ラブ・ミッション・デッドライン〜祠を壊した俺たちが、男同士で愛を誓うまで〜

 涼太は駆け寄り、優しい瞳を向けた。手を差し出すと、陽向はその手を取った。
 泣いている陽向を見て、涼太は注意を他に向けた。その思惑通り、陽向は足の痛みを忘れた。

 両親に手当てしてもらい、ことなきを得た。それからというもの、涼太は陽向の兄貴になった。
 当初は、陽向も嬉しかった。だけど涼太に特別な感情を抱くようになり、苦痛そのものに変わったのだ。

 ――どうせ、あいつは……俺のことを手のかかる弟としか見ていない。

 首に下がっているお揃いのネックレスが、目に入ってきた。それを見つめ、陽向は苦しそうに唇を噛み締めた。
 昔の涼太なら、直ぐに気づいてくれた。しかし今の涼太には、その余裕がなかった。

「ピアス開けろよ」
「おうっ、いいぞ」
「いたっ」
「……終わったぞ」
「お前、彼女できたんだろ……おめでとう」
「ああ……さんきゅ」

 中学の時に、涼太に何回目か分からない彼女ができた。陽向は対抗意識からか、涼太にピアスを開けることをお願いした。
 陽向同様に、涼太に恋をする人は多かった。佐伯が、あいつは三次元じゃなくて二次元なら推せるんだがな。

 そんなことを真面目に言っていたため、覚えていたのだ。あの時は何を言っているんだと、呆れてしまった。
 しかし今なら分かる。佐伯が言った意味とは違うが、違う次元に生まれたかった。

 それか赤の他人で、ただ遠くから見ているだけ。それなら諦めもつくし、幻想を抱かずにいられた。

 ――俺に告白されても、困るだろうか。

 涼太に彼女ができても、おめでとうと告げてきた。それが幼なじみ(弟分)の正解だと思っていた。
 弟としか見られていないのは、何よりも苦痛だった。それでも離れることができずに、現在に至っている。

 ピアスを開けてもらった際、想像以上に痛かった。両耳を開けている涼太は、本当にすごいなと好きという気持ちに拍車がかかった。

「陽向! やっと、見つけた」
「……もういい」
「何言ってんだ。行くぞ、歩けるか? ……よしっ、掴まっておけよ」
「おいっ! 降ろせよ!」
「……俺はお前が心配なんだよ」
「またそれか……兄弟ってか」
「違うな……」
「えっ?」

 陽向が静かに泣いていると、血相を変えた涼太が現れた。汗をかいており、肩で呼吸をしている。
 転んだのか、浴衣の裾には泥がついていた。他の人には、泥臭い野生児に見えるだろう。

 しかし今の陽向には、王子様に見えた。誰がなんと言おうが、世界で一番カッコよく見えた。
 陽向の前に来て、昔のように手を伸ばしてきた。いつだって、陽向にとってはヒーローなのである。

 陽向は涙を拭き、静かに手を伸ばそうとした。しかし手が触れる直前で、ゆっくりと引っ込めた。
 ボソッとか細い声で呟くと、下を向いてしまった。涼太は心配そうに、顔を覗き込んだ。

 陽向が拒絶していることを知ると、涼太は深く傷ついた顔をした。直ぐに笑顔になり、陽向を軽々と持ち上げた。
 お姫様だっこをすると、陽向は一気に全身が沸騰する感覚を覚えた。すぐさま暴れたが、涼太は優しく微笑んだ。

 ――なんなんだよ……これ以上、期待させんなよ。

 涼太は陽向が大人しくなったのを確認してから、静かに歩き始めた。陽向は、涼太の胸に顔を埋めるように抱きついた。
 そこで涼太の汗の匂いがして、静かに嗅いだ。そして自分のとは違う鼓動の早さを感じて、嬉しそうに泣いていた。

「よしっ、座って〜ふふ〜んっ」
「……んっ」
「……応急処置ぐらいしかできないが」
「まあ、後で保健のせんせーに看てもらうよ。一応、いるみたいだし」
「……だな」

 保健室に到着し、陽向をベッドに座らせた。涼太は、少し音程のズレた鼻歌を口ずさんだ。
 捻挫した足首の周りに、擦り傷も発見した。そのため消毒液をつけたが、陽向は小さな悲鳴をあげた。

 涙目になっており、涼太は頬を染めた。手慣れた手つきで、足首にテーピングを施した。
 深呼吸をして、優しい瞳を陽向に向けた。陽向は顔を真っ赤にし、静かに目を逸らした。

「なんだよ、暑苦しいな」
「……本当によかった。ごめん、手を繋がなかったから」
「……別にいい……気にすんな」
「いつも、お前が怪我をすると胸が張り裂けそうになる……お願いだから、怪我すんな」
「ったく、変なやつ。怪我したのは、俺だよ。泣くな」

 涼太は立ち上がり、陽向の隣に座った。肩を組んで、嬉しそうに擦り寄った。
 陽向は迷惑そうに呟いたが、口元は綻んでいた。涼太は真面目な顔になり、真剣に謝った。

 陽向は興味なさそうに、祭りの喧騒を窓越しに見つめていた。涼太は陽向に抱きつき、静かに泣いていた。
 陽向の左耳のホクロを触り、熱の篭った視線を送る。唇をなぞると、陽向は体を小さく震わせた。

 涼太は耐え切れなくなって、静かに顔を近づけた。陽向は涼太の顔を凝視し、生唾を飲み込んだ。

「お! すげー! 花火だっ!」
「そ……だな……キスなんて、軽々しく無理だよな」

 二人の顔が近づいた時に、大量の花火が打ち上がった。光が見えて、陽向は大きな声を出した。
 次の瞬間、色とりどりの花火が夜空を彩った。痛い足を引き摺りながらも、陽向は窓に向かった。

 陽向の目には、暗い異世界を照らす希望の光に見えた。しかし涼太には、自分の薄汚い欲望を象徴する光に見えた。

「夏祭りで花火を一緒に見たカップルは永遠に結ばれる」

 佐伯の言っていた言葉を、涼太は思い出した。本来であれば、陽向の隣で喜んでいただろう。
 しかし今は、そんな気分になれなかった。お揃いで首に下げているネックレスが、目に入った。

 さっきまでは浮かれていたが、自分の気持ちに完全に気がついてしまった。
 涼太は陽向のことが、好きなのだと。拳を握り締め、子供のようにはしゃぐ陽向を見つめる。

 涼太のボソッと呟いた言葉は、花火にかき消された。自分の唇を触り、胸の奥がチクリと痛んだ。

「おいっ」
「……ご馳走さま」
「涼太! 何なんだよ」
「あー、典型的な自覚後の回避行動ですね。ご馳走さま」

 夏祭りが、終わってからの数日間。涼太の様子がおかしく、妙によそよそしかった。
 陽向のことを避け、ご飯や風呂の時間。休み時間も目を逸らし、話を聞こうともしない。

 今も食事を摂るとすぐさま、自室へと向かった。陽向は憤慨し、息子を心配する母親みたいな目線を送っていた。
 佐伯はニヤニヤし、その光景を眺めていた。相変わらず、彼氏は涼太や陽向を睨んでいた。