愛って呼んでいい?

 「三日間。七十二時間。四千三百二十分。……二十五万九千二百秒」

 無理。絶対無理。
 そんなに長い間、愛に会えないなんて。おれ、本当に干物になる。いや、干物すら超えてカッピカピのミイラになって、そのまま砂に還るかもしれない。

 明日から、二年生は三泊四日の修学旅行。
 昼休みに愛が、少し申し訳なさそうに言った。

 「今日は先帰ってな。クラスのやつらに捕まって、時間かかりそうだから」

 「うん。わかった」

 物分かりのいい返事。おれ、いい子。
 ……なんて思ってたのは、六限目まで。

 明日から、愛がいない。
 毎日当たり前みたいに隣にいて、アイスを半分こしたり、だいずくんの悪口を聞いたり。
 あの体温が、明日からなくなる。

 ……やだ。そんなの耐えられない。

 結局、おれは昇降口の端っこで待つことにした。
 日が沈みかけて、廊下の電気がパチパチと鳴り始めた頃。
 ようやく階段の方から、大好きな、聞き慣れた足音が聞こえてきた。

 「じゃあな、明宮! 忘れ物すんなよ!」

 「わかってる。じゃあな」

 里中先輩たちと別れて、一人で歩いてくる愛。
 俯き加減で、疲れた顔。

 愛が顔を上げた。
 おれと目が合った瞬間、その足が、ぴた、と止まる。

 「りゅうくん? なんで……」

 「愛、おつかれさま」

 愛が駆け寄ってくる。
 少し息が切れているのは、おれを見つけて急いでくれたからだろうか。
 それだけで、おれの単純な心臓はバカみたいに跳ねる。

 「先帰っていいって言っただろ。もうこんな時間だぞ」

 「……やだ」

 「やだ、って……」

 「明日から会えないから。今日は絶対、一緒に帰りたい」

 思ったことが、フィルターを通さずに全部出た。
 自分でもびっくりするくらい、わがままな声。

 愛が「……っ」と声を詰まらせた。
 乱暴に髪をかきあげて、そのまま天を仰いだ。
 喉仏が大きく動いた。

 「バカ。暗いし、危ないだろ。誘拐されたらどうするんだ」

 「男だし、大丈夫だよ。……ダメだった?」

 顔を覗き込んだら、愛の瞳が揺れた。
 「ダメ」なんて言わせるつもり、最初からないけど。

 「ダメなわけねーだろ。……帰るぞ。家まで送る」

 差し出された手が、おれの手を力強く包み込む。
 その熱に、なんだか、胸の奥がぎゅっとなる。

 駅へ向かう道。
 繋いだ手のひらから伝わってくる体温。
 これが明日の今頃には隣にないなんて、意味がわからない。神様のいじわるだ。

 いつもの分かれ道。
 ここで「じゃあね」って言ったら、次会えるのは四日後。
 無理。絶対、干からびる。

 「りゅうくん?」

 立ち止まったおれを、愛が不思議そうに覗き込んでくる。
 繋いだ手は、離さない。絶対。

 「帰るの、めんどくさい」

 「は?」

 「愛の家……。行く」

 脳みそを通さずに口が動いた。
 バカだ。おれ、本当にバカだ。
 でも、言葉が止まらなかった。

 愛が固まる。
 繋いだ手に、びくん、と衝撃が走った。

 「……お前、それ……分かって言ってんの?」

 声が、低い。
 地響きみたいに、おれの肺の奥を揺らす音。

 「ん?」

 「……。……少しだけだからな。その後、絶対家まで送るから」

 大きくため息。観念したように肩を落として、ズルズルとおれを引っ張った。
 なんだか、すごく疲れてる?
 やっぱり、引き止めちゃって迷惑だったかな。

 「……変なことすんなよ」

 「変なこと?」

 「……いや、なんでもない。俺の独り言。……行くぞ」

 愛の独り言、最近よくわからないのが多い。
 でも、初めて行ける愛の部屋。
 部屋も、大人っぽいのかな。愛の匂い、するかな。
 そんな想像だけで、なんだかふわふわする。

 けれど。
 そこで待っていたのは、静かな二人きりの時間……なんかじゃなかった。