どうせ届かないのに、それでも好きになった——宮廷武官と薬師の恋

白雲と軽く会話をしながら、私は宮廷内の武官たちの区画へと向かう。

外から戻ってきた武官たちが増え始め、周囲は次第に騒がしくなっていく。

その流れのまま、私たちは居住区にある治療室へと入った。

「どう?」

白雲が声をかけると、白い長衣を羽織った中年の恰幅の良い男性が振り向いた。

「ああ、今回はそれほど怪我人も出ていないようだ。おや、姫香か。手伝ってくれるのかい?」

「あ、はい。お久しぶりです、陸先生」

私は軽くお辞儀をして、医師である陸景和に挨拶する。

そこへ、陸景和のもとで働いている看護人の林清蘭と蘇桃花が合流した。軽く挨拶を交わす間もなく、武官たちが次々と運び込まれてくる。

気づけば、治療室はすぐに人であふれていた。

幸い、命に関わるような重傷者はいない。

それでも、裂傷や打撲の処置が続き、陸の指示のもと、私は次々と手を動かしていく。

「こっち、出血が多い。先に止めてくれ」

呼ばれて振り向き、すぐに駆け寄る。

傷口を押さえながら深さを確認し、血の流れを止める。

「……大丈夫、少し我慢してください」

短く声をかけて、汚れを落とし、薬を塗る。

布を当てて、ずれないようにしっかりと巻いていく。

別のところでは、打撲で腕を押さえている者がいる。

動かせるかどうかを確かめ、無理に使わないようにと伝える。

――日本では、ほとんど見ない光景だ。

それでも、今はもう立ち止まることはできない。

呼ばれれば動き、次の処置へと移る。

ただそれだけを、考える暇もなく繰り返していた。

最後の処置が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。

もともとここに来たのも夕方近くだったのだから、仕方がない。

お師匠様には事情を説明し、魔道鏡で遅くなることは伝えてある。

気づけば、張り詰めていた気もようやく緩んでいた。

―――――――――――――――――――

治療が一段落し、ようやく腰を下ろす。

流石にこのまま帰るのは厳しい、ということで――

現在、私は白雲さんと食事の真っ最中である。

「すっかり遅くなっちゃったわね。泊まっていったら?」

「明日も店番があるので、帰ります」

「そう? でもね、さすがにこんな時間に一人で帰すわけにも――」

白雲がそう言いかけたところで、ぱっと表情を変えた。

「あ~ら、越じゃな~い」

振り向くと、食堂の入り口をくぐってくる人影が見えた。

それが凌越だと気づいて、思わず息が止まる。

……やっぱり、かっこいいかも。

ひとりで勝手にドキドキする。

武官仲間だろうか、2人ほどに背中を押されるようにして、少し面倒そうな顔のまま、こちら――というより白雲のほうへやってくる。

「もう、せっかく治療するのを待ってたのに。空気読んでちょうだい」

白雲はそう言って、ウィンクまでつけている。

「瀕死になっても、白雲さんのところには絶対行くつもりはないですから」

げんなりした様子で返してから、凌越は私のほうを見る。

「この間は世話になった」

不意に声をかけられて、一瞬言葉が出なくなる。

「あ、いえ……はい」

我ながらひどい返事だと思いながらも、なんとか言葉を返す。

「あら、あなたたち知り合いなの?」

白雲が楽しそうに身を乗り出す。

私が答える前に、凌越が先に口を開いた。

「ええ。少し前に、怪我の治療をしてもらいました」

「そう。ならちょうどいいわ」

白雲は満足そうに頷くと、さらっと続ける。

「姫香をお師匠様のところまで送ってくれるかしら?」

――全然よくない。

冗談じゃない。自分好みのイケメンと二人きりとか、無理に決まってる。

「あの、白雲さん。私、送ってもらうような年齢じゃないので、一人で帰れます」

慌てて口を挟むと、白雲は呆れたようにため息をついた。

「ここは姫香がいた世界みたいに安全じゃないのよ。本当、いいところで育ったのね」

「と、いうことで。よろしく頼むわね」

軽い口調で、今度は凌越へと視線を向ける。

凌越は一度私を見てから、小さく頷いた。

「わかりました。すまないが、すぐに食べ終わるから、少し待っていてくれるか」

「あ、はい……あの、すみません。お疲れのところ」

申し訳なさに耐えきれず、ぺこぺこと頭を下げる。

そして――数十分後。

送ってもらうことを、激しく後悔することになる――