先輩、ボクを

「紬、優生くん来たよ」

 ドアの方が見えたさくら先輩が言った。紬さんは部屋の真ん中のローテーブルの方に移動した。
「どうぞ」

 少し混乱したけど、納得もした。ボクは横になっているさくら先輩に声をかけた。
「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。でも、ずっと悩んでた問題がやっと片付くと思ったら、スッキリする」
 さくら先輩は、よっこらせと起き上がって皆でローテーブルを囲んだ。
「起きていいんですか?」
「いいよ。まだ手術してないから」
 紬さんは少ししんみりした感じで黙っていた。

 ドアをノックして麻里さんがお茶と和菓子を持ってきてくれた。
「お持たせですが」
 言い終わるかどうかくらいで、ボクの方に向き直って、
「凄いよ、優生くん、和菓子とっても綺麗。秋を感じる」
 お茶碗ではなく飲みやすくマグに注がれたお抹茶と和菓子をテーブルに出しながら
「乱菊」「もみじ」「銀杏」「名月」
 あれ? 四人分? 自分も一緒にお茶タイム?
「優生くん、何? ツボってんの?」
 さくら先輩が聞いてきた。ボクは可笑しくなっちゃって笑いが止まらない。
「この前、悠人さんが同じようなこと言ってて。和菓子は芸術だとか。うちの母が繊細に違いないだとか……小太郎先輩と笑っちゃって」

「あら」
 麻里さんがさくら先輩を見た。
「この子、こたの?」
 さくら先輩も麻里さんに
「そう、こたの」
 紬さんが
「加賀美小太郎君でしょ」
「紬、ごめん。麻里さんに釣られた」
「もう」
 って言いながら、和菓子を食べて、お抹茶を飲む紬さんに全員続いた。
「美味しい。手術頑張れるわ」

「ただいまー。あ、こんにちは」
 中学生の男の子が部屋を覗いた。
「おかえりー、(かえで)
「え? 美味しそ」
「楓のも台所にあるから……優生くんにいただいたのよ」
 麻里さんはそのまま台所に行ってしまった。
「さくら先輩、弟さんですか?」
「うん。今度嶺南を受験するよ。今中学の弓道部だから、受かったらよろしくね」
「こっちの中学、弓道部あるんですね、いいなぁ」
「海が近くて風強いけどね。よく紬が風で持ってかれて、隣の的に中ててた」
「あれ、笑っちゃいますよね。ボクも最初何回かやりました」
「風もないのに?」
 紬さんが会話に入ってきた。
「風もないのにですよ。一瞬シーンとして、皆が笑うんですよ。もうそんな事はないですけどね」

 入学して半年が過ぎようとしている。その間にボクは初段が取れるくらいになった。さくら先輩は半分くらい病気のせいで部活動ができなかった。学校もずいぶん休んだりしていたらしい。それがもう心配いらなくなるのはいいことだ。
「どうしてもなら、大金がかかるけど自分の子も持てないこともないらしい。でも楓もいるから、血は繋げるし、もともと紬と生きてくって決めてたから。幼稚園の時から」
「でも、手術は怖いよね」
 また紬さんがしょんぼりし始めた。
「もう、紬、毎日来て泣くのやめて。笑ってくれないと元気出ないじゃん」
「え、ちょっと。いちゃつくんなら、ボク帰りますよ」
「「いちゃついてないでしょ!! 」」
 あ、元気になった。

 次の週の初めにさくら先輩は手術を受けてた。紬さんは学校を休んで付き添っていた。
 手術は癒着ほぼなく、経過も良さそうで、三日目には歩いたりしてるそう。この調子なら思ったより早く復帰できそうって、紬さんが喜んでた。

「行ってらっしゃい。良い報告を待ってます。ネット配信で応援してますね」
 本州北部での開催の為、小太郎先輩は木曜の午前までで公休扱いで学校から出発した。翌金曜から遠的の予選、決勝トーナメント、近的の予選、決勝トーナメントが行われる。月曜の閉会式後まで帰れないらしい。

 金曜は授業があるので所々しか配信を見られなかった。それでも、見ている時に写った先輩は一メートルの的の真ん中の十センチの十点の部分にズバズバ当てていた。六十メートル手前の距離から。全国に小太郎先輩の勇姿が配信されてるんだと思うと複雑。かっこいいから全国にファンができちゃう。
 
 二日目の土曜日は朝から部室で応援、大きめ画面のタブレットとポケットWi-Fiを持ってきた先輩を「神」として、配信を見る。顧問が視聴覚室を開けてくれたので移動する。視聴覚室のプロジェクターで見る。プロジェクターの大きな画面いっぱいが小太郎先輩なんてすごい。視聴覚室には他の先生や校長先生も見に現れた。見ている全員で的中の時の、「よし!」どんなに大声でも大丈夫だ。
 遠的の結果は三位。三位は二組いる。小太郎先輩は全部を10点に中てていたけど。団体戦なので、仕方ない。
 
 日曜日、また学校の視聴覚室へ。近的も小太郎先輩は完璧だった。皆中。放送の解説の人はあんまり自分の感想は言わないんだけど、小太郎先輩を「すごいですねぇ」って言った。個人成績は出ないんだけど、一つも外していない人は他にいないと思う。近的の決勝トーナメントは最終日に開催だ。

 邪魔かもと思って連絡していなかった。でも、我慢できずにチャット送る。
「学校の視聴覚室のプロジェクターで土日は応援しました。小太郎先輩の大活躍で、盛り上がってました。
 さくら先輩は経過良好なようで、紬さんも喜んでましたよ。
 慣れない場所で何日も過ごすの、大変ですね。あと一日、頑張ってください
 お忙しいだろうから、返信無用です」

「優生くん、連絡ありがとう。応援もありがとう。もうすぐ帰ります。
 斎藤桃子さん、経過順調らしいね。僕にも連絡きました。負けるな、と。あの人、適度に弱ってる方がいいよね」
 内緒、のスタンプ。
「あ、ちょっと待ってね」

「今、同室の佐々木さんに、彼女とチャットしてるのかって聞かれちゃった」
「え? 二人部屋なんですか? ……なんて答えたんですか?」
「協会でホテルとってくれてるから、僕は佐々木さんと一緒で、もう一人の選手は控えの選手と一緒。佐々木さんはインターハイで戦った因縁の相手。三年生で、彼女がいるって言ってた。夜、部屋の外まで出て通話してる」
 佐々木さん、いいなぁ、小太郎先輩と同室。
「なんて答えました?」
 意地悪で聞いた。その答えでビックリすることになったけど。
「彼女じゃないけど、好きな子って言った。あ、消灯だ。明日、また連絡するね」
 おやすみってスタンプ。ボクも返した……。