生活魔法しか使えないから諦めてたのに……あれ?私、最強だった 〜5歳の転生幼女、自由気ままに異世界を生き抜く〜

 ゴミ区から出て、冒険者になった私。 
 翌日からも依頼をこなしながら、生活していた。
 依頼の内容は掃除。どの場所でも私が《清浄》でキレイにすると、みんな喜んでくれた。

 そして何日か経過し──今日の私は鍛治工房にいた。

「また世話になるよ。ちょっと目を離したら、すぐに散らかっちまうからな」
「何度でも呼んでください!」
 グレゴルさん、金払いがいいし!
「助かる。それに掃除のことがなくても、ユイが来ただけでみんな喜ぶんだぜ? お前さんがいると、工房全体が明るくなったみたいだ」
「へへへ」
 グレゴルさんに褒められて、照れる。
 最初は散らかり放題だった鍛治工房も、今では見違えるくらいにキレイになっている。
 職人さんたちの作業効率も上がり、最近では大口の仕事もゲットしたと聞いた。
 そんな時だった。

「──ここに噂の幼女はいるか?」

 昼前。
 ひとりの女性が、鍛治工房に現れた。
「あなたは?」
 私は彼女に問いかける。
 女性は高身長で、背中に大剣を携えていた。
 燃えるような赤髪が特徴的で、立ち振る舞いから隙を感じさせないような人だった。
「アタイはカレン。ここ、エルフィノラで冒険者をしている」
 女性──カレンさんが答える。
 すると……。
「カ、カレン!? あのSランク冒険者のカレンか?」
「“大地割きのカレン”の異名を持つといわれる……!」
「Sランク冒険者が、なんでここに?」
 工房内にいた職人さんたちが、一斉に騒ぎ出した。
 Sランク冒険者……七段階の依頼評価と同じだと考えれば、かなりの実力者みたいだ。
「カレン、なにしにきたんだ?」
 グレゴルさんは顔見知りだったのだろうか。
 面倒くさそうな口調で、カレンさんに声をかける。
「なに……遠征からエルフィノラに戻ってきたら、捨て子の幼女が冒険者になったって話を聞いてよ。しかもその幼女は生活魔法を使いこなし、鍛治工房に現れたモヤグロも一発で掃討したと聞く。ここまで聞いて、気にするなっていうのは無理な話だろ?」
 そう言って、次にカレンさんは私に視線を移す。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「ユイです」
「ユイ……か。いい名前だ。今日はユイに頼みがあって来た」
 カレンさんは背中に背負っていた大剣を抜き、近くのテーブルの上に置いた。
「これ、どう思う?」
「すっごく……錆びてます」
 元はどうだったか知らないが、刀身が錆だらけになっている。
 輝きも失われ、このまま使うなどもってのほかだろう。
「そうだ、錆びている」
 溜め息を吐くカレンさん。
「しばらく使わずに保管していたが、久しぶりに見てみたら、こうなっててな。できればもう一度使えるようにしたいが……ユイ、これを直せるか?」
 試すような口調でカレンさんが言う。
「カレン、お前、それは無理な話だ。ユイは生活魔法しか使えねえんだぞ? 鍛冶師じゃねえ。それにこんなに錆びちまったら、もう元には戻らねえ」
「まあまあ、いいじゃねえか。規格外の幼女だっていう話だ。力を試したくなるだろう?」
「相変わらず、面倒臭いことを考える女だ」
 顰めっ面を作るグレゴルさん。
 どうやら、私はカレンさんに試されているらしい。
 私も、このまま掃除の依頼をこなしていくだけじゃ、いつか冒険者としてどん詰まりになると思っていた。
 保険は必要。
 だから、掃除以外にできることの幅を広げる。
 そのためにもカレンさんの申し出を、受けてみよう。
「じゃあ、やってみますね」
 手をかざして、錆びた剣に《清浄》をかける。
 しかし、剣はキレイにはなったものの、錆びは取れなかった。
 どうやら《清浄》で剣の錆を取るのは無理っぽい。
「やっぱ、ダメだったか」
「すみません。ですが、他にも試したい方法があって……」
「ほお?」
 カレンさんが目を丸くする。
 私が使える生活魔法は《清浄》だけじゃない。
《洗濯》と《乾燥》、《調理》。そしてもうひとつ──《分別》という魔法があった。
 一度使ってみたことがあったが、これはどうやらゴミを分別する生活魔法らしい。
 お掃除に役立つ魔法だが、これなら──。
「私は《分別》も使えます。それで剣の錆びが取れないか、試してみますね」
「おい、待て。《分別》っていったら──」
 カレンさんの言葉を最後まで聞かず、私は錆びた剣に《分別》を使ってみる。
 すると──。

 剣の錆びが取れ、刀身が金色の輝きを放った。

「「「剣が蘇った!?」」」
 カレンさんだけではなく、グレゴルさん──そして工房内の職人さんがこぞって声を上げた。
「ユ、ユイ、お前なにをしたんだ?」
「え? 《分別》を使うと言いましたが……」
「アタイだって、基本的な魔法の知識なら頭に入っているが……《分別》ってのは、ゴミを分別する生活魔法だろう? なのに、どうして錆びた剣が蘇る?」
「錆び……つまり『ゴミ』ですよね」
 蘇った剣の隣に視線を移す。
 そこには、黒くて丸い塊が置いてあった。
「この黒い塊がさっき剣から取った錆び……つまり『ゴミ』ですね。『ゴミ』と『剣』を分別すれば、錆びが取れると思ったんです。これって普通ですよね?」
「普通じゃねえよ!」
 カレンさんに強く突っ込まれた。
 どうやら私の《分別》は、他とは少し違うらしい。
「……すまん。つい声を荒らげちまった。それほど今、お前がやったことはすごいことなんだ」
 頭に手を当て、疲れたようにカレンさんは言う。
 一方、グレゴルさんは錆びが取れた剣をマジマジと眺める。
「おい、待て──見てみろ。錆びが取れただけじゃない。この金色の輝き……せ、『聖剣級』になってやがる!」
「なっ……! マジかよ!?」
 グレゴルさんとカレンさんが、共に驚きの声を上げる。
「聖剣級ってなんですか?」
「最上級の品質の剣に与えられる称号だ! 普通は一流の鍛冶師が何十年をかけて作るものだが……錆びを取っただけで、それになってやがる。カレン、念のために聞くが、元々聖剣級の武器だったわけじゃねえよな?」
「もちろんだ。そもそも、聖剣級の剣だったらそう簡単に錆びねえしな」
「だよなあ」
 唖然とするグレゴルさんとカレンさん。
 よくよく考えたら、なにも錆びだけを分別しただけではない。
 剣に含まれている不純物……『ゴミ』を分別してしまった可能性がある。
 私の《分別》は自動的に『ゴミ』を判定し、取り除いてくれる魔法だ。
 不純物を取り除き、剣の純度が高くなった……だから聖剣級?になったのかなあ?
「え、えーっと、大成功ってことでいいですか?」
「当ったり前だ!」
 とカレンさんは勢いよく、私の両肩を掴む。
「お前、すごいな! 正直、幼女だからって舐めてた。お前は街の宝だ!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃねえ! お前は……他の連中がやれないことを、やったんだ! もっと自分の力を誇れ!」
 そう言って、カレンさんは私の両肩から手を離し、
「なんにせよ──助かった。ギルドを通して報酬金は払うし、必ずこの恩は返す。もし困ったことがあったら、遠慮せずにアタイに言ってくれ。あんたに力を貸そう」
 自分の胸を叩くカレンさん。
 恩返し……か。
 私にも恩を返すべき人がいる。
 生活も安定してきたし、そろそろ{あそこに}足を運ぼうか。
 興奮するカレンさんを見ながら、ふとそう思った。


 冒険者ギルドで依頼達成の報告。
 さらに報酬金も手にして、私は市場でパンを買った。
「カレンさんからの報酬金、とんでもない額になっていた……」
 しばらく生活するには困らなそうだ。
 パンを買った私が向かった先は……。

「ガリ兄」

 ゴミ区。
 私はガリ兄と出会った場所に赴き、彼にそう声をかけた。
「……どうして、戻ってきた」
 ガリ兄は怖い顔をして、鋭い眼光を私に向ける。
「もう戻ってくるなと言ったのが、分からなかったのか」
「ご、ごめんなさい。だけど、どうしてもガリ兄に渡したいものがあって……」
「渡したいもの?」
 首を傾げるガリ兄に、私はパンが入った袋を差し出した。
「これ──パン。ガリ兄は私に生活魔法のことを教えてくれるだけじゃなく、危ない人から助けてくれました。だから、どうしても恩返しがしたくって……」
 私がそう言うと、ガリ兄は一瞬きょとんとする。
「恩返し……そんなことを考えなくてもよかったのにな。まあ、せっかくユイからの厚意だ。一緒に食べよう」
「うん!」
 頬を緩めたガリ兄の隣に座って、私は袋からパンを取り出す。
「ホットドックか……」
 ジューシーなウィンナーが挟んでいるホットドックを見て、ガリ兄がぽつりと声を零す。
「ホットドック、苦手でしたか?」
「いや、そうじゃないんだ。王都で名物になっているホットドックがあってな。昔、王都で一度食べたことがあるんだが、その時のことを思い出していたんだ」
 感慨深そうに言って、ガリ兄はホットドックに齧り付く。
「旨い──」
「美味しいですよね。そういえばガリ兄って、ここに来る前はどこにいたんですか?」
 ガリ兄が昔話をするものだから気になって問いかけると、彼は突如無言になって、私の顔をじっと見つめる。
 え? ダメな質問だった?
 ゴミ区に落ちてきた経緯なんて話したくなかったかも……そう反省していると、ガリ兄はやがてゆっくりと口を開いた。
「……俺は元々、魔法研究所にいたんだ」
「魔法研究所……ですか」
「ああ。そこで俺は研究員として働いていた」
 ガリ兄の知られざる過去。
 しかし、そこまで意外なことじゃないかもしれない。
 ガリ兄は私に魔力が宿っていることをすぐに見抜き、魔法の造詣も深かった。
 だから、魔法研究所の元研究員と聞かされても納得だ。
「だったら、どうしてゴミ区に来たんですか?」
「……クビになったんだ。俺は無能だったからな。そして気付いたら、こんなところに流れ着いていた」
 そう言いながら、ホットドックを完食するガリ兄。
 これ以上はあまり踏み込まない方がよさそうだ。
 自分がクビになった話は、あまりしたくないだろうしね。
「ユイの話も聞かせてくれ。冒険者ギルドに行くと言っていたが──無事に冒険者になれたのか? まあ、こんなパンを持ってくるくらいだから、大体は想像つくがな」
「あっ、そうそう。聞いてください! 私は──」
 冒険者になって、たくさん依頼をこなしたこと。
 街のみんなも優しくて、今は孤児院で暮らしていること。
 ガリ兄は私の話を途中で遮ったりもせず、楽しそうに聞いてくれた。
「……ってことなんです」
「そうだったのか。楽しく暮らせているみたいだな」
「はい! とても!」
「よかった」
 とガリ兄は表情を綻ばせる。
「ねえ、ガリ兄。私もっと生活魔法が使いたいんです。生活魔法は他にどういうのがあるんですか?」
「俺も生活魔法はあまり詳しくないと一度言っただろう?」
「魔法研究所にいたのに?」
「生活魔法はあまり重要視されていなかったからな。それに俺は研究員なだけで、{魔法を使えない}。だから一般的なことしか知らないが──そうだな」
 一頻り考える素振りをするガリ兄。
「だったら、街の図書館に行ってみたらいいんじゃないか?」
「そこに行けば、生活魔法について分かるんですか?」
「ああ。この街の図書館はそこそこ蔵書数も多いと聞く。生活魔法についての本もあるだろうし、そこならユイの望んでいるものが手に入るかもしれない」
 それはいいことを聞いた。
「私……今から図書館に行ってみようと思います! ありがとうございます!」
「その意気だ」
 勢いよく立ち上がると、ガリ兄は優しく微笑みかけてくれた。
「すぐにでも行ってこい」
「分かりました。それで……あ、あの」
「どうした?」
 首を傾げるガリ兄。
 ちょっと言いにくいけど……勇気を出して訊ねてみよう!
「またここに来てもいいですか?」
 言った瞬間、ガリ兄はきょとんとする。
 やっぱり、言っちゃダメだったかな……。
 ガリ兄は私がここに来るのを、あまりいいように思っていないみたいだし……。
「ゴミ区は遊びにくるような場所じゃないぞ。ユイは、ゴミ区とは無縁に暮らすべきだ」
「それでも……です。私、ゴミ区に来たいわけじゃありません。ガリ兄ともっと話がしたいだけなんです」
「俺と? 俺なんかと話して、楽しいのか?」
「はい! だからダメですか?」
「はあ……仕方ないな」
 ガリ兄は諦めたように溜め息を吐き、
「気が済むまで来たらいい。俺もユイと話をするのは嫌いじゃないからな」
 と答えてくれた。
 やった!
 これからもガリ兄に会える!
「絶対にまた来ますからね!」
 私は嬉しい気持ちのまま、ゴミ区を後にするのであった。


 その後、私はすぐに街の図書館に向かった。
「わあ……!」
 通行人たちに場所を聞き図書館に行くと、そこはまるで宮殿みたいだった。
 白い大理石の柱、広い階段、重厚な扉。
 扉を開けると、紙とインクの匂いがふわっと広がる。
「こんなところがあったなんて……」
 ガリ兄に聞いていなければ、わざわざ来ようとも思わなかっただろう。
 私は、生活魔法に関する本を探す。
「えーっと……これは魔物図鑑かな? モヤグロの時にも思ったけど、やっぱりこの世界には魔物がいるんだね。これも借りておこっか……」
 他の本にも目移りしながらも、ようやく私は魔法書の棚の前まで辿り着く。
 しかし、生活魔法は他の『攻撃魔法』や『治癒魔法』に比べて、棚に割かれている面積も少なかった。
「あまり重要視されていないってことなのかなあ?」
 そういえば、ガリ兄も『生活魔法はあまり重要視されていなかった』と言っていた。
 私が生活魔法を使うとみんな驚くし、あまり一般的なものではないのかもしれない。
「えーっと、これとこれと……」
 私は何冊か本を選んで、受付まで持っていく。
「まあ……! 天使みたい!」
 すると、図書館の受付のお姉さんは目を輝かせた。
「天使ちゃん、今日はどんなご用かな?」
「天使かどうかは知りませんが、これを借りたいんです」
「あなた、本なんて読めるの? 天使ちゃんは何歳なの?」
「五歳になりました。多分……」
「多分? ──まあいいわ。だったら、この街の身分証はあるかしら? それがあれば本を借りることができるから」
「冒険者ライセンスなら……」
 フィリスさんからもらった冒険者ライセンスを提示する。
 受付の人に「その歳で冒険者!?」と驚かれたが、無事に本を借りることができそう。
「はい、これで手続きは済んだわ。貸出期間は一ヶ月。返却の期限が一日でも過ぎたら延滞料がかかるから、気を付けてね」
「分かりました」
 よいしょ、よいしょ……。
 この体だと本を数冊持ち歩くだけでも一苦労だ。
「あなたひとりだと大変よ! どこに持って行くの? そこまで私が一緒に持って行ってあげる」
「いいんですか? お姉さんだって、仕事があるんじゃ……」
「いいのよ。丁度お昼ご飯の時間だったしね」
 と受付のお姉さんはウィンクする。
 なんだか悪い気もするが……素直に甘えておこう。幼女の体で得をした気分だ。

 その後、私は受付のお姉さんに孤児院まで本を運んでもらった。

 自室に引き篭もり、まずは借りてきた魔物図鑑を開く。
「冷気で攻撃するフロストモフかあ。こんな魔物もいるんだ──って、いけない。今は生活魔法のことだね」
 私は魔物図鑑を机の端に移動させて、別の本を手に取る。
 本の題名は──『生活魔法の基礎』。
 基礎と書かれているくせに難しい単語が並んでおり、理解するのに時間をくったが、あることが分かった。
 生活魔法には、三つの基本的な魔法がある。

・《清浄》
・《分別》
・《混合(ミックス)》

 この中の《清浄》と《分別》は、既に知っている。
 だけど、《混合》って?
 使い方が分からなかったが、本にはそこまで詳しく書かれていない。
「ユイー、戻ってきてるなら遊びましょうよ」
 頭を悩ませていると、ノックもなしにミナちゃんが部屋に入ってきた。
「まあ! あなた、お勉強なんかしてるの?」
「うん。図書館から借りてきた」
「へえ、感心ね。ちょっと見せて──って、こんなに難しい本を読んでるの!? 私、一ミリも分からないわ!」
 驚愕するミナちゃん。
「生活魔法について、もっと詳しくならないといけないから……」
「生活魔法っていうと、お風呂をアワアワにしてたやつよね? 私と同じくらいの歳なのに、こんな本を読めるなんて……さ、さすが、この孤児院のナンバーツーだわ。末恐ろしい子……」
 ごくりと息を呑むミナちゃん。
 孤児院のナンバーツーになった記憶はないが……いちいち訂正するのもあれか。
「私もあんたに抜かれないように頑張らなくっちゃ! でも、図書館なんてどこにあったの? 私、行ったことがないわ」
「ここから、ちょっと歩けばあるよ。ガリ兄に行ってみたらどうか、って教えてもらったんだ」
「ガリ兄?」
「あっ、ミナちゃんには説明してなかったね。ガリ兄は──」
 ミナちゃんに、私は元々ゴミ区で少しの間だけ暮らしていたこと。そして、ガリ兄はゾンビみたいな見た目だけど、私にとても親切にしてくれたことを伝えた。
「ゴミ区……って、あんたも苦労しているのね。気を強く持ちなさいよ。まあ私も親に捨てられたから、人のことを言えないかもしれないけど」
 自分も似たような境遇なのに、ミナちゃんは私を労るように励ましてくれる。
 変に対抗心を燃やす部分もあるミナちゃんだけど、優しい女の子なのだ。
「私も、そのガリ兄って人にいつか会いたいわ。ユイが気に入るなら、いい人だろうから」
「うん! ミナちゃんにもいつか紹介するよ。きっとミナちゃんも仲良くなれると思う」
「楽しみにしてる!」
 微笑むミナちゃん。
 それにしても……《混合》か。
 基本的な生活魔法と書いてあるから使えるようになりたいけど、どこか試す場所はないだろうか。
 悩んだ末、私は冒険者ギルドに行ってみることにした。


「フィリスさん!」
 冒険者ギルドに行き、フィリスさんを呼ぶ。
「ユイちゃん」
「めえ〜」
 フィリスさんは微笑みながらやって来て、ココは嬉しそうに一鳴きした。
「今日はどうしたの?」
「フィリスさんに相談したいことがありまして」
「相談?」
「はい。実は……」
 私は事情を伝える。
「《混合》……ねえ」
 フィリスさんは私から話を聞くと、困ったように頬に手を当てた。
「なにか問題があるんですか?」
「そうじゃないわ。ただ《混合》っていうと、あの生活魔法の《混合》よね? 昔、スープを混ぜる時くらいにしか役に立たないって聞いたことがあったから」
「そうなんですか?」
「ええ。料理人ならスープを混ぜるくらいでわざわざ魔法を使わないと思うし、あまり役に立たないんじゃないかって……」
 まさか、そんな魔法だったとは。
 しかし、諦めるのはまだ早い。
「《調合》の下位互換なんて話も聞いたことがあるけど──あっ、それなら」
 フィリスさんはなにか閃いたのか、ポンと手を打つ。
「調薬研究所に行ってみるのは、どうかしら?」
「調薬……薬を作るところですか?」
「そうよ。《混合》はね、《調合》っていう魔法の下位互換だって言われてるの。《調合》は、調薬する際によく使われる魔法だから、なにか分かると思って」
 それはいい考えだ。
 問題は《混合》が《調合》の下位互換だと言われていることだけど……まずは話を聞いてみないと。
「行ってみたいです!」
「分かったわ。調薬研究所に紹介状を書くわね。それを見せれば、話くらいは聞いてくれるはずよ」

 その後、フィリスさんから紹介状と場所を教えてもらい、私は調薬研究所に向かった。

「やあやあ、ようこそ。僕の名前はハドリー。ここの所長をしている」
 調薬研究所に行くと、物腰柔らかそうな男性──ハドリーさんが出迎えてくれた。
「えーっと、紹介状には生活魔法の《混合》について教えてほしいって書いてるけど?」
「そうなんです。調薬研究所の人たちだったら、なにか知っているんじゃないか……って。ご迷惑でしたか?」
「そんなことないよ。冒険者ギルドには、いつもお世話になってるしね。それくらいならお安いご用さ。だけど……《混合》か」
 彼もまたフィリスさんの時と同じように、渋い表情になる。
「そんなにダメな魔法なんですか?」
「この世にダメな魔法なんて存在しないさ。ただ《混合》は、《調合》と比べたらやれることの幅も狭い。こう言っちゃなんだけど、《混合》は《調合》の下位互換だと言われているんだ」
 やっぱり、この人もフィリスさんと同じことを言う。
「具体的にはどう違うんですか?」
「そうだね……なら一度、見てもらおっか」
 そう言って、ハドリーさんは謎の粉末と葉っぱを、テーブルに置く。
「えーっと、これをお皿の上に載せて……いくよ──《調合》」
 彼がそう魔法名を唱えると、パッ! と鮮烈な光が輝いた。
 そして、次の瞬間には粉末も葉っぱも消え、お皿には青色の液体が残っていた。
「これが《調合》」
 ハドリーさんは、青色の液体が入った皿を持ち上げて、こう続ける。
「《調合》は簡単に言うと、ふたつの素材を調合して、新しいものを作り出す魔法さ。そして、この液体はポーション。擦り傷とかを治す際の治療薬として使われているんだ」
「す、すごい……」
 ポーション!
 ファンタジーっぽい薬名だ!
 素材を調合し、新しいものを作り出す魔法──なるほど。そう説明されたら、ただ混ぜるだけの《混合》が《調合》の下位互換だと聞かされても頷ける。
「ん?」
 そこで私は気付く。
《調合》は、ふたつの素材を合わせて、新しいものを作り出す魔法。
《混合》は、ふたつの素材を混ぜるもの。
 ということは……。
「ハドリーさん、他にポーションはありますか? ちょっと試してみたいことがあるんです」
「下級ポーションなら、いくらでもあるよ。でも、なにをする気?」
 ハドリーさんは首をひねりながらも、棚から透明フラスコに入ったポーションを持ってきてくれた。
「一度試してみます」
 私は先ほどできあがったポーションを、透明フラスコの中に入れる。
 ふたつのポーションが溶け合う。
 しかし、このままではただふたつを合わせただけだ。ここから……。
「《混合》!」
 手をかざして、《混合》をかける。
 先ほどよりもさらに鮮烈な光が輝く。
 そして次の瞬間には、フラスコ内の液体は青から緑に変わっていた。
「え……? ポーションの性質が変わっている?」
 緑色の液体を見て、ハドリーさんが目を丸くする。
「ま、まさか……」
 そのまま、震える手で緑色の液体が入ったフラスコを持ち上げ、マジマジと凝視した。
 そして……。

「下級ポーションが『上級ポーション』になってるううううう!?」

 研究所内に響き渡るような声で、そう叫んだ。
「上級ポーション?」
「うん! その名の通り、下級ポーションの上位互換さ! 貴重なもので、作るのには多大な労力が必要になるんだけど……まさか下級ポーション同士を混ぜただけで、できるなんて……」
 唖然とするハドリーさん。
 そんな彼の様子が気になったのだろうか、いつの間にか私たちを他の研究員さんたちが囲み、緑色の液体──上級ポーションを精査する。

「おい……本当に上級ポーションになっているぞ。どうやって作ったんだ?」
「ふたつの下級ポーションを、《混合》で混ぜて作ったらしい」
「はあ!? そんなバカなことがあるか。上級ポーションっってのは、もっと繊細なものだぞ。《混合》で混ぜただけで作れるとは、到底思えないが……」

 みんなも頻りに首をひねる。
「そうか──分かったぞ……!」
 とハドリーさんが目を輝かせる。
「《調合》はいわば、素材を合体させる魔法。だから新しいものができる反面、元の素材の性質を殺すことがある。だからこそ品質にどうしても、ムラができる。だけど──ユイの《混合》はふたつの素材の性質を殺さず、混ぜることができるんだ!」
「そんなこと、《混合》で可能なのか!?」
「調薬したら薬にムラができるのが、当たり前だろう!? それがなくなるなら革命が起こるぞ!」
 ハドリーさんの声に、次々と他の研究員さんたちの声も続く。
「とはいえ、普通の《混合》なら無理だろう。そんな方法があったら、他の誰かが先にやっているはずだ」
 だが──とハドリーさんは続ける。
「彼女の《混合》は特別ということなんだろう。安定した薬の作成は、我々が追い求めていた『至高の薬』だ!」
 至高の薬!?
 某料理漫画みたいなことを言い出したんだけど!?
「彼女がいれば、この業界がガラリと変わる。至高の薬を実現した彼女──いや、{薬神}様に賞賛の拍手を!」
「「「至高! 至高!」」」
 パチパチ──。
 みんなが『至高』と繰り返しながら、私に拍手をしてくれる。
 え、えーっと……。
 なんだかよく分からないけど、私の《混合》は想定以上にすごいものらしい。


 その後も私は、調薬研究所で何個か上級ポーションを作った。
 上級ポーションができあがるたびに、ハドリーさんたちは『至高! 至高!』と叫んでいた。
 そして日も落ち始めた頃に、私は冒険者ギルドに戻る。
「ただいま……です」
 疲れた体を引きずるようにして、受付の前に立つ。
「ど、どうしたの!? ユイちゃん! もしかして、調薬研究所でなにか酷い目に遭ったんじゃ……」
「いえ」
 心配そうなフィリスさんに、私はこう答える。
「研究所のみなさんは、とても親切でした。酷い目なんてもってのほかです」
「だったら、どうしてそんなに疲れた顔をしているの?」
「実は……」
 フィリスさんに、調薬研究所で起こったことを説明する。
 私の《混合》は特別で、『至高の薬』を作ってしまったこと。
 興奮したハドリーさんたちに、薬神様と崇められたこと。
 ハドリーさんたちはそんな私を鬼可愛がり、休憩中にはお菓子も出してくれたこと──を。
「そのおかげで、気疲れしてしまったといいますか……」
「そうだったのね。ユイちゃんは可愛いから、研究所の人たちの気持ちは分かるけど……それでユイちゃんが疲れちゃったらダメだわ。研究所の人たちには、後で注意しておかないと……」
 ふふふ……と暗黒微笑を浮かべるフィリスさん。
 ちょっと怖い。
 あとでハドリーさんたちは、どんなお叱りを受けるんだろう? 彼らの健闘を祈る。
「報告はそれだけ?」
「いえ、フィリスさんにまた相談があるんです」
「なにかしら? ユイちゃんの相談なら、いくらでも乗るわよ」
「ありがとうございます。実は、薬草でも《混合》を試してみようという話になりまして……でも、研究所内の薬草の在庫がなくなったんです」
 薬草はそこまで貴重なものではない。
 だが、薬草を採取するためには冒険者の力を借りることが多く、ハドリーさんたちだけではどうしようもできない──ということだった。
「だから、薬草を採ってこようと思うんです。どこに行けば、薬草が手に入りますか?」
「そうね……」
 顎に手を当て、考えるフィリスさん。
「薬草は街の外で取れるわ。距離もそこまで離れていないし、一時間も歩けば辿り着く場所よ」
「なら──」
「だけど、その場所は『魔の森』といってね。魔物が多く棲息している場所なの。いくらユイちゃんの生活魔法がすごくても、魔物とは戦えないはずでしょ? あなたに魔の森に行く許可は出せないわ」
 そんな場所があるだなんて……。
 今までなんだかんだで、街の外には出たことがなかった。
 鍛治工房で見たモヤグロも、魔物の一種らしいが──あれは例外だ。直接襲ってくることもないし、どちらかというと毒みたいなものだろう。
 ゆえに、本格的な魔物とは出会したことがなかった。
 魔の森にどんな魔物がいるのかも分からないし、ひとりで行くのはさすがに軽率すぎるか。
「他に、薬草を手に入れられる方法はないんですか?」
「現状は、他の冒険者が取ってくるのを待つしかないわね。だけど、薬草採取は手間の割に報酬も少ないから、果たして次の入荷はいつになるやら──」

「──だったら、アタイが取ってきてやるよ」

 不意に後ろから声が聞こえる。
 振り返ると、赤髪の女の人がこちらに歩いてきた。
「カレンさん?」
「よっ」
 カレンさんは手を挙げて、私の前で立ち止まる。
「薬草が足りなくて、困ってるんだろう? アタイに任せな」
「いいのかしら? エルフィノラ唯一のSランク冒険者であるあなたが、するような仕事じゃないと思うんだけど……」
「なあに、そっちの子ども──ユイには恩義がある。それくらい、喜んでするって」
 そう言って、次にカレンさんは私と目を合わせる。
「というわけでユイ、ちょっとの間だけ待っててくれるか? すぐに取ってきてやるから」
「ありがとうございます。だけど、もうひとつだけお願いが……」
「お願い?」
 きょとんとするカレンさん。
「その薬草採取、私にも手伝わせてくれませんか?」
「ユイがか?」
 カレンさんの顔に、戸惑いの色が浮かぶ。
「薬草が生えてる魔の森には、魔物がいるって聞いてなかったのか? 攻撃性の低いモヤグロとは、全然違うんだぞ」
「分かっています。でも私、魔物を今まで見たことがなくって……どういう生物か知りたいんです」
 どちらにせよ、異世界で暮らしていくには、遅かれ早かれ魔物に遭遇することがあるだろう。
 その時、あたふた慌てるだけで、ろくに動けなくなるって情けない事態には陥りたくない。
「足は引っ張りませんから……どうですか?」
「そうだな……」
 腕を組み、カレンさんはフィリスさんに視線を戻す。
「フィリスはどう思う?」
「心配だけど……ユイちゃんの言うことにも一理あるわ。それにSランク冒険者のカレンさんが同伴するなら、問題ないんじゃないかしら?」
「分かった──」
 結論が出て、カレンさんは再度私を見る。
「ユイ、お前も連れて行ってやる。しかし無茶は許さない。街の外にいる間は、アタイから離れるな。約束できるか?」
「もちろんです!」
 やったー!
 お許しが出た!
「よし、今日はもう遅いし、行くのは明日だ。明日の朝、ここに来てくれ」
「分かりました!」
 こうして私は薬草を採取するため、カレンさんと魔の森に向かうことになったのであった。


 翌日。
 私はカレンさんと共に、魔の森に向かった。
 魔の森の空気はひんわりと湿り、どこか張り詰めた臭いも漂っていた。
 鳥のさえずりはなく、風で揺れる葉のざわめきだけが怪しく響く。
「ユイ、アタイから離れるんじゃねえぞ。こっからは魔物の住処だ」
「は、はい」
 カレンさんの言葉に、私は緊張しながら頷く。
 やがて森の中を進んでいくと、葉っぱがたくさん生い茂っている場所に着いた。
「薬草は、あそこに群生しているんだ」
 カレンさんが葉っぱの方を指差す。
「あれが、ポーションの材料になるんですね」
「そうだ。とはいえ、ユイには薬草を見分けられないだろう。ここはアタイが──」
 とカレンさんが一歩踏み出した時であった。

 ぴこーん!

 頭の中で、電球が灯ったイメージが湧いた。
 それと同時、新しい生活魔法の使い方と効用を自然と理解する。
「カレンさん、ここは私に任せてください」
「え?」
「新しい生活魔法が使えるようになったみたいなんです」
 目を丸くするカレンさんを尻目に、私は手をかざす。
「《品定(サーチ)》!」
 私が葉っぱが群生している場所に、新しい生活魔法を使った。
 すると、いくつかの葉っぱの上に文字が浮かび上がってくる。

『薬草』
 淡い緑色の葉を持つ、ありふれた薬草。雑に扱うと成分が失われやすいため、採取の際は根を傷つけず、葉を痛めないように注意が必要。
・高品質
・成分純度:98%
・採取適正:今が最適

「薬草はこれですね」
 私は、薬草の中から特に『高品質』と表示されているものを丁寧に採取していく。
「お、お前……今、なにをした?」
「生活魔法の《品定》を使ったんです」
「《品定》? 《品定》っていうと、お買い得商品を見分けることができる生活魔法……だよな?」
「はい」
 どうして急に新しい生活魔法が使えるようになったのかは分からない。
 だけど、ゲームの世界ではレベルアップをすると、新しい魔法や技を習得できることがあった。
 だから私も、成長していくと新しい生活魔法をどんどん覚えるようになるのかもしれない。
「どうして、《品定》でそんなことができるんだよ!? 薬草を見分ける効果って聞いたことがねえぞ!」
「うーん、今まで誰も気付いていなかったからじゃないでしょうか。盲点というやつです」
「それで説明が付くか……!」
 カレンさんから鋭いツッコミが入る。
「はあっ、はあっ……まあいい。アタイのカッコいいところを見せられなかったのは残念だが、薬草を採取できたんだ。エルフィノラに戻って──」
 溜め息交じりにカレンさんが踵を返そうとすると。

 ──ざわわ。

 森内の空気が一変した。
「……っ!」
「ユイ、こっちに来い」
 先ほどまでは息を荒らげていたカレンさんだが、スイッチが切り替わったかのように今はもう真剣な顔をしている。
 やがて。
「GUOOOOOO!」
 ──全身が真っ黒の巨大なトカゲのような生き物が、私たちの前に姿を現した。
「ちっ……よりにもよって、ネクロドラゴンかよ」
 トカゲのような生き物──ネクロドラゴンを前にして、カレンさんが舌打ちをする。
 ド、ドラゴン!?
 それってヤバくない!?
 まさか、こんなところで出てこなくてもいいのに……。
「つ、強いんですか!?」
「そこそこな。あいつはアンデッドタイプのドラゴンだ。何度斬りつけても、すぐに復活しやがる」
 アンデットタイプ?
 もしかしたら……と前世でプレイしたRPGを思い出す。
 アンデットタイプのラスボスを倒すのに、かなり苦労した。どれだけレベルを上げても、ラスボスの攻撃に蹂躙された。
 そんな時、ネットでとある攻略情報を見つけたのだ。
 そこには……。
「なあに、アタイにかかったら朝飯前だ。ユイ、少し下がってろよ。すぐに片付け──」
「《清浄》!」
 試しに、ネクロドラゴンに《清浄》をかけてみる。
 光に包まれたネクロドラゴンは「GUOOOO……」と悲痛な断末魔を上げた。
 そのままネクロドラゴンは地面に倒れ、完全に消滅してしまった。
「は……?」
 唖然とするカレンさん。
「……ユイ。《清浄》を使ったのか?」
「はい。カレンさんからアンデッドタイプのドラゴンだと聞いて、もしかしたら効くんじゃないかって」
 ──アンデットタイプのモンスターには、光魔法や治癒魔法が有効。
 それが、ゲームの攻略情報に書かれていた内容だ。
 よくよく考えてみれば、RPGの{お約束的}なところがある。
 異世界でも同じように効くかは未知数だったけど……まさか、こんなに効き目があったとは。
「たまたま、私と相性がよかったみたいでした」
「それは違う。いや……違うわけじゃないが、なんか違う」
「《清浄》が使えるなら、誰でも倒せますよね?」
「だ か ら! 違うって! 普通の《清浄》は、そんなことはできない!」
 何故か、カレンさんはその場で地団駄を踏む。
「とにかく……助かった。よくやったな。お前の《清浄》は光魔法の《浄化》の上位互換みたいなもんなんだろう。まあ、普通は《浄化》でもネクロドラゴンはワンパンできないがな」
「へへ、ありがとうございます」
 カレンさんに頭を撫でられて、いい気分になる。
 ちょっと想定外の出来事もあったけど……無事に薬草も採取できて良かった。


 ──魔の森から戻り、数日が経った。
 相変わらず、私の冒険者生活は順調だ。
 冒険者ギルドから依頼を受けて、鍛治工房の掃除をしにいったり、調薬研究所に出向したり……充実した日々を過ごしていた。
 最近ではミナちゃんも勉強を始めたらしく、ぐんぐんと成長していっている。
 前なんかは難しい言葉を書き、「どう?」と見せびらかしてきたのだから微笑ましい。
 そして、冒険者の仕事が落ち着いてきた頃。
 私はまたパンを持って、ゴミ区にいるガリ兄の元へ向かった。
「ガリ兄、今日はいつもより顔色がいい気がします」
 ホットドッグを食べているガリ兄に向けて、私はそう言う。
 最初に出会ったガリ兄の髪はボサボサ。肌も青白く、お世辞にも健康的に見えなかった。
 しかし、最近ではちゃんと栄養のあるものを食べているのだろうか、比較的元気そうに見える。
「分かるか? 薬が効いているんだ」
 指についたケチャップを舐めながら、ガリ兄が言う。
「今まで、薬の効能にバラつきがあった。そのせいでハズレの薬に出会ってしまうと、いまいち効きが悪かったんだ。だが、最近ではそれもなくなり、体の怠さもマシになっている」
「薬? ガリ兄の飲んでいる薬って、危ない薬のことだったんじゃ?」
「はあ? 危ない薬って、なんのことだ? どうして俺がそんなものを──って、そういえば説明していなかったか」
 ガリ兄はばつが悪そうに、頭を掻く。
「俺は他の連中みたいに、危ない薬に手を染めていない。そんなものを飲んでも、後が辛いだけだからな」
「だったら、どうして……」
「俺は病気なんだ。だからその発作を抑えるために、ゴミ山からスクラップ品を集めて物々交換をしたり、捨てられている薬を拾っている」
「そ、そうだったんですね」
 私、勘違いしてた。
 だけど、心のどこかでほっとしたのは否めない。
 この世界の倫理観が前世と同じかどうか──という問題はともかく、やっぱりガリ兄には、一時の快楽に流されるようなことはしてほしくなかったからだ。
「薬の効能にばらつきがなくなった……ってことは、あれも関係あるのかな?」
「あれ?」
「最近、調薬研究所に出かけているんです」
「なんでユイがそんなところに?」
「私の《混合》は、『至高の薬』を作るのに必須なので」
「『至高の薬』? なんだ、それは」
 首をひねるガリ兄。
 ……異世界ではよくあることかもしれないと思っていたが、ガリ兄の反応を見るに、ハドリーさんたちが好き勝手に言ってるだけだったらしい。
「それに《混合》って《調合》の下位互換のはず……って今更か。ユイの生活魔法なら、なにをしてもおかしくない」
 ひとりで納得して、うんうんと何度か頷くガリ兄。
 ……やっぱりガリ兄、ここにい続けるのは、もったいない気がする。
 一度、魔法研究所をクビにされた身とはいえ、彼の魔法の知識があればまともな職業に就くことができるんじゃ?
 だけど、今まで何度かゴミ区を出ようと誘ってみたが、ガリ兄は決して首を縦に振らない。
 それを語る際、ガリ兄はとても寂しそうな表情をするので、私も強く押してこなかったのだ。
 でも、いつか一緒に──。
「ユイ」
 考えていると、ガリ兄は真剣な顔で私の名前を呼ぶ。
「魔力制御腕輪があれば、ある程度は誤魔化せるとは思ったが……そろそろ限界だ。魔力制御腕輪だけでは、お前の力を誤魔化しきれない。直にお前の存在はエルフィノラだけではなく、他にも知れ渡るだろう」
「それはいけないんですか?」
「いけなくはない。だが、中には悪い人間もいる。お前はそういう連中に騙されず、自分を強く持て。じゃないと、俺みたいになってしまうぞ」
 真に迫ったガリ兄の言葉。
 私のことを、心底案じてくれているのだろう。
 でも、考え過ぎなんじゃないかなあ?
 今まで上手くいってたわけだし。
 あとから思えば──生存者バイアスというやつだったのだろう。
 この時の私は、どこか気楽に構えていた。

 ──しかし。
 彼女の噂を聞きつけ、ひとりの商人がエルフィノラに足を踏み入れようとしていたことを──この時のユイは、まだ知らない。