先輩、ボクを

「さくら先輩に、小太郎先輩とは親戚だって聞きました」
「え? そうなの? ……なんて言ってた?」
「いとこと思ってくれたらいいよって。ボク、お二人が仲良さそうで、ただの友達じゃないなと思って聞いちゃいました」
「小さい時に両親と斎藤桃子さんの家に遊びに行って、よくいじめられた。仲良いって言うより、お互い、知ってることが多いって感じかな」
「私の方が叔母だから偉いのよって言ってました」
「ははは。言いそう、それ。うん、だから、僕にとって斎藤桃子さんは色々説明が必要じゃなくて話しやすいけど、恐い人。怒るポイントが分からない」
「それ、世の中の男の人が女の人に思ってる感覚かも。ボク割と女子会とかで浮かないんですけど。男子って、もう一歩女子の気持ち考えられなくて怒られる感じです。考えられないっていうか、視点が違うっていうか」
「優生くん、すごいね。女心が理解出来る男。恋愛負けなしじゃん」
「……分かるっていうか、それが気持ち悪いって言われる所以ですかね……。ボク、女の子と付き合いたいって思わないです。むしろ分かり合える友達って感じです」
 高速の合流地点で車が大きく揺れた。小太郎先輩が体を支えるようとシートについた手がボクの手に触れた。
 二人とも、そのまま指を動かせなかった。不快ではなかった。むしろ、もう一度揺れたらもっと手を重ねたいと思った。

 でも、二人とも手を引けなかったし、車はそれ以上大きく揺れることは無かった。

「小太郎先輩、ボク、さくら先輩と紬さんと一緒に昇段試験受けに行きます。申し込んでから、日にちが重なっていたらですけど」
「いつ位だっけ? 秋の昇段試験」
「九月の終わりくらいです。さくら先輩とは受ける段位が違ってるから、日程重ならないかもなんですけど」
「優生くん、前期の期末試験の最終日にうちにおいで。昇段試験はまた見る所違うから、体配とか型をみてあげるよ」
 それから、顔をボクの方に向けて、とても優しい目をして言った。
「その日、一緒に晩御飯をどうかな? 祖父と悠人(ユウジン)が一緒だけど、全然怖い人達じゃないから」
「弓道場を使わせて貰ったお礼も申し上げたいですし、喜んで……緊張しますけど」

「ありがとうございました」
 家まで送って貰った。とてもいい、夏の最後の日曜日だった。走り去る車にずっと手を振った。

 夏休みが明けて、しばらくすると、不祥事で片付けられてしまった弓道部のインターハイの懸垂幕の代わりに、小太郎先輩の国民スポーツ大会関東地区代表の懸垂幕が上がった。十月の中旬に四日間本大会が開催される。本州北部会場なので、ボクは行けないから配信で部活か個人で応援だろうなぁ。その前に前期の期末試験と昇段試験を頑張ることがボクの目標だ。

 期末試験の一週間前から、部活禁止になる。今回は一週間と試験期間、全く弓を持たなかった。イメージトレーニングのみ。
 全然焦らなかった。多分、もう体で覚えている気がした。

 期末試験はまぁまぁだった気がする。まだ結果出ていないけど。弓道も勉強も慣れてきていると思う。何しろ、理数科特進の小太郎先輩の後を追うには、頑張らないと。小太郎先輩が医師になるとしたら、ボクはおそらく学力的にも金銭的にも同じ医師は無理だから、せめて医療周りの技術職を目指したい。ずっと小太郎先輩と勉強も仕事も弓道も一緒にしたい。

 実際には、小太郎先輩に彼女が出来たり、家庭が出来たりしたら寂しくないかって言ったら分からないけど。国民スポーツ大会本大会後に新人戦がある。それから来年のインターハイを目指すだけなんだ。きっと仕事や弓道なら追いかけても気持ち悪くない。同僚や仲間なら。それで多分、充分幸せだ。

 期末試験最終日、明日から三日間の秋休み。
 昇降口で小太郎先輩と一緒になって病院のバスに乗り込む。
「あれ? 優生くん、道具は?」
「駅で母が持って待ってます」
 また手土産が店の和菓子で、学校に持って来られなかったので、弓道の道具も一緒に駅まで持ってきてくれるように頼んだ。駅で待っていた母は弾丸トークで小太郎先輩と運転手さんを圧倒した。
「母さん、ありがとう。行ってきます」
「ゆうちゃん、練習頑張って」

 薄々わかってはいたけど、きっとボクは一生『ゆうちゃん』なんだろうな。

「なんかすいません、うるさくて」
 席に戻ると、小太郎先輩が笑っていたので謝った。
「優生くんのことが大好きなのがわかるよ」
「それはそうなんですけどね。有難いんですけどね……。強火すぎて」
「あはは」
「風向き無視で、ガンガンきます」
「あはは」
 母さんのお陰で、小太郎先輩の珍しい爆笑シーンが見られた。
「去年実家に戻ってから、和菓子作って新商品も開発して、頑張ってボクを育ててくれてるんですけど……多分ボク一生、おじさんになっても『ゆうちゃん』ですよね」
「一生懸命なんだね、ありがたいよね」
「いつだったか、『ゆうちゃん』呼び禁止したら、その後、母の世界から全ての固有名詞が行方不明になっちゃって……無理でした」
「あはは」
「ずっと、ほら、あの、あれが、ほら……ってなっちゃうんで」
 小太郎先輩の笑顔と笑い声を乗せたバスは病院に着いた。