移ろう色のような恋だった

 放課後、私と大希くんは誰もいない静まり返った教室で、残りの作業をした。
 2人とも集中していたので、15分ほどほとんど喋らなかった。
 その時、誰かが勢いよく廊下を走る音が響いた。
「なぁ」
「ん?」
すると、大希くんが口を開いた。
「俺のこと大希って呼び捨てて呼んでくれてもいいよ」
「へ?!」
 下を向いて書きながら平然とそう言う大希くんを横目に、私は驚いて振り向いた。
「いきなりだね」
「あー、ごめんごめん。なんか翌人だけ名前で呼ばれててずるいなーって思っただけ」
「そうだったんだ」
 それをどういう意味で言っているのか分からなかったため、素っ気ない返事をしといた。
「じゃあ、お言葉に甘えて大希って呼ばせてもらうね」
「おう」
「大希、大希、、、なんか意外と大希って呼ぶ方がしっくりくるかも」
「それはよかった」
 私たちは顔を見合わせて笑った。


「ふぅー、終わったー」
私は脱力して椅子にもたれかかる。
「お疲れ」
 時計を見ると17時を過ぎていた。
「やば、俺18時からピアノだったわ。ごめん、先帰るわ」
「そうだったんだ!一緒に残ってくれてありがとうね。片付けはやっておくから行って!」
「ありがとう!じゃあまた明日!」
「うん、また明日!気をつけてね!」
「おう!」
 大希はリュックを背負う暇もなく、抱えて行った。
 普段はマイペースであんなに急いでいる姿はなかったので、意外と俊敏に動けるのだと感心した。
 私も帰ろうっと。
 紙やペンを片付け、窓を閉めようとグラウンドを見ると、野球部はもう終わっていた。
 そういえば翌人来なかったけど、今さっき終わったのかな。
 私は、窓を閉め、電気を消して教室を出た。


 靴箱に着くと、1-Aクラスの靴箱の前に翌人が座り込んでいた。
「お、やっと来た」
 少しテンションが低めに見えるのは気のせいだろうか。
「翌人、今日は部活終わるの早くない?」
「コーチが、今日は基礎トレーニングだけでいいって指示ですぐ終わったんだ」
「そっか、よかったね。じゃあ手伝いに来てくれてもよかったのに」
「...」
 翌人は私の言葉に俯いていた。
「まぁ靴履けよ」
「うん」
 いつもと違う彼の姿に、頭にハテナが浮かんだ。

 2人でゆっくりと歩き出した。
 私は気になることを直球で聞いてみた。
「なんかテンション低くない?」
「あー、っと、...」
「え、どうした?」
「あのさ」
「うん」
「...大希のこと名前で呼んでたよな?」
「あー、うん。なんか名前で呼んでいいよって言ってくれたから。ってなんで知ってるの?!」
 私は驚いて翌人のほうを向いた。翌人は子どものように口を尖らせていた。
「実は部活終わった後走って教室行ったんだよ。そうしたら2人が.....」
 拗ねている口調で何かをぶつぶつと喋っていた。
「え、なんでそれがテンション下がるようなことになるの?」
「え、っとさー、」
「うん」
「え、なんとなくさ、分かんない?」
 翌人は少し困った顔で私を見た。
「全然分かんない」
 私は正直に答えた。すると、
「あーーー、もーーー!」
 いきなり大声を出した翌人にびっくりした。
「晴雨まじで鈍感すぎない?」
「え、どういうこと?」
 眉をひそめると同時に、隣にいた翌人が私の前に立つ。思わず立ち止まる。
「大希のことを呼び捨てで呼んでるのが気に入らなかったってこと!」
 私がまだキョトンとした表情でいると、
「俺は、晴雨のことが好きだってこと!」
「え、え?!」
 いきなりの告白に言葉が出なかった。でも、1番に頭によぎったことは、『なんで私?』。私はつまらない人間だ。翌人みたいになにも誇れることもないし。
「俺、ずっとアピールしてたつもりだったんだけど」
「全然分かんなかった。積極的だとは思ったけど、翌人私だけじゃなくてみんなと仲良かったから、そういうもんなのかなって思ってた」
「そっかぁー」
 そう言うと、翌人はその場にしゃがみ込んだ。それを見て、私も同じようにゆっくりとしゃがんだ。
「率直になんで私?私翌人みたいに、誇れることもないし、別にクラスの中で翌人みたいに積極的でキラキラした感じでもないし。私なんか地味でつまらない人間だよ」
 私が俯いて言うと、
「なんだそれ」
 翌人は顔を上げて笑った。
「誇れることあるじゃん」
「え、ないよ」
「陸上」
「別に誇れるってほどじゃ」
「始業式の日の朝」
 私の言葉に被せてそう言った。
「俺も実は時間ギリギリだったんだ。横を向くと桜並木を挟んで晴雨がいたんだ。途中から走って学校行っただろ?その走る姿が本当にかっこよくて。なんかすっごくキラキラしてた。そしたら教室いたら晴雨いるし、しかも前の席だし。もう運命感じたよ」
「そうだったんだ」
「なんか直感?というかビビッときた感じなんだけど、俺と晴雨なら2人でなんか最強というか、一緒にいると楽しいし安心できるっていうか。まぁつまり、好きだなーって思ったんだよ」
「...」
 初めてそんなことを言われたので照れて言葉が本当に出てこなかった。
「あとさ、大希ってすっごくモテるの。頭いいし、運動もできるし完璧なんだよ。周りは絶対大希のことを好きになる。でも晴雨だけは俺だけに振り向いて欲しくて。いきなりこんなこと言われたらキモい?困るよな」
「正直困ってる」
 私は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
「ごめん」
 翌人も立ち上がり、私の後をゆっくり歩く。
「違うの」
 翌人の方を振り返った。
 私の胸は一気に高鳴った。
 私には、一つの色しかないと思ってた。なのに、翌人が近くにいることで色が混ざり合うようにワクワクしたり、ドキドキしたり、毎日が楽しく彩られていった。こんな私にまっすぐ気持ちをぶつけてくれる人がいる。私も翌人と同じ気持ちだと感じた。
「私、自分に全然自信がないの。それに私には何にもないと思ってた。でもね、翌人は私のことを私以上に見てくれてたんだね。私も翌人と一緒にいると楽しい。翌人とここで出会えてよかった」
 私も言おう。この気持ちは曖昧ではない。
 翌人のことが好きなのだ、と。
「私も翌人のこと、好きだよ」
 その瞬間翌人が私のことを勢いよく抱きしめた。
「今日、今まで生きてた中で1番ドキドキしたし、1番嬉しい。生きてて良かった」
 私と翌人の鼓動が混ざり合う。私も翌人の背中に手を回した。
「大袈裟だよ」
 心の中、とは裏腹だ。大袈裟なんかじゃない。私も、今までで1番ドキドキした瞬間だった。こんな幸せなことがあっていいのか。
「じゃあ、付き合うってことでいいんだよね?」
 翌人が私の顔を見て、確認して言った。
「うん、よろしくお願いします」
 私はまっすぐ翌人の顔を見て言った。嬉しくて恥ずかしくて顔が綻びそうだ。


 それから私と翌人は手を繋いで帰った。
 人生はいつ何が起こるか分からない。
 私の人生が移ろう色で溢れていく。
 きっと彼と一緒なら色が混ざって溢れて、止まらないだろう。
「ねぇ、来週の土曜日空いてる?」
「来週は空いてるよ」
 すると、彼は嬉しそうな顔を見せた。
「じゃあ、一緒にキャッチボールしよう!俺は手取り足取り丁寧に教えますんで」
「お手柔らかにお願いします」
「喜んで」
 私たちは再び強く手を握り、笑い合った。
 きっと今の私たち2人の色は、私たちにしか見えない幸せな色だろう。