先輩、ボクを

 これはもう仕方ない。

 さくら先輩は大会予選を体調不良で休んでいた。
 小太郎先輩は団体戦に出る先輩方と奥の席で話をしていた。最後にボクが乗り込んで、すぐ出発になった。

 荷物が椅子の上にあったので、座るために移動させて、席についた。ショーゲン先輩に別に何かされたわけでもない。状況から先回りして皆心配してくれていたけど、そんなこともないのかも知れない……。深呼吸して座った。
「おはよう」
「おはようございます」
「朝早いから眠いね」
「そうですね、いつもより一時間半くらい早いですもんね」
「最近、練習俺あんまり見てないんだけど、優生くん、今どんな感じ?」
「そろそろゴム弓卒業して、巻藁挑戦します」
 巻藁は初心者の新入生の次の段階だ。遠くの的ではなく、目と鼻の先の藁を束ねた的に打ちこむ。
「お、順調じゃん。俺もそのくらいだったかな、一年の時」

「先輩、頑張ってください。応援してます」
 そんなに遠い会場ではないので、一時間もかからずに着いた。ショーゲン先輩とは心配したけど普通に話ができた。
 三年生の弓道部員は高校総体(インターハイ)で引退となる。個人で昇段試験を受ける、とかはあるけれど。その後は受験に向かって勉強一筋。
 話は普通にできたけど、並びの椅子で先輩の脚が肘掛けのラインより越境してくるのが困った。いや、これはなんか言うべき?でも、これから試合なのにそんな事で不愉快にさせるのはなぁ……。小太郎先輩とバスに乗る時には、そんなこと一回もないのに。小太郎先輩の方が身長も脚も長いけど。

「優生くん、気がつかなくてごめんね、大丈夫?」
 ショーゲン先輩はもうバスの外にいた。降りぎわに小太郎先輩が小さく声をかけてくれた。
「普通に話しました。大丈夫です」
「うん、よかった」
「試合、頑張ってください。応援してます」
 これは心からの声だ。ショーゲン先輩も一応応援してるけど。
「うん。ありがとう。がんばるね」

 地区予選会は男女別で団体、個人の全部で一日がかりだ。ここで勝ち上がると県代表で関東地区大会に出る。
 
 スポーツセンターの弓道場は古そうだけど、貫禄があった。学校の弓道場よりずっと大きい。男女別に振り分けた道具をそれぞれの控え室に運び込む。まずは選手たちは弓道着に着替える。一年でも経験者の二名は先輩方と一緒に参加する。残りのボクたちはお手伝いと見学と応援だ。

 団体予選、個人予選、午後に両方の本戦。予選である程度の成績以下だと足切りされる。

 結果は男子団体三位、二位の学校と競り合いになって負けた。このために午後の個人戦開始が遅れて、全部終わったらもう夕方だった。女子は団体予選落ち。個人は三年の一人がベスト十六に入った。ショーゲン先輩は調子崩れて、予選落ち。小太郎先輩は個人二位だった。

 小太郎先輩の安定感がすごい。優勝争いも絶対勝ったと思ったのに、残念だった。相手は三年だったし。
 どうやったら、あんなに自信たっぷりでいられるんだろう? やっぱり練習かな? 悩みとかないのかな? 不安も。聞いたら、そんなことないよって笑われそう。

 帰りのバスに乗る時、小太郎先輩が乗り込んだタイミングで拍手が起こった。男子の団体と、小太郎先輩と山老主将は個人でも関東大会に出る。
 県代表として出た関東大会で上位だと、学校の四階ベランダから下がる懸垂幕に「弓道部団体男子、関東地区大会優勝」とか出るらしい。
 嶺南高校は公立の進学校ではあるけど、スポーツも力を入れているので野球部とかも強い。夏には色んな懸垂幕がはためく校舎に向かって登校するんだ。
 
 帰りのバスは行きと同じ席に座ることになった。

 日中、屋根のない応援席で日に当たっていたせいか、ボクは少し頭痛がしていた。
「お疲れ様でした。残念でしたね」
「応援して貰ったのに、残念だったよ」
 ショーゲン先輩は朝より元気がなかった。
「先輩、ボク少し頭が痛くて。申し訳ないんですが、帰り、寝ますね」
「うん、寝な寝な。一日がかりで疲れたよね」

 バスの中は、静かで、ほとんどの部員が寝ていた。
 窓に寄りかかって目を閉じていたけど、やっぱり、ショーゲン先輩と脚が当たるのが気になっていた。生あったかい……。

 学校に着くと、大体の親が迎えに来ていた。親の迎えがない家は、同じ方向に行く車に乗せてもらって帰る。バスから荷物を下ろして、部室の中にとりあえず突っ込む。もう遅いので、しっかりした片付けは明日だ。バス待機所に戻ると母が来ていた。
「お疲れ様でしたー」「お疲れー」「ありがとうございました」「また明日」

 見回すと、小太郎先輩も迎えの車に乗るところだった。
「お疲れ様でした。おやすみなさい」
 聞こえなくても、声をかけた。小太郎先輩の乗った車のテールランプを見送った。