薄幸の花嫁はあやかしの頭領に溺愛される

 明朝、磨徒とみつ一行は、凍城に導かれながら結界を抜け、日の本へとたどり着いた。
 日の本視察を目的に集められたあやかしは、総勢十五名。五家からは累族の流花と、怨族の亞荼が随行している。
 その脇を固めるのは、嵬屋敷にて働く蛇羅や鼓烏といった、みつもよく知る面々だ。
 

 結界を抜けた先は、鬱蒼としげる森の中だった。
 土と緑のにおい。さらさらと揺れる心地のよい葉音。一行を歓迎するかのごとき快晴だ。
 結界の脇には幕府の使者がずらりと列を成し、深々と一礼して出迎えてくれた。

「お待ち致しておりました、皆様のご来訪を心より歓迎致します。ご滞在の間は、我らが警護につきますのでご安心ください」

 警護兵の頭であろう男は、片手に槍を持ち大柄で、いかつい顔つきをしている。
 みつは、この男と面識があった。

「山野様、お久しゅうございます。輿入れの折は大変お世話になりました」

「みつ殿、見違えましたな……ご立派なお姿です。本日よりは、またこの山野が、みつ殿とご一行をお守り致しますぞ!」

「頼もしい限りでございます。よろしくお願いいたしますね」

 山野は、みつの輿入れが決まり嵬屋敷へと居を移すその日まで、片時も離れずに身辺警護につとめてくれた恩人である。 
 みつがふわりと微笑んでみせると、山野もまた分厚い胸板を拳で叩き、笑顔を見せてくれた。
 すると、二人のやりとりを静かに見守っていた磨徒が、そっとみつの傍らに歩を進める。

「山野殿、お初にお目にかかります。私は嵬族の頭領、磨徒と申します。妻が世話になったそうで、私からも厚くお礼申し上げます」
 
「おお、これは頭領様……! 私には皆様の盾となり身辺をお護りすることしかできませぬが、気がかりなことがございますれば、何なりとお申し付けください」 

 山野が深々と頭を下げると、背後に侍る兵達も一斉に一礼する。
 さすがのご威光だと感心しながら、みつは自然と笑顔になった。

「頭を上げていただきたい。もてなしは大変ありがたいが、私はあなた方と友好を結ぶべく参りました。互いに萎縮することなく、肩を並べて言葉を交わしたく思います」

 磨徒の言葉に驚いた様子で、山野をはじめとした兵達がぽかんとした表情で面を上げる。
 それもそうだろう。人間の知るあやかしは高慢で残虐、機嫌を損ねれば命はないと、誰もが畏れる存在だ。
 しかし磨徒の柔らかな物腰は、そんな固定観念を打ち崩し、不思議な安心感を与えてくれる。
 みつは堂々たる夫の立ち居振舞いに心を震わせ、静かにその横顔に見惚れていた。

「頭領様……! 格別のご厚情、痛み入ります。我ら幕臣も、あやかしの皆々様との友好を第一に動いておりまする。これよりはお一人お一人に従者を兼ねた護衛をお付けいたしますので、ぜひとも仲を深めていただきたく。頭領様の護衛は、僭越ながらこの山野が務めさせていただきます!」

 と、山野が手を振り上げ兵に合図を出せば、無駄のないテキパキとした動きで、あやかしと人間が一対になるよう整列する。
 各あやかしの隣に人間の兵が立ち、互いに挨拶を交わす姿は、みつにとってもまばゆく心踊る光景だ。
 このようにあやかしと人間が笑顔を交わしあう時代の到来を、誰が予想していただろう。
 磨徒と凍城の尽力が実を結んだのだと、胸がすく思いだ。


 あやかしと護衛が打ち解け、和やかな空気が流れ始めた頃合いを見計らって、先頭に立つ凍城が声を張り上げた。 
 
「御一同、そのまま楽な姿勢にてご傾聴お願いいたします。簡単にご滞在の間の注意事項をば。まず、あやかしの皆様は基本的に我が凍城家に逗留していただきます。外出は可ですが、単独行動はお控えください。必ず三名以上で動き、護衛を伴うこと。立ち入り不可の場所も存在しますので、そのあたりは護衛の案内に従ってください。外泊を希望する場合は、まず私にご相談を。それでは、よき旅にいたしましょう!」 
 
 あやかし一同は、晴れやかな表情で頷いている。未知の世界である日の本での生活に胸が躍るのだろう。

 やがて、あやかしの一行は目的地へと歩み始めた。
 行列の先頭には凍城とその部下、そのうしろを磨徒、みつ、那岐が進み、後には五家の娘たちや嵬屋敷にて働くあやかしが続いた。
 彼らの脇は、がっちりと武装した兵達が固めている。
 磨徒と那岐が駕篭(かご)に乗ることを拒否したため、みつもまた歩くことを選んだ。己の足で歩き、景色を楽しみたいのだ。



 一行は、長い道のりを経て江戸の中心部へとたどり着いた。
 八百八町とも呼ばれた江戸の町地は、すでにその数を大きく上回り、寛政元年(※1789年)現在では、約千七百町におよぶ。
 町としての規模はもちろん、その人口もまた世界的に見て抜きん出ており、華やかな文化が芽吹く大都市大江戸の魅力に、あやかしの面々も目を輝かせた。

「奥方は江戸の人だってよ! きれいだなぁ」

「…………薄気味わりぃなぁ、とっととねぐらに帰れや」

「きゃーー!! 頭領さまぁ! こっち向いてーー!!」

 遠巻きに行列を見守る民衆は、好奇に溢れた眼差しで次々に声をあげる。
 歓迎の声と嫌悪からくる野次は、今のところ半々といった具合で耳に入ってくる。
 あやかしを忌み嫌う者は出迎えようとわざわざ並ぶこともないので目立たないが、どこからか石が飛んできたり、卵が投げつけられたりする。
 そのたびに護衛が対処してくれるため、あやかしに命中することはないが、まだまだ差別や偏見が根付いていることを思い知らされる。
 
 絵草紙で見る鬼や物の怪の姿によく似たあやかし達に興奮し、走り回って喜ぶ少年たち。
 恐る恐る身を乗り出して、行列の様子を記録に残そうと筆を動かす絵師らしき男たち。
 そして行く先々で待ち構える、異様に熱狂的な挨拶を飛ばしてくるおなごの集団──。

 あやかしの面々は心ない野次に耳を傾けることなく、ただただ友好的に言葉をかけてくる江戸の民へと笑顔を向けた。
 

「きゃーー!! 一本角のお兄さぁん! こっち向いてぇ!!」

「……は? 俺?」

 脇のおなご達から声をかけられた那岐がそちらに顔を向けると、地響きのごとくすさまじい嬌声が上がる。

「何なんだよ……」

 那岐は表情をひきつらせながら目をそらした。どう振る舞ってもあちこちからおなごの甲高い声色が響く。調子が狂うのは当然である。

「噂によると、最近は人気の役者があやかしの頭領役をやるのが常だそうで。役者びいきのおなご達が実物のあやかしに興味を抱いて駆けつけておるようですな」

 脇を歩む山野が、にこにこと事情を教えてくれる。みつはなるほどと深く頷いた。

「歌舞伎では、美しく残虐な一面をもつ殿方を色悪(いろあく)と呼びますよね。名のある役者さんが演じると、それはもう絶大な人気とのことで……」

「俺たちは、その色悪として見られているのかもしれないな」

 面白いと、磨徒は肩を揺らして笑う。対する那岐は、なんとも受け入れがたい様子で顔をしかめた。
 こうも行く先々で騒がれては、落ち着く暇もなさそうだ。