どうせ届かないのに、それでも好きになった——宮廷武官と薬師の恋

宮廷の食堂で昼食をとっていると、「ここ、いいかしら」と白雲さんが前の席についた。

「悪いわね。戻ってきてから、ずっと遅くまで働いてもらって」

「大丈夫です。でも、大分、落ち着いてきましたね」

「そうね。本当に、良かったわ」

ほっとしたように言ってから、白雲さんはふと口元を緩めた。

「今日は、越に送ってもらうのよね」

「はい……って、なんですか」

白雲さんが、人の悪い笑みを浮かべている。

嫌な予感がした。

案の定、白雲さんは少しだけ声を落として、身を乗り出してくる。

「で、あんた、越からなんて言われて結婚申し込まれたのよ」

私は飲んでいた水に、思いきりむせた。

「なっ、ゴホッ、ゴホッ」

「ちょ、姫香、大丈夫?」

「だ、大丈夫です……。な、なんで、知って……」

「下げ緒の意味、わかって良かったわね」

そう言って、白雲さんは私にウィンクした。

顔が一気に熱くなる。

私は少しだけ白雲さんを睨みながら、つい愚痴っぽく言った。

「あのとき、教えてくれてもよかったのに」

「だって、その方が面白いじゃない」

白雲さんは、悪びれもせずにケラケラ笑っている。

「で、どうなのよ」

「教えません」

きっぱり言うと、白雲さんは不満そうに口を尖らせた。

「つまんないわね」

そうぶつぶつ言ってから、また面白そうに私を見る。

「それにしても、越って、あんな顔立ちだし、有望株だし、人気あるのよ。あんた、上手くやったわね」

「上手くって……。私は別に、何も」

そこまで言って、ふと声が小さくなる。

「でも、そうですよね。私の何がいいのか、全然わかりません」

「あら、本人に聞いてみたら? 真面目だから、ちゃんと何がいいか教えてくれるわよ」

白雲さんは、またニヤニヤしている。

少しだけ想像してしまった。

たぶん越さんは、こういうことにも全部、真面目に答えてくれる。

それはそれで、ものすごく恥ずかしい感じになる気がする。

「……やめときます」

「そう?」

白雲さんは軽く笑ったあと、ふっと表情を和らげた。

「まあ、でも、私は嬉しいわ。良かったわね」

思っていたよりも真面目な顔で言われて、少しだけ調子が狂う。

茶化されると思っていた分、その言葉が胸に響いた。

「……はい」

――少しだけ、くすぐったい。

そんな風に感じたまま、

隣の席に人が来て、その話は自然と途切れた。

――――――――――

仕事を終えて外に出ると、辺りはすでに暗くなっていた。

お願いしていた通り、凌越に送ってもらうことになった。

馬に乗せられて、いつも通り前に座る形になる。

灯りが、ゆっくりと後ろへ流れていく。

背後へと、どうしても意識が向いてしまう。

「あの……」

少し迷ってから、口を開いた。

「この間は、すぐに帰ってしまって、すみません」

「いや、落ち着いたか」

「その……少しだけ」と正直に答える。

「そうか」

短い返事に、少しだけ安心する。

「それと、お師匠様にも話しました」

思い出して、付け足す。

「明蘭様には、今日挨拶していくつもりだ」

「……はい」

頷きながら、なんだか少し気恥ずかしくなる。

少しだけ間が空いてから、凌越が口を開いた。

「……それと、式の時期だが」

ドキッとして、背筋が伸びる。

「1年後にしたいと思っているが」

一瞬、言葉が切れる。

そのまま、視線を感じた。

「……少しでも迷うなら、言ってほしい」

突然、現実の期限を突きつけられて、すぐには答えられなかった。

それでも、ちゃんと私の意思を優先してくれるのが嬉しい。

だから、抱えている不安をそのまま言葉にする。

「……私、この世界の人間じゃないから」

言いながら、少しだけ視線を落とす。

「常識も、まだ分からないことが多くて……」

一度言葉を切る。

「それに、こういうの今までなくて……本当に、慣れなくて」

言いながら、顔が赤くなる。

「……それでも、大丈夫ですか? きっと、たくさん、迷惑かけてしまうと思うので……その」

そこで、言葉が続かなくなる。

「迷惑も心配も、むしろ俺の方がかけていたと思うが……姫香の方はそれでもいいのか」

思わず、小さく息が漏れる。

「私は大丈夫です……でも、出来る限りでいいので、怪我しないで欲しいなって」

「努力はする」

短く返ってくる。

「はい」

小さく頷く。

「不安だろうが……ゆっくりでいい。無理強いするつもりはない」

その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。

「あの……」

少しだけ呼吸を整える。

「……よろしく、お願いします」

言い終えてから、少しだけホッとした。

「こちらこそ、よろしく頼む」

背中に触れる体温に、相変わらず緊張する。

それなのに、

ほんの少しだけ、そのままでいたいと思った。

——いつか、この距離が当たり前に感じられたら。

そんな願いを、そっと胸の奥にしまった。