先輩、ボクを


「優生くん、『好きにしろ』ってわかる? 好きにするってどうしたらいい?」
「好きにしろって、誰かに言われたんですか?」
「早希さんが母親が……戻って来たからもういいわよって。何でも小太郎の好きにしなさいって」
 悲しかったら泣けばいいのに、まるで空虚って顔だった。
「もう一人、男の子が出来たから、病院の跡取りに縛られることだって無いって」
 全く抑揚のない、機械のような話し方で先輩は続けた。
「優生くんと一緒に好きなように生きなさい……て……」

「先輩。ボクが話を聞いてきます。待っていて。でも、まずは」
 先輩の懐に入って、大きな体を抱きしめた。少し冷えて来てはいるけど、震えていた。

 どういうこと? 加賀美の家でお母さんだけ、僕たちのことに反対しているんだろうか? そんな可能性ある? ここにもう正胤さんと悠人さんが早希さんが結婚する前にずっと仲良く暮らしているのに? 自分の息子は許せないってこと?
 考えていたって仕方ない。直接聞かなきゃ……怖いけど。

「小太郎先輩、庭から入れる鍵はどこ?」
 小太郎先輩が指さした先の壁に下がっていた。そうだった、ここが定位置だ。几帳面だからいつもおんなじ場所にあるんだ。
「ボク、母屋に行ってきます。ここで待っていてくれますか?」
 もう一度ギュウッて抱きしめてから、椅子に座らせて、肩にジャケットをかけた。

 何がどういうこと? 多分世界で一番弱々なボクに世界で一番カッコいい小太郎先輩の心が守れるだろうか? でも、やる。小太郎先輩の為なら、火の中水の中……。
 鍵を持って、武者震いして母屋に行く。

 庭からぐるっと玄関に回って、インターホンを押す。しばらくすると、カチッと音がして、
「はい、どなた?」
 女の人の声がした。
「すみません、三崎優生と言います。小太郎先輩のことで話に来ました」
「あら、今開けますね、どうぞ」

 玄関ドアが開いて、早希さんが顔を出した。
「あの子、弓道場の方にいると思うんだけど……」
「知ってます。今会って来ました」
「小太郎先輩になんておっしゃったんですか? 先輩、ショック受けてますけど」
「え? どういうこと?」
「お母様にボクと勝手に生きて行きなさいって言われたって」「先輩、いつもあんなに頑張って……」「いつも、風の吹く尾根の上を自転車で渡るみたいにギリギリの気持ちで生きてるって言うくらい頑張ってるのに」「何でそんなこと言うんですか?」「ボクが気持ち悪いんなら、ボクは先輩から離れてもいいんで、先輩を認めてあげて……」「やっぱり、離れるのは無理なんですけど……」「やっぱ、ボクの家に連れて行きます」「ボクが面倒見ますから……」
 最初だけ威勢よく言えたのに、ぐずぐずになって、後半はわんわん泣きながらだった。
 正胤さんも悠人さんも多分、お父さんの炎さんも全員が集まってきた。そういえば、お母さんのお腹少し出てるから、妊娠中なのか。

「優生くん、どうしたの? そんなに泣いて」
 悠人さんが声をかけて来た。多分、この人が一番小太郎先輩の気持ちがわかりそう。
「先輩が家族に見捨てられたって、追い出されるって、お母さんに好きにしろって言われたって……虚な目で、泣けばいいのに泣かないで……ボクに電話くれました。あんなに頑張ってるのに、毎日毎日精一杯やってるのに、酷くないですか⁉︎」
 聞き取れてるかな? 泣いちゃって聞き取りにくそうだけど。

「弓道場ね? さっきのままね?」
 早希さんがそう言うと外に出て行った。ボクも、全員が続いた。
 途中で追いついたので、先回りして、小太郎先輩の前に出た。
「だめ! 近寄らないで!」
 ボクの広げた両手の中に誰も入らないで!

「そう言う意味じゃなかったのよ。小太郎に留守の間に正胤さんや病院を頼むわねっていって出かけたから、帰って来たからもう頼まれなくてもいいわって、ずっと自分の好きなこととか何かを我慢してたんなら、我慢しなくて良いわよってつもりだったの」
 息を切らせて、両手を広げているボクはまるでシャーシャーいってる猫みたいかも。
「……誤解ということですか?」
 早希さんが頷いた。
「ボクの母はボクが生まれただけで、笑っていてくれるだけで百点って言ってくれました。小太郎先輩は、学校や世間に認められていても、家族に認められていない気がします」
 ボクは先輩をもう一度ギュッとした。
「先輩、先輩はいつも頑張って結果を出してすごいです。カッコよくて優しくてボクの憧れです」
 もう一度抱きしめながら、小さく聞いた。
「誤解だったんですって。大丈夫ですか? 愛してるって言われたら、頑張ったねって言われたら、許してあげられますか?」
 少しだけ、頷いた気がした。

「ごめんなさい、あなたに甘えて十年も。寂しかったわよね。今日も言葉足らずで傷つけて。愛してるわ」
「しっかりして見えてしまって、君がつらいのがわからなかった。頑張っていたんだね、愛してるよ、ごめん」
 という、謎の儀式が執り行われた。
「ストレス反応かな?一緒にいたのに、小太郎がため込んだ気持ちに気が付かなくて、申し訳ない。」
「もっと言葉にして、伝えてくれ。愛してるよ、ごめん」
 正胤さんと悠人さんの言葉はもうちょっと寄り添ってとダメ出しした。やり直し。

 小太郎先輩を抱き上げて、正胤さんが母屋に向かった。すごい力持ちだ。小太郎先輩が子供みたいでボクは満足した。
 家族でお帰りなさいパーティの予定だったらしいけど、小太郎先輩はそのまま部屋で寝かされた。ボクは泊まり込むことにした。

「優生くん、ありがとう。僕、子供みたいだよね……」
「先輩は、どんな時もカッコいいですよ」

 月明かりが窓から差していた。部屋の明かりはつけずに、ベッドに横になった先輩にキスをした。
 ちゃんと目は閉じた。