結局、掃除はいつもの倍以上の時間がかかった。
でも、不思議と全然疲れてない。
むしろ軽い。昨日までのあの重さ、全部どっか行ったみたいだ。
「家、どっち?」
「おれ、あっちの駅の方です」
校門へ向かう道。横を歩く愛先輩が、少しだけ歩幅を緩めて振り返った。
「ん。一緒に帰るか」
当たり前のように「一緒に」って。
嬉しすぎて、首がもげそうなくらい頷くことしかできない。
「お前、首ちぎれるぞ」
愛先輩が笑って、おれの隣に並んだ。
昨日までは、追いかける背中。
今は、肩が触れそうな距離に「愛先輩」の気配。
「あの、愛先輩」
「ん?」
「おれ、……『愛』って呼んでもいいですか?」
勇気を振り絞って、聞いてみた。
愛先輩は一瞬足を止めたけど、すぐに前を向く。
「今さらだろ。好きにしろ」
「……愛」
初めて呼び捨てにした、その名前。
空気を震わせた自分の声が、めちゃくちゃ熱い。
呼んだだけでおれの顔が燃える。
すると、隣を歩いていた愛先輩が、突然「……っ」と立ち止まった。
「……破壊力やば。……『先輩』外しただけで、こんなに……」
愛先輩は視線を地面に落として、少しだけ早口になる。
耳の先まで真っ赤だ。
燃えそうなのは愛先輩も同じなら、すごく、うれしい。
「敬語も、もういいから。……付き合ってんだから。その方が、俺も話しやすい」
さらりと言われた、「付き合ってる」という単語。
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
おれ。愛と、付き合ってる。
脳みその中が、じわじわと甘い砂糖水で溶かされていく。
「うん、わかった。……愛」
呼んでみた。
やっぱりこの名前、口にするだけで心臓が爆発しそうだ。
「付き合ってるって言ってくれて、嬉しい」
「……」
「おれ、また勘違いかなって思ってたから……」
正直な気持ちを零すと、愛が呆れたようにため息をついた。
「お前なぁ」
「え?」
「キスしといて付き合ってないとか、どんなクズだよ俺。そんな不誠実な男に見えるか?」
低い声。でも、耳まで真っ赤。
……あ、今のちょっと怒ってる?
いや、それ以上に、めちゃくちゃ照れてる。
「愛」
嬉しくて、また呼んでみる。
「……呼ぶな。今、心臓が持たない」
わざともう一回。
「愛」
「だからやめろって……!」
その反応が、なんか嬉しくてたまらない。
でも、おれには一つだけ不満がある。
というか、どうしても気になる。
「ねえ、愛」
「ん?」
「愛はおれのこと『お前』って呼んでばっかじゃん。名前、呼んでくれない」
「……あー」
愛が、視線を逸らした。
珍しく、気まずそうな顔。
「それは、その……つい」
「おれも、名前で呼んでほしいんだけど。……だめ?」
たぶん今のおれ、ちょっと面倒くさい。
でも、愛に「お前」じゃなくて、おれだけを呼んでほしい。
夕日に照らされた愛の瞳が、優しく、揺れる。
「…………りゅうくん」
「え?」
不意打ち。
前にも聞いたはずなのに、今のやつは、破壊力が違いすぎる。
「龍之介って呼ぶのもいいけど……顔がこれだろ?」
「これって何」
「なんか、俺の中では『りゅうくん』って方がしっくりくる。……だめ?」
愛が少しだけ首を傾げて、不安そうにおれの反応を伺ってくる。
ずるい。なにその顔。
かっこよすぎて死ぬ。おれの脳みそ、今度こそ完全に焼き切れる。
「……だめ、じゃない。けど……」
「けど?」
「……心臓に悪い。愛に呼ばれると、なんか……変になる」
恥ずかしすぎて、おれはたまらず地面を見る。
「お互い様だろ。お前も、俺をこんな顔にする責任取れよ」
頭の上から、ちょっと意地悪で最高に嬉しそうな声。
見なくてもわかる。今、愛は絶対「勝った」って顔で笑ってる。
愛の大きな手が、おれの手を包み込んだ。
正直、見た目とのギャップがすごくてあんまり好きじゃなかったおれの名前。
でも、愛に呼ばれると、宇宙で一番価値がある気がしてくるから不思議だ。
『明宮先輩』は、みんなの憧れ。
でも、『愛』は、おれだけの特別な人。
自分から、繋いだ手に指を絡めた。
指先から、愛の体温が回ってくる。
少しだけ驚いたように動いた愛の手。
でも、すぐに力を込めて、おれの手をぎゅっと握り返してくれた。
「りゅうくん」
「なに?」
「いや……なんでもない」
愛の横顔が、夕日に染まってさらに赤くなる。
……かわいい。かっこいいのに、かわいい。
名前を呼ぶ。手を繋ぐ。
ただそれだけのことが、こんなに熱くて特別なんて知らなかった。
冗談じゃない。勘違いでもない。
――おれ、愛のことが、もう、どうしようもないくらい好きだ。
でも、不思議と全然疲れてない。
むしろ軽い。昨日までのあの重さ、全部どっか行ったみたいだ。
「家、どっち?」
「おれ、あっちの駅の方です」
校門へ向かう道。横を歩く愛先輩が、少しだけ歩幅を緩めて振り返った。
「ん。一緒に帰るか」
当たり前のように「一緒に」って。
嬉しすぎて、首がもげそうなくらい頷くことしかできない。
「お前、首ちぎれるぞ」
愛先輩が笑って、おれの隣に並んだ。
昨日までは、追いかける背中。
今は、肩が触れそうな距離に「愛先輩」の気配。
「あの、愛先輩」
「ん?」
「おれ、……『愛』って呼んでもいいですか?」
勇気を振り絞って、聞いてみた。
愛先輩は一瞬足を止めたけど、すぐに前を向く。
「今さらだろ。好きにしろ」
「……愛」
初めて呼び捨てにした、その名前。
空気を震わせた自分の声が、めちゃくちゃ熱い。
呼んだだけでおれの顔が燃える。
すると、隣を歩いていた愛先輩が、突然「……っ」と立ち止まった。
「……破壊力やば。……『先輩』外しただけで、こんなに……」
愛先輩は視線を地面に落として、少しだけ早口になる。
耳の先まで真っ赤だ。
燃えそうなのは愛先輩も同じなら、すごく、うれしい。
「敬語も、もういいから。……付き合ってんだから。その方が、俺も話しやすい」
さらりと言われた、「付き合ってる」という単語。
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
おれ。愛と、付き合ってる。
脳みその中が、じわじわと甘い砂糖水で溶かされていく。
「うん、わかった。……愛」
呼んでみた。
やっぱりこの名前、口にするだけで心臓が爆発しそうだ。
「付き合ってるって言ってくれて、嬉しい」
「……」
「おれ、また勘違いかなって思ってたから……」
正直な気持ちを零すと、愛が呆れたようにため息をついた。
「お前なぁ」
「え?」
「キスしといて付き合ってないとか、どんなクズだよ俺。そんな不誠実な男に見えるか?」
低い声。でも、耳まで真っ赤。
……あ、今のちょっと怒ってる?
いや、それ以上に、めちゃくちゃ照れてる。
「愛」
嬉しくて、また呼んでみる。
「……呼ぶな。今、心臓が持たない」
わざともう一回。
「愛」
「だからやめろって……!」
その反応が、なんか嬉しくてたまらない。
でも、おれには一つだけ不満がある。
というか、どうしても気になる。
「ねえ、愛」
「ん?」
「愛はおれのこと『お前』って呼んでばっかじゃん。名前、呼んでくれない」
「……あー」
愛が、視線を逸らした。
珍しく、気まずそうな顔。
「それは、その……つい」
「おれも、名前で呼んでほしいんだけど。……だめ?」
たぶん今のおれ、ちょっと面倒くさい。
でも、愛に「お前」じゃなくて、おれだけを呼んでほしい。
夕日に照らされた愛の瞳が、優しく、揺れる。
「…………りゅうくん」
「え?」
不意打ち。
前にも聞いたはずなのに、今のやつは、破壊力が違いすぎる。
「龍之介って呼ぶのもいいけど……顔がこれだろ?」
「これって何」
「なんか、俺の中では『りゅうくん』って方がしっくりくる。……だめ?」
愛が少しだけ首を傾げて、不安そうにおれの反応を伺ってくる。
ずるい。なにその顔。
かっこよすぎて死ぬ。おれの脳みそ、今度こそ完全に焼き切れる。
「……だめ、じゃない。けど……」
「けど?」
「……心臓に悪い。愛に呼ばれると、なんか……変になる」
恥ずかしすぎて、おれはたまらず地面を見る。
「お互い様だろ。お前も、俺をこんな顔にする責任取れよ」
頭の上から、ちょっと意地悪で最高に嬉しそうな声。
見なくてもわかる。今、愛は絶対「勝った」って顔で笑ってる。
愛の大きな手が、おれの手を包み込んだ。
正直、見た目とのギャップがすごくてあんまり好きじゃなかったおれの名前。
でも、愛に呼ばれると、宇宙で一番価値がある気がしてくるから不思議だ。
『明宮先輩』は、みんなの憧れ。
でも、『愛』は、おれだけの特別な人。
自分から、繋いだ手に指を絡めた。
指先から、愛の体温が回ってくる。
少しだけ驚いたように動いた愛の手。
でも、すぐに力を込めて、おれの手をぎゅっと握り返してくれた。
「りゅうくん」
「なに?」
「いや……なんでもない」
愛の横顔が、夕日に染まってさらに赤くなる。
……かわいい。かっこいいのに、かわいい。
名前を呼ぶ。手を繋ぐ。
ただそれだけのことが、こんなに熱くて特別なんて知らなかった。
冗談じゃない。勘違いでもない。
――おれ、愛のことが、もう、どうしようもないくらい好きだ。

