薄幸の花嫁はあやかしの頭領に溺愛される

 夕餉を済ませ風呂に入ったみつと磨徒は、隣り合わせに敷かれた夜具の上に座って和やかに言葉を交わしていた。

「那岐が初殿のご親族に心を開いてくれてよかった。一家の優しさに触れて、心境も変わっていくはずだ」

「そうですね。長年お一人で抱え込んでいた凄惨な記憶や自責の念が薄まっていくことを祈ります。今日は一歩歩み寄れたのです、ご立派ですよ」

 那岐は、親族の屋敷にしばらく滞在することになった。凍城の許可も得ている。
 自ら残りたいと申し出た彼の表情は晴れやかで、みつもその決断をおおいに喜んだ。義弟にあたる那岐には、幸せになってほしい。


 そろそろ布団に入ろうかという話になり、みつが己のために敷かれた夜具をわずかに持ち上げところで、磨徒から手を引かれた。

「こっちに来てくれないか? みつの体温を感じながら眠りたい」

「は、はい……」
 
 誘われるままみつがその身を任せると、そっと優しい手付きで磨徒の寝床に押し倒された。磨徒がみつに覆いかぶさる形だ。

「昨夜はみつも疲れている様子だったので、そっと寝かせてあげることにしたが……もう二日も同衾できていない。今夜は気持ちを抑えられそうにない」

 磨徒は慈しむように、そして熱のこもった瞳でみつを捉える。
 この眼差しに見つめられると、いつも身が沸騰するように熱く沸き立ってくる。
 身体の芯から愛する夫を求めているのだと自覚するにつけ、みつは気恥ずかしくなり、わずかに身じろぎをした。
 すると磨徒はみつの首筋に顔を寄せ、耳もとに口づけを落とした。
 彼の唇が触れた場所が、痺れるように甘く疼いた。

「磨徒さま……大好きです」

「俺もだ。みつが愛おしくてたまらない。こうして触れあっている時間が何より幸せだ」

 二人が静かに指を絡ませ合い、唇を重ねようとしたその瞬間。廊下へと繋がる障子が開いた。

「みつ殿、差し入れをお持ちし──おおっと! これは失礼。夫婦の時間を邪魔してしまいましたね」

 敷居をまたぎ、部屋に足を踏み入れたのは凍城である。やや気まずそうに苦笑いはするものの、たいして気にもとめていないような軽さがある。 
 磨徒は体を起こし、凍城に対して眉をひそめている。
 そしてみつは、羞恥に耐えかねて両手で顔をおおった。予想外の事態だ。

「以前お貸しすると約束した書物です。三冊用意しましたので、ご自由にお読みください。それでは、邪魔者は失礼します」

 音もなく障子が閉まり、部屋に再び静寂が訪れる。
 恥ずかしい姿を晒してしまった。次に顔をあわせるとひやかされる気がして、明日から凍城を直視できない。
 みつが落ち着かず布団の上で悶々としていると、磨徒はくすりと困ったように笑みを見せ、再び彼女を抱きすくめた。
 いつも大切に、壊れ物を扱うように丁寧な手付きでみつに触れる磨徒。その優しさが何より甘美に全身を包み込んだ。
 
「さっきの続きをしよう。俺が心底みつを愛していることを感じてほしい」

「はい……嬉しいです。でも、私だって磨徒さまが大好きなんです。もっともっと気持ちを伝えたいです」

「……ありがとう。俺は幸せ者だな」

 柔らかく幸福に満ちた声で微笑んでみせながら、磨徒はそっとみつの髪をすくように撫でる。
 そうして双方かすかな笑みを浮かべると、二人は静かに口づけを交わした。長い長い、互いの熱を感じ合うような触れ合いだった。
 
 やがてみつの身体のあちこちを、磨徒の掌や唇が優しく這う。
 鼓動が激しく高鳴り、みつはただただ目の前の夫に身をゆだねながら、熱い吐息をもらすのだった。

「んっ……磨徒さまぁ……」

 大好き。重なりあう磨徒の体温が、みつの胸奥をぎゅっと締め付ける。
 愛おしくて、幸せで、このまま溶け落ちてしまいそう。
 瞳をうるませながら、みつは磨徒の背に腕を回した。
 磨徒も同じ気持ちでいてくれるということが、夢中で熱っぽい吐息をぶつけてくる彼の表情から伝わってくる。
 普段は理性的な磨徒が、今は本能を隠さない。みつだけに見せる、夫としての顔だった。
 もっと互いを感じ合いたい。
 たくさん遠回りしたぶん、身も心もすべて磨徒に捧げたい。夫婦として心から愛し合いたい──。
 甘く陶酔した声で磨徒にしがみつきながら、みつはこれ以上ないほどの幸福に満たされていた。 
 


 互いの熱を交わしあった一夜が明けて、朝方。みつは凍城が届けてくれた書物に目を通していた。
 一冊一冊が薄いので、あっという間にすべてを読み終えた。
 あやかしと人間の歴史を綴った本、歴代嵬族の治世について記された本……そして祈祷術と呪術の本。
 
 みつが特に興味を引かれたのは、術に関する本だ。祈祷術や呪術の用途と使用方法が、図解つきで丁寧に解説されている。

「人間の血は、あやかしを癒す効能があるのですね……祈血(きけつ)の巫女と呼ばれる人間の女が数百年ごとに生まれ、その血がすべてを治癒すると書かれています。嵬の純血種はその女を識別でき、強く惹かれるものだそうです」

 記された内容を興味深く整理しながら、みつは隣に座す磨徒にちらりと視線を送る。
 昨夜のことを思い出すと恥ずかしくて、直視できない。

「なるほどな……俺はみつと初めて向かい合った瞬間、雷に打たれたような甘い痺れが全身をかけめぐった。この人間以外に俺の伴侶はいないと確信したし、みつにはずっと惹かれていた。もしかすると、みつは……」

「ええっ!? そんな……私なんかがそのように特別な存在だとは、考えられませんよ……」

「俺にとってはいろいろと合点がいく話なんだがな……まぁ、みつが祈血の巫女であろうがなかろうが、俺の気持ちは変わらない」

「……ありがとうございます。今度磨徒さまがお怪我をされた時は、私の血を使ってみますね」

 そう約束して、みつは静かに本を閉じた。
 祈血の巫女の能力は遺伝するものではないらしく、歴代の巫女の身分や特徴もバラバラだったそうだ。
 つまり、誰がそうであるかは嵬の純血種でないと嗅ぎわけることができない。
 
 祈血の巫女の祈祷術は、強く念じながら簡単な詠唱を行うことで発動すると学んだ。
 みつは自分自身に特別な力があるとは到底思えなかったが、念のため治癒と防御を中心としたいくつかの呪文を頭に刻んでおくことにした。
 いつか、何かの役に立つよう祈りながら──。