どうせ届かないのに、それでも好きになった——宮廷武官と薬師の恋

戻ってきて、2週間がたった。
店はいつも通りなのに、どこか落ち着かない。

宮廷診療所の手伝いも休んでいたけど、来週からまた行くことになっている。
越さんも宮廷での勤務に戻っていると、娘さんの薬を取りに来た段さんから聞いた。

それだけで、少しだけほっとした。
それでも――

無事な姿を見たいと思ってしまう。

来週、診療所に行ったら、会えないかな。

小さくため息をついた、そのときだった。
店の扉が開く。

「いらっしゃい……」

そこで、言葉が止まった。

「元気そうだな」

4ヶ月ぶりだろうか。
以前と変わらないまま、凌越が立っていた。

「越さん……」

それ以上、言葉が出ない。

――やばい。
泣きそう。

だめだ。こんなところで泣いたら、ただ迷惑なだけだし。

「これを、返しに来た」

そう言って、越さんが私の渡したお守りを差し出す。
私はこくこくと頷いて、それを受け取った。

「これのおかげか、戻ってこれた」

何か言わなきゃと思って、息を吸う。

「無事で……あの……」

言葉が、うまく出てこない。

――だめだ。

次の瞬間、涙があふれた。
慌ててうつむく。

止めようとすればするほど、余計に止まらない。

絶対、困らせてる。……よね。
ただの知り合いに、こんなふうに泣かれても――

「あの……ごめ……」

何とか言葉にしようとしても、声にならない。

そのとき、ふっと小さく笑ったような気がして、ほんのわずかに間があいた。

「また、心配かけたな」

私は顔を上げられないまま、首を横に振る。

しばらく、越さんは何も言わずにそばにいてくれた。
それでも、涙は止まらなくて、

「……いつまで、泣く気だ」

困ったような、それでいてやわらかい声が、頭の上から降ってくる。

「ご……ごめ……んな」

なんとか泣き止もうとするけれど、全然止まってくれない。
こんなに泣いてしまうなんて、自分でも思っていなくて。

私は、返してもらったお守りをぎゅっと握りしめる。

そのとき――

ぽん、と。

なだめるように、頭を優しく触れられた。

不思議と、少しずつ呼吸が落ち着いていく。

「うちの弟子を泣かせるのは、やめておくれよ」

お師匠様が、冗談交じりに言いながら、階段を下りてきた。

「わ…たしが勝手に。も、もう……だ、大丈夫です」

「顔洗っといで。」

私はぺこりと越さんにお辞儀をして、そのまま階段を上がった。

♢♢♢♢♢♢♢♢

「越も、仕事中に寄ったんだろう。早く戻んな。」

明蘭の言葉に、凌越は「まぁ……」とだけ答える。
それから、姫香が去っていった方へと視線を向けた。

「くれぐれも、あんまり心配かけないようにしておくれよ」

「努力はします」

らしい返事に、明蘭は苦笑する。

ほんの少し間を置いてから、口を開いた。

「姫香の傍にいると決めたのなら、中途半端はなしだよ。あの子は私の大切な弟子だからね」

凌越は「…はい」と明蘭の視線を受け止める。

しばらくその目を見て、明蘭はフッと笑う。

「それにしても、あんたがあの子をね。わかんないものだね」

からかうような声に、凌越は少しだけ顔をしかめた。

「……ほっといてください」

わずかに、顔が熱くなる。

凌越自身が、一番意外に思っていた。
誰かを特別だと思うことなど、今までなかった。

――だが。

姫香のことが気になっていたのは、最初からだったのかもしれない。

明蘭に軽く挨拶をして店を出る。
店の前で、一度だけ足を止めた。

振り返ることはしなかったが、
それでも、想いだけは背後へと残る。

小さく息を吐く。

相応しくないとわかってはいるが、
あんな顔を見せられて、手放せるはずがなかった。