どうせ届かないのに、それでも好きになった——宮廷武官と薬師の恋

翌日、私が居間に下りると、卓の前に越さんが座っていた。

「もう起きて大丈夫なんですか?」

昨日はあれだけ辛そうだったのに、今はそれをほとんど見せない。

「あぁ、問題ない。世話になったな」

そう言って、こちらへ視線を向ける。

――いやいや、昨日の今日だよ。絶対、問題ないわけないでしょ。

心の中でついツッコミを入れたところで、お粥を持ったお師匠様が現れた。

「問題ないわけないだろ。いくら毒に慣れてるとはいえ、まだ体は相当だるいはずだよ」

ぴしゃりと言い切る。

「だるさはありますが、問題ありません。報告しに行くだけなので」

さらっと、とんでもないことを言う。

「えっと……今から仕事に?」

「あぁ」

私にまで言われたのが気まずいのか、少しだけ視線をそらした。

「これだから武官というのは……」

お師匠様がため息をつく。

「とにかく、報告だけだよ。その後は診療所で休養すること。陸医師には連絡しておくからね」

「……わかりました」

しぶしぶといった様子で頷く。

私は内心で、小さく息を吐く。

もう少し、自分の体を大切にしてほしい。

あんなふうに倒れるところなんて、もう見たくない。

朝食中も、越さんは普段と変わらない様子で、私たちと言葉を交わしている。

けれど、いつもより少し動作が緩慢なのが、私でもなんとなく分かる。

――やっぱり、結構しんどそう。

そう思うのに、私が言えるはずもなく、お師匠様もあれ以上は何も言わない。

やがて食事を終え、凌越は立ち上がる。

「じゃあ、行きます」

「あぁ」

お師匠様が頷き、私を見る。

慌てて見送るために、越さんの後を追う。

「くれぐれも無理しないで下さいね」

気づけば、また同じことを言っていた。

「分かっている」

少し呆れたような、それでいてどこかやわらいだ表情を浮かべる。

「言われた通り、報告が終わったら休む」

「絶対ですからね」

「あぁ」

短く返してから、わずかに苦笑する。

「……悪かったな。心配をかけた」

その言葉に、胸の奥が少しだけ揺れた。

「悪いと思うなら、少しは体、大切にして下さい」

念を押すように言うと、

凌越はわずかに頷き、それ以上は何も言わず、そのまま外へ出ていった。

扉が閉まる音が、やけに大きく響く。

しばらく、閉じられた扉を見つめたまま、私は小さく息を吐いた。

彼の仕事が常に危険と隣り合わせなのだと、改めて思い知らされる。

それでも――

私は、見送ることしかできない。

―――――――――――――――――

「行ったかい?」

「はい。でも……絶対、無理しますよね」

「だろうね。武官の中でも、越は無茶が多い方だからね」

やれやれ、といった様子でお師匠様が肩をすくめる。

「まぁ、今回は少し懲りたんじゃないかい?」

少しだけ苦笑が混じる。

「そうですよね、あんな……死にそうな目にあって」

思い出して、胸の奥がざわつく。

「いや」

お師匠様は、あっさりと首を振った。

「お前にあれだけ心配をかけたんだ。悪いとは思っているだろうよ」

「……それで、あれですか?」

思わず問い返してしまう。

「結局、仕事に行ってしまったし」

「越は真面目な上に、融通がきかないからね」

軽く言いながらも、どこか呆れたような口調だった。

「そうですね」

私も小さく頷く。

分かってはいる。

越さんが、そういう人だということくらい。

それでも――

納得できるかは、別の話だ。

お師匠様はそんな私の様子を見て、少しだけ楽しそうに目を細めた。

「まぁ、これからも心配しておあげ。それが一番、あの子の重しになる」

「……そうですか?」

少しだけ首を傾げる。

「私一人が心配したところで、越さんが変わるとは思えないですけど」

そう言うと、お師匠様はそれ以上、何も言わなかった。

ただ、わずかに笑みを残したまま。