そうして、楽しく飲み会もバイトも続けていたわけなんだけど。
私が夢を見ている間にも、ちゃんと現実は進んでいるわけでして。
飲み会のメンツはいつも一緒でさ。その中に、二十四歳の女性がいるっていったじゃん。
志保さんっていうんだけど。サバサバというか、はっきり物事を言うっていうか。本当に“頼れるお姉さん”みたいな人だった。
うん、綺麗だったよ。明るくて、笑うと八重歯が見えるの。あれ、ずるいよね。
──齊藤さん……志保さんの前では、いつも以上によく笑うようになってた。距離が近いっていうか。リアクションがね、志保さんのときだけ大きかったんだよ。
当時は気づいてなかった。違和感すら、感じなかった。
盲目だよね……こんなに好きで、夢中で、自分に都合の悪いことなんて見えるわけないじゃん、みたいな。
だからさ、後になってなってわかるんだよ。齊藤さんの気持ちが、どこに向いてたのかって。
当時の私は、舞い上がってた。うつつを抜かしてた。
──だって……キス、したんだよ。
なに、その顔は。
いや、言いたいことはなんとなくわかるけど。変な流れじゃなくてさ。普通に、居酒屋での飲み会帰り。
私、すごく酔ってて。齊藤さんがタクシーで私の家まで送ってくれたの。すごく距離が近くて。身体中が熱くて、どきどきして、とろけちゃいそうで……。
だから、まあ、酔った勢いだよね。こつんって甘えるように齊藤さんの肩に頭を寄せたら、ぎゅってされて、そのまま……。
──いや、浮気じゃないよ。そのときはまだ志保さんと付き合ってなかったから。
もし仮に、ね。
仮に、齊藤さんの立場だったら。私でもキスしてると思う。据え膳食わぬはってやつ? 女の子にそれっぽい仕草されて、それっぽい雰囲気になったら、普通しちゃわない?
──ええ、嘘だよ。絶対、手だしてるって。
あはは、ごめんごめん。そういう人じゃないか。
まあでも、私もそういう雰囲気に浸りたくてやったわけだし。ある意味、計画通り、的な?
だけどさあ、ずるいよね、タクシーの中でキスって。前に運転手さんいるんだよ? そんなの、ドラマとか漫画でしか見ないシチュじゃん。
どきどき止まらないよね。「ああ、これもう私ヒロインじゃん」って思ったよ、本気で。
後にも先にも、タクシーの中でキスしたのってあれだけだったな。だから記憶にずっと残ってるんだと思う。
今じゃ無理だよ。人前でキスとか信じられない。二十歳だから、若いから許される行為だよ。
それから、家まで送ってくれた齊藤さんは、またタクシーで帰ってった。本当にキスだけ。ちゃんと、そこで終わり。
それで良かったと思う。それだけで、十分だった。
ほら。その先がなかったから変に現実っぽくならなくて。都合よく切り取られて、綺麗なまま残ってるっていうか。
あるじゃん。恋愛漫画とかドラマで、一番おいしいとこだけつまみ出したみたいなやつ。
あれ。完全に、ヒロインムーブだったなって。
──まあ、当時の私は、本気でヒロインのつもりだったけど。
それからの私は、それはもうヒロインムーブに拍車がかかったよね。周りなんて、何も見えないくらいには。キラキラなフィルターが常にかかっちゃってる感じ。
だから、気づけなかった。
齊藤さんと志保さんが付き合いはじめたってことに。
笑えるよね。同じ場所にいて、同じ時間を過ごしてたはずなのに。見てればわかるのに、自分のことしか頭になかった私は、全部を見逃してたんだもん。
でさ。
そんなこと、これっぽっちも知らない私は……齊藤さんに告白したわけです。
──え、端折りすぎ? 別にいいじゃん。この間なんて「楽しく飲み会してました」ってだけだもん。
で、その飲み会帰りだよ。
二人きりになったの。なんでそうなったかは、もう忘れたけど。
とにかく、今しかないかもって告白したんだよ。「好きです」って。
めっちゃ勇気振り絞ったよ。息も詰まってたし、声も震えてたし、顔なんて見れなかったし。
返事は……聞く前にわかった。
私さ、告白したのってそれが三回目だったんだけど。最初は中学三年、次は高校二年。で、齊藤さん。
その、“間”っていうのかな。断られる前の、あの空気。相手が少しだけ息を詰める感じとか、言葉を選んでる沈黙とか。「あ、これダメなやつだ」ってわかる、あの時間。
──あはは、そうだよ。過去二回ともフラれてるの。
まあ、それはまた別の話だから置いといて。
齊藤さんには「妹にしか見れない」って言われた。
ショック、だったかな。でもなんか、心のどこかでは「やっぱり」って思う自分もいて。だから、泣いたりはしなかった。
少なくとも、その場では。
と、まあ見事に玉砕したわけなんですよ。
そこで「これからもよろしくお願いします」って終わればよかったんだけど。「私の恋って、どうしてこうも報われないんだろう」って、ここでもしっかりヒロインムーブをかましちゃうわけ。今度は悲劇のヒロイン。本当、懲りないよね。
だからさ──。
「最後に、キスしてください」
って言っちゃったの。
──ね、めっちゃ恥ずいよね。今こうして口に出してるだけで恥ずかしいもん。どんだけ酔ってるんだよって自分でも思うし。
齊藤さんは……キス、してくれたよ。
手の甲に。
もうさ、本当にずるいよね。だってさ、私はもう断られる気満々でいたんだよ。「ああ、やっぱりダメか」って悲劇のヒロインに浸るつもりだったのに。
手の甲なんて、拒絶でもないし、応えてもないじゃん。なのに……ううん、だからこそか。あの瞬間、すごくドラマのワンシーンみたいに思えたんだよ。最後までヒロインでいさせてくれた、みたいな。
まあ、負けヒロインだけどね。



