「陽向〜な〜なあ!」
「だあ! うるせーよ! なんだよっ」
「呼んでみただけっ! ……なんてな」
「……何か、凶器は」
「ごめんなさい。静かにします」
ある日の昼下がり、二人は部屋に閉じこもっていた。陽向は椅子に座り、解れていた涼太の服を直していた。
その様子を涼太は、ベッドに寝そべりながら見つめている。一時間ほど会話が途切れているため、涼太は飽きてきた。
両手と両足をバタつかせ、子供のように駄々をこねている。その様子を見つめ、陽向は静かに凶器を探した。
涼太は顔を青白くし、静かになった。ベッドの上で正座をし、真面目な顔になっている。
――くそっ……怒る素振りしねーとな……あいつの唇、柔かったな。
陽向は顔を真っ赤にし怒っているが、それは建前だった。キスをしてからというもの、涼太の唇に目が行くようになった。
それは涼太も同じで、何かと目で追うようになった。思春期二人には、刺激が強すぎたようだ。
涼太も余裕そうにしているが、内心焦っていた。陽向の気持ちが分からないまま、キスをしてしまった。
顔を真っ赤にし、陽向を見つめている。その瞳には、憂いが満ちていた。
その様子を、佐伯がメガネを光らせて見つめていた。モニター越しだったが、何やら深刻そうにしている。
「ふわああ〜まだ、夜なのか? それにしても、真っ暗すぎやしないか? あれ? なんだ、これっ!」
涼太が目を覚ますと、異様に真っ暗だった。最初は、まだ夜明け前だと勘違いした。
しかしそれにしては、明らかにおかしい。二人はカーテンは開けているため、月明かりは入るはず。
陽向は極度の怖がりのため、真っ暗闇が大の苦手なのだ。そのため彼が締めるはずがないと、思考を巡らせる。
そこで自分の顔に触れると、少しパニックになった。ざらついた感触の古い麻布のようなものが、幾重にも巻かれている。
血が滲んだような赤黒い紋様が、浮かび上がっている。指先を這わせても、結び目も終わりも見つからない。
まるで、皮膚の一部になってしまったかのような絶望感。常に冷静だった彼の指が、情けなく震えていた。
古びた紙のような異様な匂いに、彼は冷静さを失った。顔を青白くし、声にならない声をあげる。
手探りで陽向を探すが、その存在は認識できない。呼吸が荒くなり、嫌な汗をかき始めた。
「すう……んー」
「ひな……陽向〜いるのか……いたら、返事してくれっ」
「ふわああ〜んだよ……」
「助けて」
「……また新手のミッションか? それとも俺を驚かそうとしてんのか?」
涼太には見えていないが、陽向の吐息が微かに聞こえてきた。目が見えない分、いつも以上に研ぎ澄まされている。
起こしたくはないが、不安だった。見えない恐怖は、単なる暗闇への怯えではない。
それは、世界から自分という存在を消し去られるような、底なしの拒絶だった。孤独や疎外感だけではない。
耳元をかすめる風の音ひとつ、正体の分からない刃となって心を切り刻んでいく。
陽向がそこにいると分かっていても、自分だけが永遠の虚無に置き去りにされるのではないか。
言い表せないような強迫観念が、心臓を握りつぶしそうになる。それでも必死に、陽向の名前を呼んだ。
声が上擦り、吃ってしまった。それを聞いて陽向は起き上がり、欠伸をしながら眠たい目を擦った。
涼太の様子を見つめ、冷たい目線を送る。寝起きだからか、いつもよりも声が低かった。
涼太には彼がどんな顔をしているのか、想像もできない。急激に不安が押し寄せてきて、体を小さく震わした。
「これ! ……本当に取れないんだ……いっつ」
「おい、待てよ! 涼太! どうすんだよっ! これ!」
「……落ち着け、陽向。俺は大丈夫だ。お前がそんな風に慌てると、余計に困る」
涼太は無理やりにでも、布を引き剥がそうとした。指から血を滲ませ、小さい声を出した。
少量だが、涼太にはかなりの恐怖だった。それに気がつき、陽向の方が顔を真っ白にする。
涼太の手を握り、指を見つめている。叫ぶことしかできず、右往左往してしまう。
涼太の恐怖は、陽向の手の暖かさで少しだけ緩和した。そこで布には、特殊な仕掛けがしていることに気がついた。
陽向の心拍数や体温が異常に強調され、ダイレクトに伝わってくる。そんな魔法が、この布にはかかっているようだった。
顔は見えないが、いつも通りの彼だった。そこで自分の異変よりも、陽向の取り乱しっぷりを感じた。
いつもの余裕を無理やりでも、取り戻した。涼太は、不安な気持ちを胸に押し隠した。
「くそっ! いって! この野郎! やる気かっ!」
「……状況は分からんが、一回落ち着け」
「くそっ! 他に何か道具がないか見てくる」
「そういう冷静さはあるのか……いてて! いたっ」
「おいっ、大丈夫か?」
「あれ? 痛くない……もしかして……陽向、俺から離れるなよ」
「あ? なんでだ?」
「多分、一定の距離が空くと痛くなる」
「なるほど、分かった」
陽向は布を引き剥がそうと、試行錯誤した。涼太みたいに、思慮深くはできない。
そのため完全に力技で、ハサミで切ろうとした。しかしそれはできないようで、指先が触れると熱を発した。
普通ならば諦めるが、陽向は本気だった。布に勝とうと、全力で戦った。
無理だと悟ったのか、涼太の言葉をしっかりと聞いた。陽向は腕を組み、少しだけ考えを巡らせた。
勢いで部屋を出ようとすると、涼太の頭に尋常じゃない痛みが走った。何かで固いもので殴られたような、鈍痛だった。
陽向は心配そうに駆け寄り、涼太の頭を撫でた。陽向が近づくと、嘘のように痛みが引いていく。
そこで涼太は陽向の服の裾を掴み、懇願した。陽向はいつも通りを装っていたが、顔が真っ赤だった。
「陽向、その辺にミッションの紙はないのか」
「あ? えっと……おうっ! あったぞ……ふむ……」
「……ひな……陽向! 俺を置いて、何処にも行くなっ!」
「おうっ! なんだ! ここにいるぞ」
「何処にも……行くな」
「……何処にも行かねーよ」
涼太は異変を感じつつも、冷静に思考を巡らせた。ミッションであるに違いないと思い、陽向に声をかけた。
涼太に服を掴まれているため、動くことはできない。そのため体を揺らし、机の上に紙を見つけた。
【二人は一つ。涼太の五感は陽向に、陽向の痛みは涼太に】と書かれてあった。
ミッションクリアの条件は、涼太が陽向への絶対的な信頼を口にすること。
陽向は紙を読むのに、必死だった。そのため涼太が怯えていることに、気がつかない。
何も見えない涼太は、陽向の沈黙が怖かった。普段なら分からない音が、鮮明に聞こえている。
何も言わなくても、相手のことが分かっていた。10年以上の付き合いのため、なんとなく理解していた。
しかし今は陽向が口を開かないと、何が起きているのか理解できない。ほんの僅かな沈黙でさえも、永遠のように感じた。
耐えきれなくなり、陽向の腰に抱きついた。陽向は驚いていたが、涼太の瞳から溢れる大量の涙が目に入った。
――こいつ、可愛いな。
優しい笑顔になり、頭を撫でた。その感触が心地よくて、涼太は安心することができた。
「だあ! うるせーよ! なんだよっ」
「呼んでみただけっ! ……なんてな」
「……何か、凶器は」
「ごめんなさい。静かにします」
ある日の昼下がり、二人は部屋に閉じこもっていた。陽向は椅子に座り、解れていた涼太の服を直していた。
その様子を涼太は、ベッドに寝そべりながら見つめている。一時間ほど会話が途切れているため、涼太は飽きてきた。
両手と両足をバタつかせ、子供のように駄々をこねている。その様子を見つめ、陽向は静かに凶器を探した。
涼太は顔を青白くし、静かになった。ベッドの上で正座をし、真面目な顔になっている。
――くそっ……怒る素振りしねーとな……あいつの唇、柔かったな。
陽向は顔を真っ赤にし怒っているが、それは建前だった。キスをしてからというもの、涼太の唇に目が行くようになった。
それは涼太も同じで、何かと目で追うようになった。思春期二人には、刺激が強すぎたようだ。
涼太も余裕そうにしているが、内心焦っていた。陽向の気持ちが分からないまま、キスをしてしまった。
顔を真っ赤にし、陽向を見つめている。その瞳には、憂いが満ちていた。
その様子を、佐伯がメガネを光らせて見つめていた。モニター越しだったが、何やら深刻そうにしている。
「ふわああ〜まだ、夜なのか? それにしても、真っ暗すぎやしないか? あれ? なんだ、これっ!」
涼太が目を覚ますと、異様に真っ暗だった。最初は、まだ夜明け前だと勘違いした。
しかしそれにしては、明らかにおかしい。二人はカーテンは開けているため、月明かりは入るはず。
陽向は極度の怖がりのため、真っ暗闇が大の苦手なのだ。そのため彼が締めるはずがないと、思考を巡らせる。
そこで自分の顔に触れると、少しパニックになった。ざらついた感触の古い麻布のようなものが、幾重にも巻かれている。
血が滲んだような赤黒い紋様が、浮かび上がっている。指先を這わせても、結び目も終わりも見つからない。
まるで、皮膚の一部になってしまったかのような絶望感。常に冷静だった彼の指が、情けなく震えていた。
古びた紙のような異様な匂いに、彼は冷静さを失った。顔を青白くし、声にならない声をあげる。
手探りで陽向を探すが、その存在は認識できない。呼吸が荒くなり、嫌な汗をかき始めた。
「すう……んー」
「ひな……陽向〜いるのか……いたら、返事してくれっ」
「ふわああ〜んだよ……」
「助けて」
「……また新手のミッションか? それとも俺を驚かそうとしてんのか?」
涼太には見えていないが、陽向の吐息が微かに聞こえてきた。目が見えない分、いつも以上に研ぎ澄まされている。
起こしたくはないが、不安だった。見えない恐怖は、単なる暗闇への怯えではない。
それは、世界から自分という存在を消し去られるような、底なしの拒絶だった。孤独や疎外感だけではない。
耳元をかすめる風の音ひとつ、正体の分からない刃となって心を切り刻んでいく。
陽向がそこにいると分かっていても、自分だけが永遠の虚無に置き去りにされるのではないか。
言い表せないような強迫観念が、心臓を握りつぶしそうになる。それでも必死に、陽向の名前を呼んだ。
声が上擦り、吃ってしまった。それを聞いて陽向は起き上がり、欠伸をしながら眠たい目を擦った。
涼太の様子を見つめ、冷たい目線を送る。寝起きだからか、いつもよりも声が低かった。
涼太には彼がどんな顔をしているのか、想像もできない。急激に不安が押し寄せてきて、体を小さく震わした。
「これ! ……本当に取れないんだ……いっつ」
「おい、待てよ! 涼太! どうすんだよっ! これ!」
「……落ち着け、陽向。俺は大丈夫だ。お前がそんな風に慌てると、余計に困る」
涼太は無理やりにでも、布を引き剥がそうとした。指から血を滲ませ、小さい声を出した。
少量だが、涼太にはかなりの恐怖だった。それに気がつき、陽向の方が顔を真っ白にする。
涼太の手を握り、指を見つめている。叫ぶことしかできず、右往左往してしまう。
涼太の恐怖は、陽向の手の暖かさで少しだけ緩和した。そこで布には、特殊な仕掛けがしていることに気がついた。
陽向の心拍数や体温が異常に強調され、ダイレクトに伝わってくる。そんな魔法が、この布にはかかっているようだった。
顔は見えないが、いつも通りの彼だった。そこで自分の異変よりも、陽向の取り乱しっぷりを感じた。
いつもの余裕を無理やりでも、取り戻した。涼太は、不安な気持ちを胸に押し隠した。
「くそっ! いって! この野郎! やる気かっ!」
「……状況は分からんが、一回落ち着け」
「くそっ! 他に何か道具がないか見てくる」
「そういう冷静さはあるのか……いてて! いたっ」
「おいっ、大丈夫か?」
「あれ? 痛くない……もしかして……陽向、俺から離れるなよ」
「あ? なんでだ?」
「多分、一定の距離が空くと痛くなる」
「なるほど、分かった」
陽向は布を引き剥がそうと、試行錯誤した。涼太みたいに、思慮深くはできない。
そのため完全に力技で、ハサミで切ろうとした。しかしそれはできないようで、指先が触れると熱を発した。
普通ならば諦めるが、陽向は本気だった。布に勝とうと、全力で戦った。
無理だと悟ったのか、涼太の言葉をしっかりと聞いた。陽向は腕を組み、少しだけ考えを巡らせた。
勢いで部屋を出ようとすると、涼太の頭に尋常じゃない痛みが走った。何かで固いもので殴られたような、鈍痛だった。
陽向は心配そうに駆け寄り、涼太の頭を撫でた。陽向が近づくと、嘘のように痛みが引いていく。
そこで涼太は陽向の服の裾を掴み、懇願した。陽向はいつも通りを装っていたが、顔が真っ赤だった。
「陽向、その辺にミッションの紙はないのか」
「あ? えっと……おうっ! あったぞ……ふむ……」
「……ひな……陽向! 俺を置いて、何処にも行くなっ!」
「おうっ! なんだ! ここにいるぞ」
「何処にも……行くな」
「……何処にも行かねーよ」
涼太は異変を感じつつも、冷静に思考を巡らせた。ミッションであるに違いないと思い、陽向に声をかけた。
涼太に服を掴まれているため、動くことはできない。そのため体を揺らし、机の上に紙を見つけた。
【二人は一つ。涼太の五感は陽向に、陽向の痛みは涼太に】と書かれてあった。
ミッションクリアの条件は、涼太が陽向への絶対的な信頼を口にすること。
陽向は紙を読むのに、必死だった。そのため涼太が怯えていることに、気がつかない。
何も見えない涼太は、陽向の沈黙が怖かった。普段なら分からない音が、鮮明に聞こえている。
何も言わなくても、相手のことが分かっていた。10年以上の付き合いのため、なんとなく理解していた。
しかし今は陽向が口を開かないと、何が起きているのか理解できない。ほんの僅かな沈黙でさえも、永遠のように感じた。
耐えきれなくなり、陽向の腰に抱きついた。陽向は驚いていたが、涼太の瞳から溢れる大量の涙が目に入った。
――こいつ、可愛いな。
優しい笑顔になり、頭を撫でた。その感触が心地よくて、涼太は安心することができた。

