華と番犬。

凛が「あ、ああ」と反応し終わる前に、匠海は背を向けて窓際の机に向かっていた。濃紺色のブレザーが彼のがっしりした広い肩幅に似合っている。
見慣れているはずの幼馴染の後ろ姿。それなのに、その時凛の胸の鼓動がどくどくと早まる。
手の平を怪我して以来、自分の心が何かおかしい。
「まったく私らしくないな……」
凛はぼそりと呟くと、片方の口の端をふっと持ち上げた。

凛が怪我をした時から一週間が過ぎた。手の平の白いガーゼと包帯は取れたが、匠海との関係は相変わらず付かず離れずのままだ。もともと二人は優作や勇と違い、いつも一緒にいるわけではなかったのだから顔を頻繁に合わせていなくても不自然ではない。
そのため一週間前に感じた心情の微細な変化も“気の所為”だと片付けた。
あの時たしかに匠海に感じた違和感のような感覚。どこか恋心のように胸がドキドキと鳴り、彼を妙に意識したようなーー気がした。
でもそれはきっと、気の迷いだ。あの時の私はストレスか疲労を無意識に抱えていたに違いない。
凛にとって原因や正体が分からない出来事、説明のつかない事柄は苦手であり、軽くストレスを感じる存在だった。
然しその一方で、胸の奥底で「これは恋なのだ」と囁く自分がいる。幼馴染でずっと近くで見てきたはずの匠海が気になる、いや意識をしている……。
今までとは違う心情の変化をまったく“分からない”と言い切れるほど、凛は鈍くはないし幼くもない。
ただ、だからといって素直に認められる問題なのかと言えば、そうではない。