「それはないわー」
「だよなぁ、絶対嘘じゃん」
「イヤ、本当だってば」
そんなたわいもない話をしながら廊下を歩いていた時、すれ違い様に手が当たった。
あったかい・・・
「えっ、誰の手?」
思わず振り返って、誰かを探した。
多分あの人だ。すぐ後ろを歩いてる、俺と同じ位の身長の人。
誰だろう、あの人?
「響(ひびき )〜お前、昨日既読無視しただろー」
「風呂入ってて、気づかなかったんだよ」
「寝る前にもう一度、確認しろよな」
向こうは気づいていないのか、そのまま歩いて行ってしまった。
「ヒビキ…確かそう言ったよな」
手が当たったの気が付かなかったのかな?
割と触れた気がしたんだけど…。まっ、どーってこと無いけど。
「おい、亮太(りょうた)どうした〜何かあったのか?」
「あっ、なんでもない、今行くーっ」
この日が響の存在に初めて気が付いた日になった。
俺は青井 亮太(あおい りょうた)
高校2年生。
文武両道を掲げる校風の進学高に通っている。
「次、数学だろう。移動だって〜」
「あぁ、3クラス合同のやつか?」
「そう、それ」
「今回はどこ?」
「俺はαクラス」
「まじかよー、いつの間に上がったんだよ」
「俺なりに頑張ったんだよ、ほらもう行かないと、じゃあまた後でな」
俺にとって、初めてのαクラス。
教室に入ると、どこか空気が違う気がした。
落ち着かないなぁ…。
数学は3クラス合同の移動制で理解度ごとに教室が分かれている。半年に一回のテストで決まる。
発展ーαクラス
標準ーβクラス
基礎ーγクラス
こんな感じ。
なんとなく空いている席に座ってみた。
「ーそこ僕の席」
「えっ?」
「僕いつもそこに座ってるんだ。君は初めてだよね。ここ」
「あーっ、そっか、ごめん、席決まってたんだ」
「後ろなら空いてるから」
「おっ、おお、後ろね」
俺は教科書を持って急いで後ろの席に移動した。
前回まで標準のβクラスにいた。席なんて決まってない。適当に座って授業を受けていた。
αクラスも同じなんだと思ってた。
そーか、そーなんだ、なんとなくのルールがあるって事かぁー。
そんなことを考えながら前に座っているその人のことを見ていた。
「ん?この横顔…」
隣の席の子と話している、この人!
どっかで見たぞ。
どこだっけ?えっーとお。
あっ、そうだ!手、俺の手とぶつかった、確かリョウ…
ガラガラ
「はい、これから数学の授業を始めます。数人の入れ替わりがあるようなので出席をとります」
そうか〜中村 響(なかむら ひびき)か。
クラスが変わったことで、思いがけない情報収集が出来た。
第一印象はメガネ男子。黙ってたら絶対モテるタイプだと思う。眼鏡越しでもイケメンなのがよく分かる。
さっきの授業で問題をスラスラ解いてたしなぁ。頭が良すぎて近寄りがたいって言うか…。馬鹿な事を言ったらひかれそうな気がした。
数学の授業は毎日あるからなぁ〜。まぁそのうち話せるようになるだろう。
「さぁて、授業も終わったし俺は自分のクラスに戻るとするかなぁ」
席を立ち上がろうとした時、前の席に座っていた中村君がこっちに振り向いた。
「ねぇ、君、青井 亮太君は何組?」
「あっ、俺?オレは6組」
「6組か…」
「えーっと、中村君は何組?」
「4組」
1年の時は全く知らなかった。
2年だって2つもクラスが離れてたら最悪知らずに終わってたかもな。
「青井 亮太君は今回初めて発展のαクラスに上がったんだね」
「うーん、まぁ、って言うかなんで青井 亮太君ってフルネームなの?(笑)
リョウタでいいよ。みんなにそう言われてるから。
あっ、言いにくいなら無理にとは・・」
「じゃあ僕のこともヒビキでいいよ、言いにくいなら、無理にとは・・」
「ふっ、返しの術かよ、響、、か。じゃあヒビキこれから宜しく」
「うん」
俺は教室を後にした。
あれ?思ってたのとちょっと違うのかなぁー。
2ケ月前—
「なぁ亮太、今日ラーメンかハンバーガー食べに行かね?」
「あーーっ、悪い!行きたいのは山々だけど俺、今日中にある程度仕上げたいんだよね。やっぱ部活行くわ。」
「そっか〜仕方ないなぁ。誰か他のやつ探すよ。
でも、お前よく続くよなぁー。塾にも行ってんだろ?
息抜きも大切だぞ。」
「わかってるよ。次はラーメンな」
「おーーっ」
俺は中通路を抜けてすぐ右側の美術室に向かった。
ガラッガラッ
中からツンとした絵の具の匂いがした。
「さあ、始めるかぁ〜」
キャンパスをセットして、その前に椅子を置いて座った。
パレットの上に色とりどりの絵の具を置いていく。
「赤と青と少しだけ黄色足してみるか。
これ位でいいかな?」
髪の毛を1本描いてみた。
「もうちょい青色足すかな〜」
パレットの上で色を混ぜてから、5〜6本の髪の毛を描いてみた。
「うーん、影の部分は紫にしてみるかな」
髪の毛を黒の絵の具だけで描くなんてありえない。
黒色に見えてるだけで色がある。
これを出すのはかなり大変。いつも同じ色が出せるかと言うとそうでもない。
こんな事を言いながら絵を描いていると、将来は絵に携わる仕事がしたいの?なんて思われるかもしれないけど、そんな事は全く思っていない。
だって上手くて当たり前の世界だから。
俺みたいに人の何倍も努力して、やっと人並みになるレベルの人間には到底無理だってわかってる。
そもそもただの美術部員で、たまたま先生がコンテストに出品する作品を探しててそれが俺の絵だったって言うだけ。色の出し方もネットで調べてみたわけだしね。
ただ、目の前の事に時間を惜しまない、自分が納得するまでやる。それだけの事。
「あっ、窓から入ってくる風が気持ちいいーーーっ」
空気の入れ替えのために、窓は必ず開けるようにしている。
プルルルル プルルルル
「はい、もしもし えっ、俺?美術室だよ。
わかった。今、行くからちょっと待ってて。」
友達からの呼び出しって言うやつ。
俺はさっき来た中通路を戻って一階に走って行った。
「中村君、悪いけど授業で使った地図を準備室に返しに行ってもらえるかな?」
「あっ、はい。準備室ですか?」
「中通路を渡って、右側が美術室その隣が準備室だから。悪いけど、頼むね」
準備室かあんまり行ったことないけど。
放課後に返しに行って、そのまま帰ればいいか。
そんなことを考えながら、地図を受け取った。
ガチャ
「えーっつと、明かりは何処だ?あっ、ここか」
準備室には色々な道具がしまってある。
日焼けしないようにカーテンが閉められていて、中は薄暗い。
「ここに置いとけばいいのかな?」
『地図』と書いてある場所にとりあえず立て掛けておいた。
「さっ、帰るか」
部屋を出て、隣の美術室の前を通り過ぎようとした時、後ろ扉のガラス部分から中に誰かがいるのに気が付いた。
ここって美術室…。誰がいるんだ?制服着てるって事は
部活してんのかな?
「今行くからちょっと待ってて」
ガラガラ
前の扉が開いたと思ったら、慌ただしく生徒が飛び出して行った。
「どっか行っちゃったなぁ」
何描いてたんだろう?
ほんのちょっとの好奇心とすぐには戻ってこないだろうと言う安心感から、僕は美術室の中に入っていった。
「これを描いてたの?」
まだ半分位しか描き上げてないのに、色の世界に驚いた。こんなに一つ一つの色が重なり合って、、、
「どんだけ時間かけて描いてんだよ。ここだけ時間が止まってるみたいな。」
横に置いてあったパレットには、どれだけ苦労して作り上げたのかわからない色がちりばめられていた。
2ー6 青井 亮太
画材セットの中に名前を見つけた。
2年生かー僕と同じだ。
流石に戻ってくるまでは待てないかぁ。
その日から帰りに美術室の前を通って、中を覗いてから帰ることが多くなった。
「あの日は後ろの扉から見たから、背中は見えたけど顔は見えなかったんだよなぁ」
前扉のガラス部分から覗けば顔が分かるかもと思った。
「マジで?今日いるんだ!なんだよ〜今度はキャンパスが邪魔で見えないとか〜。あっ、動いた。」
えっ!こっち見た・・・あっ、違うか」
一瞬目があったと思った。僕が見てたのバレた?
イヤ、バレてない。あっちからは見えない角度なのかも。
僕は思わず扉の端のほうに身を隠した。
呼吸を整えて、ゆっくり中を覗いてみた。
なんか眉間にシワ寄せてないか?考え事してるのかな。
あっ、今度はなんかひらめいた!みたいな顔してる。
嬉しそうな顔すんだな。ふっ
1人で百面相みたいに表情が変わってる。
しかも、あの人の周りだけ時間がゆっくり流れているみたいな。
筆を握る手がとても美しいと思った。
風になびいた髪がふわっと後ろに流れて思わず目を奪われた。あーっ,この人自身が光を持っているんだ。
僕は心を奪われた。ずっと見ていたいかも。
僕の名前は中村 響(なかむら ひびき)
エンジニアから大学教授になった父親と医療従事者の母親、有名大学に通っている兄の4人家族。
周りからは、エリート家族なんて呼ばれてる…らしい。
僕の周りは時間の流れが早い。
モタモタしていると1人取り残されてしまう。
最短の時間で何でもこなすようにしてきた。
できて当たり前。そんな中で生きてきた。
兄さんは、物事はセンスだってよく言ってる。
必然と僕の周りにも、そんな友達が集まってきた。
帰りに自習室に寄ったり、そのまま塾に行ったりとか。
用事の無い日はちょっと寄り道したり、カフェで軽く話すくらいはしてるけど。
「なんだか息苦しいな」最近…。
そう思うことが増えた。
「響、今日は家庭教師の日でしょう。
早くご飯食べちゃって。用意しなさいよ」
「うん」
「お母さん、今日は夜勤だから、もう行くわね」
「ああ、いってらっしゃい」
本当は塾に行ってもいいんだけど、家庭教師に来てもらった方が移動時間の無駄がないからって。
兄さんの時からずっと家庭教師がついてる。
ピンポーン
「はい」
「家庭教師の早川です」
ガチャッ
「はい、どーぞ」
「しかし、相変わらず理解が早いなぁ。1回聞いただけで本質を理解するってすごいよ」
「そうですか?何か感覚でわかるっていうか」
「ほんと、家庭教師泣かせだよな〜ははは。最近学校の方はどうなの?勉強の方は問題ないんだろうけど」
「別に…変わらず、、かな。
あのぉ、うまく言えないんだけど、時間の流れ方が僕と違う人がいて、なんか気になるかなぁって」
「えっ?どーした、急に。新しい友達でも出来た?」
「いや、なんとなくですよ。僕の人生とは無縁だって思って」
「今までそんな話した事あったっけ?
でもあれじゃない?自分に無いものを持ってる人って魅力的に見えるって言うヤツ。まぁうまく言えないんだけど。
「そう…ですね」
「あっ、もうこんな時間。じゃあ、来週までにここまでやっといて。
これ対策問題と解き方についての簡単な説明書。君ならこれぐらいできるでしょ。じゃあまた来週、お疲れ様」
「はい、ありがとうございました」
時間は22時を過ぎていた。
「あーっ、風呂はいろうかなぁ」
なんとなく机の上のライトに手をかざしてみた。
「青井 亮太かぁー。綺麗な手してたなぁ。
明日は合同集会があるんだよなぁ・・・。チャンスがあるとすれば明日かなぁー。集会後の廊下とか。
なんとなく触れてみたいなあ」


