生活魔法しか使えないから諦めてたのに……あれ?私、最強だった 〜5歳の転生幼女、自由気ままに異世界を生き抜く〜

 ゴミ区を後にして、私は大通りに出た。
 さすがは異世界といったところか。
 大学の卒業旅行で行った、ヨーロッパの街並みによく似ている。
 ここもゴミ区みたいだったら、どうしよう……と密かに心配していたが、どうやらその必要はなさそうだ。
「すみません」
「はい?」
 近くを歩いている、二人組の女の人に話しかける。
「冒険者ギルドはどこにありますか?」
「冒険者ギルド? だったら、この道を歩いた先よ。突き当たりまで行くと大きな建物が見えるから、そこが冒険者ギルド」
「そうですか! ありがとうございます!」
 ぺこりと一礼して、その場を後にする。
 後ろから「なに、あの可愛い子!?」「抱きしめたい!」って声が聞こえたけど、気にせず歩き続ける。
 やがて、大きな建物の前まで辿り着いた。
 幼女の体だからなのか、そこまで歩いていないはずなのに疲れた。これも考えものだね……。
 看板を見ると、冒険者ギルド──うん、ここで合ってるみたい。
「そういえば私、なんで文字が読めるんだろう?」
 それだけではない。普通に異世界人とも会話ができる。
 これも女神の転生特典か……と思いつつ、だったらもう少しイージーなスタートにして欲しかったものだ、と思ってみたり。
「よし……!」
 勇気を出して、建物の扉を押す。
「うっ」
 最初に鼻についたのは、お酒の匂い。
 どうやらここは、酒場も併設しているらしい。
 中にいた人たちがジロジロと見てきたが、気にせず受付の前に立つ。
「あ、あの! すみません!」
「え?」
 受付にいるお姉さんは私を見るなり、不思議そうに目をクリクリさせた。
「冒険者になりたいんですけど、どうすればいいですか?」
「あなたが? それはいいんだけど、子どものあなたがどうして──」
 受付のお姉さんと話していると、
「めえ〜」
「わっ!」
 背中になにかがぶつかってきて、声を上げてしまう。
「ヤギ……さん?」
 振り返ると、そこにはヤギがいた。
 そう──ヤギである。
 丸みを帯びた白い体毛。それは雪みたいに柔らかそうで、ふんわりと揺れていた。
 私がイメージするヤギより、一回り小さい気がする。
 子ヤギだろうか? それとも、異世界だから別の動物とか? というか、どうしてここに?
「もー、ココ。邪魔しちゃいけないでしょ」
 受付のお姉さんが腰に手を当てて、頬をぷくーっと膨らませる。
 どうやら、ココという名前らしい。
「これって……ヤギですか?」
「ええ、ヤギよ」
 異世界特有の動物かもしれないと思ったが、違うらしい。
「ココはね、ある日ギルドに迷い込んできたヤギなの。どこかの牧場から逃げ出してきた、って最初は思ったけど、飼い主も見つからず、それ以来ココはギルドのマスコットキャラとして働いてもらってるわ」
「な、なるほど?」
 分かったような、分からないような。
 腑に落ちない気分になるが、そんなことより今はココだ。
 私の目を真っ直ぐ見つめて、「めえ〜」と鳴くココは、とても可愛かった。
 ……ごくり。
「ココに触ってもいいですか?」
「どうぞ」
 受付のお姉さんから許可をもらい、恐る恐るココの体を撫でてみる。
「めえ〜!」
 すると、ココはご機嫌に鳴いてくれた。
 もう……っ! こんなに可愛かったら、我慢できない!
 欲望に負けて、今度はココの体に顔を埋めてみた。
 わあ〜……もふもふ……。
 まるで天国にいるような気分である。

「おい……ココが懐いてやがんぞ」
「あいつ、俺らには全然懐かねえくせに!」
「くーっ! 俺もココをナデナデしてえ!」
「っていうか、よく見てみろよ。あの女の子も天使みたいだぞ!」

「……はっ! こんなことをしている場合じゃありません!」
 我に返って、ココから顔を離す。
「あの……それで冒険者になりたいんですが、私じゃダメですか?」
「いいえ、冒険者に年齢制限はないわ。だけど、あなたは……えーっと……」
「ユイと申します」
「──ユイちゃんは、どうして冒険者になりたいのかしら? 親御さんは?」
「私……親に捨てられたみたいで。だから働いてお金を稼がないと、暮らしていけないんです」
「ああ……なるほど。最近多いって聞くけど、酷い親がいるものね。そういうことなら分かったわ」
 合点が付いたように頷く、受付のお姉さん。
 やけにすんなりと納得してくれたが、この世界じゃ私みたいな境遇の子どもは珍しくないんだろうか?
 だとしたら、そこそこ便利な設定である。
 しかし一転。
 お姉さんは表情を引き締めて。
「だけどね、ユイちゃん。冒険者になるためには、なにか取り柄が必要なの。じゃないと、ギルドの信頼もなくなるし、仕事を紹介できないわ。ユイちゃんはなにかできる?」
「わ、私! 生活魔法が使えます!」
 そう言って、受付カウンターに手をかざす。
《清浄》!
 所々汚れていた受付カウンターが、ピカピカになる。
「すごい!」
 それを見て、受付のお姉さんが手を叩く。
「その歳で魔法が使えるなんて! 生活魔法はそこまで使い勝手がいいものじゃないけど、掃除の依頼くらいなら紹介できるわ。ちょっと待ってね」
 受付のお姉さんは引き出しをごそごそと漁り、やがて一枚の紙を差し出す。
「はい、これが依頼書。丁度、鍛治工房から清掃の依頼がきてたわ。報酬は少ないけど、これならユイちゃんもやれるはずよ。どう? やってみる?」
「やりたいです!」
「分かったわ。この依頼書を持って行って、終わったら依頼主から判子とサインをもらってきてちょうだい」
 受付のお姉さんから依頼書を受け取る。
「と……その前に、まずはその前に冒険者登録だけ済ましておこっか。冒険者登録をすれば身分証明にも使える、ライセンスを渡せるしね。文字は書ける?」
「た、多分……」
 不安になりながら、答える。
 その後、受付のお姉さんに書類を渡されて、空欄を埋めていく。
 看板が読めたからなんとかなると思っていたが、やはり文字を書くにも問題なさそうだ。
 まるで日本語を書くみたいに、すらすらと手が動く。
 やがて書き終わって、受付のお姉さんに書類を返した。
「……うん。不備はないわ。これでユイちゃんも晴れて冒険者。今すぐにでも鍛治工房に行く?」
「もちろんです!」
「それはよかったわ。あっ、そうそう。私はここの受付嬢のフィリスっていうの。これからよろしくね」
 ウィンクする受付のお姉さん──もといフィリスさん。
 こうして冒険者になり、依頼を受けることができた私。
 果たして、依頼は無事に達成することができるだろうか?
 冒険者になった実感よりも、今は不安な気持ちの方が大きかった。


 その後、私はフィリスさんからもらった依頼書と地図を片手に、鍛治工房に向かった。
 道中、周りからジロジロと見られ、「子どもがひとりで歩いてる……?」「いや、あれは天使じゃないか?」「可愛い!」という声も聞こえてきたが、いちいち反応していられないのでスルーだ。
「はあっ、はあっ……疲れた。えっと……鍛治工房はこのへんのはず……」
 息を整えながら、足を止める。
 街の目立たない場所──その建物はひっそりと佇んでいた。
「あそこだ!」
 だけど、なんだか様子がおかしいような……?
 建物全体から黒い煙が立ち込めているのである。
「か、火事!?」
 身がすくむ。
 だけど、ちょっとおかしい。火事特有の焦げ臭さも感じないし、建物のどこも燃えていないようなのである。
 不思議に思っていると、建物の中から人が逃げるように出てきた。

「に、逃げろお! モヤグロだ!」
「ちっ……! なんでモヤグロなんかが!」
「誰か、早く冒険者を呼びにいけ!」

 モヤグロ? なに、それ。
「お、おい! そこの子ども、危ねえぞ!」
 立ち尽くしていると、建物から出てきた男性に腕を引かれた。
「す、すみません。なにが起こっているんですか?」
「工房にモヤグロが出たんだ! モヤグロってのは不潔な場所に出現する、魔物のなりそこねのようなもの……って、そんなことはどうでもいい! さっさと離れるぞ!」
 男性は切羽詰まったように叫ぶ。
 なるほど、不潔な場所。
 汚いところはどんよりと空気が澱んだみたいに感じるけど、その延長線上なのかな?
 こうしている間にも鍛治工房からは次々と人が出てきて、逃げ惑っている。
 よく目を凝らしてみると、窓や扉の隙間から、黒い煙が漏れているのも見えた。
「不潔な場所に発生する……ということは、もしかしたら清潔にしたらモヤグロは消えてくれるんですか?」
「そうだと聞いたことがあるが……どうして、そんなことを尋ねる?」
 と男性は不思議そうに首を傾げた。

 うん──試してみよう。

「ちょっと、待っててくださいね」
 私は彼から少し離れて、建物に向かって手をかざす。
「《清浄》」
 建物全体が光で包まれる──。
「え……なんだ、こりゃ」
 呆然と立ち尽くす男性。
 やがて光が収束すると──なんということだろうか。
 建物から漏れ出ていた黒い煙は霧散し、嫌な感じもなくなった。

「モヤグロが……消えた?」
「一体、誰がなにをしたんだ!? 工房が光で包まれたように見えたが……」
「奇跡だ! 奇跡が起こったんだ!」

 みんなはモヤグロが消滅したことを受け、安堵と興奮が入り混じった声を上げた。
「……お嬢ちゃん、これはどういうことだ? お前さんがなんかやったんだろう?」
「はい、《清浄》を使ったんです」
「《清浄》?」
「食べ物や身の回りをキレイにする魔法です。だからモヤグロにも効くんじゃないか……と思って」
 なんでもやってみるものだ。
「ま、魔法? お嬢ちゃん、子どもなのに魔法が使えるのか!? すごいな!」
 男性はニカっと笑い、
「助かったぜ! ありがとな、お嬢ちゃん!」
 こちらがよろけるほどの勢いで、私の背中をバンバンと叩いた。
 ちょっと痛かった。


「そうか、お嬢ちゃん──ユイは冒険者だったのか」
 モヤグロを退治してから。
 建物──鍛治工房の中に入り、先ほどの男性に事情を説明した。
「名乗るのが遅れたが、俺はここの工房長のグレゴルっていうんだ。よろしくな」
 そう言って、グレゴルさんが手を差し出す。
 大きくてゴツゴツした手だ。
 私は彼と握手を交わす。
「それで……ユイは本来、冒険者ギルドからの依頼で掃除をしにきたんだよな?」
「はい」
「助かるぜ。工房の掃除なんて低報酬すぎて、なかなか冒険者が来てくれないからな。困っていたんだ」
 とグレゴルさんは肩をすくめる。
「早速なんだが……ユイはこの工房を見て、どう思う? 率直な感想を言ってくれ」
「そうですね……」
 辺りを眺める。
 工房内は鉄粉や木クズ、黒い煤、工具が散乱。
 棚もぎゅうぎゅう詰めで、今にも倒れてきそうだ。
 床には金属の破片が落ちていて、すごく危ない。
「すっごく……ちらかってます」
「だよな」
 正直な感想を伝えると、グレゴルさんは肩を落とす。
「男ばっかの職場だからなのか……みんな、ろくに掃除もしねえ。俺らはこの環境に慣れているが、初めて来る人間にしてみれば驚くくらいに汚い場所だってのも分かっている。きっとモヤグロが発生したのも、これが原因だろう」
「ですよねえ」
 私も決してキレイ好きな方ではない。
 なんなら、部屋の片付けが苦手だったので、彼の話はよーく理解できた。
 しかし、いくらなんでも度が過ぎている。
 仕事の効率も落ちるんじゃないだろうか?
 仕事で使うものを探すだけでも一苦労のはず。それは小さな差であっても、積み重なれば大きなものとなり仕事も進まなくなる。
 その証拠に……。
「工房長! 鉄槌はどこに置きましたか?」
「ああん? そのへんだろ」
「そのへんって、どこですか!」
 案の定。
 こうしている間にも、工房には男たちの荒々しい声が飛び交う。
 早く、なんとかしてあげなくっちゃ。
「まずはキレイにしますね──《清浄》」
 ふわっと光が広がり、床に散らばった煤や鉄粉、金属片が消えていく。
 棚の汚れも──工具にこびりついた錆も、全部キレイになった。
「床が……床が見えるぞ!」
「掃除するだけで、こんなに変わるもんなのかよ!」
「これなら、仕事のやる気も出るな」
 様変わりした工房内の様子に、みんなが感動の声を上げた。
 だけど、これで掃除を終わりにするつもりはない。
「えっと、ここの机、使いにくくないですか?」
「ん……そういや、そうかもしれねえ。なんか変に邪魔なところにあるっていうか……」
 やっぱりだ。
 前世の職場を思い出す。
 パソコンの配線が絡まりすぎて、椅子を引くたびにガシガシ引っかかった。
 ああいうのは地味にストレスが溜まる。
 これが続くと、いつしか無意識のうちに「仕事をしたくない」と思うようになってしまうのだ。
「ここをこうして……この棚も少し左に動かして……鉄槌はどこに置けばいいですか?」
 みんなの意見も聞きながら、少しずつ工房内の片付けをしていく。
 工具を使いやすい順番に並べ、同じ種類ごとに箱へ収納する。
 必要な道具は手前へ。
 重い金鎚は下段、細かいヤスリは上段へ。
 最後に、全体に《乾燥》をかけ、水分を吸って錆びにくいようにした。
「終わりです……!」
 腕の汗を拭う。
 気付けば、結構な時間が経っていた。
 窓から外を眺めると、空が夕焼けの橙色に包まれている。
 だけど、時間をかけたおかげで、工房は見違えるほどキレイになった。
 足の踏み場も見当たらないような最初の状況と比べると、随分と改善された。
「すごい! 仕事がやりやすいぞ!」
「キレイにするだけで、まさかここまで作業効率が上がるなんてな」
「俺も女房に『掃除しろ!』って、よくどやされるが……その気持ちが分かった気がするよ。こんなに気持ちいい気分になるなら、掃除も悪くないかもしれねえな」
 みんなからも続々と賞賛の声が届く。
「すごいぜ! ユイ!」
 工房内を眺めて達成感に浸っていると、後ろからグレゴルさんに頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「モヤグロを取り除いてくれるだけじゃなく、こんなにキレイにしてくれるなんてな! 想像以上の成果だ!」
「だったら、依頼は達成ということでいいですか?」
「もちろんだ! しかも、ただ達成っていうだけじゃあ味気ねえ。評価を……」
 グレゴルさんは私が持ってきた依頼書に判子を押し、なにかを書き込む。
 依頼書の評価欄には、『S』という文字が。
「『S』……これ、すごいんですか?」
「それはギルドの受付に聞きな。驚かれるはずだぜ」
 もったいつけるグレゴルさん。
 依頼評価『S』ってのが、どんなものなのか分からないけど、この様子だと期待してもいいのかな?
「今日はありがとな、ユイ。もしよかったら、またここに来てくれねえか? もちろん、報酬金はその都度払う。今はキレイだが、しばらく放置してたら元に戻っちまいそうだ」
「もちろんです!」
 力強く頷く。
 ──こうして私の初仕事は、大成功に終わったのであった。


「ただいまです!」
 鍛治工房を後にして冒険者ギルドに戻った頃には、すっかり夜になってしまった。
 私が元気よく挨拶をすると、受付のフィリスさんがほっと胸を撫で下ろす。
「おかえりなさい、ユイちゃん。遅くなってもなかなか帰ってこないから、心配したわ」
「ごめんなさい」
 軽く頭を下げる。
「だけど、無事に依頼を達成しました! これを見てください!」
「えーっと、なになに……い、依頼評価『S』!?」
 フィリスさんは依頼書を受け取ると、驚きで目を見開いた。
「すごいわね! ユイちゃん!」
「そうなんですか?」
「ええ。説明してなかったけど、依頼評価は『F』〜『A』──そして最上位の『S』の七段階に分かれるわ。 Sともなると、依頼主が報酬額を上乗せしないといけないから、滅多に出ないの。しかも鍛治工房のグレゴルさんは気難しい人で、今まで『S』評価を出したことがなかったわ」
 グレゴルさんが気難しい人……ほんとかなあ〜?
 少なくとも私と接する時は、優しいおじさんって感じだった。
 だからフィリスさんにそう言われても、いまいちピンとこないのであった。
「めえ〜」
「あっ、ココ」
 冒険者ギルドのマスコットキャラ、子ヤギのココも祝福するかのように、私に頭をすりつける。
 ふふふっ、ココも喜んでくれてるんだ。
 これだけでも頑張った甲斐があったというもので……。
「……って!?」
 そんなことを思っていると、ココはフィリスさんから依頼書を口で奪った。
 そのまま、むしゃむしゃと食べてしまいそうである。
「ココ! ダメでしょ!」
「めえ〜?」
 注意するが、ココは首を傾げるばかりで、あまり意味が分かっていないっぽい。
「こちらで受理した依頼書はもういらないから、いつもココに食べてもらってるの。そうしないと、処理した依頼書の山でとんでもないことになっちゃうからね」
 ……依頼書の処理方法、想像の斜め上だった。
「なんだけど……ユイちゃん、その依頼書、欲しい?」
「できれば……。初めての依頼達成ですし、記念に持っておきたいです」
「それもそっか。だったらココ、食べちゃダメ。ユイちゃんに返しなさい」
「めえ〜……」
 ココは残念そうに、私に依頼書を返してくれる。
 ちょっと可哀想に思えたけど……ごめん。次からは食べさせてあげるからね。
 依頼書はココの涎が少し付いていたけど、無事に救出できた。
 どこかに飾ろっかな。
 ……ってか。
「あの、フィリスさん。少し相談なんですが……」
「なにかしら?」
 首を傾げるフィリスさん。
「実は……私、住むところがなくって。ちょっとの間、ゴミ区にいましたが、戻ってくるなと言われました」
「ゴ、ゴミ区にいたの!? 大丈夫だった?」
「はい、私のお世話をしてくれた人がいたので」
 ガリ兄のことを思い出しながら、そう言った。
「そうだったの……ゴミ区は危ない場所だから、大人でも滅多に寄りつかないの。あなたみたいな子どもだったら、なおさら。そのユイちゃんをお世話していた人は、よほど親切だったのね」
「とても親切でした。それで……住むところはありませんか? じゃないと、この依頼書も飾れません」
「今日の報酬金があったら、宿屋に泊まれると思うけど……ユイちゃんひとりはちょっと心配ね。冒険者の寮も男ばっかで、ユイちゃんに合わないような気も……」
 そこまで言うと、フィリスさんは「そうだ」と手を打ち。
「だったらユイちゃん、孤児院で暮らしてみるのはどうかしら?」
「孤児院ですか?」
「うん。ここから少し行ったところに、白鳩孤児院っていう建物があってね。ユイちゃんくらいの歳の子どもたちが住んでるし、丁度いいと思うわ。どうかしら?」
 それはいい考えだ。
 気になるのは、中身が二十台OLの私がそんなところに行ってもいいのか、といった問題だけど……今は私も子どもだから、フィリスさんの言葉に甘えていいよね?
「私……孤児院に住みたいです!」
「分かったわ。じゃあ紹介状を書くから、それを孤児院の院長に渡してちょうだい」
 その後、フィリスさんから紹介状を受け取って、私は冒険者ギルドを後にするのであった。


「ここかな?」
 フィリスさんから聞いた場所で、足を止める。
 冒険者ギルドみたいに立派……というわけではないが、それなりに整っており、外観は前世の保育園みたいだ。
 意を決して、私は建物の中に入る。
「ごめんくださーい!」
「はあい?」
 すると程なくして、四十歳くらいの優しそうな女性が出てきた。
「えーっと、ここの院長的な人はいますか?」
「孤児院の院長は私だけど……」
「だったら──フィリスさんの紹介で来ました! ここに私も住まわせてもらいたくって……これが紹介状になります」
 彼女──院長先生に紹介状を渡す。
 彼女は紹介状を眺めて、「まあ」と不憫そうに声を漏らした。
「ユイちゃん……っていうのね。捨て子で、しかもその歳で冒険者として働いているなんて……苦労したのね」
「どうでしょう?」
「もちろん、歓迎するわ。ようこそ、白鳩孤児院へ」
 院長先生が優しく微笑む。
 よかった……院長先生も優しそうだ。彼女の笑顔を見て、自然と緊張が解けた。
「じゃあ、ユイちゃん。あなたの部屋は──」
「あら──新しい子が来たの?」
 院長先生が私を案内しようとしたら、孤児院の奥からちっちゃい女の子が顔を出した。
「ミナ」
 院長先生が名前を呼ぶ。
「ええ、今日から孤児院の新しい仲間。仲良くしてあげてね」
「ユイっていいます。よろしくお願いします」
「ユイね……ふんっ!」
 女の子は鼻で息をし、腕を組んだ。
「なかなか可愛いじゃないの! だけど、この孤児院では二番目ね。一番はこの私、ミナなんだから!」
「ミナちゃんっていうの?」
「そうよ。この孤児院のボスをやらせてもらっているわ。せいぜい媚びへつらいなさい」
 尊大な態度で告げるミナちゃん。
 院長先生に視線を向けると、困ったように肩をすくめた。
 この様子だと、孤児院のドンっていうのはミナちゃんが勝手に言ってるだけで、実際はそうじゃないみたいだ。
「ユイ、あなたはもうお風呂に入った?」
「まだだよ」
 というか異世界に来てから、一度も入ったことがないが……余計なことは言わないでおく。
「だったら、私が案内してあげるわ! 付いてきなさい。手下の面倒を見るのは、ボスの仕事なんだから!」
 そう言って、ミナちゃんは背を向けて、歩き始めてしまった。
 院長先生に「いいの?」と視線を送るが、彼女は頷きで応える。どうやらミナちゃん、院長先生から信頼されてるっぽい。
 意外といいヤツなのかもしれない。

 急いでミナちゃんの後に付いていき、一緒に孤児院のお風呂に入った。

「ふぁあ〜〜〜〜〜」
 湯船に浸かったと同時、口から腑抜けた声が出てしまう。
 極楽、極楽……この世界にも、湯に浸かる文化があってよかった。
 衛生的な日本で暮らしてきた私にとっては、湯船の問題は死活問題だからね。
 トラックに轢かれて死んだと思ったら、異世界に転生して……しかもゾンビみたいな人たちが蔓延るゴミ区で……ゴミ区から出て、冒険者として仕事をこなして……。
 あれ? 波乱万丈すぎない?
 スローライフとか、してみたいんですけど。
 とはいえ、文句を言っても始まらない。今はお風呂の気持ちよさに身を委ねよう。
「ふふふっ、気持ちいいかしら。だけどまだまだ、こんなもんじゃないわよ。ここに住めば、毎日だって入れるんだから」
 同じように湯に浸かっているミナちゃんが、頬を緩める。
「まあこうして、湯に浸かるだけだけどね。けーひさくげん?ってやつみたい。石鹸とかは贅沢品なのよ」
「ミナちゃん、経費削減って難しい言葉を知ってるんだね」
「ふ、ふんっ! これくらい当然よ! あなた、ボスへの媚びへつらい方をよく知ってるのね!」
 ツンツンして顔を背けるミナちゃん。
 ふふふ、可愛い。
 同世代の子どもだったらミナちゃんの態度を怖く感じるかもしれないが、私にしたら微笑ましいものだ。
「それにしても、石鹸が贅沢品なのか……あっ、そうだ。それなら……」
 ──《洗濯》!
 手をかざして魔法を使うと、私とミナちゃんの体が泡で包まれた。
「わっ、わっ! なにこれ!?」
「生活魔法っていうんだ。本来は服とか洗うのに使うんだけど、人間相手でも大丈夫かなって」
「あなた、魔法が使えるの?」
「うん」
「す、すごいじゃない!」
 ミナちゃんはぱっと表情を明るくする。
「私、魔法なんて初めて見たわ! 他にどんな魔法が使えるの?」
「えーっと、今は《清浄》とか《調理》とか……」
「すごい、すごい! それがどんな魔法かは知らないけど、すごいことだけは分かるわ! すごみが深いわ!」
 興味津々に聞いてくるミナちゃんに説明していると、気付けばお風呂に入ってから一時間ほどが経過していた。
 体もほてってきたので、湯船から出る。
「はあ〜、気持ちよかったわね」
「うん」
 用意された孤児院のパジャマに袖を通し、そう頷く。
「お風呂上がりは、やっぱり{あれ}ね。院長―、牛乳はある?」
「ええ」
 微笑ましそうにしながら、先ほどの院長先生が二人分の牛乳瓶を私たちに手渡す。
「さあ、飲みましょう」
「いただきます」
 ごくごく……。
 一気に半分まで飲み干す。
 ──ぷっはー! 生き返る!
 お風呂に入ってカラカラになった喉に、牛乳の甘みが深く染み渡った。
 でも……。
「ちょっと物足りないような……」
「え?」
「贅沢を言うかもしれないけど……院長先生、珈琲はありますか?」
「珈琲? 私は飲むし、粉末状になっている珈琲の素ならあるわよ。でも珈琲なんて、大人しか飲まないわよ?」
「え〜? あなた、珈琲なんて飲むの? 珈琲っていうと、あの黒くて苦い飲み物でしょ? 昔、一度だけ飲んでみたけど泥みたいで不味かったわ」
 べーっと舌を出して、苦い表情をするミナちゃん。
 ちっちっち──甘い、甘い。
「まあまあ、騙されたと思って……ミナちゃんも飲んでみようよ」
 院長さんから珈琲の粉をもらって、牛乳と混ぜる。
 白い牛乳は珈琲の粉と混じって、薄い茶色になった。
 ──珈琲牛乳の完成だ。
「こうすれば牛乳の甘さと混じって、ミナちゃんの口にも合うと思う。さあさあ」
「まあ、あんたがそこまで言うなら……」
 半信半疑といった感じで、ミナちゃんが自分の分の珈琲牛乳に恐る恐る口を付ける。
 すると、
「美味しい!」
 と目を輝かせた。
「これ、本当に珈琲が入ってるのよね? これなら私でも飲めるわ!」
「ふふふ、気に入ってくれたようでなにより」
 私も珈琲牛乳を飲む。
 ごくごく……。
 ──うん、想像通りの味だ。
 前世では会社終わりによくスパに行って、サウナ上りに珈琲牛乳を飲むのが楽しみだったなあ。
 ちょっとおっさん臭い趣味なのは否めない。
「あら、これなら大人の私でも飲めるわ。珈琲と牛乳を混ぜるなんて、面白い発想をするのね」
 院長さんも同じように珈琲牛乳を試してみて、そう絶賛してくれた。
 この世界には、ブラック珈琲しかなかったということかな? だったら、大人しか飲まないというのも頷ける。
 なんにせよ、院長先生も優しいしミナちゃんも可愛いで、ここでも楽しく暮らせそうだ。