天城の話によると、霊に体を乗っ取られたのは初めての経験だったそうだ。呪いをかけたせいで力が弱まった結果、俺の家で拾った強い霊に付きまとわれ、一緒に行ったあの家でさらに力を使ったことで体に入り込まれた。ずっと夢の中にいるみたいだったと、天城はどこか他人事のように語った。
あれから俺たちの関係に進展はない。呪いが解けた後もほとんどの時間を天城と過ごしているが、以前のようにあいつが俺のテリトリーに踏み込んでくることはなくなった。
汗で張り付くシャツを摘まんでパタパタと風を送りながら、ラケットを振る天城を見つめる。
夏服に切り替わったこの時期、ショートパンツからすらりと伸びる白い太腿がやけに目につく。肌が綺麗だからきっとそこも肌触りが良く、柔らかいはずだ。
ほっそりした足首からふくらはぎ、適度に肉が乗った太腿を撫でる。付け根に指を食い込ませ、それから──。
「あははっ、いいね今の上手かった!」
喉を鳴らした時、天城と打ち合っている湯汲が楽しそうな声を上げた。あいつはレギュラーのくせに強い相手と練習せず、テニス初心者のあいつに時間を費やしている。顧問はそれを見て注意もしない。
「うざ……」
「……あの、先輩っ」
後ろから声をかけられ振り返ると、二年生の女子が立っていた。
「なに?」
「ちょっとお話したいことがあるんですけど……」
頬を赤く染めてもじもじと体を動かすその姿に、ああまた告白かとすぐに悟った。しかし言われる前に断る訳にもいかず、仕方なく立ち上がる。
「場所変えたほうがいい?」
「あっ、はい!」
コートから少し離れたところにある倉庫の前で彼女は立ち止まった。よく見たら手が震えている。
「ええと……先輩、もうすぐ引退しちゃうじゃないですか。それでえっと、よかったら、連絡先を教えてくださいっ」
「なんで知りたいの」
「え? あ、いやそれは……、す、好きだからです」
消え入りそうな声だった。
前までは少なからず気分が良かったはずの告白も、今ではまったく感情が動かない。勇気を振り絞って伝えてくれている時点で、中途半端な俺よりよっぽど立派なのに。
「ごめん」
「……で、ですよね。彼女いるんですか?」
「いや。でも好きな奴はいるから」
「そうなんですね」
再度謝ろうとしたら、彼女は無理やり笑顔を貼り付けて頭を下げながら立ち去った。
なんで告白が部活中なんだよ気まずいだろ……と思いつつ少し時間を空けてコートに戻ると、湯汲がニヤニヤと気味悪い笑みを浮かべながら近づいてきた。
「なに、また告白?」
「ああ」
「まじ大牙ってモテるよなあ。うらやまし」
「別に……」
好きな奴と付き合えないなら意味がない。
天城はどこに居るんだと周りを見渡した時、ちょうど彼と目が合ってしまった。しかし興味がなさそうにスッと逸らされる。
──物足りない。あいつの視線がほしい。反応してほしい。関心をもってほしい。告白なんかされるなと嫉妬してほしい。
天城にああいう態度を取られるたび、もっと近づきたくなる。どんどん欲求が膨らんでいく。
れい、と口を開きかけた瞬間、湯汲が笑顔で天城に駆け寄った。
「なあ部活終わったらなんか食いに行かん?」
「なんかって?」
「えー駅前のたこ焼きかあ、あ、アイスでもいいし」
「まあ、いいけど……」
くだらないと言って断りそうなのに、あっさり承諾したことに驚いた。
俺とは二人で放課後どこかに行ったことないだろ──と一瞬思ったが、そもそも誘ったことすらなかった。
「俺も行く」
咄嗟に出た言葉に、天城は目を丸くした。
「え?」
「お、大牙も? なに食おっか」
「なんでもいい」
「いや、なんで大牙も来るの」
呆れた顔で責めるように言われた。湯汲と二人きりが良かったのに、と後ろに続きそうな言い方だった。胃のあたりがカッと熱くなる。
──そんなに俺が邪魔なのか?
いくら呪いが解けてしまったからって、ここまで邪険に扱わなくてもいいだろう。なんで普通に接することさえ嫌がるのか理解できない。
「いいじゃん。みんなでいこーぜ!」
湯汲に窘められた天城は、俺を冷ややかな目で見つめながら頷いた。
店までの道のりで、運よく天城の隣を歩くことができた。
触れそうで触れないこの微妙な距離感がもどかしい。肩を抱き寄せてしまいたい。そんなことをしたら確実に怒られるとわかっていてもやりたくなる。
近くにいるだけで意識して、触りたい欲求に駆られるなんてガキみたいだ。天城にそれを伝えたら笑われるだろうか。
「そういや、さっきの告白どうした?」
湯汲に顔を覗き込まれて我に返る。
「断った」
「まじ? 山崎さんめっちゃ可愛いのにもったいねえ」
「名字も初めて知ったし。興味ない」
「うわ、そんなん俺も言ってみて~」
駄目だ。何を言っても、天城への必死なアピールに聞こえてしまう。
胸の靄が晴れないまま店内に入った。注文したカップアイスをそれぞれ受け取り、四人掛けのテーブル席に着く。天城の隣に滑り込むようにして座ったが、意外にも嫌な顔はされなかった。
天城が選んだアイスはストロベリーと抹茶の二つ。彼が注文時に悩んでいたという理由で、自分は好きでもないチョコミントとあずきを選んだ。
スプーンで掬ったあと、口に運ぶ前に手が止まる。なんと話しかければいいのかと迷っていたら、チラチラと見ていたせいで目が合った。
「なに」
「……食う?」
スプーンを差し出しながら聞いたが、返事よりもまず溜め息を返された。
──やっぱり断られた。これが湯汲だったら食べていたくせに……と内心悪態をついて手を下げようしたら、横から掴まれた。
「え」
一瞬のことだった。天城の口がスプーンを咥え、アイスを持っていく。スプーンの窪みに残された水色の水滴を見た途端、顔が熱くなる。まさか自分から食べに来るなんて思ってもみなかった。
「あ、俺のも食っていーよ」
湯汲はカップごと手渡したが、天城は目もくれずに「いい」と首を振った。
自分のを食べてくれたという優越感に浸りつつ、何も乗っていないスプーンをそのまま口にする。
こんな幸せを得られるなら、もっと早くデートの提案でもすればよかった。
「天城もだけどさ、大牙って最近は彼女いないよな? やっぱ卒業近いから作んないの?」
「いや……作んないっていうか」
淡々と食べ進めている隣の男から目が離せない。あの柔らかい唇に触れて、舌を吸って、アイスも唾液も全部一緒に飲み込んでしまえたらいいのに。
「なんか理由あるんだ」
「好きだから。こいつのことが」
「──は?」
湯汲が反応するより早く、天城がぽかんと口を開けて目を見開いた。こんなに驚いた顔は初めて見る。
「ちょ待って、まじ!?」
「でも付き合ってもらえない」
「あ……そ、そうなんだ……」
天城が眉間に指を当てて項垂れる。それを見た湯汲は何を思ったのか、哀れむように俺の肩を優しく叩いた。
「どうしたら付き合ってくれると思う」
「えっ俺に聞く!? いや、えー……分かんないけど、天城はそもそも全くその気なし?」
「もういい。大牙の話、聞かなくていいから」
ため息混じりに天城が言うと、湯汲の顔が余計に複雑なものになった。
「なんか……大牙でも手に入らないものとかあるんだな。ごめん、俺こいつ応援するよ」
「湯汲」
「だってあの大牙が片思いするなんてさあ! あり得ないじゃん。いや、やっぱ流石だわ天城。男も惚れちゃうんだもんな」
「だから、もう黙って……」
いつも冷淡で変化の少ない表情が、自分のせいで崩れているのだと思うと気分がいい。
調子に乗ってアイスをもう一度差し出したら、もの凄い形相で睨まれた。



