先輩、ボクを


「こんな矢だったんですか?」
 弓道で使う矢とは全然違う、音の鳴る鏑矢(かぶらや)に似た神頭矢(じんとうや)を三本、腰の(えびら)に付けた。
「これで板を割るんだよ」
 神頭矢は矢の先に固い木の塊が付いている。こんなの、まっすぐ飛ばないんじゃ?
 心配したって仕方ない。既に去年小太郎先輩は流鏑馬を成功させている。

 何にもお手伝い出来なかったので、せめて、スマホで写真を撮りまくった。
 小太郎先輩、カッコいい。僕の彼氏、カッコいい……。
 並んで撮った写真のボクは茹で蛸みたいに真っ赤だった。
「あれ? まだ恥ずかしいの?」
 小太郎先輩の問いに、
「先輩がカッコよすぎて……」
 聞こえたらしい正胤さんがちょっと吹いていた。

 移動するよと言われて、付き添って歩く。
 途中で雪影号と合流。ボクの彼を頼むね、って言いながらタテガミを掻いてやる。

 スマホの撮影距離は短いので、今回は割とスタート地点近くで待機。そして連写。

 走りすぎて行った小太郎先輩を目で追うと、二つ目の的を行きすぎながら振り返って射っていた。カッコいい!けど危なかった。
 三つの的を全部割って、無事完了。良かった。来年も豊作だ。

 今回も最初の鏑矢を拾って控え室に戻ると、小太郎先輩や他の皆さんはまだ戻っていなかった。拝殿から祝詞が聞こえるから、関連行事がまだ終わってないのかも。
 カメラロールを確認しながら待っていた。最初に馬上で鏑矢を射る小太郎先輩、弓を持って手綱も持って走り出す小太郎先輩、画面の上を飛ぶように走っている雪影号に乗っている武者姿の小太郎先輩。カッコいい……。

「お待たせ、優生くん」
「お帰りなさい」
「あれ? また真っ赤になってるけど?」
「今、カメラロール確認してました。ボク、来年一眼レフとか用意しようかな」
「どれどれ?」
その場の全員で写真を確認。神社のホームページに使う話とかが出た。

「優生くん、二番的見てた?」
「カッコよかったです! 振り返り気味に射ったやつですよね? 遠くて写真撮ってないんですけど」
「神頭矢が箙に引っかかって一瞬取れなくて弓引きが雪影号の二歩分くらい遅れちゃって」
「……怒られたりしますか?」
「いや、挽回できた失敗は正胤さん怒らないよね?」
 正胤さんは頷いた。
「次回何か手を考える」
「そうだ。帰ってきたら、まずはこれだった」
 ボクは両手を絡めて小太郎先輩の頭を引き寄せた。
「よく頑張りました。お疲れ様でした」
 先輩の頭を胸に抱き寄せた。身長差でボクの肩に頭が来る感じになっちゃったけど。
「うん。ありがとう……褒められるとくすぐったいね」
「きっと先輩なんでも出来ちゃうから、いちいち褒められたり感謝されたりしないんじゃないかなと思って。ボクがありがとうって、凄いって、カッコいいって言いますからね、これからは」
 また、バスの中のように生暖かい雰囲気になっちゃったけど、いいや。先輩が喜んでくれたら。

 何にもしていなかったボクにも、仕出し弁当が振舞われて、いただいて解散になった。

 この後、新人戦の全国選抜まで、少しだけ余裕がある。
 全国選抜は年末。クリスマスの直前に二泊三日。会場が遠いので前泊後泊があれば、三泊四日か四泊五日かも。
 そんな話をきゃっきゃとして、家まで送っていただいた。楽しみ〜。

 約一月を調整でゆっくり過ごす。関東選抜に出る何人かはそこまでゆっくりじゃないけど。

「優生くん、僕の両親が帰ってくることになったんだ」
 小太郎先輩からのお知らせ。
「ご挨拶に伺いますか?」
「いや、まだいいよ。前は三人で都内で暮らしていたんだけど、その家はもうないからしばらくはこの家に一緒に暮らすことになった。だから、これから機会はあると思う」
「そうですか、楽しみですね」
「十年ぶりだからね。なんか緊張する」
「そんなもんですかね? でもご両親ですから、会えばすぐ慣れますよ」

 そんな話をしていた次の週、週末にいよいよご両親が帰ってくるという話で、ボクは週明けの先輩の話を楽しみにしていた。
 夕方近く、スマホが鳴った。それは小太郎先輩からで……。

「優生くん……お願い……来て」
 初めて聞くような先輩の声だった。泣いてるような、これ以上、話せない声が出ないってくらいの小さな声。
「行きます! 待ってて。弓道場の方ですか?」

 待っていられず、駅まで行ってタクシーに乗った。そろそろ冬になる。加賀美病院のエントランスで降りると、大きな枯葉が風で渦を巻いていた。連絡をもらってから、三十分くらいだろうか? 急いで弓道場へ向かった。

「先輩!」
 手前から、射場の板張りの上に座り込んでいる小太郎先輩が見えた。怪我? 急病? 全力疾走した。
「先輩! 先輩! どうしました? 大丈夫ですか?」
 小太郎先輩がこんなに小さく見えた事はない。少しだけ、顔を上げた先輩は
「どうしていいかわからない……」
 虚な目で、無表情で、ボクの後ろの方を見てつぶやいた。

「なんでなんだ? どういうこと?」