「皆様、長旅大変お疲れ様でした。これより各々、部屋へと案内させていただきます。本日はごゆるりと骨休めをなさってください」
広い中庭の中央で、凍城は歩き疲れた一団をねぎらうように声を上げる。
凍城家は江戸城下に屋敷を拝する旗本である。
美しい白壁に囲まれた広大な敷地は、一団を容易に飲み込める圧巻の規模で、何不自由なく滞在できるであろうことは一目瞭然であった。
主屋は部屋数も多く茶室や湯殿もあり、ゆったりとくつろげそうだ。また、奉公人の住まいである長屋も敷地内にあり、二棟並んだ大きな蔵も壮観だ。
中庭は紅葉が美しく、橋のかかった池の中には、きらびやかな鯉たちがゆらゆらとその身を踊らせている。
みつから見れば大名屋敷とさほど変わらない。お武家様というのはやはり、住む世界が違うのだと実感する。
「大和は立派な屋敷に住んでいるんだな。屋根が高い……」
二階建ての豪奢な屋敷を見上げながら、磨徒が感嘆の声をあげる。
敷地だけ見ると嵬屋敷のほうが広いが、骨太でありながら洗練された旗本屋敷の造りは、磨徒にとって鮮烈な異文化建築としてうつることだろう。
「ああ、二階建ては珍しいよな。磨徒とみつ殿の部屋は二階にとってあるから、窓から外を眺めてみるといい。けっこう見晴らしいいぞ」
「そうか、楽しみだ。世話をかけるが、よろしく頼む」
「おう、遠慮せずに何でも言ってくれよ!」
凍城が力強く磨徒の背を叩く様子を眺めながら、みつは自然と笑みがこぼれた。
夕刻。磨徒とみつは、徳川将軍家の離れ御殿である御浜御殿へと招かれた。
なんと将軍自らがもてなしてくれるというのだ。
みつはこれ以上ないほどに緊張し、そのような場での作法も知らぬ己の身を恥じた。
凍城の案内によりすんなりと面を通ずることができたのだが、何せ相手は将軍様だ。みつは身を固くしたまま畳にひれ伏し、ただただ冷や汗をかいていた。
美しく整えられた庭園をのぞむ一室は、障子が開け放たれ、視界は大きく開けている。しっとりと上品なお香のかおりに脳が燻られ、くらくらと目眩がした。
余裕を失い硬直するみつを見かねてか、上座から穏やかな声が上がった。
「奥方、顔を上げてください。ご実家は日本橋の書店だったそうですね。火付けにより焼失した後は、親戚宅にて貧しい暮らしを強いられていたと聞いております……しかし、身に染みた苦労を感じさせぬご立派な佇まい。感服いたします」
若々しく清らかな声色は、みじめに歩んできた己の半生をあたたかく包み込んでくれるようで、みつはそろりと面を上げた。
正面に座すのは、徳川十一代将軍、家斉(いえなり)公である。
凍城から受けた事前説明によると、齢十六。どこか幼さの残る面立ちで、慈愛に満ちたやわらかな笑みを浮かべている。
彼は高圧的な態度をとることなく、むしろあやかし側に敬意を払ってくれていることは、その口ぶりから十二分に伝わってくる。
「……大変失礼致しました。上様のご拝顔をなど打ち首に値する非礼であると感じておりましたが、現在は私も嵬族の妻。正面から向き合わねばかえって礼を欠きますね」
脇に座す磨徒は堂々と背筋を伸ばし、家斉と向き合っている。
彼はあやかしを束ねる頭領なのだ。その立場を明確にするためにも、威厳を保ち、必要以上にへりくだることなく対等に接することが重要だ。
そしてそれは、みつも同様である。
此度の顔合わせにて、あやかしが徳川の下につく支配関係が出来上がれば、磨徒の目指す共生は実現しないだろう。
磨徒の妻として、過去の己と決別する必要がある。
「どうか肩の力を抜いてください。嵬族を筆頭とするあやかしは絶大な力を有し、その気になれば日の本など数日で落とすことができると伝わっております。力関係は明白……にも関わらず、あやかしの都が遠国奉行の管轄にあり、天領として扱われている現状に、私も心を痛めております」
家斉の言葉は、みつにとって意外なものだった。
徳川家はあやかしを蔑み、支配を望んでいるとばかり思っていたからだ。
人間もあやかしも互いに見下し合い、対面すれば火種が生まれる。そんな考えは思い込みに過ぎないのかもしれない。
「我らあやかしは人間に歩みより、手を取り合って共生共栄する道を望んでおります。遠国奉行の皆様は、あやかしの領土の独立を認め、内務ではなく外務として働いてくれていることは肌で感じております。その待遇に不満など微塵もございません」
「それは誠にございますか? 嵬の先代は現状に不満を抱き、戦の準備を進めておったそうですが……」
「先代と私は、政治方針がまるで違います。私は戦など望んでおりません。求めるのは友好のみ……家斉殿、敬語は必要ございません。胸襟を開いて話を致しましょう」
磨徒が穏やかな姿勢を崩さず目を細めると、家斉は一筋涙をこぼし、大きく息を吐き出して大の字に転がった。
「っはぁぁーー……良かった! 命拾いをした! 今日が余の命日かと思うたわ!」
神妙な顔つきで言葉を紡いでいた家斉が、声を上げて笑い始めた。
敬語や畏まった振る舞いは将軍らしからぬ姿だったが、目の前で無防備に寝転がるその様子は、年相応の陽気な青年そのものだった。
将軍様もまた一人の人間なのだと理解し、みつは思わず頬がゆるむ。
「それほどまでに、あやかしは恐ろしいものだと感じておられたのですか?」
肩の力を抜きすぎている家斉の姿を見て、磨徒も笑みを浮かべる。
そうしてゆっくりと手を差しのべると、家斉はすかさずその手をとって起き上がった。
「それはそうじゃ。父上からも家臣らからも、あやかしの機嫌を損ねれば首が飛ぶ上、江戸の町は燃やされるとさんざん言い含められておったからのう。いやぁ、下手な敬語を晒してしまい面目ない」
「心配無用です。力を振りかざし周囲を屈服させんとする野蛮な考えは、私の信条からかけはなれたものです。家斉殿とは手を取り合い共生を目指す、友でありたい」
「磨徒殿……! 余の友になってくれるのか?」
「もちろんです。磨徒と呼び捨てにしていただいて構いません。友に遠慮は要りませぬ」
「……磨徒は懐が広いのう。余のことも呼び捨てでよいぞ。敬語もいらぬ」
緊張が抜けた家斉は人懐っこい笑みを浮かべながら、上機嫌で膝を叩く。
互いに種を束ねる立場ではあるが、この場においては不要な気負いのない、個として向かい合いたい。両者のそんな心の動きは、みつにも痛いほど伝わってくる。まさに胸襟を開いたやりとりだ。
「余は将軍と呼ばれてはおるが、たいした影響力を持たぬ。父上の発言力が絶大でのう。余は形だけの据えもの……傀儡(かいらい)に過ぎぬ。磨徒と共に革新を目指したいが、力になれぬこともあろう。すまぬな……」
腹を割って語り合おうと頷きあった磨徒と家斉は互いに距離をつめ、上座も下座もなく、隣り合わせに座りながら言葉をかわす。
短期間のうちに随分打ち解けたものだと、みつは感心するばかりだった。
「俺も父上が健在の間は、政に口出しはできなかった。しかし、いずれ必ず家斉が世を動かす時代が来る。それまで俺は待てるぞ。気負わなくていい、今できることをしよう」
磨徒がポンと優しく家斉の肩を叩くと、家斉は心打たれた様子で、泣きそうな表情を見せた。
誰にも打ち明けられぬ悩みだったのだろう。
柔らかな物腰で言葉を発する磨徒の包容力が相手の心を優しく溶かしていくことを、みつは知っている。
磨徒が敬語をやめ、対等な言葉遣いで接してくれることを、家斉は喜んでいる様子だ。
「磨徒と話ができて良かった。父上をはじめ皆が口を揃えて、あやかしの機嫌をとり、結界の中に押し込めておけと言う。しかし、余はあやかしを嫌いにはなれぬ。凍城の言によれば、嵬の初代当主は人間に友好的であったという。父上の語る高慢で残虐な化け物と、どちらが真の姿なのだろうと疑問を抱えていた」
「疑問の答えは出たか?」
「うむ。磨徒があやかしの筆頭であれば、戦など起こるまい。余は磨徒を信じる。初めてできた友なのだからな」
両者は頷き合い、笑みを交わす。
互いに歩み寄る姿勢は、やがて時流に変革をもたらすだろう。
「ところで磨徒。あやかしは妖術を使いこなすのであろう? 一度この目で見てみたいと思っておったのだ。使ってみせてはくれぬか?」
「……ああ、構わない。それでは庭に出てもらおう」
磨徒は立ち上がって縁側まで歩を進め、沓脱石(くつぬぎいし)に乗せられた草履に足を通す。
家斉とみつも、それに続いて中庭へ出た。
「楽しみじゃのう。どのような術を見せてくれるのだ?」
「大気を味方につける術だ。まぁ、見ていてくれ」
少年のように目を輝かせる家斉を一瞥し、わずかに口角を上げた磨徒が、掌を天に向かって振り上げた。
そうしてぶつぶつと詠唱すれば、上空に大きな雨雲が出現する。
やがて庭園の砂地に激しく雨が打ち付ける。ごく狭い限られた範囲だが、すさまじい勢いで落ちてくる雨粒に、家斉とみつは目を見はり息をのんだ。
雨音が支配する薄暗い庭先で、磨徒は両手で印を結び、上空を睨む。
「轟雷(ごうらい)」
めまいがするほどの稲光が走るのとほぼ同時に、雨のごとく幾筋もの雷が降りそそぐ。あたりには轟音が響き渡り、この世の終わりのような張りつめた空気が一帯に渦巻いていた。
磨徒が印を解き、天空に腕を伸ばして拳を握りこめば、上空の暗雲が消えて、茜色に染まる夕空が顔を出した。
「簡単な術だが、こんなところだ」
磨徒が小さく片手を上げて終幕の合図を出すと、家斉が興奮した様子で駆けよった。
「見事!! かように心踊るのは初めてじゃ! 磨徒がおれば干ばつの憂いもないのう。日照り続きの折は是非とも力を貸してほしい!」
「喜んで。祈雨術を使いこなすあやかしは多いからな。皆を引き連れて来るとしよう」
「すごいな、磨徒は! 余は強き者や賢き者が好きだ! 磨徒とは生涯の友でありたい!」
「もちろんだ。次は家斉をあやかしの都に招こう。互いに行き来できるようになると良いな」
磨徒の言葉に、家斉は大きく頷いてみせた。
二人はどこからどう見ても、親しい友人だ。
その光景を嬉しく思ったみつは、そっと彼らに歩み寄る。
「お二人がこれからお造りになる、新しき世が楽しみです。私にも手助けさせてくださいね」
朗らかに微笑んでみせると、磨徒と家斉は揃って晴れやかな笑顔を見せてくれた。
それから三名は今後の展望について歓談し、始終和やかな雰囲気で会談を終えた。
今宵は磨徒が掲げてきた共生の理念が大きく報われる、夢への第一歩となった。
広い中庭の中央で、凍城は歩き疲れた一団をねぎらうように声を上げる。
凍城家は江戸城下に屋敷を拝する旗本である。
美しい白壁に囲まれた広大な敷地は、一団を容易に飲み込める圧巻の規模で、何不自由なく滞在できるであろうことは一目瞭然であった。
主屋は部屋数も多く茶室や湯殿もあり、ゆったりとくつろげそうだ。また、奉公人の住まいである長屋も敷地内にあり、二棟並んだ大きな蔵も壮観だ。
中庭は紅葉が美しく、橋のかかった池の中には、きらびやかな鯉たちがゆらゆらとその身を踊らせている。
みつから見れば大名屋敷とさほど変わらない。お武家様というのはやはり、住む世界が違うのだと実感する。
「大和は立派な屋敷に住んでいるんだな。屋根が高い……」
二階建ての豪奢な屋敷を見上げながら、磨徒が感嘆の声をあげる。
敷地だけ見ると嵬屋敷のほうが広いが、骨太でありながら洗練された旗本屋敷の造りは、磨徒にとって鮮烈な異文化建築としてうつることだろう。
「ああ、二階建ては珍しいよな。磨徒とみつ殿の部屋は二階にとってあるから、窓から外を眺めてみるといい。けっこう見晴らしいいぞ」
「そうか、楽しみだ。世話をかけるが、よろしく頼む」
「おう、遠慮せずに何でも言ってくれよ!」
凍城が力強く磨徒の背を叩く様子を眺めながら、みつは自然と笑みがこぼれた。
夕刻。磨徒とみつは、徳川将軍家の離れ御殿である御浜御殿へと招かれた。
なんと将軍自らがもてなしてくれるというのだ。
みつはこれ以上ないほどに緊張し、そのような場での作法も知らぬ己の身を恥じた。
凍城の案内によりすんなりと面を通ずることができたのだが、何せ相手は将軍様だ。みつは身を固くしたまま畳にひれ伏し、ただただ冷や汗をかいていた。
美しく整えられた庭園をのぞむ一室は、障子が開け放たれ、視界は大きく開けている。しっとりと上品なお香のかおりに脳が燻られ、くらくらと目眩がした。
余裕を失い硬直するみつを見かねてか、上座から穏やかな声が上がった。
「奥方、顔を上げてください。ご実家は日本橋の書店だったそうですね。火付けにより焼失した後は、親戚宅にて貧しい暮らしを強いられていたと聞いております……しかし、身に染みた苦労を感じさせぬご立派な佇まい。感服いたします」
若々しく清らかな声色は、みじめに歩んできた己の半生をあたたかく包み込んでくれるようで、みつはそろりと面を上げた。
正面に座すのは、徳川十一代将軍、家斉(いえなり)公である。
凍城から受けた事前説明によると、齢十六。どこか幼さの残る面立ちで、慈愛に満ちたやわらかな笑みを浮かべている。
彼は高圧的な態度をとることなく、むしろあやかし側に敬意を払ってくれていることは、その口ぶりから十二分に伝わってくる。
「……大変失礼致しました。上様のご拝顔をなど打ち首に値する非礼であると感じておりましたが、現在は私も嵬族の妻。正面から向き合わねばかえって礼を欠きますね」
脇に座す磨徒は堂々と背筋を伸ばし、家斉と向き合っている。
彼はあやかしを束ねる頭領なのだ。その立場を明確にするためにも、威厳を保ち、必要以上にへりくだることなく対等に接することが重要だ。
そしてそれは、みつも同様である。
此度の顔合わせにて、あやかしが徳川の下につく支配関係が出来上がれば、磨徒の目指す共生は実現しないだろう。
磨徒の妻として、過去の己と決別する必要がある。
「どうか肩の力を抜いてください。嵬族を筆頭とするあやかしは絶大な力を有し、その気になれば日の本など数日で落とすことができると伝わっております。力関係は明白……にも関わらず、あやかしの都が遠国奉行の管轄にあり、天領として扱われている現状に、私も心を痛めております」
家斉の言葉は、みつにとって意外なものだった。
徳川家はあやかしを蔑み、支配を望んでいるとばかり思っていたからだ。
人間もあやかしも互いに見下し合い、対面すれば火種が生まれる。そんな考えは思い込みに過ぎないのかもしれない。
「我らあやかしは人間に歩みより、手を取り合って共生共栄する道を望んでおります。遠国奉行の皆様は、あやかしの領土の独立を認め、内務ではなく外務として働いてくれていることは肌で感じております。その待遇に不満など微塵もございません」
「それは誠にございますか? 嵬の先代は現状に不満を抱き、戦の準備を進めておったそうですが……」
「先代と私は、政治方針がまるで違います。私は戦など望んでおりません。求めるのは友好のみ……家斉殿、敬語は必要ございません。胸襟を開いて話を致しましょう」
磨徒が穏やかな姿勢を崩さず目を細めると、家斉は一筋涙をこぼし、大きく息を吐き出して大の字に転がった。
「っはぁぁーー……良かった! 命拾いをした! 今日が余の命日かと思うたわ!」
神妙な顔つきで言葉を紡いでいた家斉が、声を上げて笑い始めた。
敬語や畏まった振る舞いは将軍らしからぬ姿だったが、目の前で無防備に寝転がるその様子は、年相応の陽気な青年そのものだった。
将軍様もまた一人の人間なのだと理解し、みつは思わず頬がゆるむ。
「それほどまでに、あやかしは恐ろしいものだと感じておられたのですか?」
肩の力を抜きすぎている家斉の姿を見て、磨徒も笑みを浮かべる。
そうしてゆっくりと手を差しのべると、家斉はすかさずその手をとって起き上がった。
「それはそうじゃ。父上からも家臣らからも、あやかしの機嫌を損ねれば首が飛ぶ上、江戸の町は燃やされるとさんざん言い含められておったからのう。いやぁ、下手な敬語を晒してしまい面目ない」
「心配無用です。力を振りかざし周囲を屈服させんとする野蛮な考えは、私の信条からかけはなれたものです。家斉殿とは手を取り合い共生を目指す、友でありたい」
「磨徒殿……! 余の友になってくれるのか?」
「もちろんです。磨徒と呼び捨てにしていただいて構いません。友に遠慮は要りませぬ」
「……磨徒は懐が広いのう。余のことも呼び捨てでよいぞ。敬語もいらぬ」
緊張が抜けた家斉は人懐っこい笑みを浮かべながら、上機嫌で膝を叩く。
互いに種を束ねる立場ではあるが、この場においては不要な気負いのない、個として向かい合いたい。両者のそんな心の動きは、みつにも痛いほど伝わってくる。まさに胸襟を開いたやりとりだ。
「余は将軍と呼ばれてはおるが、たいした影響力を持たぬ。父上の発言力が絶大でのう。余は形だけの据えもの……傀儡(かいらい)に過ぎぬ。磨徒と共に革新を目指したいが、力になれぬこともあろう。すまぬな……」
腹を割って語り合おうと頷きあった磨徒と家斉は互いに距離をつめ、上座も下座もなく、隣り合わせに座りながら言葉をかわす。
短期間のうちに随分打ち解けたものだと、みつは感心するばかりだった。
「俺も父上が健在の間は、政に口出しはできなかった。しかし、いずれ必ず家斉が世を動かす時代が来る。それまで俺は待てるぞ。気負わなくていい、今できることをしよう」
磨徒がポンと優しく家斉の肩を叩くと、家斉は心打たれた様子で、泣きそうな表情を見せた。
誰にも打ち明けられぬ悩みだったのだろう。
柔らかな物腰で言葉を発する磨徒の包容力が相手の心を優しく溶かしていくことを、みつは知っている。
磨徒が敬語をやめ、対等な言葉遣いで接してくれることを、家斉は喜んでいる様子だ。
「磨徒と話ができて良かった。父上をはじめ皆が口を揃えて、あやかしの機嫌をとり、結界の中に押し込めておけと言う。しかし、余はあやかしを嫌いにはなれぬ。凍城の言によれば、嵬の初代当主は人間に友好的であったという。父上の語る高慢で残虐な化け物と、どちらが真の姿なのだろうと疑問を抱えていた」
「疑問の答えは出たか?」
「うむ。磨徒があやかしの筆頭であれば、戦など起こるまい。余は磨徒を信じる。初めてできた友なのだからな」
両者は頷き合い、笑みを交わす。
互いに歩み寄る姿勢は、やがて時流に変革をもたらすだろう。
「ところで磨徒。あやかしは妖術を使いこなすのであろう? 一度この目で見てみたいと思っておったのだ。使ってみせてはくれぬか?」
「……ああ、構わない。それでは庭に出てもらおう」
磨徒は立ち上がって縁側まで歩を進め、沓脱石(くつぬぎいし)に乗せられた草履に足を通す。
家斉とみつも、それに続いて中庭へ出た。
「楽しみじゃのう。どのような術を見せてくれるのだ?」
「大気を味方につける術だ。まぁ、見ていてくれ」
少年のように目を輝かせる家斉を一瞥し、わずかに口角を上げた磨徒が、掌を天に向かって振り上げた。
そうしてぶつぶつと詠唱すれば、上空に大きな雨雲が出現する。
やがて庭園の砂地に激しく雨が打ち付ける。ごく狭い限られた範囲だが、すさまじい勢いで落ちてくる雨粒に、家斉とみつは目を見はり息をのんだ。
雨音が支配する薄暗い庭先で、磨徒は両手で印を結び、上空を睨む。
「轟雷(ごうらい)」
めまいがするほどの稲光が走るのとほぼ同時に、雨のごとく幾筋もの雷が降りそそぐ。あたりには轟音が響き渡り、この世の終わりのような張りつめた空気が一帯に渦巻いていた。
磨徒が印を解き、天空に腕を伸ばして拳を握りこめば、上空の暗雲が消えて、茜色に染まる夕空が顔を出した。
「簡単な術だが、こんなところだ」
磨徒が小さく片手を上げて終幕の合図を出すと、家斉が興奮した様子で駆けよった。
「見事!! かように心踊るのは初めてじゃ! 磨徒がおれば干ばつの憂いもないのう。日照り続きの折は是非とも力を貸してほしい!」
「喜んで。祈雨術を使いこなすあやかしは多いからな。皆を引き連れて来るとしよう」
「すごいな、磨徒は! 余は強き者や賢き者が好きだ! 磨徒とは生涯の友でありたい!」
「もちろんだ。次は家斉をあやかしの都に招こう。互いに行き来できるようになると良いな」
磨徒の言葉に、家斉は大きく頷いてみせた。
二人はどこからどう見ても、親しい友人だ。
その光景を嬉しく思ったみつは、そっと彼らに歩み寄る。
「お二人がこれからお造りになる、新しき世が楽しみです。私にも手助けさせてくださいね」
朗らかに微笑んでみせると、磨徒と家斉は揃って晴れやかな笑顔を見せてくれた。
それから三名は今後の展望について歓談し、始終和やかな雰囲気で会談を終えた。
今宵は磨徒が掲げてきた共生の理念が大きく報われる、夢への第一歩となった。
