祠をこわしたぼくらが失った夏には

【4】

 俺たちは、一週間も行方不明になっていた。

 しかも、いなくなったのは肝試しをした夜からだ。

 発見されたあとは、隣町の大きな病院へかつぎ込まれた。

 一番長く入院したのは篠宮で、次がケイ、最後が陽斗。

 俺と立花は、三日で解放された。

 代わりに、残りの夏休みは三人を見舞うための病院通いで終わる。

 でも、ふたりで通っていたのが、三人になり、四人になり、そうやって増えていくのが山の中で助けた順番だと気づいたときは大笑いした。

 それも、俺と立花だけだ。

 残りの三人は、山の中でのことを覚えていなかった。

 俺と立花がこと細かく説明しても、祠まで肝試しに行ってからの記憶がないと言う。

「あー、シャバはいいわぁーっ!」

 真新しい制服を着たケイがコンクリートのごろんと転がった。

 秋風が吹く九月の屋上だ。
 日差しはまだ夏のままで暑い。

「質問責めも、なくなってきたし」

 あぐらをかいた陽斗が、購買で買ってきたパンに食らいつく。

 行方不明になっていたことは、校内中に知れ渡っている。

 同級生や上級生は、根掘り葉掘り聞いてくるけど、下級生は遠慮して聞いてこない。
 例外は、放送部の後輩ぐらいだ。

 でも、祠について直接聞いてきた生徒はいなかった。

 裏で噂が回っていることは知っていたが、悪く言われているわけでもない。

「そのうち、祠を壊して行方不明になったって噂に尾ひれがついて、SNSで見かけるようになるのかも」

 篠宮はおにぎりを食べ終わり、ごみを袋にまとめた。

「でもさ、自覚ないから他人ごとじゃん」

 ケイがのんきに言う。

 けらけらっと笑い声をあげたが、その顔はうっすら笑っているだけだ。
 笑い声と表情がズレている。

「俺は……神社も無理……」

 もそもそとパンを食べていた陽斗が、ピタッと動きを止める。

「あれ……。これって、俺のパンだっけ?」

「そうだけど?」

 ケイが答えても、首を傾げる。

「もう、不敬を働かないのだけは、確かだ」

 篠宮が言う。

 俺と立花はこっそりと顔を見合わせた。

 覚えていないことは幸せなことだろうと思う。

 でも、立花とのやりとりが消えてしまうのなら、俺にとっては好ましくない。

 昼食の弁当を食べ終わった立花が日陰にごろっと転がる。
 ケイと陽斗は、同級生たちがやっているソフトバレーに誘われる。

 俺はまだパンを食べていたから、断った。

 ぎゃあぎゃあうるさい陽斗たちの声を聞きながら、最後の牛乳を飲む。

 俺たちはみんな、揃って真新しい制服だ。
 シャツの白さが目にまぶしくて、だから余計に、森の暗さが脳裏をよぎる。

 それも、記憶を持っているからだ。

 立花はどうだろうかと、疑問を持っても口にはできない。

「立花、寝てるなぁ。向こうで話そっか」

 篠宮が親指を立てる。

 立花が寝ているのを横目で見て、俺たちは階段室の影へ移動した。

「グミ、食べる?」

 篠宮がポケットから小さな袋を取り出す。
 ふたりきりになってから、おやつを勧められることは以前からよくあった。

 陽斗とケイに見つかると、小さな袋菓子はすぐになくなってしまう。

「うん、食べる」

 膝を抱えて座り、手だけを差し出した。
 小さな葡萄の形のグミが手のひらへ転がった。

「さっきの、俺が言ったんじゃないから。いや、言ったんだっけ」

 隣に座る篠宮が、声を詰まらせる。
 俺はグミを口に入れて、できる限り、さりげなく答えた。

 陽斗とケイと篠宮には後遺症のようなものが残っているからだ。

 戻ってこれた代わりに、それぞれ、なにかがズレていた。

「おまえが言った」

「そうだっけ。……なんか、あれから変なんだよな。自分がふたりいるような気がして、俺がした覚えのないことがしてあったり……」

「陽斗は逆だな。他人との境が曖昧になるらしい」

「へぇ……。じゃあ、ケイはあれか」

 篠宮の視線が、九月の日差しの中で笑っているケイへ向けられる。
 笑い声は聞こえてくるのに、その顔は真剣そのものだ。

「感情に、表情がついてきてないよな」

 篠宮は納得したように言った。

「……やっぱり、あの一週間で、なにかあったってことだよな」

 大人たちは、口を揃えて『思い出さなくていい』と言う。

 別に、その言葉に裏があるようには思えなかった。

 思い出しても意味がない。
 それは事実だ。

「俺は腕が折れてたんだって」

 篠宮が続けて言う。

「陽斗と、ケイは足。でも、見つかったときには、もうくっついてたらしい」

「はじめて、聞いた」

「うん。おまえらに、ケガはなかったんだよな。だから、親たちが言わないことにしたんだろ。なんか、こわいしな」

「……そうだな」

 しばらく、どちらも口を開かなかった。

 その間に、一度だけバレーボールが転がってきて、俺が拾って投げ返した。

「祠、直ってた」

 篠宮の早口が聞き取れず、俺は黙って視線を下げた。

「え?」

「見てきた。昨日の、明るい時間に……」

「なんで」

 眉をひそめながら、腰をおろして膝をかかえる。

「遠目にだよ。行きたいっていうヤツがいて……」

「懲りないな」

「懲りてるって……。でも、気になったから。もしも、壊れたままだったら、直さないと、余計に怖いだろ」

「……うん」

 篠宮が言いたいのは、祟りが終わっていない可能性の話だろう。

 そんなことは考えたくもなかったが、篠宮なら考えそうなことだ。

「直ってたから、もう大丈夫だと思う。扉も閉まってたし、お札も貼ってあるみたいに見えた」

「……うん」

 俺はあいまいにうなずく。

 祠の手前に、細いひものような縄がかかっていた。

 それを思い出しながら、口にはできない。
 心の奥がひやっとして、記憶が時を止めてしまう。

 篠宮は浅く息を吸った。

 用心深く、言葉を続ける。

「それで思い出したんだ。あのとき、一番初めに何があったか覚えてる?」

「……そんな話」

「あいつらが悪ふざけで石を投げただろ? そのあと、俺もふざけた……よな? ……どうしてだか、わからないけど。その場の雰囲気につられたって言うか……」

「うん……。そんな感じだった。なにを言っても聞かなくて、俺……、ちょっと怖くなって……」

「あのときさ、おまえが、積んであった石を崩したんだ」

「石?」

 問い返した瞬間、息が引きつれた。

 声が裏返る。

 俺は胸元を押さえた。
 シャツの合わせを握りしめる。

「だいじょうぶ。それも元に戻ってた」

 篠宮はひと息に言った。
 俺の肩を掴み、顔を覗き込んでくる。

「それが、心配で……」

「……俺が崩した? 石って……なに……」

 声が低くかすれてしまう。

 篠宮は肩に手を置いたままで言った。

「祠の手前に、しめ縄みたいなのがつけてあるだろ。……あったんだ。小さな柱に見立てた大きめの石に巻き付いてた。その下にさ、石が積んであって……。境界とか結界みたいなものがあるとしたら、それを破ったのかもしれない」

「でも、祠を壊したのは、立花だ」

「……不自然だっただろ」

 手がするりと離れる。

 その横顔を俺はじっと見つめた。

「あのとき、俺は石の崩れる音を聞いたんだ。それで、ハッとしたって言うか……。そしたら、あいつが祠を壊してた。しかも、俺たちの服にはお札のかけらが残ってた。あいつが、入れたんだと思う……」

「まさか……」

 そう答えるよりなかった。

「あいつも、雰囲気に呑まれたんじゃないの? 俺は知らないよ、お札の欠片なんて」

 日陰から出ている俺の足先を、じりじりとした日差しが射す。

 九月になってもまだ、夏の気配は残っている。

 あの夜の、セミの声も、脳裏から消せない。

 篠宮が黙ると、俺も黙るしかなかった。

 もしも、立花が祠を壊す前に、俺が結界を壊したんだとしたら、祟られたのは俺だ。

 その事実にも言葉が鈍る。

「朝倉、知ってる……?」

 ぼそりと言った篠宮が、手近な床に『のの字』を書く。

「なにを? 立花に霊感があるかもって、こと? 俺も、ちょっとは考えたけど。あったからって、お祓いとかできなかったら意味ないし……。それに、おまえらを助けたいって言い出したのは、俺で……」

「いや、そうじゃなくて」

 俺の早口を笑い、篠宮はかかえた膝に頬を預けた。
 俺の方を向いても、視線は合わない。

「中学の修学旅行で……。あいつ、寝てるおまえにキスしてたよ」

「あ?」

 思わず、低い声が出た。
 篠宮の視線がちらっと俺を見る。

「なんだよ、その目」

「いやぁ、立花は損して得を取ったんだなぁって思って。一芸に秀でてるって言うのは、強いよな。それが、霊感だとしても」

 軽い口調で言った篠宮が立ち上がった。

 俺の肩にぽんと手を置く。

「おまえたちが助けてくれたって話、信じてるから。……俺たちのこと、見捨てないくれて、ありがとな」

「え? いや、ちょっと……。なんか、誤解してない? なんか!」

 離れていこうとする篠宮の手を掴み、日差しの中をずるずると引きずられた。

「それじゃ、なんか、俺とあいつに、なんかあるみたいだろ!」

 しどろもどろになって訴える。

「あったとしても、吊り橋効果かもな。効果が切れるか、どうか……。見といてやるよ」

 篠宮は笑いながら、俺を払いのけた。
 熱い床にごろっと転がる。

 俺の視線の先に立花がいた。
 日差しの中で、あぐらを組んでいる。

 じっと見つめてくる眼差しに、あの山でさんざん感じた嫉妬が浮かんでいる。

 篠宮がソフトバレーのグループへ混じり、俺は日差しの強さから逃れるふりで日陰へ入った。
 ひとひとり分離れて、立花が座る。

「……篠宮との会話、聞こえてたよ。声が風に乗るんだよな、ここ」

 立花に言われて、俺はあきれ半分の視線を送った。

「聞いてないふりしろよ。バカ」

「無理。気になるから。……死にかけた篠宮が、おまえへの愛に気づいたとか言い出したら、暴れ回らないといけないし」

「暴れるなよ。って言うか、気づくも、なにもないし」

「……ふぅん、ならいいけど。……篠宮が言う通りだと思ってる? おまえが、結界を壊したって。……それで、俺が」

「そんなの、後付けだろ。なんとでも考察できるよ。……みんな、おかしくなってたのかもしれないしさ。集団催眠って言うの?」

「だからって、土砂崩れの中から出てくるなんて、驚きなんだけどな」

 周囲の大人たちが首をひねったのもそこだった。
 まるで、誰かに埋められ、その土が崩れたかのように俺たちは放り出されていたからだ。

 それもいつのまにか、肝試しので山へ入り、自然にできた穴に落ちたということに話が収まり、警察の捜査も終わった。

 大人たちは『だから、近づいたらいけないんだ』と言った。
 なにも納得はできない。

 でも、俺も立花も、経験したことを訴えなかった。

 信じてもらえるはずがないし、聞かせる気にもならなかったからだ。

 仲間には話して聞かせ、互いの記憶を確認し合うことはした。

 駄菓子屋へ行って、キラメキマンのベーゴマも探したけど、そんなものはどこにもなかった。

 店番のおばあちゃんは、俺たちと会った記憶もないと言い、山で遭難した子どもが俺たちだとわかるなり、目に涙を浮かべて同情してくれた。

 あの山でのことは、俺たちだけの秘密だ。

 たぶん、誰にも話さない。

「次はさ……」

 立てた両膝に腕を伸ばし、俺は階段室の壁にもたれて空を見た。

 青い空だ。
 雲は高いところにあって、薄く流れている。

「ちゃんとやろう」

 振り向いたそこに、立花の視線が待ち構えている。

「やだ」

 にやっと笑い返してくる顔が、魅力的だ。
 いままで気づかなかったと思う反面、篠宮の言う通り、この気持ちは吊り橋効果ってやつなのかもと思う。

「また一緒に間違えようぜ」

 立花に言われると、断れない。
 言葉が胸の深い場所へ沁み込んで、その言葉を待っていたように思ってしまう。

 陽斗とケイと篠宮が、あの山でなにかを失い、感情や認識がズレてしまったみたいに、俺も、なにかを失ったのかもしれない。

 五人でひとつだと思ってきたのに、いまは立花だけが特別に見える。

「おまえ、本当に、寝てる俺に……したの?」

 篠宮の告げ口を確認すると、立花は俺を見たままで微笑んだ。

 俺は妙に感心した。

 こいつだけ、どこも変わっていないからだ。

 俺を見る目、俺を見る表情。

 自覚しなかっただけで、こいつはいつも、同じだった。

 俺だけ特別で、俺だけ最優先で。

 そういうのをたぶん、恋愛感情って言うんだろう。

「中学のとき?」

 立花が言う。
 俺はムッとした表情を浮かべてにらみ返す。

「あ、やっぱ、したんだ……」

「……こっそりした最初は、小六のときだ」

「はぁ? おまえ、なにをゲロってんだ。……俺のファーストキス!」

「それは保育園のとき。おまえが、誰かとまねごとをしようとして……」

「怖い。黙ってろ。……おまえ、ホラーだ」

 肩をすくめ、震えあがったふりをする。

 立花は弁解をするでもなく、あははと笑った。

 校内のチャイムが聞こえてきて、ソフトバレーをしていた陽斗たちがにぎやかに階段室へ入っていく。

「先、行くから!」

 篠宮が言って、ドアが閉まった。

「俺たちも行こうか」

 先に腰をあげたのは立花だ。
 身を屈め、俺に向かって手を差し出してくる。

 それを握り返さず、俺は目を細めた。

「一緒の大学、行こう」

 視線の先で、立花の表情が崩れた。
 ぐっと感情をこらえるのがわかって、俺はようやく手を返した。

 ぎゅっと握られて、引き起こされる。

「部屋をさ、ふたりで借りるとか、よくない? ルームシェア。親も喜ぶし」

「……そのつもりだった」

「言われたことないんだけど?」

 俺が笑うと、立花が一歩、踏み込んできた。

 俺の背中が階段室の壁に当たる。

「いま言う。……卒業したら、俺と、同棲して」

 立花が顔を傾けると、髪がさらっと流れる。

 それをイケメンだと思いながら、俺はキスされた。

 くちびるが触れて、押しつけられて、そっと吸われる。

「おま……、いき、なり……」

 あわてて胸を押し返した。
 顔がおそろしく熱くなって、汗がどっとにじみ出す。

「ちょっと、手……。手、離して……。俺、汗……かいて」

「いいから」

 そう言って、立花は二度目のキスをしてくる。

 今度はもっと本格的だ。

 翻弄された俺はすぐに息ができなくなってしまう。
 顔を背けて、ぜぇはぁと浅い呼吸を継ぐ。

「蒼真」

 首筋に立花の指が這う。
 甘い声で呼ばれ、ぞくっと身体が震えた。

「……どう、せい? 同棲って、言った?」

 照れ隠しに、おそるおそる問いかける。

「そうだよ、好き同士が一緒に住むのは同棲。……同居じゃない」

 立花は満面の笑みだ。
 まぶしそうに目を細めて、俺を見てくる。

 猫を見るよりやさしくて甘い目つきだ。

「ずっと好きでいるから、覚悟しろ」

「……それは、まぁ、いいけど」

「なにを犠牲にしても、おまえのことだけは守るから」

「おまえが言うと、ガチにこわい」

 答えながら、俺はさりげなく目を伏せた。

 立花のキスを、待ちたい。

 でも、どんなキス顔で迫ってくるのかも見たくなる。

 立花だけが特別だ。

 立花だから気になって仕方ない。

 吊り橋効果じゃないことは、これから証明していけばいいだけだった。

 また、ふたりで。