「ただいま」
「静おかえりー」
「あれ? 姉さん?」
恵秀の家からまっすぐ家に帰ると、ひとり暮らしをしている姉が帰ってきていた。弟の目から見ても綺麗でかわいい自慢の姉で、芸能活動をしていることもあり多忙な人だ。
泊まりがけの仕事のときは愛犬を預けに来たり、オフの日には「デートしよ!」と言って引きこもりがちな俺を連れ出して服を買ってくれたりご飯を食べさせてくれたりする。仕事が楽しくて恋人はほしくない、弟達を着飾らせるのが趣味、みたいな姉さんだ。ファッションに無頓着な俺がセンスがいいと褒められるのは完全に姉さんのおかげだし、兄さんがSNSに投稿するプライベート写真の私服は必ず姉さんのチェックを経ている。
ちなみに俺が姉ちゃん、兄ちゃんと呼ばず丁寧に「姉さん」「兄さん」と呼ぶのは、姉さんがそう呼ばせるようにずっと言い聞かせた結果らしい。大人になったとき恥ずかしくないほうがいいよね、というおませな女の子だったといつか母さんが笑っていた。
「明日オフになったから、午前の撮影終わって帰ってきたの! 晩御飯お寿司頼んでるよ〜」
「ありがとう」
「凌も明日オフで今帰ってきてるからね。ママは牛乳買い忘れたってさっき出かけた」
「連絡くれたら買って帰ったのに……」
「ママ過保護だから静に行かせないでしょ? 私が行ってくるよーって言ったんだけどお留守番してなさいって言われちゃった」
凌というのは兄さんのことで、今駆け出しの俳優をやっている。姉さんより兄さんのほうが帰ってこないから、会うのは久しぶりだ。
母さんは基本的には放任主義なんだけど、『暗くなる時間にひとりにならない』という点のみ姉さんの言うとおり過保護になる。このご時世何が起きるかわからない、というのが母さんの口癖だ。俺も母さんに安心してもらうためなら反抗する気はなくて、高校生男子とは思えないくらい早く家に帰ることが多い。
ちなみにそのせいでバイトも許可が出ない。が、それについては家族全員同意見らしくて、これは俺が家を出ない限りは難しいだろうとほとんど諦めている。
「姉さんはまだしも、母さんは俺のこといつまでも小学生くらいだと思ってそう」
「仕方ないよこんなにかわいいんだもん」
姉さんは俺の両頬を手で挟んでむにむに押すと、「羨ましすぎるツヤツヤお肌! 新しいスキンケア用品ちゃんと使ってるよね!?」と言った。
姉さんおすすめのスキンケア用品は時々更新されながら、母さんと俺のために姉さんが自ら家に揃えてくれている。
つまり、綺麗だのなんだのと褒めてもらえる俺のそれは、ほとんど姉さんによって作られているということだ。一緒に出かけるときは軽いメイクまで仕込まれている。まぁ姉さんや兄さんが恥ずかしい思いをしないように、俺も見た目には気を遣わないと……とは思ってるんだけど。
「ちゃんと使ってるよ。そのおかげでこれなんでしょ」
「静さぁ、やっぱモデルやろうよ〜絶対人気出る。うちのマネージャーとかほんとに諦めてないよ?」
「姉さんと兄さんが芸能人なのに、俺までなる必要ある?」
「だって、うちで一番美人の末っ子が表に出ないのもったいなさすぎるんだもん……!」
姉さんは自分がモデルになってから、静にも向いてると言ってこうやって誘いをかけてくる。大変さはもちろん本人が一番理解してるけど、やりがいを感じて楽しんでる分勧誘が本気だ。『うちの事務所が嫌なら力もあってきちんと仕事させてくれるところを紹介する』『後悔はさせない』と真面目に語られることもあって、絶対にやらない、とは言えないでいる。
そもそもうちは芸能一家でもなんでもないが、たまたま姉さんと兄さんが芸能人になった。父似の姉は高校時代にSNSの投稿をきっかけにスカウトされモデルの道に。母似の兄は姉の影響を受けて芸能活動に興味を持ち、今は駆け出しの俳優をやっている。
ふたりとも家を出て仕事が忙しくても、ずっと変わらず俺を大事に思ってくれていて嬉しい。進路だってふたりは芸能界を推してはくるけど、行きたい学校があるならどこだって構わないから目指せとか、普通に働きたいならそれでもいいとか、そういうこともきちんと伝えてくれる。
そんな頼もしい家族のおかげで、高校生になっても放課後駄菓子屋に通うようなのほほんとした生活を送る俺が出来上がっているわけだから、家族には本当に頭が上がらない。
「凌と静にSNSで顔出ししてもらったとき、静がべた褒めされすぎて凌がちょっとへこんでたの懐かしいな〜、まだそんなに経ってないのにね?」
「確かに。まぁ兄さんはかわいい系だし、姉さんのファンとちょっと好きな系統違っただけじゃない?」
「ふふ、でも凌は静のこと世界一かわいいと思ってるよ」
姉さんが言ったように顔出しをすることになった経緯はというと、兄さんの芸能活動が軌道に乗りはじめたのがきっかけだった。まだ端役とはいえ演技仕事にキャスティングされてファンができたからだ。これからが大事なのにスキャンダルなんて絶対に避けなければならない。となると、すでにモデルとして知名度のある姉さんの存在も当然関わってくる。万が一家族で外を歩いていて誤解を生む可能性があるのなら、先にこちらから公表すべきだ、と双方の事務所が判断したらしい。
姉さんと兄さんとふたりのマネージャーとが実家までやってきて、作戦会議が行われたのをよく覚えている。
無関係の一般人の俺としては、別にふたりがいいならなんでもいい、と言って他人事として考えていた。でも姉さんとふたりで出かける可能性が高いのはどちらかと言うと俺、という話になって巻き込まれる形になってしまって。
結果的に姉さんと兄さんの間に挟まれて写る俺の顔も、ふたりのファンの間でちょっとした話題になる。それもあってふたりのマネージャーからこのまま事務所に入らないかと言われたが、そのときは丁寧に断った。
それ以降も、俺は自分からふたりの弟なこととか、家族が芸能人なことを話したりはしない。聞かれてしまえば誤魔化しはしないけど。
もちろんこの近隣ではさすがにバレているので高校でも知られてはいるが、俺本人に知名度があるわけでもないしそんなに不便は感じてない。姉さんのファンだという子にときどき声はかけられるけど、俺にわざわざ声をかけるくらいのファンは姉さんのことをよく知っているから、迷惑をかけるようなことは絶対にしないのも助かっている。
「静は誰が見ても『整ってる』っていう顔なんだよねぇ。最高級の素材を集めましたって感じの」
「いや、料理じゃないんだからさ……」
姉さんとふたりでリビングのソファに座ると、俺の顔をじっと眺めた姉さんが突然そんなことを言い始めた。
俺のこの顔は、どうやら両親のいいところどりらしい。パーツでいえば姉弟で似ているところももちろんあるが、三人微妙に系統が違う。
そんな俺達を育んだ両親は、身内から見ても贔屓目なしに綺麗な人だ。でも双方我が強く譲り合いの精神に乏しい人達で、生涯寄り添って人生を歩む……みたいな安寧をお互いに得ることは難しかったらしい。俺が中学に上がる前に話し合いの末に円満に離婚済みだ。
「私と静の似てるパーツは鼻だよね、パパ似の」
「それ母さんも言ってた」
ちなみに投資で資産をしっかり貯えている父さんは、今は海外にいてほとんど会うことはない。ただ母さんや俺達姉弟がなんの苦労もしなくていいようにと金銭的な支援は惜しみなくしてくれる。それなのに姉さんも兄さんもさっさと自立したし、母さんも仕事を辞めないしで父さんに頼るのは今は俺の学費程度になった。
だからときどき父さんから俺にくる連絡では『進路はどうする? 留学の予定は? ひとり暮らしするならセキュリティのしっかりしたところを用意するからね。お小遣いは足りてる? 皆で旅行はどう? 手配するけど』と、どうにかしてお金を使わせようとしてきていて、有難いことなんだけどちょっと笑ってしまう。
「……父さんも母さんも、ていうか、うちの家族はほんと俺に甘いよなぁ……」
「こーんなハチャメチャ家族に囲まれてるのによくここまで優しくていい子に育ったなぁって皆が思ってるからじゃない?」
「ハチャメチャって、ちょっと普通と違うだけじゃん。逆に俺が普通なだけっていうか」
「普通ねぇ……? まぁ確かに性格はわりと普通の男の子かもしれないけど、うちの弟ったらこんな美人になっちゃうんだからねぇ……。そりゃぁ皆過保護になっちゃうよ〜。最近は声かけられたりあんましてない? 怖いことあったらちゃんと言うんだよ」
姉さんと兄さんがそれぞれ芸能活動をするようになる頃には、俺も見知らぬ人にSNSを尋ねられたり、都心に出かけるとスカウトされたりすることがあった。家族が過保護気味なのはそういう理由もあるわけだが、幸い俺は安全な毎日を過ごせている。
「怖いことは今のところないし、大丈夫。いつもどおり駄菓子屋によく行って、平和に過ごしてるから」
「百合さん元気?」
「元気だよ。姉さんの出てる雑誌いつも買ってくれてる」
「有難いなぁ……また顔出さないとだね」
嬉しそうに笑う姉さんに同調して頷いたあと、駄菓子屋、と口に出したことで、さっきまで一緒にいた恵秀のことが脳裏に過ぎった。
抱き締められた感触が少しだけ残っている。
俺は家族のことをいつか恵秀にも言わないといけないと思っている。今日恵秀の家にお邪魔して、お母さんと香季に会って、その思いはより強固になった。
家族の都合とはいえ俺もSNSに顔出しをしているわけで、恵秀に何かしら迷惑をかけることがあるかもしれない。何より恵秀は俺の家族のことをまったく知らないようだし、芸能人に興味がないみたいだから、変な噂なんかを周りから聞く前にちゃんと俺から説明するほうがいいだろう。
そうは言ってもなかなか言いだしづらいのもあって、今はタイミングを計りかねているわけだけど……。
「あ、そうだ! 静またバイト頼まれてよ」
「え?」
「SNSのデート企画の彼氏役〜」
「いや、兄さんにオファーかけたら……?」
「静くんがいいですって事務所オファー」
「ええ……」
そしてこれも、俺が恵秀に説明すべきだと思っている大きな理由の一つだ。
実は俺は顔出しをきっかけに、姉さんのSNSの撮影にときどき駆り出されている。かなりいいバイト代に釣られて引き受けてしまっているが、進んでやっているわけではない。写真は顔が見切れたりちょっとぼやけてたりして、後ろ姿とか手とかが写ってるのがほとんどだけど、動画になるとそうもいかなくて。
マネージャーいわく、男性との絡みを好ましく思わないファンもいる中で、仲良しの弟と撮影をしているのはファンも安心だし好感度がいいそうだ。
「だめ?」
「……いいけど、あんまり顔出ないようにってお願いして」
「やった! 日程決まったらまた連絡するね」
……これをいいきっかけだと思って、近いうちに恵秀に話したほうがいいだろう。
きっと勝手に緊張しているのは俺だけで、恵秀は聞いたところであんまり気にしないような気はしてる。それでもやっぱり、普通とは違うことを話すのには勇気が必要だ。俺が家族にゲイだということを言えないでいるのだって、これはいわゆる『普通』ではないと、自分自身がそう決めつけている証拠だと思う。
「ただいま〜」
「静帰ってる?」
そのとき、玄関から母さんと兄さんの声がした。帰ってるよと返事をする前にバタバタと足音がして、兄さんがこっちに駆け寄ってきて思いっきり抱き締められる。
「静〜!」
「おかえり兄さん」
「あ〜充電〜〜」
「頑張ってるね」
「頑張ってる! いつかめちゃくちゃ売れっ子になって兄ちゃん自慢させてやるからな……!!」
兄さんは今、深夜の不倫ドラマと朗読劇に出演してる。ドラマのほうは主要キャストってわけじゃないらしいけど、人気の若手俳優が主役らしくていい刺激になるんだとか。ドラマも映画も舞台もやれるような役者になるんだって常々言ってて、夢があるっていうのはすごいなと姉さんや兄さんを見てると思う。
「兄さんは、もう『自慢の兄ちゃん』だろ」
「……母さんどうしよう、弟がかわいい」
「透も凌も静もみーんなかわいいです〜」
「ママもかわいいよ〜」
「ありがとう透〜」
母さんの名前は矢上梨華。姉さんは透、兄さんは凌、そして、俺が静。母さんが一文字の名前が格好いいって名付けたらしい。父さんは二文字で真聖だけど。
「でもね、何になったってならなくたっていいのよ。透も凌もやりたいこと見つけて頑張ってて偉いけど、高校生で母親とふたり暮らしなのに、文句の一つも言わずにこーんないい子に育った静も偉いし。うちの子は皆偉い!」
「じゃあ偉いついでにバイトしていいかな」
「お姉ちゃんのとこのならね」
「近くのカフェが学生バイト募集してて」
「駄目でーす」
三人声を揃えてバイトを却下されてため息が出た。離婚済みの父さんも含めて両親は十分すぎるほど俺に小遣いをくれるし、姉さんも撮影現場のアパレルショップで買ったとか、衣装で使ったブランドの新作で〜と言って服や靴を買ってくれる。おまけに最近は兄さんもそれに加わりつつあって、俺はかなりの衣装持ちになってしまった。高校生にしてはいいものを着すぎているとも思うけど、もったいないからなるべく全部着ている。
この甘えっぷりにときどきこのままでいいのかなと思うことがあって、姉さんのバイトの頼みを断らないのはそれも大きい。
「バイトが駄目なんじゃないんだけどねぇ……お母さんちょっと心配、だって静かわいいんだもん。その点お姉ちゃんのところはそれが武器だし。何より大人がちゃんと守ってくれて安全だしね」
「それにさ、接客って大変だよ静。私も高校のときちょっとの期間だったけど、ファミレスのバイト嫌な思いしたよ〜?」
「最近物騒だから、遅い時間に静がひとりになるのは兄ちゃんも反対だな」
「……わかったよ」
俺の家族は自慢の家族で、俺は間違いなく恵まれて、愛されて育った。嘘は言わないし、変な誤魔化しをしたりもしない。だからこそ、我儘を言って困らせないようにしようと思えるのかもしれない。
「偉いねえ静。このくらいになると『うるせえババア』とか言う子もいるよね? よかったねママ、うちの男子は荒っぽくなくて。まぁパパも優しいもんね」
「そういえば凌もそういうのなかったわねぇ」
「母さんにババアなんか言ったら後がこわ」
「凌〜?」
「なんでもありませーん!」
これが、俺の家族。俺の大好きな人達だ。
いつかちゃんと恵秀を紹介できる日がくるといいなと思う。
「静おかえりー」
「あれ? 姉さん?」
恵秀の家からまっすぐ家に帰ると、ひとり暮らしをしている姉が帰ってきていた。弟の目から見ても綺麗でかわいい自慢の姉で、芸能活動をしていることもあり多忙な人だ。
泊まりがけの仕事のときは愛犬を預けに来たり、オフの日には「デートしよ!」と言って引きこもりがちな俺を連れ出して服を買ってくれたりご飯を食べさせてくれたりする。仕事が楽しくて恋人はほしくない、弟達を着飾らせるのが趣味、みたいな姉さんだ。ファッションに無頓着な俺がセンスがいいと褒められるのは完全に姉さんのおかげだし、兄さんがSNSに投稿するプライベート写真の私服は必ず姉さんのチェックを経ている。
ちなみに俺が姉ちゃん、兄ちゃんと呼ばず丁寧に「姉さん」「兄さん」と呼ぶのは、姉さんがそう呼ばせるようにずっと言い聞かせた結果らしい。大人になったとき恥ずかしくないほうがいいよね、というおませな女の子だったといつか母さんが笑っていた。
「明日オフになったから、午前の撮影終わって帰ってきたの! 晩御飯お寿司頼んでるよ〜」
「ありがとう」
「凌も明日オフで今帰ってきてるからね。ママは牛乳買い忘れたってさっき出かけた」
「連絡くれたら買って帰ったのに……」
「ママ過保護だから静に行かせないでしょ? 私が行ってくるよーって言ったんだけどお留守番してなさいって言われちゃった」
凌というのは兄さんのことで、今駆け出しの俳優をやっている。姉さんより兄さんのほうが帰ってこないから、会うのは久しぶりだ。
母さんは基本的には放任主義なんだけど、『暗くなる時間にひとりにならない』という点のみ姉さんの言うとおり過保護になる。このご時世何が起きるかわからない、というのが母さんの口癖だ。俺も母さんに安心してもらうためなら反抗する気はなくて、高校生男子とは思えないくらい早く家に帰ることが多い。
ちなみにそのせいでバイトも許可が出ない。が、それについては家族全員同意見らしくて、これは俺が家を出ない限りは難しいだろうとほとんど諦めている。
「姉さんはまだしも、母さんは俺のこといつまでも小学生くらいだと思ってそう」
「仕方ないよこんなにかわいいんだもん」
姉さんは俺の両頬を手で挟んでむにむに押すと、「羨ましすぎるツヤツヤお肌! 新しいスキンケア用品ちゃんと使ってるよね!?」と言った。
姉さんおすすめのスキンケア用品は時々更新されながら、母さんと俺のために姉さんが自ら家に揃えてくれている。
つまり、綺麗だのなんだのと褒めてもらえる俺のそれは、ほとんど姉さんによって作られているということだ。一緒に出かけるときは軽いメイクまで仕込まれている。まぁ姉さんや兄さんが恥ずかしい思いをしないように、俺も見た目には気を遣わないと……とは思ってるんだけど。
「ちゃんと使ってるよ。そのおかげでこれなんでしょ」
「静さぁ、やっぱモデルやろうよ〜絶対人気出る。うちのマネージャーとかほんとに諦めてないよ?」
「姉さんと兄さんが芸能人なのに、俺までなる必要ある?」
「だって、うちで一番美人の末っ子が表に出ないのもったいなさすぎるんだもん……!」
姉さんは自分がモデルになってから、静にも向いてると言ってこうやって誘いをかけてくる。大変さはもちろん本人が一番理解してるけど、やりがいを感じて楽しんでる分勧誘が本気だ。『うちの事務所が嫌なら力もあってきちんと仕事させてくれるところを紹介する』『後悔はさせない』と真面目に語られることもあって、絶対にやらない、とは言えないでいる。
そもそもうちは芸能一家でもなんでもないが、たまたま姉さんと兄さんが芸能人になった。父似の姉は高校時代にSNSの投稿をきっかけにスカウトされモデルの道に。母似の兄は姉の影響を受けて芸能活動に興味を持ち、今は駆け出しの俳優をやっている。
ふたりとも家を出て仕事が忙しくても、ずっと変わらず俺を大事に思ってくれていて嬉しい。進路だってふたりは芸能界を推してはくるけど、行きたい学校があるならどこだって構わないから目指せとか、普通に働きたいならそれでもいいとか、そういうこともきちんと伝えてくれる。
そんな頼もしい家族のおかげで、高校生になっても放課後駄菓子屋に通うようなのほほんとした生活を送る俺が出来上がっているわけだから、家族には本当に頭が上がらない。
「凌と静にSNSで顔出ししてもらったとき、静がべた褒めされすぎて凌がちょっとへこんでたの懐かしいな〜、まだそんなに経ってないのにね?」
「確かに。まぁ兄さんはかわいい系だし、姉さんのファンとちょっと好きな系統違っただけじゃない?」
「ふふ、でも凌は静のこと世界一かわいいと思ってるよ」
姉さんが言ったように顔出しをすることになった経緯はというと、兄さんの芸能活動が軌道に乗りはじめたのがきっかけだった。まだ端役とはいえ演技仕事にキャスティングされてファンができたからだ。これからが大事なのにスキャンダルなんて絶対に避けなければならない。となると、すでにモデルとして知名度のある姉さんの存在も当然関わってくる。万が一家族で外を歩いていて誤解を生む可能性があるのなら、先にこちらから公表すべきだ、と双方の事務所が判断したらしい。
姉さんと兄さんとふたりのマネージャーとが実家までやってきて、作戦会議が行われたのをよく覚えている。
無関係の一般人の俺としては、別にふたりがいいならなんでもいい、と言って他人事として考えていた。でも姉さんとふたりで出かける可能性が高いのはどちらかと言うと俺、という話になって巻き込まれる形になってしまって。
結果的に姉さんと兄さんの間に挟まれて写る俺の顔も、ふたりのファンの間でちょっとした話題になる。それもあってふたりのマネージャーからこのまま事務所に入らないかと言われたが、そのときは丁寧に断った。
それ以降も、俺は自分からふたりの弟なこととか、家族が芸能人なことを話したりはしない。聞かれてしまえば誤魔化しはしないけど。
もちろんこの近隣ではさすがにバレているので高校でも知られてはいるが、俺本人に知名度があるわけでもないしそんなに不便は感じてない。姉さんのファンだという子にときどき声はかけられるけど、俺にわざわざ声をかけるくらいのファンは姉さんのことをよく知っているから、迷惑をかけるようなことは絶対にしないのも助かっている。
「静は誰が見ても『整ってる』っていう顔なんだよねぇ。最高級の素材を集めましたって感じの」
「いや、料理じゃないんだからさ……」
姉さんとふたりでリビングのソファに座ると、俺の顔をじっと眺めた姉さんが突然そんなことを言い始めた。
俺のこの顔は、どうやら両親のいいところどりらしい。パーツでいえば姉弟で似ているところももちろんあるが、三人微妙に系統が違う。
そんな俺達を育んだ両親は、身内から見ても贔屓目なしに綺麗な人だ。でも双方我が強く譲り合いの精神に乏しい人達で、生涯寄り添って人生を歩む……みたいな安寧をお互いに得ることは難しかったらしい。俺が中学に上がる前に話し合いの末に円満に離婚済みだ。
「私と静の似てるパーツは鼻だよね、パパ似の」
「それ母さんも言ってた」
ちなみに投資で資産をしっかり貯えている父さんは、今は海外にいてほとんど会うことはない。ただ母さんや俺達姉弟がなんの苦労もしなくていいようにと金銭的な支援は惜しみなくしてくれる。それなのに姉さんも兄さんもさっさと自立したし、母さんも仕事を辞めないしで父さんに頼るのは今は俺の学費程度になった。
だからときどき父さんから俺にくる連絡では『進路はどうする? 留学の予定は? ひとり暮らしするならセキュリティのしっかりしたところを用意するからね。お小遣いは足りてる? 皆で旅行はどう? 手配するけど』と、どうにかしてお金を使わせようとしてきていて、有難いことなんだけどちょっと笑ってしまう。
「……父さんも母さんも、ていうか、うちの家族はほんと俺に甘いよなぁ……」
「こーんなハチャメチャ家族に囲まれてるのによくここまで優しくていい子に育ったなぁって皆が思ってるからじゃない?」
「ハチャメチャって、ちょっと普通と違うだけじゃん。逆に俺が普通なだけっていうか」
「普通ねぇ……? まぁ確かに性格はわりと普通の男の子かもしれないけど、うちの弟ったらこんな美人になっちゃうんだからねぇ……。そりゃぁ皆過保護になっちゃうよ〜。最近は声かけられたりあんましてない? 怖いことあったらちゃんと言うんだよ」
姉さんと兄さんがそれぞれ芸能活動をするようになる頃には、俺も見知らぬ人にSNSを尋ねられたり、都心に出かけるとスカウトされたりすることがあった。家族が過保護気味なのはそういう理由もあるわけだが、幸い俺は安全な毎日を過ごせている。
「怖いことは今のところないし、大丈夫。いつもどおり駄菓子屋によく行って、平和に過ごしてるから」
「百合さん元気?」
「元気だよ。姉さんの出てる雑誌いつも買ってくれてる」
「有難いなぁ……また顔出さないとだね」
嬉しそうに笑う姉さんに同調して頷いたあと、駄菓子屋、と口に出したことで、さっきまで一緒にいた恵秀のことが脳裏に過ぎった。
抱き締められた感触が少しだけ残っている。
俺は家族のことをいつか恵秀にも言わないといけないと思っている。今日恵秀の家にお邪魔して、お母さんと香季に会って、その思いはより強固になった。
家族の都合とはいえ俺もSNSに顔出しをしているわけで、恵秀に何かしら迷惑をかけることがあるかもしれない。何より恵秀は俺の家族のことをまったく知らないようだし、芸能人に興味がないみたいだから、変な噂なんかを周りから聞く前にちゃんと俺から説明するほうがいいだろう。
そうは言ってもなかなか言いだしづらいのもあって、今はタイミングを計りかねているわけだけど……。
「あ、そうだ! 静またバイト頼まれてよ」
「え?」
「SNSのデート企画の彼氏役〜」
「いや、兄さんにオファーかけたら……?」
「静くんがいいですって事務所オファー」
「ええ……」
そしてこれも、俺が恵秀に説明すべきだと思っている大きな理由の一つだ。
実は俺は顔出しをきっかけに、姉さんのSNSの撮影にときどき駆り出されている。かなりいいバイト代に釣られて引き受けてしまっているが、進んでやっているわけではない。写真は顔が見切れたりちょっとぼやけてたりして、後ろ姿とか手とかが写ってるのがほとんどだけど、動画になるとそうもいかなくて。
マネージャーいわく、男性との絡みを好ましく思わないファンもいる中で、仲良しの弟と撮影をしているのはファンも安心だし好感度がいいそうだ。
「だめ?」
「……いいけど、あんまり顔出ないようにってお願いして」
「やった! 日程決まったらまた連絡するね」
……これをいいきっかけだと思って、近いうちに恵秀に話したほうがいいだろう。
きっと勝手に緊張しているのは俺だけで、恵秀は聞いたところであんまり気にしないような気はしてる。それでもやっぱり、普通とは違うことを話すのには勇気が必要だ。俺が家族にゲイだということを言えないでいるのだって、これはいわゆる『普通』ではないと、自分自身がそう決めつけている証拠だと思う。
「ただいま〜」
「静帰ってる?」
そのとき、玄関から母さんと兄さんの声がした。帰ってるよと返事をする前にバタバタと足音がして、兄さんがこっちに駆け寄ってきて思いっきり抱き締められる。
「静〜!」
「おかえり兄さん」
「あ〜充電〜〜」
「頑張ってるね」
「頑張ってる! いつかめちゃくちゃ売れっ子になって兄ちゃん自慢させてやるからな……!!」
兄さんは今、深夜の不倫ドラマと朗読劇に出演してる。ドラマのほうは主要キャストってわけじゃないらしいけど、人気の若手俳優が主役らしくていい刺激になるんだとか。ドラマも映画も舞台もやれるような役者になるんだって常々言ってて、夢があるっていうのはすごいなと姉さんや兄さんを見てると思う。
「兄さんは、もう『自慢の兄ちゃん』だろ」
「……母さんどうしよう、弟がかわいい」
「透も凌も静もみーんなかわいいです〜」
「ママもかわいいよ〜」
「ありがとう透〜」
母さんの名前は矢上梨華。姉さんは透、兄さんは凌、そして、俺が静。母さんが一文字の名前が格好いいって名付けたらしい。父さんは二文字で真聖だけど。
「でもね、何になったってならなくたっていいのよ。透も凌もやりたいこと見つけて頑張ってて偉いけど、高校生で母親とふたり暮らしなのに、文句の一つも言わずにこーんないい子に育った静も偉いし。うちの子は皆偉い!」
「じゃあ偉いついでにバイトしていいかな」
「お姉ちゃんのとこのならね」
「近くのカフェが学生バイト募集してて」
「駄目でーす」
三人声を揃えてバイトを却下されてため息が出た。離婚済みの父さんも含めて両親は十分すぎるほど俺に小遣いをくれるし、姉さんも撮影現場のアパレルショップで買ったとか、衣装で使ったブランドの新作で〜と言って服や靴を買ってくれる。おまけに最近は兄さんもそれに加わりつつあって、俺はかなりの衣装持ちになってしまった。高校生にしてはいいものを着すぎているとも思うけど、もったいないからなるべく全部着ている。
この甘えっぷりにときどきこのままでいいのかなと思うことがあって、姉さんのバイトの頼みを断らないのはそれも大きい。
「バイトが駄目なんじゃないんだけどねぇ……お母さんちょっと心配、だって静かわいいんだもん。その点お姉ちゃんのところはそれが武器だし。何より大人がちゃんと守ってくれて安全だしね」
「それにさ、接客って大変だよ静。私も高校のときちょっとの期間だったけど、ファミレスのバイト嫌な思いしたよ〜?」
「最近物騒だから、遅い時間に静がひとりになるのは兄ちゃんも反対だな」
「……わかったよ」
俺の家族は自慢の家族で、俺は間違いなく恵まれて、愛されて育った。嘘は言わないし、変な誤魔化しをしたりもしない。だからこそ、我儘を言って困らせないようにしようと思えるのかもしれない。
「偉いねえ静。このくらいになると『うるせえババア』とか言う子もいるよね? よかったねママ、うちの男子は荒っぽくなくて。まぁパパも優しいもんね」
「そういえば凌もそういうのなかったわねぇ」
「母さんにババアなんか言ったら後がこわ」
「凌〜?」
「なんでもありませーん!」
これが、俺の家族。俺の大好きな人達だ。
いつかちゃんと恵秀を紹介できる日がくるといいなと思う。
