どうせ届かないのに、それでも好きになった——宮廷武官と薬師の恋

夕食の材料を買って家に戻っても、なんだか落ち着かなくて、結局、いつもより早めに料理に取りかかる。
手を動かしていないと、余計なことを考えてしまいそうで。
「夕飯の準備にしては、早くないかい」
店番の途中で台所に顔を出したお師匠様に、声をかけられる。
「えっと……たまには、手の込んだ料理にしようかなって」
そう答えると、お師匠様は私を少しだけ見つめた。
でも、それ以上は何も聞かずに、
「じゃあ、期待してるよ」
そう言って、また店の方へ戻っていった。
けれど結局、時々ぼーっとしてしまって、いつもより時間がかかり、夕食はちょうどの時間に出来上がった。
「美味しそうだね」
お師匠様は嬉しそうに卓につく。
半分くらい食べ進めたところで、
「何かあったのかい?」
「えっ」
思わず顔を上げる。
「帰ってきてから、時々ボケっとしてるだろ」
「えっと、その……」
顔がじわっと熱くなる。
言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
「越と、何かあったのかい?」
「な、なんで分かったんですか」
「あんたがそんな顔してる理由なんて、そのくらいしかないだろ」
「はぁ……」
なんともつかない返事になる。
少し深呼吸してから、なんとか勢いで口を開く。
「結婚してほしいって、言われて」
最後までなんとか言い切った。
……恥ずかしすぎる。
そう思っていると、お師匠様はあっさりと、
「そうかい」
とだけ返した。
思わず、お師匠様を見つめてしまう。
「なんだい?」
「いえ、その……驚かないんですか」
「だって、あんた、下げ緒をもらってただろ?」
そこまで言ってから、お師匠様は少しだけ首をかしげた。
「そういえば、姫香は異世界人だったね。意味を知らずに受け取ったのかい?」
私は小さく頷く。
「それでかい。いや、あんた達から、そろそろ結婚式の話をされる頃かと思ってたんだけど」
「けっ……結婚式?!」
思わず声が裏返る。
慌てて頭を振った。
「そんな話、まだ全然……」
「まあ、いいさ。姫香がうちで働いてくれるなら、どこに住んでても構わないからね」
お師匠様はさらっとそう言ってから、少しだけ考えるような顔をした。
「そこは越に、そろそろ釘をさしておかないとね」
「ちょっ、お師匠様、釘って?」
思わず身を乗り出す。
「だって、言われたばかりなのに、その……式とか、一緒に住むとか……」
「まぁ、それもそうだね」
お師匠様が楽し気に笑う。
「それに、お師匠様の所でずっと働きたい気持ちは変わらないです」
そこだけは、ちゃんと伝えておきたくて。
少し苦笑しながら、
「……その、後を継げるくらいになれるかは分からないですけど」
と続けた。
お師匠様は何も言わず、ただこちらを見ていた。
その表情が、どこか優しくて。
胸の奥が、少しずつ落ち着いていくのを感じた。