薄幸の花嫁はあやかしの頭領に溺愛される

 夜。夕餉をすませたみつは、嵬屋敷の別棟へと向かっていた。
 母屋に隣接する建物で、見た目はそう広くはないが天井が高く作られており、窓が多い。
 別棟では毎夜秘薬の精製が行われていると聞き、それを見学し、手伝うためだった。

 内部に足を踏み入れると、長い机が二台ならんでおり、大きなたらいに水がためてあったり、何やらきらきらと輝く美しい塊がいくつも並んでいたりする。自然と心踊る場所だ。

「こんばんは。磨徒様の妻、みつでございます。今宵は秘薬づくりについて伺いたく参りました」

 深々と頭を下げる。
 目の前に立つのは見慣れた顔だ。
 昼間、磨徒の警固をしていた蛇羅と亞荼である。

「蛇羅と申します。奥方様、話は頭首より伺っております。なんなりとお尋ねください」

 蛇羅はキレのよい動きで一礼する。磨徒からは、礼儀を重んじ主の言葉を第一とする忠義者だと聞いている。
 一拍遅れて隣の亞荼も頭を垂れる。

「亞荼デス。奥方様、ヨロシク」

 堕嵬の途で目にした不気味な能力が頭にこびりついているため、うまく会話できるか不安を感じていたみつだったが、亞荼の物静かな対応に胸を撫で下ろした。
 
「蛇羅様、亞荼様、よろしくお願いいたします。いつもお二人で秘薬の精製をなさっているのですか?」

「イツモ、二人」

「日中は頭首の警固を、夜は秘薬の精製を任されております」

 蛇羅と亞荼はそれぞれ頷き合う。
 日々働き詰めである。休める時間はあるのかと、みつは心配になってしまう。 

「大変なお仕事ですね。秘薬精製に関しましては、これよりしっかりとお休みできる日を設けますので、お体を労ってください」

 これまで秘薬は嵬屋敷の内部でのみ消費されていたため微量の精製で充分まかなえていたが、今後は多くの民に向けて使っていくことになる。
 増員増産が必須になる旨をみつが説明すると、亞荼は俯いてぽつりと声をもらした。

「亞荼、大変ジャナイ。蛇羅クンが好キダカラ、一緒デ嬉シイ。一緒ガイイ」

「えっ!?」

 唐突に好意を向けられ、蛇羅がびくりと肩を震わせる。
 言葉もなくただ呆然と亞荼を見つめる蛇羅を見て微笑ましく思ったみつは、ふっと目を細めて笑う。

「それでは、お二人は同じ日時に精製に携わっていただきますね。さて、普段どのように働いておられるか教えていただけますか?」

「アリガトウ、奥方様。精製ニハマズ、妖石ガ必要……」

 亞荼は部屋の隅に並んでいる七色に輝く石の中から、緑色に染まったものを抱えて長机の上に置いた。
 隣で唖然としていた蛇羅が我に返り、解説を始める。
 
「妖石は、あやかしの持つ妖力を固めたものです。様々な属性のものがあり、使う石によって薬の効能が変わります」

「なるほど。ではそれを覚えないといけませんね。後で属性ごとに精製できるお薬の種類と効能を教えてください」

「承知致しました。そしてこの妖石を削り粉末にしたものを、妖の護符(あやしのごふ)と共に容器に詰め、七晩置けば完成します」

「なるほど、完成まで八日は見ておくべきですね。私にできることはありますか?」

「では私が妖石を削り、亞荼が護符に加護を与えますので、奥方様はそれらを容器に詰め、魔封じの護符を張り密閉してください」

 みつは頷きながら帳面に要点を書き留めると、てきぱきとたすきをかける。 
 工程だけ見ればやることは単純そうだが、みつにとってはすべてが初めての作業だ。まずは正確に手順を覚えようと息巻いて机に向かう。
 
 手を動かしながらぽつぽつと言葉を交わせば、亞荼はあやかしの中でも強力な呪力を持つと言われる五家、怨(えん)族の娘だということを知る。
 彼女が集中すれば護符への呪力付与にかかる時間が大幅に短縮できるため、磨徒から直々に任を受けているとのこと。

 
 みつに与えられた作業は容器の密閉だ。
 魔封じの護符と呼ばれる細長い紙切れを使い、隙間なくきれいに蓋を閉じていくわけだが、なかなか難しい作業で苦戦してしまう。
 どうしても空気が漏れる。密閉するにはコツがいる。
 行き詰まるたびに蛇羅と亞荼に教えを請いながら、効率的で確実なやり方を見つけていく。

 
 そろそろ仕舞いに致しましょうと蛇羅が声をかけるまで、みつは作業に没頭していた。
 はっと我に返り完成した薬瓶を見渡せば、その数は十五。まずまずの成果だ。

「普段は七つ八つできるといい方なのですが、奥方様のおかげで捗りました」

 蛇羅が深々と頭を下げる。その隣で亞荼も小さく礼をしてくれた。

「お二人の手際がよろしいからです。私が尋ねたことにも、嫌な顔をせず丁寧にお教えくださりありがとうございました」

 礼を返しながら、みつは満面の笑みを見せる。
 働いて誰かの役に立つというのは、何と気持ちの良いものだろう。
 心地よい疲れと充足感。今夜はよく眠れそうだ。


  
「旦那様、今戻りました」

 風呂を済ませて夫婦の居室に戻ると、魔徒は机に向かって何やら書き物をしているようだった。
 振り返り、目を細めて微笑んでくれる。

「おかえり。秘薬作りはどうだった?」

「はいっ! とっても勉強になりました! 私、これからは毎晩働かせていただきます」

「みつ……無理をしないでくれ。人間はあやかしと違い、長く睡眠をとり体を休ませる必要がある。昼も傷病者を診るのだろう? 体がもたんぞ」

「私、働き者なんです! 睡眠はきちんととりますので、心配は無用にございます」

 と、みつは笑顔のまま押し入れを開けて布団を取り出し、すでに敷いてある布団の隣にもうひとつ寝床を作った。
 これからは同じ布団で寝ようと約束をしてはいたが、堕嵬の集落でのことがある。
 なんとなく同衾することを気まずく感じ、入る布団を分けようと思ったのだ。

 それを見た磨徒はわずかに目を伏せ、柔らかい声色で言葉を紡いだ。

「俺はもう少し仕事がある。先に寝ていてくれ」

「……はい、分かりました。おやすみなさいませ、旦那様」

 昼間はあんなにもその存在を近しく愛おしく感じるのに、夜になり二人きりで顔を合わせると、どこかぎこちなさが生まれる。
 歪な関係だ。
 みつは思い出したくないあの夜の記憶を振り払うように瞳を閉じた。
 磨徒を想う気持ちに偽りはない。
 磨徒に見合う妻になりたい。そしてふたたび磨徒に思いを伝えるのだ。

(わたし、もっと頑張ります。今のままではいけないのは分かっているから……見ていてください、旦那様)

 布団を頭までかぶり光を遮断すると、一日の終幕を体感する。
 ふわりと心地よい充足感に包まれながら、みつの意識は夢の中へと落ちていった。