私は薬作りを行いながら、隣で作業している白雲さんに声をかけた。
「あの、白雲さん」
「何かしら?」
……いや、何かしらじゃないし。
「私、今日、遅くなるとか聞いてませんけど」
「そうだったかしら? 大丈夫よ、送りは越に頼んでおいたから」
「いやいや、ですから、遅くなるのはいいんですけど、越さんに頼むのは――」
「あら、困るの?」
少しだけ、顔が熱くなる。
「困るとかではなくて、越さんだって、迷惑かもしれないですし」
「越がそう言ったの?」
「言ってませんけど」
「じゃあ、いいじゃない」
さらっと言い切られて、言葉が詰まる。
「考えてもみなさい。あんな、いい男にただで送ってもらえるなんて、ついているくらいに思っていればいいのよ」
……雑。
めちゃくちゃ雑なんだけど、この人。
「はぁ……」
もう、反論する気も起きなくなる。
「それに、姫香の知り合いで頼めそうなのが越しかいないんだから、しょうがないでしょ。嫌なら、知り合いを増やしなさい」
「嫌とか、そういうわけじゃ……」
そう言いかけたところで、診療所の奥から声がかかった。
「悪いけど、姫香、少しこっち手伝ってくれないか」
「あ、はい」
ちょうど薬作りも区切りがついたところだったので、後を白雲さんに任せる。
そのまま、私は診療所の業務へと入った。
―――――――――――――――――
宮廷の食堂で夕食を終えたあと、診療所で白雲さんの薬草づくりを手伝いながら迎えを待っていた。
やがて、予定通り越さんが迎えに来る。
「悪いわね」
白雲がそう声をかけると、凌越は小さくため息をついた。
「……悪いと思ってないですよね。まあ、いいですけど」
「ねぇ、そういえば聞いたわよ。柳(リュウ)家の美玲(メイリン)お嬢様から、ずいぶん気に入られたらしいじゃない」
ニヤニヤしながら言われて、思わずドキッとする。あの縁談相手のことかもしれない。
凌越はあからさまに嫌そうな顔をして、「俺には関係ないことですから」とだけ返した。
「あら、でも縁談はするんでしょ?」
「それは……まあ」
言葉を濁して黙り込む。
「もてる男は大変ね。まあ、いいんじゃない? 容姿端麗同士、お似合いよ。……まあ、私ほどじゃないけど」
ケラケラと笑う白雲に、「ですから、俺は――」と言いかけて、やり取りが面倒になったのだろう。
「では、帰ります」
そう話を切り上げると、私へと視線を向ける。
「あ、じゃあ、白雲さん、また来週来ますね」
私も挨拶をして、そのまま一緒に診療所を出た。
やっぱり、あの話は本当だったんだ。縁談か……。
さすがに、まとまってからも送ってもらうのはまずい気がする。これからは遅くならないようにしよう。というか、ちゃんと白雲さんに言わないと。
……それにしても。
いつもより、越さんの歩くのが早い。
私は足早についていきながら、ほとんど小走りになる。なんとなく苛立っているようにも見えたけれど、少し怖くて声をかける雰囲気ではなかった。
からかわれて、嫌だったのかもしれない。
馬小屋に着く頃には、すっかり息が上がっていた。
それに気づいたのか、凌越がふと足を止める。
「あ、悪い」
相変わらず律儀な人だな、と思う。
「……はぁ、大丈夫です。だめですね、完全に運動不足で」
苦笑しながらそう言うと、「いや」と短く返ってきて、少しだけ空気が緩んだ気がした。
私を馬に乗せてから、凌越も後ろに乗る。ゆっくりとしたペースで、馬が動き出す。
「送ってくれて、ありがとうございます」
何か話さないと、と思って、とりあえずお礼を口にする。
「いや」
それだけで、会話は途切れる。
話題を探そうとしても、頭に浮かぶのはさっきの縁談のことばかりで、どうしてもそれ以外が出てこない。
結局、「仕事、忙しいですか」と、無難な話に落ち着いた。
「いや」
――また終わった。
これは、無理に話しかけない方がいいのかもしれない。
そのまま、しばらく沈黙が続く。
けれど不思議と、向こうに話す気がないせいか、少しずつ気まずさは薄れていった。
相変わらず体勢にはドキドキしているけれど、それでもどこか落ち着く。
……これが、最後になるかもしれない。
そう思うと、妙に意識してしまう。
いい思い出、なのかな。いや、私にしては、なかなかの良いイベントだったかも。
それにしても、国一番の美女って、一度くらい見てみたい。
……まあ、越さんとは、お似合いなんだろうけど。
お師匠様の家が近づいた頃、不意に声がかかる。
「来週は、いつ出勤だ」
「え、あ、はい」
突然のことで少し動揺しながらも、「同じ曜日に」となんとか答える。
「それなら、送れる」
「えっ!!」
思わず声が大きくなってしまう。
「そんなに驚くことか」
怪訝そうに言われて、慌てて言葉を探す。
「いや、その、ありがたいんですけど……なんていうか」
うまく言葉にならない。
「また遠慮か」
呆れたような声が落ちる。
「いや、だからそうじゃなくて。その、縁談するんですよね? あまり送ってもらうの、良くないのかなって」
「何の関係がある」
はっきりと、不機嫌な声だった。
「いや、ですから……」
言葉に詰まる私に、凌越は深くため息をつく。
「縁談はするが、受けるつもりはない」
「えっ」
思わず聞き返す。
いや、国一番の美女だよね。理想がもっと高いってこと……?
――同時に、ほっとしている自分にも気づいてしまう。
「そ……うなんですね」
なんとかそれだけ返す。
「で、どうするんだ」
一瞬意味が分からなかったけれど、すぐに気づく。
「あ、白雲さんに聞いてみて、遅くなりそうなら……」
「わかった。まあ、遅くなるだろうな」
ふっと、少しだけ笑う。
「ですね」
私もつられて苦笑する。
――さっきより、ほんの少しだけ距離が近くなった気がした。
それでも――
これ以上、踏み込んではいけないと思ってしまう。
「あの、白雲さん」
「何かしら?」
……いや、何かしらじゃないし。
「私、今日、遅くなるとか聞いてませんけど」
「そうだったかしら? 大丈夫よ、送りは越に頼んでおいたから」
「いやいや、ですから、遅くなるのはいいんですけど、越さんに頼むのは――」
「あら、困るの?」
少しだけ、顔が熱くなる。
「困るとかではなくて、越さんだって、迷惑かもしれないですし」
「越がそう言ったの?」
「言ってませんけど」
「じゃあ、いいじゃない」
さらっと言い切られて、言葉が詰まる。
「考えてもみなさい。あんな、いい男にただで送ってもらえるなんて、ついているくらいに思っていればいいのよ」
……雑。
めちゃくちゃ雑なんだけど、この人。
「はぁ……」
もう、反論する気も起きなくなる。
「それに、姫香の知り合いで頼めそうなのが越しかいないんだから、しょうがないでしょ。嫌なら、知り合いを増やしなさい」
「嫌とか、そういうわけじゃ……」
そう言いかけたところで、診療所の奥から声がかかった。
「悪いけど、姫香、少しこっち手伝ってくれないか」
「あ、はい」
ちょうど薬作りも区切りがついたところだったので、後を白雲さんに任せる。
そのまま、私は診療所の業務へと入った。
―――――――――――――――――
宮廷の食堂で夕食を終えたあと、診療所で白雲さんの薬草づくりを手伝いながら迎えを待っていた。
やがて、予定通り越さんが迎えに来る。
「悪いわね」
白雲がそう声をかけると、凌越は小さくため息をついた。
「……悪いと思ってないですよね。まあ、いいですけど」
「ねぇ、そういえば聞いたわよ。柳(リュウ)家の美玲(メイリン)お嬢様から、ずいぶん気に入られたらしいじゃない」
ニヤニヤしながら言われて、思わずドキッとする。あの縁談相手のことかもしれない。
凌越はあからさまに嫌そうな顔をして、「俺には関係ないことですから」とだけ返した。
「あら、でも縁談はするんでしょ?」
「それは……まあ」
言葉を濁して黙り込む。
「もてる男は大変ね。まあ、いいんじゃない? 容姿端麗同士、お似合いよ。……まあ、私ほどじゃないけど」
ケラケラと笑う白雲に、「ですから、俺は――」と言いかけて、やり取りが面倒になったのだろう。
「では、帰ります」
そう話を切り上げると、私へと視線を向ける。
「あ、じゃあ、白雲さん、また来週来ますね」
私も挨拶をして、そのまま一緒に診療所を出た。
やっぱり、あの話は本当だったんだ。縁談か……。
さすがに、まとまってからも送ってもらうのはまずい気がする。これからは遅くならないようにしよう。というか、ちゃんと白雲さんに言わないと。
……それにしても。
いつもより、越さんの歩くのが早い。
私は足早についていきながら、ほとんど小走りになる。なんとなく苛立っているようにも見えたけれど、少し怖くて声をかける雰囲気ではなかった。
からかわれて、嫌だったのかもしれない。
馬小屋に着く頃には、すっかり息が上がっていた。
それに気づいたのか、凌越がふと足を止める。
「あ、悪い」
相変わらず律儀な人だな、と思う。
「……はぁ、大丈夫です。だめですね、完全に運動不足で」
苦笑しながらそう言うと、「いや」と短く返ってきて、少しだけ空気が緩んだ気がした。
私を馬に乗せてから、凌越も後ろに乗る。ゆっくりとしたペースで、馬が動き出す。
「送ってくれて、ありがとうございます」
何か話さないと、と思って、とりあえずお礼を口にする。
「いや」
それだけで、会話は途切れる。
話題を探そうとしても、頭に浮かぶのはさっきの縁談のことばかりで、どうしてもそれ以外が出てこない。
結局、「仕事、忙しいですか」と、無難な話に落ち着いた。
「いや」
――また終わった。
これは、無理に話しかけない方がいいのかもしれない。
そのまま、しばらく沈黙が続く。
けれど不思議と、向こうに話す気がないせいか、少しずつ気まずさは薄れていった。
相変わらず体勢にはドキドキしているけれど、それでもどこか落ち着く。
……これが、最後になるかもしれない。
そう思うと、妙に意識してしまう。
いい思い出、なのかな。いや、私にしては、なかなかの良いイベントだったかも。
それにしても、国一番の美女って、一度くらい見てみたい。
……まあ、越さんとは、お似合いなんだろうけど。
お師匠様の家が近づいた頃、不意に声がかかる。
「来週は、いつ出勤だ」
「え、あ、はい」
突然のことで少し動揺しながらも、「同じ曜日に」となんとか答える。
「それなら、送れる」
「えっ!!」
思わず声が大きくなってしまう。
「そんなに驚くことか」
怪訝そうに言われて、慌てて言葉を探す。
「いや、その、ありがたいんですけど……なんていうか」
うまく言葉にならない。
「また遠慮か」
呆れたような声が落ちる。
「いや、だからそうじゃなくて。その、縁談するんですよね? あまり送ってもらうの、良くないのかなって」
「何の関係がある」
はっきりと、不機嫌な声だった。
「いや、ですから……」
言葉に詰まる私に、凌越は深くため息をつく。
「縁談はするが、受けるつもりはない」
「えっ」
思わず聞き返す。
いや、国一番の美女だよね。理想がもっと高いってこと……?
――同時に、ほっとしている自分にも気づいてしまう。
「そ……うなんですね」
なんとかそれだけ返す。
「で、どうするんだ」
一瞬意味が分からなかったけれど、すぐに気づく。
「あ、白雲さんに聞いてみて、遅くなりそうなら……」
「わかった。まあ、遅くなるだろうな」
ふっと、少しだけ笑う。
「ですね」
私もつられて苦笑する。
――さっきより、ほんの少しだけ距離が近くなった気がした。
それでも――
これ以上、踏み込んではいけないと思ってしまう。


