昼休みにテニス部の顧問を尋ねると、湯汲が事前に話をしてくれていたおかげで入部がすぐに決まった。とりあえず見学に来てくれ、予備のラケットもそこで貸してやると言われたので、放課後に行くことになった。
テニス部は部室を設けていないそうだ。ラケットとシューズは教室に置いておくか、湯汲のように持ち帰る。残りの活動日数を考慮して、僕だけ練習着は通常の体育着でもいいと許可してもらった。
湯汲が着替えるのを待って一緒に外に出た。
戻ってくるまで過ごしていた田舎より、当然ここの地域のほうが栄えている。が、それにしては珍しく広大な校庭を過ぎると、奥の敷地にテニスコートが二面もある。知らなかっただけで、スポーツに力を入れている高校なのだろうか。
顧問を見つけた湯汲は、荷物を置く前に礼儀正しく頭を下げた。
「お疲れ様です!」
「おう。天城も来たか」
素振りをしていた下級生たちが、僕の存在に気づいてチラチラと視線を送って来る。この空気感で練習に参加せずにサボるのは難しそうだ。
「僕はどこで見たらいいですか」
「あそこのベンチ使っていいよ。それと湯汲、予備のラケット裏から持ってきてやって」
「わかりました!」
ベンチに座って全体を見回したが、目当ての人物は見当たらない。
──大牙が練習に出ないなら、やはり他の部活に入れば良かった。
「天城! お待たせ」
奥から走ってきた湯汲にラケットを差し出された。予備のものとだけあって、グリップ部分のテープが剥げている。
どうせ使わないけど……と思いながらも礼を言って受け取った。
「顧問の先生って厳しい?」
「いや、タマセンはああ見えて結構優しいと思う。怒鳴られたりはしないし」
「タマセン?」
「顧問のこと。ちょっと俺ストレッチしてくるけど、天城は見学だけ?」
「うん。ところで大牙はいつも来ないの?」
「え? あー、最近は体調悪かったみたいで休んでたんだけど……あっ」
パッと湯汲が顔を上げたのに釣られて視線を向ける。大牙が僕を見つめながら、まっすぐこちらに歩いてきた。想像したよりもユニフォーム姿が似合っている。
生まれ持った美しい骨格が、肌触りの良さそうな薄い生地によってさらに際立って見える。あれなら高校のパンフレットに載っていてもおかしくないだろう。
「大牙! 来たんだ。体調どう?」
可哀想なことに、湯汲の優しい問いかけは無視された。
「なんでここにいる?」
「湯汲が心配してるから答えてあげなよ」
「……前よりマシになった」
「じゃあ良かったな! お前強いから居ないと困るんだよ〜」
彼は本当に性格がいい。無視されたことを気にも留めないなんて。
「入部することにしたんだ。大牙ともっと一緒に居られるように」
「は……?」
「おいー、俺がいるからじゃないの?」
湯汲は唇を尖らせて大袈裟に肩を落とした。可愛らしいその仕草に、つい口元が緩んだ。まるで犬みたいだ。
「そうだね。湯汲がいるからだよ」
「え、天城ちゃんと笑えるんじゃん! 笑顔かわいい!」
「はあ」
盛大なため息を落とした大牙は、僕達のことをひと睨みしてから一番端のコートへ歩いて行った。
「なんかあいつ機嫌悪い……?」
「いつもでしょ。湯汲も行きなよ」
「あ、うん」
湯汲が去ったので、改めて大牙の後ろ姿を眺めることにした。
彼は下級生を相手に容赦なく鋭い球を打ち込んでいる。ボクシングを長年やっているからか、動きが機敏で無駄がない。
うっとりと見つめながら考えた。さっき近くで顔を見た時、隈はかなり薄くなっていた。自分のおかげで体調が戻ってしまった今、するべきことはなんだろう。
「どうしようかな……」
あの生き霊は彼の夢にまで侵入した。そこら辺にいる普通の女が金縛りをかけらなら、僕はもっと、もっと上手くできる。その自信がある。
──夢に現れる方法なんて、じいちゃんに聞いたところで絶対に教えてもらえない。
くそ真面目で頑固なあの人は霊を祓うことばかり考えている。わざわざ地方に出て修行をしたのも、呪う方法を教えてくれなかったからだ。この力は僕達が先祖から引き継いだ特別なものなのに。
「やばい! 今日、先輩きてるじゃん」
不意に女子の甲高い声が耳に入った。
コートの外側、ベンチの近くで下級生らしき二人組の女子が、ボールをカゴに入れながら大牙を見つめている。
「最近いなかったよね」
「なんか体調崩してたんだって〜、でも顔色悪くてもイケメンだからすごい」
「好きすぎじゃんウケんだけど。てかいつ告んの?」
「えーやばい無理。話すのも緊張するのに……」
「でも遊んでるんでしょ? 付き合えなくてもチャンスあるって」
体の芯がスーッと冷えていく感覚に襲われた。
大牙が女にも男にも人気があるというのは予めわかっていた。雑草だらけの公園に桜が咲いていたら綺麗だと思うように、周りの人間が彼に惹かれるのは当たり前のことだ。魅力を感じないほうがどうかしている。
でも、雑草を全部引き抜いたら、もっと桜は綺麗に見えるんじゃないだろうか?
静かに立ち上がり、彼女達にそっと近づいて距離を縮める。
「こんにちは。転校してきた三年の天城です」
「え……」
「あ、お、おつかれさまです……?」
二人は目を丸くして僕を見つめた。わざとらしく微笑んでやった途端、大牙を好きだと言っていた女が頬を染めた。所詮ただの面食いか。
「君たちは二年生?」
「あ、はい! そうです」
「ごめんね。こんな途中から入ったら邪魔でしょ」
「いやいや全然っ、全然そんなことないです。私たち下手でレギュラーにも入れないので!」
「本当に? じゃあ、分からないことがあったら聞いてもいいかな」
眉を下げて首を捻ると、彼女たちは口に手を当ててモジモジと気色の悪い動きをした。
「も、もちろんです……」
「はい集合! 練習試合のこと話すから全員集まってー」
突然、顧問が大きな声を出した。その一声で全員が彼の元に駆け寄って行く。
大牙の姿も見かけた。意外と素直に従うんだなと思いながら、生徒の影に隠れて校庭のほうへ抜ける。人数が多いおかげでバレずに済んだ。



