はじけてなくなる恋じゃない


 そうして、季節は冬になった。
 今度は寒くて駄菓子屋のベンチに長時間いるのは無理になってきて、俺達は自然とお互いの家に遊びに行く時間が増えた。

 すっかり家族ぐるみの付き合いをするようになったせいで、俺達どころか親同士まで仲がよかったりする。俺と恵秀は会ってないのに、母さんは恵秀のお母さんの詩季(しき)さんとお茶してお花買ってきたと報告してきたりすることも多い。
 この前なんて、近くにできたカフェのオープン祝いで恵秀の家に祝い花の注文が殺到したとかであんまり忙しそうなものだから、香季をうちに預かった。香季がうちで緊張しないか心配だったけど平気そうにしていたし、忙しいときはいつでも預かりますと母さんが話していたので、俺ももう少しゲームが上手くなったほうがいい気がする。
 
 ちなみにその日の夜、詩季さんと一緒にうちに香季を迎えにやってきた恵秀はものすごく拗ねた顔をして「俺が静といたかった」と言った。そしてその顔を見て笑った母さんは、「恵秀もまたおいでね」と恵秀の肩をぽんぽん叩く。
 
「梨華さん、クリスマスって家族で過ごすんですか?」
「透と凌は今年は年末年始に帰るって言ってたからクリスマスは帰らないと思うけど」
「じゃあクリスマス予約させてください」
「はいはいオッケー、じゃあ詩季さんクリスマスは長男預かるわね」
「いつもありがとう梨華さん。静くん、この子うざったくなったら早めに言うのよ?」
「そのうざったいのが好きで一緒にいるから大丈夫」
「あらぁ」

 俺の返答に声を揃えた母親ふたりは、顔を見合わせてくすくすと笑っていた。


 ◇


 家族ぐるみの仲に発展したとは言っても、別にふたりきりになる時間がゼロってわけじゃない。とくにうちでは母さんがいなければ俺と恵秀は自動的にふたりになるし、最近はときどきふたりで出かけることもある。
 恵秀は高三だし、家の手伝いもあって忙しいからいつでも会えるって訳でもないんだけど。

「ここやっぱ寒いねぇ」
「風がなぁ……百合さんさっきすごい心配そうにしてた」
「ね。ちょっとだけにしよ」
「うん」

 駄菓子屋の外のベンチに並んで座って手を擦り合わせる俺達は、ほかの人の目にどう見えてるんだろうか。
 駄菓子を買って俺達がここに座るのを見た百合さんは、「寒いでしょう中にいたら?」と言ってくれたけど、まだ小学生も出入りするような時間に俺達ばかりが居座るわけにもいかない。
 ただ今日はお互い帰らないといけなくてどこかに寄ってる時間もなかった。寒いのは百も承知で、少しだけ一緒にいたくて外のベンチに座る。俺達以外にこの季節ここに座る人は多分いないから。

「この前まで暑かったのに、秋は一瞬だったね」
「過ごしやすい季節が短すぎなんだよな」
「もこもこした静かわいいけどね」

 俺のマフラーを指差した恵秀が、そのままその指で俺の鼻先をつついた。

「鼻赤くなってるね、そろそろ帰る?」
「ん〜……」
「家まで送るよ。風邪引いてほしくないから行こう?」
「……」

 帰りたくない、なんて言う気はなかった。
 そばにいられるようになると、もっと一緒にいたくなるようになってしまった。当たり前に触れられるようになると、どうしたらもっと伝わるんだろうと欲張りになってしまった。

 恵秀が卒業したら今までみたいにここで会うことはなくなるだろう。生活のリズムが変わって、恵秀には恵秀の時間が必要になる。
 ひとつ年下の俺はどうしたってそれに合わせて過ごすことはできなくて、それにこの先俺が進路を考え出すともっとすれ違うようになるわけだ。

 それでも後悔はひとつもない。俺は恵秀といたい。
 この欲張りになってしまった気持ちに折り合いをつけながら、一緒に生きていこうと今はただそう思う。

「うん、ごめん。帰ろ」
「静、どうかした?」
「ううん。なんでもない、行こ」
「……」

 変な間を空けてしまったせいで恵秀が心配そうに俺を見ていた。誤魔化すように笑って立ち上がると、咄嗟に腕を引っ張られる。

「わ、」

 するとその瞬間、ちゅ、と音を立てて恵秀にキスをされた。重なった唇はお互いに冷えていて、外気の冷たさと同時に誰かに見られてはいないかという心配から慌ててしまう。すぐに周囲に目をやった俺が誰もいないことにほっとして胸を撫で下ろすと、恵秀はくすくすと小さく笑い声をもらしていた。

「……こんなとこで……」
「ごめん、寂しそうな顔されたら堪んなくて」
「……」
「冬休みはもっと時間とろうね」
「……ん」

 そっと指先を掴まれて、すりすりと撫でられた。恵秀の手は俺より大きいし指も長い。花束を作るときはたくさん持てていいけど、小さなアレンジメントを作るときは少し気を遣うと言っていた。
 俺はこの手が好きだ。いつも綺麗なものを作りあげて、俺にそっと触る恵秀の手が。

「ねえ静、誰も見てない間だけ、手繋いで帰ろっか」
「え」
「さすがに近所で見られたらちょっと恥ずかしいでしょ? 堂々とするのはまたデートのときね」

 恵秀は前に、付き合ったらしたいことがたくさんあると言っていた。冬になったら手を繋ごうとも。
 俺は手を繋いで歩くのはもちろん恥ずかしいし、恵秀の言うとおり近所ではあんまりやりたくない。
 でも今はもう、どこで恵秀とふたりでいるところを見られても構わないし、そのうちどこかで友達と会ったら、恋人だと紹介できたらいいなと思っている。

 この格好いい人は、俺を好きなんだよ。

 俺はたぶん、いつもそんな顔して恵秀の隣にいる気がする。

「恵秀、行こ」

 俺は自分から恵秀と手を繋ぎ直して駄菓子屋のベンチから立ち上がった。店を離れる前に百合さんに向かって「帰るね」と声をかけて、手を繋いでいるほうを上に掲げて百合さんにぶんぶんと手を振った。それを見てぱちぱちと瞬きをした百合さんが嬉しそうに笑って「またね」と言う。
 恵秀は俺の行動に呆気にとられた後、「静のそういうところがずるい……」だかなんだか、そんなことを呟いていた。

 幸い、駄菓子屋の通りに人はいなかった。繋いだままの手はじんわり温かくなって、恵秀は俺の手ごと着ている上着のポケットに手を突っ込む。

 繋いでいないほうの手に提げた袋の中には、パッチバッチのぶどう味とソーダ味が入っていた。一回でたくさん買えばいいのに、俺はいつもちょっとずつ買って何度も何度も駄菓子屋に行く。
 いつまで駄菓子屋に通う日々が続くかはわからないけど、これが今の俺達の日常だ。いつか形が変わっても、そばにいることだけは変わらないでいたい。

「パッチバッチいつ食べ終わるかな」
「明後日くらい」
「ふふ、はやいなぁ」

 これは儚くなんてない、はじけてなくなったりしない、きっと運命の、俺の気持ち。

「恵秀、好きだよ」

 脈絡なくそう言った俺に、恵秀は嬉しそうに笑っていた。