「えと、じゃあ、これと……これとこれ、下さい。」
「奥さんの足の具合、どうですか?」
露天商のおじさんに声をかける。
「おかげさまで、ピンピンしているよ。もう、うるさいぐらいだよ」
そう言って、おじさんは陽気に笑った。
「よかったです」
私がそう言うと、
「これは、おまけだ。明蘭様によろしく伝えといて」
「はい、ありがとうございます」
袋を受け取りながら軽く頭を下げる。
こうやって顔を覚えてもらえるくらいには、この街での生活にも慣れてきた。
私はそのまま、次の店へ向かおうと足を踏み出した。
――そのときだった。
道を横切ろうとした視界の端に、見覚えのある姿が入る。
馬を軽く早足で操りながら、こちらへ向かってくる人影。
……あれ、越さん。
そう思った瞬間、反射的に視線を落とした。
いや、無理。
とてもじゃないけど、ドキドキしすぎて普通に会話なんてできない。
失礼だとは思ったけど、気づかないふりを決め込むことにした。
そもそも、こんな人通りの多い場所で、地味な私に気づくはずもないし、話しかけられるほどの関係でもない。
……自意識過剰なのは、分かっているけど。
案の定、凌越はそのまま私の前を通り過ぎていった。
私はほっと息をつく。
――と同時に。
知り合い以下のままなんだなと思って、少しだけ胸が痛んだ。
それにしても、やっぱりかっこいいなあ。
馬上での所作に無駄がなくて、動きがすごくきれいで――思わず見とれてしまう。
遠ざかっていく後ろ姿を見送ってから、私は小さくため息をついた。
……だめだな、ほんと。
軽く首を振って気持ちを切り替え、私は買い物を再開した。
―――――――――――――――――――
「で、状況は?」
凌越の上司である、第一営指揮官・魏景堯(ぎ・けいぎょう)(45歳)は、深刻な表情で報告に耳を傾けていた。
「玄武国が、徐々にではありますが挙兵の準備を進めているのは、間違いないかと」
「やはりか……」
魏は小さく息をつく。
その後も、凌越は国境付近で密偵から受けた情報を、淡々と続けた。
やがて報告が終わる。
「わかった。今日はゆっくり休め」
「はっ」
敬礼をしてから、凌越は指揮官執務室を後にした。
扉を出たところで、
「戻ってきたのか?」
と声をかけられる。
振り向くと、直轄隊の同僚である段が立っていた。二つ年上の男だ。
「ああ」
「状況は?」
短く問われる。
凌越は首を横に振った。
それだけで十分だった。
「……そうか」
段はため息をつき、軽く首を振る。
凌越は気分を変えるように口を開いた。
「今度、雪の見舞いに行ってもいいか」
「ああ、雪もお前に会いたがっていた。近いうちに頼むつもりだったんだ。助かる」
段は、ほっとしたように笑みを浮かべる。
そんなやり取りをしながら、二人は第一営の詰所へと足を向けた。
――そのとき。
向こうから歩いてくる、小柄な人影が目に入る。
この国では珍しい、彫りの浅い顔立ち。
異世界から来たと言っていたか。
地味といえば地味だが、少し縁があったからか、つい目がいってしまう。
十代に見える容姿だが、実際は年上だと知っている。
……正直、意外だった。
そんなことを考えていると、その女性――姫香がこちらに気づき、軽く会釈をした。
凌越はわずかに目を細め、それに応じた。
それだけのやり取りだったが、
なぜか少しだけ、印象に残った。
「奥さんの足の具合、どうですか?」
露天商のおじさんに声をかける。
「おかげさまで、ピンピンしているよ。もう、うるさいぐらいだよ」
そう言って、おじさんは陽気に笑った。
「よかったです」
私がそう言うと、
「これは、おまけだ。明蘭様によろしく伝えといて」
「はい、ありがとうございます」
袋を受け取りながら軽く頭を下げる。
こうやって顔を覚えてもらえるくらいには、この街での生活にも慣れてきた。
私はそのまま、次の店へ向かおうと足を踏み出した。
――そのときだった。
道を横切ろうとした視界の端に、見覚えのある姿が入る。
馬を軽く早足で操りながら、こちらへ向かってくる人影。
……あれ、越さん。
そう思った瞬間、反射的に視線を落とした。
いや、無理。
とてもじゃないけど、ドキドキしすぎて普通に会話なんてできない。
失礼だとは思ったけど、気づかないふりを決め込むことにした。
そもそも、こんな人通りの多い場所で、地味な私に気づくはずもないし、話しかけられるほどの関係でもない。
……自意識過剰なのは、分かっているけど。
案の定、凌越はそのまま私の前を通り過ぎていった。
私はほっと息をつく。
――と同時に。
知り合い以下のままなんだなと思って、少しだけ胸が痛んだ。
それにしても、やっぱりかっこいいなあ。
馬上での所作に無駄がなくて、動きがすごくきれいで――思わず見とれてしまう。
遠ざかっていく後ろ姿を見送ってから、私は小さくため息をついた。
……だめだな、ほんと。
軽く首を振って気持ちを切り替え、私は買い物を再開した。
―――――――――――――――――――
「で、状況は?」
凌越の上司である、第一営指揮官・魏景堯(ぎ・けいぎょう)(45歳)は、深刻な表情で報告に耳を傾けていた。
「玄武国が、徐々にではありますが挙兵の準備を進めているのは、間違いないかと」
「やはりか……」
魏は小さく息をつく。
その後も、凌越は国境付近で密偵から受けた情報を、淡々と続けた。
やがて報告が終わる。
「わかった。今日はゆっくり休め」
「はっ」
敬礼をしてから、凌越は指揮官執務室を後にした。
扉を出たところで、
「戻ってきたのか?」
と声をかけられる。
振り向くと、直轄隊の同僚である段が立っていた。二つ年上の男だ。
「ああ」
「状況は?」
短く問われる。
凌越は首を横に振った。
それだけで十分だった。
「……そうか」
段はため息をつき、軽く首を振る。
凌越は気分を変えるように口を開いた。
「今度、雪の見舞いに行ってもいいか」
「ああ、雪もお前に会いたがっていた。近いうちに頼むつもりだったんだ。助かる」
段は、ほっとしたように笑みを浮かべる。
そんなやり取りをしながら、二人は第一営の詰所へと足を向けた。
――そのとき。
向こうから歩いてくる、小柄な人影が目に入る。
この国では珍しい、彫りの浅い顔立ち。
異世界から来たと言っていたか。
地味といえば地味だが、少し縁があったからか、つい目がいってしまう。
十代に見える容姿だが、実際は年上だと知っている。
……正直、意外だった。
そんなことを考えていると、その女性――姫香がこちらに気づき、軽く会釈をした。
凌越はわずかに目を細め、それに応じた。
それだけのやり取りだったが、
なぜか少しだけ、印象に残った。


