凍城の話によると、半刻ほど前に武装した一団が屋敷を陥落させたとのことだった。その時刻、みつ達はまだここに辿り着いてはいない。知らぬ間に起こった事件だ。
彼らは例のどろついた物体を投げてあやかしの自由を奪い、そして人間の護衛達には弓矢と飛び道具で攻撃を加えたそうだ。
一団は、人間とあやかしが入り交じる何とも異様な編成だったという。
ただ一人、一団を退けるために凍城が死力を尽くして戦ったそうだが、ある程度敵を葬った時点で一斉に撤退したらしい。
話を聞きながら、みつは大広間に運び込まれたあやかし達を順に癒していく。
残る三名は、人間の手当てを行った。
みつ達を護衛していた山野たちも、屋敷に足を踏み入れた途端に残党から急襲されたとのことで、深い傷を負っていた。
「磨徒や流花ちゃんが食らったのは、魔封殺(まふうさつ)という猛毒だろうな。これは、あやかしにのみ効く禁忌の秘薬だとされている……くらったらなす術なく半日以内に死に至るものだ。我が凍城家か、あやかしにも一部その精製法を知る者がいるらしい」
苦しげに表情を歪ませて、凍城が己の膝を叩く。
「所持していたのは俺の母だったが……凍城家が作ったものだろうか?」
磨徒が神妙な顔をして問いかけると、凍城が大きく首をふった。
「いや、ここ数百年、凍城家は精製に関わっていない。ただお前の母、華奴(かや)殿はかつて、雷我に無断で日の本へ攻めいる準備をしていたそうじゃないか。もしや此度の狙いは……」
「……そうだな。母は父以上に人間を忌み嫌っている。あやかし側と対等に渡り合おうとする幕府の姿勢に憤慨していてな……日の本全土を焼き払い、力を示した上で従属させる計画だったようだ」
磨徒も凍城同様、深刻な現状に心を痛めている様子だ。
華奴の真意はどこにあるのだろう。みつの胸中にもざわざわとした不安が渦巻いていた。
一通りの治癒と手当てが終わり、気を失っていた面々が起き上がり始めた頃。
外から大きな炸裂音が鳴り響いた。
轟音は立て続けに四方八方から上がり、人々の悲鳴も響き渡る。
何事かと凍城や磨徒が玄関口へと走る。みつもあわててその背を追いかけた。
破壊され穴だらけの玄関口へと飛び込んで来たのは、凍城の従者片山である。
あちこちに矢が刺さり、切り傷と火傷が目立つ満身創痍の状態だ。
「大和様! 江戸のあちこちが、あやかしと人間の混合軍により襲撃されております……! 大将と見られる女が啓厳寺(けいがんじ)に陣を張っており、将軍の首を差し出せば攻撃を停止すると触れ回っておるそうです」
「何!? さっきから爆発音や炸裂音が立て続けに聞こえてくるが、どこまで被害が拡大している!?」
「町人地を中心に破壊活動が進んでおりますが、じわじわと我々の住む一帯にも敵兵が姿を見せております……!」
「今すぐこちらも兵を集め、迎撃する! 動ける者をかき集めろ! あやかしの皆様にも協力をうながすぞ!」
凍城と片山が鬼気迫る表情で言葉を交わしながら、負傷者が休む広間へと走っていく。
彼らの会話内容を反芻しながら、みつははっとして磨徒を見上げた。
「町人地が襲撃されているなら、那岐様が危ないかもしれません!」
「そうか……! すぐに助けにいこう!」
「はいっ! 凍城様に一言伝えて行きましょう!」
みつと磨徒は広間に顔を出し、那岐の救援に行くことを伝えると、すぐさま屋敷を出て町人地を目指した。
磨徒とみつの走行速度には致命的な差があったが、途中で磨徒が術法により韋駄天の加護を与えてくれたことで、みつも飛ぶように町を駆け抜けることができた。
やがて到着した那岐の親族の屋敷は、おびただしい数の矢が刺さり、また術法によるものだと思われる無数の大岩が天井を破壊し、母屋は完全に潰れていた。
しかし、破壊し尽くされ視界を遮るものがないこの状況で、那岐の姿を見つけることは容易だった。
彼は頑丈そうな白壁の蔵を背にして、ひとり戦っていた。
眼前には無数の敵。六名ほどが那岐に対して休むことなく攻撃を加えている。
那岐は勢いよく彼を射ぬこうとした矢をスレスレで掴み、地面へと投げ捨てた。そうして間近に迫った兵が振り上げた刀を掴み、へし折る。更に鬼神のごとき速度で敵の懐へと距離をつめ、空いた左手でその腹部を突き上げるように拳を叩き込んだ。
敵兵は大きく体を曲げて、白目を剥きながら崩れ落ちる。
磨徒とみつは、すかさず満身創痍の那岐の元へと駆け寄った。
切り傷も火傷もひどい。身体中に矢が突き刺さっており、腹部は穴が空いたように大きく抉れて、とめどなく血が流れ落ちている。
肩で息をしつつ、よろめきながら那岐は磨徒へと歩み寄ろうし──がくりと膝を折った。
「那岐様っ! よくここまでお一人で……! 体を楽にしていてください!」
苦しげに肩を揺らしながら虚ろな目を向ける那岐に対し、まずは突き刺さった矢をすべて抜く。
そうして自らの血を彼の心臓部へと垂らしながら、みつは治癒術の詠唱を済ませた。
一瞬の間を置いて、那岐の全身に光が走ったかと思えば、みるみるうちにすべての傷口が塞がっていく。彼は驚いたように体を起こした。
「なんだ、どうなってんだ!?」
「えっと……私、治癒術を使えるようになりまして」
はにかむようにみつが笑顔を向けると、那岐はなんとも言葉にできぬ様子で眉を寄せ、そしてかすかに口角をあげた。
「…………ありがとな」
みつが那岐の治癒に専心していた間、磨徒は怒りに満ちた表情で周囲の敵を一掃していた。
術法により、鋭く大きな石柱が一帯に降り注ぎ、地面を抉っている。
他を寄せ付けぬ圧倒的な破壊力をもって、覆しようのない力量差を示してみせたのだ。
しかし、絶妙な力加減があるのだろうか。倒れて失神している敵兵たちは、皆かすかに息があるようだ。
「那岐、一人にしてすまなかったな……生きていてくれて良かった」
「……おう、来てもらえて助かった」
兄弟は多く言葉を交わすことはない。しかし、両者の表情は安堵を含んだ親愛の情に満ちていた。
周囲から敵の影が消え涼やかな風が吹き抜けると、蔵の戸が開き、一人の少年が飛び出してきた。那岐の従兄弟の太郎だ。
「なぎ兄ちゃん! 死んじゃやだよ! どこにも行かないで!」
太郎は大粒の涙をこぼしながら、ぎゅっと那岐にしがみつく。
那岐は困ったように、しかし優しく目を細めて太郎の頭に手を置いた。
「あぶねぇから、下がってな。助けてもらったから心配いらねぇよ」
「…………あ、その人たちは……」
顔を上げた太郎が、みつと磨徒の顔を交互に見る。
先日顔合わせを済ませているため、覚えてくれているはずだ。
「俺の兄ちゃんと…………ねぇちゃんだ」
わしゃわしゃと太郎の頭を撫でながら、晴れやかに那岐が笑った。
みつは予想外の言葉に涙ぐみ、隣に立つ磨徒は俯いて目頭をおさえていた。
弟想いの磨徒のことだ。兄と呼んでもらえたことが嬉しくて仕方ないのだろう。
「……まぁ、来てもらえたことはありがてぇが、何かここ以外にも襲われてるみてぇだからな。二人とも行くとこあるんだろ? 構わず行ってこいよ」
「那岐、俺たちは啓厳寺という場所に行かねばならない……お前はここに残るのか? 一人で問題ないか? 」
「ああ、身体中から力がみなぎってきやがる。何が来ても負けねぇよ、心配すんな」
「…………分かった。生きてまた会おう!!」
兄弟は頷き合い、再会を誓う。
そうしてみつと磨徒は、あちこち破壊され民衆が逃げまどう町を疾走しながら、啓厳寺を目指すのだった。
彼らは例のどろついた物体を投げてあやかしの自由を奪い、そして人間の護衛達には弓矢と飛び道具で攻撃を加えたそうだ。
一団は、人間とあやかしが入り交じる何とも異様な編成だったという。
ただ一人、一団を退けるために凍城が死力を尽くして戦ったそうだが、ある程度敵を葬った時点で一斉に撤退したらしい。
話を聞きながら、みつは大広間に運び込まれたあやかし達を順に癒していく。
残る三名は、人間の手当てを行った。
みつ達を護衛していた山野たちも、屋敷に足を踏み入れた途端に残党から急襲されたとのことで、深い傷を負っていた。
「磨徒や流花ちゃんが食らったのは、魔封殺(まふうさつ)という猛毒だろうな。これは、あやかしにのみ効く禁忌の秘薬だとされている……くらったらなす術なく半日以内に死に至るものだ。我が凍城家か、あやかしにも一部その精製法を知る者がいるらしい」
苦しげに表情を歪ませて、凍城が己の膝を叩く。
「所持していたのは俺の母だったが……凍城家が作ったものだろうか?」
磨徒が神妙な顔をして問いかけると、凍城が大きく首をふった。
「いや、ここ数百年、凍城家は精製に関わっていない。ただお前の母、華奴(かや)殿はかつて、雷我に無断で日の本へ攻めいる準備をしていたそうじゃないか。もしや此度の狙いは……」
「……そうだな。母は父以上に人間を忌み嫌っている。あやかし側と対等に渡り合おうとする幕府の姿勢に憤慨していてな……日の本全土を焼き払い、力を示した上で従属させる計画だったようだ」
磨徒も凍城同様、深刻な現状に心を痛めている様子だ。
華奴の真意はどこにあるのだろう。みつの胸中にもざわざわとした不安が渦巻いていた。
一通りの治癒と手当てが終わり、気を失っていた面々が起き上がり始めた頃。
外から大きな炸裂音が鳴り響いた。
轟音は立て続けに四方八方から上がり、人々の悲鳴も響き渡る。
何事かと凍城や磨徒が玄関口へと走る。みつもあわててその背を追いかけた。
破壊され穴だらけの玄関口へと飛び込んで来たのは、凍城の従者片山である。
あちこちに矢が刺さり、切り傷と火傷が目立つ満身創痍の状態だ。
「大和様! 江戸のあちこちが、あやかしと人間の混合軍により襲撃されております……! 大将と見られる女が啓厳寺(けいがんじ)に陣を張っており、将軍の首を差し出せば攻撃を停止すると触れ回っておるそうです」
「何!? さっきから爆発音や炸裂音が立て続けに聞こえてくるが、どこまで被害が拡大している!?」
「町人地を中心に破壊活動が進んでおりますが、じわじわと我々の住む一帯にも敵兵が姿を見せております……!」
「今すぐこちらも兵を集め、迎撃する! 動ける者をかき集めろ! あやかしの皆様にも協力をうながすぞ!」
凍城と片山が鬼気迫る表情で言葉を交わしながら、負傷者が休む広間へと走っていく。
彼らの会話内容を反芻しながら、みつははっとして磨徒を見上げた。
「町人地が襲撃されているなら、那岐様が危ないかもしれません!」
「そうか……! すぐに助けにいこう!」
「はいっ! 凍城様に一言伝えて行きましょう!」
みつと磨徒は広間に顔を出し、那岐の救援に行くことを伝えると、すぐさま屋敷を出て町人地を目指した。
磨徒とみつの走行速度には致命的な差があったが、途中で磨徒が術法により韋駄天の加護を与えてくれたことで、みつも飛ぶように町を駆け抜けることができた。
やがて到着した那岐の親族の屋敷は、おびただしい数の矢が刺さり、また術法によるものだと思われる無数の大岩が天井を破壊し、母屋は完全に潰れていた。
しかし、破壊し尽くされ視界を遮るものがないこの状況で、那岐の姿を見つけることは容易だった。
彼は頑丈そうな白壁の蔵を背にして、ひとり戦っていた。
眼前には無数の敵。六名ほどが那岐に対して休むことなく攻撃を加えている。
那岐は勢いよく彼を射ぬこうとした矢をスレスレで掴み、地面へと投げ捨てた。そうして間近に迫った兵が振り上げた刀を掴み、へし折る。更に鬼神のごとき速度で敵の懐へと距離をつめ、空いた左手でその腹部を突き上げるように拳を叩き込んだ。
敵兵は大きく体を曲げて、白目を剥きながら崩れ落ちる。
磨徒とみつは、すかさず満身創痍の那岐の元へと駆け寄った。
切り傷も火傷もひどい。身体中に矢が突き刺さっており、腹部は穴が空いたように大きく抉れて、とめどなく血が流れ落ちている。
肩で息をしつつ、よろめきながら那岐は磨徒へと歩み寄ろうし──がくりと膝を折った。
「那岐様っ! よくここまでお一人で……! 体を楽にしていてください!」
苦しげに肩を揺らしながら虚ろな目を向ける那岐に対し、まずは突き刺さった矢をすべて抜く。
そうして自らの血を彼の心臓部へと垂らしながら、みつは治癒術の詠唱を済ませた。
一瞬の間を置いて、那岐の全身に光が走ったかと思えば、みるみるうちにすべての傷口が塞がっていく。彼は驚いたように体を起こした。
「なんだ、どうなってんだ!?」
「えっと……私、治癒術を使えるようになりまして」
はにかむようにみつが笑顔を向けると、那岐はなんとも言葉にできぬ様子で眉を寄せ、そしてかすかに口角をあげた。
「…………ありがとな」
みつが那岐の治癒に専心していた間、磨徒は怒りに満ちた表情で周囲の敵を一掃していた。
術法により、鋭く大きな石柱が一帯に降り注ぎ、地面を抉っている。
他を寄せ付けぬ圧倒的な破壊力をもって、覆しようのない力量差を示してみせたのだ。
しかし、絶妙な力加減があるのだろうか。倒れて失神している敵兵たちは、皆かすかに息があるようだ。
「那岐、一人にしてすまなかったな……生きていてくれて良かった」
「……おう、来てもらえて助かった」
兄弟は多く言葉を交わすことはない。しかし、両者の表情は安堵を含んだ親愛の情に満ちていた。
周囲から敵の影が消え涼やかな風が吹き抜けると、蔵の戸が開き、一人の少年が飛び出してきた。那岐の従兄弟の太郎だ。
「なぎ兄ちゃん! 死んじゃやだよ! どこにも行かないで!」
太郎は大粒の涙をこぼしながら、ぎゅっと那岐にしがみつく。
那岐は困ったように、しかし優しく目を細めて太郎の頭に手を置いた。
「あぶねぇから、下がってな。助けてもらったから心配いらねぇよ」
「…………あ、その人たちは……」
顔を上げた太郎が、みつと磨徒の顔を交互に見る。
先日顔合わせを済ませているため、覚えてくれているはずだ。
「俺の兄ちゃんと…………ねぇちゃんだ」
わしゃわしゃと太郎の頭を撫でながら、晴れやかに那岐が笑った。
みつは予想外の言葉に涙ぐみ、隣に立つ磨徒は俯いて目頭をおさえていた。
弟想いの磨徒のことだ。兄と呼んでもらえたことが嬉しくて仕方ないのだろう。
「……まぁ、来てもらえたことはありがてぇが、何かここ以外にも襲われてるみてぇだからな。二人とも行くとこあるんだろ? 構わず行ってこいよ」
「那岐、俺たちは啓厳寺という場所に行かねばならない……お前はここに残るのか? 一人で問題ないか? 」
「ああ、身体中から力がみなぎってきやがる。何が来ても負けねぇよ、心配すんな」
「…………分かった。生きてまた会おう!!」
兄弟は頷き合い、再会を誓う。
そうしてみつと磨徒は、あちこち破壊され民衆が逃げまどう町を疾走しながら、啓厳寺を目指すのだった。
