「紬さんも弓道、やるんですね?」
中学時代の物だろうか? 一式を持っているのは本格的に活動していたんだろう。
「部活動としてはやっていないんだけど、去年から加賀美君の所で毎週稽古していたの」
「じゃあ、ボクより上手いんですね。教えてくださいね」
車が加賀美病院に着いた。
「木村さん、ありがとう。二時間後にまたお願いします」
運転手さんに小太郎先輩が言った。
「あ、これ、どうぞ。いつもバスでお世話になって……」
よかったら、とボクは母の持たせてくれたうちの一箱を渡した。
「いや、仕事ですから……、じゃあ、遠慮なく、ご馳走様です」
なんとかもらってくれた。
さくら先輩と紬さんにも同じ物を。
「え?なにコレ可愛い〜っ」
紬さんはパッケージを見て喜んだ。
「あ、知ってる。この前テレビで見た。嶺南の老舗和菓子屋さんが新しく売り出した焼き菓子でしょ?」
「ウサギなんだね、商品名が『負けないぴょん』」
「去年の秋くらいから売り出したんでしょ。受験の合格祈願とか就活とかに喜ばれてるって。優生くんちって、その和菓子屋さんなの?」
「そうです、祖父母と母がやってます」
「あ、あれだ。お笑いの『ゆき×むら』が出てる街歩き番組でしょう?」
え? そういえば、母さんがそんなことを言ってた気がする。
「優生くん、タレントさんとか会ったことある?」
「全然ないです」
「わー、興味なさそう」
「身近に下手なタレントよりかっこいい人いると、興味湧かないよね」
「お待たせしました」
弓道場の鍵を取りに行っていた小太郎先輩が戻ってきた。
「病院の総合受付に、弓道場に来ましたって言うと鍵出してくれるから。鍵と札を貰って、札は病院の入り口のここにかける。次に来た人が中に入らなくても弓道場が開いているのが分かる。鍵を返す時に、ここに札があったら札も返す」
これはさくら先輩と紬さんは知ってることなので、ボクに言ってくれたんだな。
「小太郎先輩、これを」
「ありがとう。生の和菓子も美味しかったけど、これ、可愛いね」
「生地に小豆も入った焼き菓子です。母が考案したので、商品名までうるさいです」
「いいお母さんだよ、優生くん」
それから、みんなで弓道場へ行って練習した。
さくら先輩と紬さんが生の和菓子の話に触れないってことは、ボクが殺してくださいって言ってぶっ倒れた時の話はもう、小太郎先輩から聞いてるんだな。退院の話も小太郎先輩は早くに聞いていたみたいだから、いつも連絡取り合ってるんだな……。
なんか羨ましい……。
雑念まみれのボクの矢は元気にあっちこっちに飛んでいた。
弓道場は五人が立てる広さだった。安土は倍の長さをとっていて遠的の的も隣にある。並んで後ろ隣に遠的の射場がある。暫くすると小太郎先輩は遠的の方へ移動した。姿は見えなくても、的に矢が刺さるのは見える。
小太郎先輩が移動前にボクに声をかけて行った。
「優生くん、背中が伸びていないんだよ。落ち着いて、姿勢を意識して。好きなタイミングで射っていいんだから」
一番後ろに立っていたのに、なんでわかるんだろ? ボクのことを見ていてくれたと思うだけで嬉しい。
紬さんは中学生の時にさくら先輩と一緒に一級まで取っていた。さくら先輩は去年秋に初段を取ったけど、紬さんは入ってすぐに弓道部を辞めちゃったんでそのままなんだそう。今年、秋に二段を受けるさくら先輩と一緒に初段を取るつもりらしい。
「どれ、優生くん、姿勢見ようか」
「もも、私も見る。先輩風吹かしたい」
二人がかりだ。
「ゴム弓」
「ゴム弓だな」
二人に言われて、久しぶりにゴム弓を引く。
「あー……」
「なるほどね」
何が、なるほど?
「いろいろ思うところがあって、凹んでいたり?」
「風邪も引いて寝込んだりしたもんね」
まぁそれから、肩の力を抜きなさいとか、ちゃんと骨盤の上に背骨を立てなさいとか、弓をもっと引きつけてとか沢山言われて訳わからなくなるという……。
「優生くん、多分鏡の前で自分で見たら出来ると思うよ」
「今まで出来てたんなら、今の状態がわからないだけだもんね」
壁の鏡の前でやってみる。言われた事の一つ一つが納得できる。
こんなふうに迷子になった時にこっちだよって教えて貰えるのってありがたいなぁって思いながらゴム弓を引く。
時々、遠的の的の音がする。
さくら先輩と紬さんの静かな練習の合間の一言二言の声がする。
可愛い声の鳥の歌が聞こえる。
幸せな気持ちで今日の練習を終える。
帰りは自宅まで送ってもらう。小太郎先輩も一緒。
まずはさくら先輩と紬さんの家。海の近く。いつも学校まで路線バスで来ているらしい。
夏の日差しが海面に反射してキラキラしてる。
「ボク、海を見たの久しぶりです」
「僕もだ。いいね。泳ぐんじゃなくても、見るだけでも。夏って気がする」
これはもうドライブと言っていいんじゃない?
二人の家は五軒くらい離れたご近所さんだった。
それからボクを送って貰って解散だった。
夜、チャットアプリで小太郎先輩にお礼とおやすみなさいの挨拶を送った。
「おやすみ、また明日」
中学時代の物だろうか? 一式を持っているのは本格的に活動していたんだろう。
「部活動としてはやっていないんだけど、去年から加賀美君の所で毎週稽古していたの」
「じゃあ、ボクより上手いんですね。教えてくださいね」
車が加賀美病院に着いた。
「木村さん、ありがとう。二時間後にまたお願いします」
運転手さんに小太郎先輩が言った。
「あ、これ、どうぞ。いつもバスでお世話になって……」
よかったら、とボクは母の持たせてくれたうちの一箱を渡した。
「いや、仕事ですから……、じゃあ、遠慮なく、ご馳走様です」
なんとかもらってくれた。
さくら先輩と紬さんにも同じ物を。
「え?なにコレ可愛い〜っ」
紬さんはパッケージを見て喜んだ。
「あ、知ってる。この前テレビで見た。嶺南の老舗和菓子屋さんが新しく売り出した焼き菓子でしょ?」
「ウサギなんだね、商品名が『負けないぴょん』」
「去年の秋くらいから売り出したんでしょ。受験の合格祈願とか就活とかに喜ばれてるって。優生くんちって、その和菓子屋さんなの?」
「そうです、祖父母と母がやってます」
「あ、あれだ。お笑いの『ゆき×むら』が出てる街歩き番組でしょう?」
え? そういえば、母さんがそんなことを言ってた気がする。
「優生くん、タレントさんとか会ったことある?」
「全然ないです」
「わー、興味なさそう」
「身近に下手なタレントよりかっこいい人いると、興味湧かないよね」
「お待たせしました」
弓道場の鍵を取りに行っていた小太郎先輩が戻ってきた。
「病院の総合受付に、弓道場に来ましたって言うと鍵出してくれるから。鍵と札を貰って、札は病院の入り口のここにかける。次に来た人が中に入らなくても弓道場が開いているのが分かる。鍵を返す時に、ここに札があったら札も返す」
これはさくら先輩と紬さんは知ってることなので、ボクに言ってくれたんだな。
「小太郎先輩、これを」
「ありがとう。生の和菓子も美味しかったけど、これ、可愛いね」
「生地に小豆も入った焼き菓子です。母が考案したので、商品名までうるさいです」
「いいお母さんだよ、優生くん」
それから、みんなで弓道場へ行って練習した。
さくら先輩と紬さんが生の和菓子の話に触れないってことは、ボクが殺してくださいって言ってぶっ倒れた時の話はもう、小太郎先輩から聞いてるんだな。退院の話も小太郎先輩は早くに聞いていたみたいだから、いつも連絡取り合ってるんだな……。
なんか羨ましい……。
雑念まみれのボクの矢は元気にあっちこっちに飛んでいた。
弓道場は五人が立てる広さだった。安土は倍の長さをとっていて遠的の的も隣にある。並んで後ろ隣に遠的の射場がある。暫くすると小太郎先輩は遠的の方へ移動した。姿は見えなくても、的に矢が刺さるのは見える。
小太郎先輩が移動前にボクに声をかけて行った。
「優生くん、背中が伸びていないんだよ。落ち着いて、姿勢を意識して。好きなタイミングで射っていいんだから」
一番後ろに立っていたのに、なんでわかるんだろ? ボクのことを見ていてくれたと思うだけで嬉しい。
紬さんは中学生の時にさくら先輩と一緒に一級まで取っていた。さくら先輩は去年秋に初段を取ったけど、紬さんは入ってすぐに弓道部を辞めちゃったんでそのままなんだそう。今年、秋に二段を受けるさくら先輩と一緒に初段を取るつもりらしい。
「どれ、優生くん、姿勢見ようか」
「もも、私も見る。先輩風吹かしたい」
二人がかりだ。
「ゴム弓」
「ゴム弓だな」
二人に言われて、久しぶりにゴム弓を引く。
「あー……」
「なるほどね」
何が、なるほど?
「いろいろ思うところがあって、凹んでいたり?」
「風邪も引いて寝込んだりしたもんね」
まぁそれから、肩の力を抜きなさいとか、ちゃんと骨盤の上に背骨を立てなさいとか、弓をもっと引きつけてとか沢山言われて訳わからなくなるという……。
「優生くん、多分鏡の前で自分で見たら出来ると思うよ」
「今まで出来てたんなら、今の状態がわからないだけだもんね」
壁の鏡の前でやってみる。言われた事の一つ一つが納得できる。
こんなふうに迷子になった時にこっちだよって教えて貰えるのってありがたいなぁって思いながらゴム弓を引く。
時々、遠的の的の音がする。
さくら先輩と紬さんの静かな練習の合間の一言二言の声がする。
可愛い声の鳥の歌が聞こえる。
幸せな気持ちで今日の練習を終える。
帰りは自宅まで送ってもらう。小太郎先輩も一緒。
まずはさくら先輩と紬さんの家。海の近く。いつも学校まで路線バスで来ているらしい。
夏の日差しが海面に反射してキラキラしてる。
「ボク、海を見たの久しぶりです」
「僕もだ。いいね。泳ぐんじゃなくても、見るだけでも。夏って気がする」
これはもうドライブと言っていいんじゃない?
二人の家は五軒くらい離れたご近所さんだった。
それからボクを送って貰って解散だった。
夜、チャットアプリで小太郎先輩にお礼とおやすみなさいの挨拶を送った。
「おやすみ、また明日」
