呪いが初恋に変わるまで


 もらった書類の中に、部活動について詳しく書かれたものがあった。
 基本的に転校生であっても入部は必須。だが、高校三年の半ば──あと四ヶ月程度で引退となる。運動系の部に今から入ったところで邪険に扱われるだけ。なるべく活動が少ない部活を選ぶのが無難と言えるだろう。

「あれ、天城?」

 呼ばれて足を止めると、後ろから湯汲が駆け寄ってきた。

「おっす」

「まだ帰ってなかったんだ」

「部活だよ。天城は?」

 湯汲の肩には鞄とラケットのケースが掛かっている。外で焼きましたと言わんばかりの健康的な褐色肌から推測すると、おそらく硬式テニス。
 自然と隣に並んだ彼と歩幅を合わせて歩くことにした。

「……ちょっと話してたら遅くなった」

「へ〜、じゃあまだ部活は入ってない感じか」

「これから決める。帰宅部は?」

「いや、ない。活動が少なそうなのは……漫画研究部とか美術部? かなあ」

 コミュニティが固められたところに入るのは中々きついものがある。それに、絵にも芸術にもさっぱり興味がない。

「どっちも微妙だな」

「あ、うちのテニス部来る!?」

「運動部は活動多いでしょ、ラケット買うの嫌だし。それより大牙って何部?」

「あいつなら俺と一緒だよ。ラケットは〜、たぶん顧問に相談すれば予備のやつ貸してもらえると思うんだよね。俺が言っておこうか」

 まさかこいつが彼と同じ部だったとは──僕もかなり運がいい。でも、大牙はどこまで真面目に参加しているだろうか。
 ハーフパンツのユニフォームから、スラッと長い脚が伸びる。ラケットのグリップを握る腕には鍛え上げられた筋肉の立派な筋が浮いていて、ボールを打った拍子にはお腹が見えたりするかもしれない。
 頭の中で彼の姿を思い浮かべただけで、ため息がこぼれそうになった。

「ありがとう。助かるよ」

「おう! てか天城の家ってどこらへん?」

「ここから電車で三駅」

「そっか〜」

「湯汲は」

「チャリ! 向こうに停めてある」

 彼は今通り過ぎたばかりの道を指差した。
 なんでここまで一緒に歩いてきたんだと首を傾げたら、彼はまた笑顔になった。

「天城と友達になれたの嬉しくて、こっちまで来ちゃった。へへ」

 ──変なやつ。まだ会ったばかりの人間をそう簡単に信用できるなんて、どれほど恵まれた環境で育ってきたのか。
 性格がいい人が同じクラスにいたら何かと助かる。面倒くさい気持ちもあるが、今のうちに仲良くなっておけばいつかメリットの方が上回るだろう。
 正面から眩しい夕陽を浴びて、湯汲の明るい瞳がさらに輝いている。こいつの純真無垢な笑顔は不思議と嫌な感じがしない。

「湯汲。お前に霊が憑いたら教えてあげるよ」

「えっ!? い、いやいいって! 怖いこと言うなよお」

「また明日」

「あ、おう……」

 前の席は湯汲で、隣は大牙。そして彼らと同じ部活に入る。
 二日目にして充分すぎるほど期待以上の道に進んでいる。あとは着実に大牙と距離を縮めるだけだ。


 風船のように浮かんだ気持ちで登校した翌日、なぜか校舎の入り口で大牙が待ち構えていた。

「おい」

 目が合った途端、挨拶もなしに彼がズカズカと近づいてくる。
 ──名前を呼ぶと昨日約束したばかりなのに、もうこれだ。呆れる。僕は無視を決め込んで彼の前を通り過ぎた。

「は? おい聞いてんの」

 どっちの立場が上か、まだ分かっていないのか?

「天……、れい」

「おはよう。どうした?」

 ようやく名前を口にした彼のために振り向いてやる。
 眉根を寄せていて不機嫌なのは一目瞭然だけど、昨日よりも体調は良さそうだ。

「ちょっと来てくれ」

 大牙は僕の返事を待たずに、腕を掴んで強引に歩き始めた。
 連れて行かれたのは一階の多目的室だった。もちろん、朝のホームルーム前にこんな場所を使っている生徒などいない。廊下から聞こえてくる生徒の喧騒に気を取られながら壁に寄りかかる。

「なに?」

 大牙は目の前の長机に腰を掛けた。自分の立場や状況を理解できず、偉そうに腕を組む姿は滑稽に見えた。声に出して笑ってやりたい。

「早く教室行きたいんだけど」

「わかってる」

 彼は複雑な表情を浮かべて頭を掻いた。

「なんつーか……あー、っと」

 何を躊躇っているのか、訥々とした話し方が焦れったい。霊に苦しめられているから助けてくれと、それくらいハッキリ言えばいいのに。
 溜め息をついて教室から出ようとしたら、後ろから肩を掴まれた。

「待て」

「待たない」

「い、言うから。昨日のあれは……」

「どれ。憑いてる数を当てたこと? それとも一体祓ってあげたこと?」

「……金縛りが、酷いんだけど」

 俯いた大牙の目元に薄い影が落ちた。

「ああ」

 ──なんだ、そんなことか。見ただけで分かることを今さら言われても驚きはしない。

「でも昨日の夜はならなかった」

「だろうね。大牙が捨てた女の生霊を祓ってあげたから」

「違う、捨てたわけじゃない。お互いに遊んだだけ」

「向こうはそうじゃなかったみたいだよ」

「……そんなことより、どうやった? お前は除霊ができるのか?」

「お前って言ったら喋らないから」

 睨みながら低い声を出したのが効いたのか、彼は頷いて僕の腕をゆっくりと離した。態度を改めるつもりがあるならそれでいい。

「祓えるよ」

「っ、じゃあ」

「でもやらない」

「は?」

 せっかく苦労して成功したのに、祓ってやるわけがないだろう。元々、僕以外の霊も消すつもりはなかった。あの生霊があまりにも鬱陶しかっただけだ。

「だって僕にメリットある?」

「メリット……」

「面倒なことはしないって決めてるから。得られるものがあるなら別だけど」

 彼は眉を寄せたまま押し黙った。
 こうしている間もゆらゆらと彼を取り囲むそいつらはずっと見え続けている。顔も出すことができないような弱い霊達が。

「頼む」

 僕の目を見ることもせず、彼はただそう言った。
 ──これが人にお願いする態度?
 頭を下げる、いや、床に額を擦りつけて泣いて懇願するなら無条件で考えてやってもいい。どうせ出来やしないだろうから。

「やってほしいなら、それ相応の対価が必要だってことは分かるよね」

「対価?」

「祓うのは大変なんだよ。体調も悪くなるし」

「ああ……そうか」

「二つ条件がある。今の友達全員を切って僕と一緒にいること。それから、僕が霊に何かされそうになったら必ず助けること」

「はあ!?」

「それくらいしないと──」

 割に合わなくない?
 言いながら顔を覗き込み、首を捻る。大牙はサッと気まずそうに目を逸らした。
 ポケットに大事に入れてある袋に自然と手が伸びた。が、触れる寸前で思い留まった。
 言うことを聞かせることはいくらでも出来る。でもそれじゃあ駄目だ。これは、大牙に自分自身の意思で同意させる必要がある。

「い、いやでも……友達切るって、無理だろ……普通に」

「そう? じゃあこの話はなかったことにしよう」

「ちょっと待て、他の条件は」

「大牙さあ……それが人にモノを頼む態度なの? 少しは考えようよ」

 ふと、壁に掛かった時計が視界に入った。早く教室に行かないと朝礼が始まってしまう。
 頬を染めて俯いた彼に背中を向け、一人でそこを離れた。