愛って呼んでいい?

 「言うこと……聞く?」

 ……あ、スイッチ入った。
 さっきまで「ガキかよ」とか言ってた人の目じゃない。
 愛の目が、急にマジになった。
 猛獣の檻、おれがうっかり開けちゃったかも。


 仲直りから数日後。
 放課後の昇降口。
 夕日に溶けそうな横顔で、愛が「こないだのお礼をさせてくれ」と言い出したのが始まり。

 「おれ、愛と一緒にいられるだけでいいのに」

 「それじゃ俺の気が済まないんだよ。少しくらいかっこつけさせて」

 俺の方が年上だし、なんて。
 モデルみたいな顔で、少女漫画のヒーローみたいな台詞をさらり。
 正直、眩しすぎて断れるはずがなかった。

 そんなわけで、おれのリクエストで今、駅前のファミレスに来ていた。

 「ポテトの山盛り……。お前、ほんと子供だよな」

 愛は、おれが頼んだポテトの山を眺めながら、ブラックコーヒーをすすっている。
 チョコといい、この人、どんだけ「大人」なんだろう。
 それとも、一年後にはおれも、これくらい「大人」な顔ができるようになるんだろうか。

 「愛、見て! このポテト、超長い。こいつ、絶対ポテト界のキングだよ」

 「あー、そうだな」

 「ちゃんと見てよ!おれのキング・ポテト!」

 「はいはい、見たよ。お前、名前の付け方までガキだな」

 呆れ顔。
 でも、そんなの無視。おれは今、この山から最強の一本を掘り起こすのに忙しい。
 ふと、いいことを思いついた。

 「ね、愛、勝負しよ」

 「勝負?」

 「この中で、いちばん長いポテトを見つけた方が勝ち。負けた方は、勝った方の言うこと、ひとつ聞くの」

 「負けて泣くなよ。俺のほうが手、長いからな。有利だぞ」

 さっきまで「かっこつけさせて」なんて言ってた人はどこへやら。
 ブラックコーヒーを放り出して、今は真剣にポテトの山を捜索してる。

 「りゅうくん、それまだ甘いな。これ見ろよ。もはやジャガイモの限界超えてるだろ」

 愛が皿の底から、とんでもなく長い一本を掘り起こした。
 まるで伝説の剣でも見つけたみたいな、勝ち誇った顔。
 これは、負けられない。

 「ずるい! それ、絶対底に隠してたでしょ!」

 「戦略だよ。勝負は非情なんだよ、龍之介」

 不意打ちの呼び捨て。
 ……っ、心臓に悪い。
 一瞬で思考が真っ白になるおれを置いて、愛は得意げに鼻で笑う。

 「む……。じゃあ、これ! 二つのポテトがくっついてるから、実質世界記録!」

 「それは反則だろ! 連結禁止!」

 男子高校生二人が頭を突き合わせて、ポテトの長さを競う。
 傍から見たら相当マヌケなんだろうけど、おれは楽しくて仕方ない。
 結局、あーだこーだ言い合っているうちに、お皿は空っぽ。
 勝負はうやむや。……のはずだったのに。

 「で、りゅうくんの『お願い』、何?」

 愛が、氷の溶けきったコップを弄りながら聞いてくる。
 その瞳に閉じ込められたみたいで、喉の奥が熱い。

 「え? おれの勝ち?」

 「可愛いから、おまけな。言ってみろ」

 ものすごく、優しい目。
 愛がおれに向けてくれるこの熱に、おれはいつまでも慣れない。
 おれは少しだけ考えて、テーブルの下で、愛のスニーカーを自分の足でツンとつついた。

 「今日、帰り道、ずっと手繋いでてほしい」

 愛は一瞬、きょとんとした顔をしたあと。
 勢いよくテーブルに突っ伏した。

 「……っ。……それ、俺が得するだけだけどいい?」

 「ダメだった?」

 「…………ダメなわけ、ない。最高」

 くぐもった声。
 ほんのり赤くなった愛の耳。
 あ、おれ、勝った。
 かっこいい愛も好きだけど、おれに振り回されて余裕をなくしてる愛は、もっと大好きだ。

 店を出て、駅に向かう帰り道。
 繋いだ手のひらから、愛の熱が直接伝わってくる。

 「また勝負する?」

 「おう。今度は決着つけような。……あと、今度りゅうくんが負けたら、俺のお願い一個聞いて」

 「え、なに?」

 「……内緒。まあ、グミスライム、二度と作らないこと……とかかな」

 意地悪く笑う愛。
 でも、繋がれた手には、ぎゅっと力がこもっている。

 ……あーあ。
 もう、本当におれ、ダメかもしれない。
 かっこいい愛も、弱虫な愛も、今みたいに意地悪く笑う愛も。
 全部おれの脳みそにこびりついて、離れてくれない。

 「好き」なんて言葉じゃ、全然足りない。
 もっと、胸の奥が痛くなるような、喉の奥が熱くなるような。
 おれの中の全部が、愛っていう名前の熱に塗りつぶされていく感じ。

 このぐちゃぐちゃな気持ちに、名前をつけたいと思った。
 どこにも逃げないように、おれがずっと持っていられる名前。
 世界中の誰にも教えない、おれたちだけの「特別」な名前。

 でも、おれの頭じゃ、そんなにいい名前なんて思いつかない。
 言葉にしようとしても、砂みたいに指の間からこぼれていっちゃう。

 だから。
 おれは想いを全部、繋がれた指先にこめることにした。
 名前なんて、今はまだなくてもいい。
 ただ、この熱だけは嘘じゃないから。

 繋がれた手を、 愛に負けないくらい、強く、強く。
 壊さないように、でも絶対に離さないように。

 ただ黙って、ぎゅう、と握り返した。