嵬屋敷別邸にて初めて行った傷病者治療には、多くのあやかしが詰めかけ、長い行列ができた。
無償でどんな状態の患者も治療するという取り組みは民にとって信じがたいもののようで、半信半疑で行列に並ぶ者も多く、野次を飛ばしながら格子窓からのぞき見する集団なども目についた。
なんにせよ、目が回るほどの賑わいだ。
治療を総括するのはみつである。
応援として、都で開業する医者を二名呼んだ。
秘薬の効能と扱いに詳しい亞荼にも同行を願い、基本的にこの四名で日々の診察を行っていくこととなった。
「このように万能な薬が存在していたとは……我らが為してきた気休めの治療とは比べ物になりませんな」
「あとは、患者の傷や病の具合をよく見て適切な薬を出すことでしょうか。嵬族は特に身体の修復能力が高うございますのでたちどころに効果がありますが、我ら平民の回復力はそう高いものではありません。平均して何日ほどで傷が塞がるのか、経過を見たいですね」
二人の医者が患者に応対する合間に意見交換を行っているのが、みつの耳にも届く。
ヒトガタで狐顔のあやかしと、大きな甲羅をもつ亀のあやかし。若者とおじいちゃんだ。
都で診療所を構えている者は、この二名のみだった。
嵬族が平民の治療に乗り出すことで両者に失業の憂いがないようにと、みつが自ら雇うことに決めた。
磨徒とは既に、平民の治療に関しての経費については話をつけてある。
あとは現場にあたり、問題点や改善点を洗い出しながらコツコツと取り組んでいくのみだ。
「まぁ、こんなにも深く……痛かったでしょう」
肩から腰のあたりまで袈裟懸けに斬りつけられたような傷をもつのは、正面と背面に二つの頭を持つ、ヒトガタの女だった。
みつへの対応はひどく怯えた様子で、目に涙を浮かべ、肩は震えていた。
「金創(刀傷)によく効くお薬を塗っておきました。おうちでも使えるよう、二日分のお薬をお渡し致しますね」
みつは、貝殻につめた軟膏を女の手に握らせる。
一言も言葉を発することなく、女は一礼して足早にその場を去っていった。
行列が途絶え一通りの治療が済んだところで、みつは脇に立つ亞荼や医者二人へお茶を淹れながら、今日はここまでにしましょうかと切り出した。
「そうですな、夕刻も近い。また明日に致しましょう」
「いや、しかし金創の患者がちらほらとおりましたな。珍しいことです」
亀の甲羅をもつ熟練の医者甲達(こうたつ)が、思い出したように首をひねる。
「私の方でもお二方ほどいらっしゃいましたね……あやかしの都で刃傷沙汰はどのくらい起こるのでしょうか?」
みつの脳裏に、手当てした傷の生々しさがよみがえる。
人間の世において刃傷沙汰はそう多いものではないため患者に事情を聞くべきか迷ったが、込み入ったことを尋ねるのは失礼に当たるだろうと控えていたのだった。
「そもそもあやかしは武器を持って戦う種ではありませんからな。皆、己の牙や爪、妖力にて攻撃をする。それゆえ、少しばかりの切り傷ならばありふれたものですが、刃物による大きな傷は大変珍しいです」
「そうだったのですね……次にまた同じような傷をもった方が来られた時はお知らせください。お話をうかがいたいです」
「承知いたしました」
医者たちは深く頷いてくれた。
一連の流れを受け、それまで静かに湯呑みを傾けていた亞荼が、独り言のように小さな声色でぽつりと呟いた。
「金創ハ、皆ヒトガタノアヤカシニツイテタ」
「あ、確かにそうですね……! 私が治療した二名もヒトガタでした」
みつが大きく頷くと、医者達も「そういえばそうだった」と報告し合う。
話を整理すれば、みつが手当てした金創持ちは二名
甲達が手当てしたのは三名
もう一人の医者鳴狐(なるこ)が手当てしたのは二名
亞荼が手当てしたのは三名だった。
計十名。同時期にこうも激しい金創を持った者が揃うのは稀なことだ。
「それも、言ってみれば事件性のある傷ですからね」
鳴狐が神妙な顔つきで、顎に手を添える。
確かに、そう考えると都の治安を揺るがす深刻な事態だ。
さらに詳しく話をすりあわせてみれば、どの傷も致命傷になりかねないものだったことが分かった。
「私が診たお二方は、人間であれば即死の重症でした。あやかしの生命力と修復能力があるからこそ、なんとか生きておられたという具合です」
「ヒトガタは妖力も回復力も優れておりますからな、それで命拾いしたのでしょう」
「次からは、金創持ちの方には事情をうかがいましょうね。それと何か都で事件が起こった報告はないか、帰って旦那様に聞いてみます」
「承知しました。それでは明日もよろしくお願いいたします」
お疲れ様でしたとみつが三名をねぎらったところで、この日は解散となった。
日没までには屋敷へ戻るよう言われているため、てきぱきと支度をして、亞荼とともに帰路につく。
長時間行動を共にしたことで、亞荼とも打ち解けてきた。
肩を並べてあれこれと言葉を交わしながら、嵬屋敷へと続く山道を進んでいく。
一対一でじっくりと話してみれば、亞荼には愛らしい面が多く見られる。
聞けばまだ十七になったばかりで、怨族の中でも末っ子として可愛がられて育ったとのことだった。
「蛇羅クンハ優シイシ、カッコヨクテ強イ。亞荼、オ嫁サンニシテホシイ」
「とってもお似合いだと思いますよ。蛇羅様を好きになられたきっかけなどは、ありますか?」
「怨族ハモトモト、人間ノ術師ガ呪イヲ受ケテ、異形ヲ生ンダコトガ始マリトサレテル。ダカラ半人半妖。ソノセイデ、イジメラレテタ。デモ、蛇羅クンダケハ普通ニ接シテクレタシ、守ッテクレタ」
嬉しそうな声色で、亞荼は想い出を語る。
両目は生まれつきついていないが、口許が柔らかく弧を描いているため、笑っているのだと分かる。
「素敵ですね。昼間のお仕事を蛇羅様と離してしまって心苦しいのですが、亞荼様がもっと蛇羅様と仲を深められるよう、私にも協力させてくださいね」
「アリガトウ、奥方様。奥方様モ優シイカラ好キ。蛇羅クントハ、夜ニ会エルカラ大丈夫」
二人は顔を見合わせて微笑みあう。
嵬屋敷に仕えるあやかしは皆、人間や人間の血をひく者への扱いを磨徒から厳重に指導されていると聞く。
大半の者が敬意を持って接してくれる現実に感謝しつつ、差別や迫害は変わらず身近にあるものだという覚悟を持ちながら、みつは毎日を過ごしている。
嵬屋敷の門が見えはじめた頃、背後からニ頭の馬が駆け抜け、みつを追い越していった。
「あやかしの都にも、お馬さんがいるのですね」
みつがのほほんと目を細めると、亞荼は足を止め、みつの手を引いて後退りをする。
「アレ、人間。食ワレル……気ヲツケテ」
みつを背後に隠すように立ち、亞荼は前方で馬から降りる人影と対峙する。
生い茂る木々の影があたりを暗く覆い、相手の表情が見えない。
身なりや体格から見るに男だ。
男はもう一方を馬上で待たせ、単身でみつと亞荼に歩み寄ってくる。
(あやかしの都に来て、はじめて人間に会うわ……どんな方なのかしら?)
みつは好奇心と不安に包まれ、ごくりと息をのんだ。
無償でどんな状態の患者も治療するという取り組みは民にとって信じがたいもののようで、半信半疑で行列に並ぶ者も多く、野次を飛ばしながら格子窓からのぞき見する集団なども目についた。
なんにせよ、目が回るほどの賑わいだ。
治療を総括するのはみつである。
応援として、都で開業する医者を二名呼んだ。
秘薬の効能と扱いに詳しい亞荼にも同行を願い、基本的にこの四名で日々の診察を行っていくこととなった。
「このように万能な薬が存在していたとは……我らが為してきた気休めの治療とは比べ物になりませんな」
「あとは、患者の傷や病の具合をよく見て適切な薬を出すことでしょうか。嵬族は特に身体の修復能力が高うございますのでたちどころに効果がありますが、我ら平民の回復力はそう高いものではありません。平均して何日ほどで傷が塞がるのか、経過を見たいですね」
二人の医者が患者に応対する合間に意見交換を行っているのが、みつの耳にも届く。
ヒトガタで狐顔のあやかしと、大きな甲羅をもつ亀のあやかし。若者とおじいちゃんだ。
都で診療所を構えている者は、この二名のみだった。
嵬族が平民の治療に乗り出すことで両者に失業の憂いがないようにと、みつが自ら雇うことに決めた。
磨徒とは既に、平民の治療に関しての経費については話をつけてある。
あとは現場にあたり、問題点や改善点を洗い出しながらコツコツと取り組んでいくのみだ。
「まぁ、こんなにも深く……痛かったでしょう」
肩から腰のあたりまで袈裟懸けに斬りつけられたような傷をもつのは、正面と背面に二つの頭を持つ、ヒトガタの女だった。
みつへの対応はひどく怯えた様子で、目に涙を浮かべ、肩は震えていた。
「金創(刀傷)によく効くお薬を塗っておきました。おうちでも使えるよう、二日分のお薬をお渡し致しますね」
みつは、貝殻につめた軟膏を女の手に握らせる。
一言も言葉を発することなく、女は一礼して足早にその場を去っていった。
行列が途絶え一通りの治療が済んだところで、みつは脇に立つ亞荼や医者二人へお茶を淹れながら、今日はここまでにしましょうかと切り出した。
「そうですな、夕刻も近い。また明日に致しましょう」
「いや、しかし金創の患者がちらほらとおりましたな。珍しいことです」
亀の甲羅をもつ熟練の医者甲達(こうたつ)が、思い出したように首をひねる。
「私の方でもお二方ほどいらっしゃいましたね……あやかしの都で刃傷沙汰はどのくらい起こるのでしょうか?」
みつの脳裏に、手当てした傷の生々しさがよみがえる。
人間の世において刃傷沙汰はそう多いものではないため患者に事情を聞くべきか迷ったが、込み入ったことを尋ねるのは失礼に当たるだろうと控えていたのだった。
「そもそもあやかしは武器を持って戦う種ではありませんからな。皆、己の牙や爪、妖力にて攻撃をする。それゆえ、少しばかりの切り傷ならばありふれたものですが、刃物による大きな傷は大変珍しいです」
「そうだったのですね……次にまた同じような傷をもった方が来られた時はお知らせください。お話をうかがいたいです」
「承知いたしました」
医者たちは深く頷いてくれた。
一連の流れを受け、それまで静かに湯呑みを傾けていた亞荼が、独り言のように小さな声色でぽつりと呟いた。
「金創ハ、皆ヒトガタノアヤカシニツイテタ」
「あ、確かにそうですね……! 私が治療した二名もヒトガタでした」
みつが大きく頷くと、医者達も「そういえばそうだった」と報告し合う。
話を整理すれば、みつが手当てした金創持ちは二名
甲達が手当てしたのは三名
もう一人の医者鳴狐(なるこ)が手当てしたのは二名
亞荼が手当てしたのは三名だった。
計十名。同時期にこうも激しい金創を持った者が揃うのは稀なことだ。
「それも、言ってみれば事件性のある傷ですからね」
鳴狐が神妙な顔つきで、顎に手を添える。
確かに、そう考えると都の治安を揺るがす深刻な事態だ。
さらに詳しく話をすりあわせてみれば、どの傷も致命傷になりかねないものだったことが分かった。
「私が診たお二方は、人間であれば即死の重症でした。あやかしの生命力と修復能力があるからこそ、なんとか生きておられたという具合です」
「ヒトガタは妖力も回復力も優れておりますからな、それで命拾いしたのでしょう」
「次からは、金創持ちの方には事情をうかがいましょうね。それと何か都で事件が起こった報告はないか、帰って旦那様に聞いてみます」
「承知しました。それでは明日もよろしくお願いいたします」
お疲れ様でしたとみつが三名をねぎらったところで、この日は解散となった。
日没までには屋敷へ戻るよう言われているため、てきぱきと支度をして、亞荼とともに帰路につく。
長時間行動を共にしたことで、亞荼とも打ち解けてきた。
肩を並べてあれこれと言葉を交わしながら、嵬屋敷へと続く山道を進んでいく。
一対一でじっくりと話してみれば、亞荼には愛らしい面が多く見られる。
聞けばまだ十七になったばかりで、怨族の中でも末っ子として可愛がられて育ったとのことだった。
「蛇羅クンハ優シイシ、カッコヨクテ強イ。亞荼、オ嫁サンニシテホシイ」
「とってもお似合いだと思いますよ。蛇羅様を好きになられたきっかけなどは、ありますか?」
「怨族ハモトモト、人間ノ術師ガ呪イヲ受ケテ、異形ヲ生ンダコトガ始マリトサレテル。ダカラ半人半妖。ソノセイデ、イジメラレテタ。デモ、蛇羅クンダケハ普通ニ接シテクレタシ、守ッテクレタ」
嬉しそうな声色で、亞荼は想い出を語る。
両目は生まれつきついていないが、口許が柔らかく弧を描いているため、笑っているのだと分かる。
「素敵ですね。昼間のお仕事を蛇羅様と離してしまって心苦しいのですが、亞荼様がもっと蛇羅様と仲を深められるよう、私にも協力させてくださいね」
「アリガトウ、奥方様。奥方様モ優シイカラ好キ。蛇羅クントハ、夜ニ会エルカラ大丈夫」
二人は顔を見合わせて微笑みあう。
嵬屋敷に仕えるあやかしは皆、人間や人間の血をひく者への扱いを磨徒から厳重に指導されていると聞く。
大半の者が敬意を持って接してくれる現実に感謝しつつ、差別や迫害は変わらず身近にあるものだという覚悟を持ちながら、みつは毎日を過ごしている。
嵬屋敷の門が見えはじめた頃、背後からニ頭の馬が駆け抜け、みつを追い越していった。
「あやかしの都にも、お馬さんがいるのですね」
みつがのほほんと目を細めると、亞荼は足を止め、みつの手を引いて後退りをする。
「アレ、人間。食ワレル……気ヲツケテ」
みつを背後に隠すように立ち、亞荼は前方で馬から降りる人影と対峙する。
生い茂る木々の影があたりを暗く覆い、相手の表情が見えない。
身なりや体格から見るに男だ。
男はもう一方を馬上で待たせ、単身でみつと亞荼に歩み寄ってくる。
(あやかしの都に来て、はじめて人間に会うわ……どんな方なのかしら?)
みつは好奇心と不安に包まれ、ごくりと息をのんだ。
