいつのほうが、何百倍も怖いはずだ。俺は弱音を吐いて、どうする!
涼太に聞かれ、数式だと答えた。かなりの難問のため、陽向が答えられないのは当然のことだった。
大学入試レベルのもので、習っていない数式であった。涼太なら、解くことはできただろう。
しかし陽向には、暗号のように見えた。陽向の返答を聞き、涼太は諦めることにした。
どちらにせよ、この異界では数学を解けても意味はない。特に意味のないため息だったが、陽向はやる気を出した。
本来であれば、勉強は大の苦手である。高校生になった現在でも、九九も怪しいぐらいである。
受験やテスト前には、涼太の鬼の勉強合宿が開かれるぐらい。そのため、自発的にノートに字を書くことはない。
そんな陽向が自分のために、行動してくれる。そのことは嬉しくて、涼太は自然と嬉涙が溢れてきた。
次々と書かれては、消えていく黒板の文字。それを必死に写している音が、涼太の耳に入ってくる。
見えないが、かつてない集中力で向き合っている。そのことが音だけで、理解できて嬉しかった。
「んー……あえ? あ? うーん」
「大丈夫なのか」
「ああ、泥舟に乗ったつもりでな」
「溺れないようにな」
陽向は寝そうになりながらも、必死にノートに書いていた。涼太のためだと、何度も眠たい目を擦っている。
最初こそ、しっかりと書かれてあった。しかし次第に文字ではなく、ミミズが這った跡のようになっていた。
まるで呪いの呪文や、解読に数百年かかりそうな古代文字のようだ。必死に書き殴った文字は、もはや日本語の体を成していない。
うねる線、数学のはずなのにサッカーのフォーメーションが書かれてあった。
何故か最後に、力尽きたような謎の猫のイラストが描かれてあった。
涼太は内心、読めないんだろうなと察していた。それでも苦手なことを自分のために、頑張ってくれている。
そのことが何よりも嬉しいため、気長に待つことにした。愛おしい気持ちが膨らみ、自然と笑顔になった。
「……陽向、ちゃんと書けてるか? 無理しなくていいぞ」
「あったりまえだろ! 完璧だ。お前の参考書より分かりやすいぜ」
涼太は、陽向の様子が気になった。黙ってやっているが、それ以上の音が響いている。
貧乏ゆすりや、唸り声などだ。紙を引っ掻く音が、凄まじく轟音のように廊下まで響いている。
涼太は両耳を塞ぎ、陽向を見つめる。心拍数が上昇しており、かなり無理をしているみたい。
一文字も読めないことは、想像にお釣りが出る。それでも、自分のために頑張ってくれている。
その事実は嬉しいため、静かに見守ることにした。夢中になっている彼の制服をひっぱり、優しく微笑んだ。
熱量が高いため、気がついていない。それでも陽向の荒い息遣いや、シャーペンが紙を削るガリガリという音。
必死になった時に漂う、陽向特有の体温の香り。それが分かり、涼太は心から笑顔になった。
「あぁ、いいですね。知性の象徴だった涼太くんが、本能で動く陽向くんに魂の記録を委ねる。まさに情報の非対称性が生む愛……。あ、陽向くん、その漢字、書き順どころか部首が家出してますよ」
佐伯は教室の隅で、静かに黙々とノートに文字を書き記していた。その内容は、ここでは言えないようなものであった。
佐伯のペンは、もはや記録の域を超えていた。二人の密着度や吐息の間隔までも数値化し、妄想という名の劇薬を注ぎ込んでいく。
その目は、獲物を狙う悪霊よりもよっぽど据わっていた。そんな彼を、彼氏は横で見つめていた。
その間も、陽向は必死でメモを取っている。使い物にはならないが、涼太にはそんなことはどうでもよかった。
「いっつ」
「陽向、どうした! 何か……」
「大丈夫。授業中だろ、静かにな」
「珍しいな……いつもは率先して、煩いくせに」
「……うっせ」
涼太は見えないが、陽向の体温を観察していた。すると急に、陽向が小さい悲鳴を上げた。
心配そうに涼太も驚くが、陽向はなんでもないふりをした。そこで涼太の右手首にも、かなりの痛みが走った。
陽向の痛みは、涼太にも伝わるようになっている。そのことを思い出し、涼太は申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
陽向の指には、ペンだこができていた。それだけでなく、手首が痙攣しそうになっていた。
灼熱の張りが刺さるような激痛だった。何度も泣きそうになりながら、陽向は手を動かしていた。
その痛みが、涼太にも伝わっていた。いつもは嫌々ながら、勉強をしていた。
異界に来て、勉強をしなくて済んでいる。そのことが嬉しいとさえ言っているが、涼太のために頑張っている。
相変わらず、ミミズの走ったような字であった。それでも、涼太にはかけがえない素晴らしい作品であろう。
「はあ〜なんとか、無事に」
「だな〜見られるようになったら、見せてな。ノート」
「ああ、もちろんだ。だから、早く見ろよな。ったく、世話の焼ける」
「あはは、すまんな〜」
「お前は、呑気だな……うわっ」
「おいっ! 陽向っ!」
「うっ! ううっ!」
授業が終わり、二人は部屋に戻ることにした。涼太は必要以上に、陽向の腕に抱きついていた。
お互いに心拍数が上昇しているが、そのことには触れない。涼太は軽い感じで、陽向に声をかけた。
彼は内心、その言葉に焦っていた。見せたら、確実に揶揄われるのが目に見えているからだ。
――早く見せたいな。だけどな……自分でも読めねーんだよな。はあ……どうしたものか。
それでも頼られるのが、本当に嬉しい。浮き足立ち、鼻歌混じりで歩いていた。
二人は軽口を叩き合い、笑顔で密着していた。陽向が呆れていると、急に足が滑ってしまった。
観察する影が、いつの間にか真横に立っていた。襲われてしまい、陽向は口元を紫の煙で覆われてしまった。

