ヒロインになれなかった私の、序章みたいな恋の話


 恋に恋して、そんな自分に酔っちゃってる……みたいな時期ってあるじゃん?
 え、ない? あるの、女の子には。

 女子高生のときとか、そりゃもう無敵だよ。
『世界は私を中心に回っている! 私が最強!』って感じでさ。街中を歩いてる制服姿の女の子とか、そんな感じしない?
 あ、そんな目で見てないですか。すみません。
 話も逸れてる? すみません。
 
 じゃあ、軌道修正するついでに、レモンサワーもう一杯追加で。
 ──ありがと。しかし便利になったよね、今じゃどこでもタッチパネルだもん。少し前まで店員さん呼ばなきゃだったのに。
 でもさ、これ自慢なんだけど。私よく声が通るから、こういう賑やかな居酒屋でも百パー店員さん呼べるんだよね。すごくない?
 声が大きいだけって、それはそう。
 
 って、また話逸れてるじゃん。
 
 ──まあ、笑い話だと思って聞いてよ。

 六年前……私が二十歳のときね。
 当時バイトしてた中華料理屋さんの、厨房にいた人を好きになったの。
 うん、中華料理。……意外? 「チャイナドレス着てた」って言ったら、もっと驚く?

 失礼な、ちゃんとした“高級”中華料理店だよ! 店名調べれば出てくるから!
 芸能人も来てたし、モデルさんとか女優の卵とかも働いてたりしてて、レベル高い店だったんだよ。
 飲食店にしては時給もよくて、それで面接に行ったんだけど。どうして私なんかが採用されたんだろうって不思議だったけど、今思えば身長だけで採用されたんだろうな。うん。

 でね、その好きになった人も背が高くて。毎日朝から晩まで中華鍋を振るから腕も太くて。顔は……正直、かっこいいとは思わなかったかな。
 だから最初は、全然そんなふうには見てなかった。同じ店に彼女もいたし、私も彼氏いたしね。

 それが……働きだして半年経ったくらいで、その人が彼女と別れたの。私も、彼氏と別れたの。
 たまたま時期が重なったんだよ。本当に、たまたま。
 それで、「フリーになったし、仕事終わりに俺の家でみんなで飲もう」ってその人が言って。バイト先から近かったから、その人のマンション。
 
 コンビニでお酒とかお菓子とか買って、厨房の男性三人と、ホールスタッフの女性三人で飲み会したの。
 私と同い年の女の子と、二十四歳くらいの女性。好きな人は二十六歳だって、そのとき初めて知った。他の人の年齢は覚えてないや。

 すごく楽しかったって記憶は残ってる。
 それで、もともと仕事中から仲が良かったっていうのもあって、バイト終わりはよくその人の家に集まるようになったんだ。
 それはもう、すごい若い飲み方してたね。今じゃできないし、やりたくないかも。あの人と同い歳になったのに、こうも違うのかって感じだけど。
 
 でも、本当に楽しかった。
 でね、あるとき、ふと思うの。『この人、いつも話題の中心にいるな。いつもみんなを笑わせてるな。いつもみんなに気を配ってるな』って。
 ムードメーカーってやつ? 人の話を面白く拾って、広げて、つっこんで。
 それも、人を下げる笑いじゃなくてさ。たまにいるじゃん、誰かを(けな)して、その場を盛り上げた気になってる人。ああいうのじゃなくて。ちゃんと、みんなが笑えるようにしてるの。
 
 だから気づいたらみんな笑ってて、気づいたら、その人の近くに集まってる。
 仕事面では真面目で、優しいのに。プライベートになると面白くて、ちょっと子どもっぽい一面もあったりで……そういうギャップが「かっこいいな」って意識し始めたら、もう止まらなくなってた。

 恋ってさ、どうしてこうも落ちたら一瞬なんだろうね。
 それまでの半年間、“ただのバイト先の人”だったのに……たった数日で“好きな人”に変わっちゃったんだよ。
 大学終わりにバイト行くのが楽しみで仕方なかった。今日はあの人いないんだ、飲み会ないんだってガッカリした。
 恋に恋する年頃の女の子だった私は、あの人に抱く感情の全部が特別だと思ってた。
 
 ──うん、そう。自分に酔ってた時期だよ。

 まあ、さ。私はもうその人のことが好きで好きで、意識しちゃってしょうがなかったの。
 しばらくしてから同い年の子……明日香ちゃんに言ったんだ。「私、斎藤さんが好き」って。そしたら、「知ってる」って言われた。バレバレだったんだって。

 斎藤さんも気づいてた。絶対。
 そのくらいわかりやすかったと思う、私の態度。無邪気を装って、『私の思いに気づいて、好きになって』ってアピールしてるっていうか。
 
 ──ええ、そうですよ。痛い女だったよ。だから恋に、自分に酔ってないとできない態度だったんだって。
 だけど、本当に痛い女なのは……この先。
 
 って、そんな神妙な顔しないでよ。
 笑い話だと思って聞いてって言ったじゃん。私だって、こんな昔話で泣いたりしないし。慰めもいらないから。

 本当だよ。
 もう子どもじゃないっていうか。いちいち傷つくほど純粋でもないし。割り切れる年齢になったし、終わったことだし。

 ──あはは、優しいね。そういうとこ、嫌いじゃないよ。

 それから数ヶ月。楽しくて、その人のことを考えるだけで幸せな気持ちになってた。
 明日香ちゃんにも「応援するね」って言われて。でもさ、こういうときよく言うけど、具体的に何をどう応援するんだろうね。
 いや、私も言ったことあるよ、「応援する」って。でも、何を応援してたのか自分でもわかんないや。まあ、ちゃんと気持ちはあったよ。「うまくいくといいね」って気持ちは。
 それだけだよ。だって、世界は私が中心だったんだから。私でいっぱいいっぱいで、他の人のことなんて、ちゃんと考える余裕……じゃないな、暇なんてなかったんだよ。
 大人になった今なら、もうちょっと的確なアドバイスとかできるのかもね。そう、もう大人だから。

 ──だからさ。

 ちょっとくらい勘違いしたって、仕方なかったんだよ。