先輩、ボクを

 それから必死で勉強した。何が何でも嶺南高校に入学して、弓道部に入るんだ、って。

 四月の晴れた朝、母に嶺南高校入学式と書かれた看板の横で写真を撮られる。看板は人気スポットで、撮ったら直ぐ交代だ。

「本当に良かったわ、ゆうちゃんが嶺南高校に入れて。あ、ゆうちゃん、ここ、この木の前でもう一枚」
 昔は入学式の定番だったらしいソメイヨシノは、校門の左側にあっていい感じの枝ぶりだったけど、温暖化のせいで今はとっくに散っていた。
 母が言う「この木」とは、校門の右側の八重の枝垂れ桜だ。濃いめのピンクの花が満開だった。
「母さん、『ゆうちゃん』はやめてって言ったよね、もう高校生なんだから」
 写真の為に顔はにこやかに、口調だけ文句を言っていたら、母の後ろに立った人が言った。
 
「写真、僕が撮りましょうか?」
「え?」
「お母様、三崎君と並んでください。はい、撮りまーす。笑ってー」
 加賀美先輩はボクと母を撮ってくれた。
「加賀美先輩、覚えててくれたんですね」
 先輩はただ黙って頷いた。
「三崎君、新歓始まったら、絶対弓道部に来てよ」
「行きます。……先輩、今日はなんで?」
「今年度僕、生徒会副会長なんだけど、三年の会長の体調不良で、代わりに今日の在校生代表の挨拶するんだ」
 ここまでで、不思議そうにキョロキョロしていた母が、
「ゆうちゃんと並んで。写真撮っていい?」
「僕?」
 加賀美先輩がびっくりしていたけど、母は気にせず、
「はいチーズ!」
 ほとんど強引に母が撮ったボクと加賀美先輩のツーショット写真。これはグッジョブだよ、母さん。

「またね、三崎君」
「ありがとうございました」
 ペコリとお辞儀して、見送って、
「母さん、先輩の写真ボクに送っておいて」
「ゆうちゃん、いつの間に?」
 聞きたそうだった母に答える間もなく、会場への移動が案内された。

 入学式は体育館で新入生はクラス別。父兄は後ろの席だった。
 長い校長先生の挨拶も、新入生一人一人名前を呼ばれて返事をする待機時間も、加賀美先輩を見ていた。全然苦痛じゃない。
 加賀美先輩の『在校生の歓迎の言葉』は素晴らしかった。急に頼まれたのに原稿も見ずに挨拶できるなんて、ほんと、すごい。
 多分、一年生の女子の八割がトリコになってそう。
 クラス毎に教室への移動中も、女子の
「生徒会副会長、イケメン!」「何あのビジュ」「なんでも出来そう」
 なんて言う声が聞こえて来て、ニヤついてしまう。加賀美先輩はイケメンで、何をやらせても出来ちゃうシゴデキで、生徒会副会長で、弓道部員で、流鏑馬(やぶさめ)だってやりこなすんだゼ。って思いながら、母が送ってきた、さっき撮ったボクと二人の写真を見た。カッコいい。

 入学式の翌日から始まった部活動の新歓こと新入生歓迎会。勿論、弓道部へ顔を出した。

 緩い丘の途中にある高校は広い敷地を持っていて、バス停のある通りから校舎へ行くには少し坂を登る。
 校舎の裏にある武道館のさらに奥に弓道場があった。

「今年、加賀美君のお陰で見学者多くて……」
 外にテーブルを出して、受付が行われていた。見学の注意点とか、入部までの説明も。

 弓道場は、とにかく静かで、見学者は黙って壁沿いで座っているように言われた。ぎゅうぎゅうで三列。八割が女子。板張りの上に座るのはちょっと辛い。奥にパイプ椅子数個が重なったままになってるけど、多分例年通り用意したのが足りなくて、むしろ出さないことにしたのかも知れない。

 弓道着の袴姿の五人が、道場に礼をして入ってきた。静かに歩いて、位置に着く。
 加賀美先輩は中央。あれ? 弓道の弓って、大きいな。
 試技は全部で矢を二本。右の人から左の人へ順に一本矢を射って、五人とも矢を射終えたら、もう一度順番に射った。
 また順番に礼をして、出ていった。

 全部で十五分くらいだったけど、板の間に座った弊害で、みんな立つ時にイタタタってなっていた。正座していた子はしばらく歩けなかった。靴を履いて、外に出ると試技を披露した五人が見送ってくれた。

「三崎君!」
 ボクに声をかける加賀美先輩。周りの女子に注目されるボク。
「なんか、強引に誘っちゃって、今更悪かったかと思って。他の部も見学してから決めていいんだよ」
「いえ、ボク合格したら弓道部に入るつもりでした。よろしくお願いします」
「そうか、良かった」
 にっこり笑う加賀美先輩に、うっとりな女子が半分。ボクに、なにこの子ってなってる女子が半分。

 正式入部までの一週間、毎日見学に行った。

 結局入部したのは男女合わせて十五人。それでも例年の倍なんだそう。
 来週からは本格的に活動開始だ。