おばけなんてうそさ

 オカルト研究部の部室は、想像していたよりもずっと現実的な空間だった。怪しげな道具や呪具が並んでいるわけでもなければ、黒い布で窓が覆われているわけでもない。使われなくなった器具や段ボールが積まれ、部屋の半分ほどは物置として機能しているように見える。壁に貼られている元素記号の一覧表は、理科準備室だった頃の名残りだろうか。その近くに、電気ポットの乗った棚があり、缶に入ったティーバッグとインスタントコーヒーの袋が無造作に置かれていた。顧問を引き受けている教師が用意したもので、勝手に使っていいと言われているらしい。
 部屋へ招かれてからしばらく。長机を挟んで向かい合うように座って、一通りのことは話した。深水が慣れた手つきで用意してくれた湯呑みからは、未だ白い湯気が上がっている。「それで、」神谷が口を開く。

「ここまで聞いてどう思いますか、深水くん」
「呼び捨てでいいですよ、俺の方が後輩なので。ついでに敬語もやめてください」
「あ、どうも…やっぱり肝試し、というか、あの廃屋が原因だよね? それしか心当たりないし」
「お話を聞いただけなので確定的なことは言えませんが、一因ではあると思います」

 深水は冷静だった。きっと普段からふざけたことを言ったりして騒ぐタイプではないのだろう。その現実が彼自身の発言に益々の説得力を与える。それにしても、三体。…三体かあ。

「俺に憑いてる…幽霊? なのかな? それっていまどんな感じなのかって教えてもらえたりする?」
「どんな感じ、というのは」
「めっちゃ怒ってるとか、すごい睨んでるとか、恨み辛みがものすごそうとか」
「ああ…すみません。俺そういうのはわからないんです」
「なるほど…ちなみに、何とかすることとかは…」
「難しいです。今更隠す必要もないと思うので言いますが…俺にはちょっと、人とは違うものが見えます。それは事実です。でも、あくまでも見えるだけで、霊能力者というわけではないし、そういう家系でもないので、除霊とかお祓いはできません。やり方もわからないです」
「ぐう…四方に塩をまいたり封印されてる石碑をなんか良い感じにしたり、動物の血で魔法陣書いたり呪文を唱えたりしたら解決するのは映画の中だけの話ってことか…」
「それはまた少しジャンルが違うような」
「インターネットで除霊とか検索したら、嘘か本当かはともかくやり方がたくさん出てくるじゃん。ああいうのを試すのはどう? 効果あるかな」
「やめた方が良いです。出典が不明瞭だし、きちんと祓える確率より、余計なものを追加で呼び込む可能性の方が高い」
「じゃあAIに聞いちゃうとか」
「同じことですよ、神谷先輩」

 声色なのかなんなのか。深水の言葉には先ほどから妙な説得力がある。それに、こんなに荒唐無稽な話へ真面目に付き合ってくれているし、茶化したりもしない。無愛想な見た目に反してけっこういい奴なんだろう。初対面で常識を置き去りにした距離の詰め方をしてくるから、もう少し変わった奴なのかと思っていた。勝手に抱いていた偏見を殺し、神谷は反省する。

「…まあ。こうやって深水が真面目に話聞いてくれただけでも、すこしは楽になったよ。日々抱えていた名もなき不安の数々と、その正体が肯定された感じ……でもなあ。今後も続くと困るんだよなあ」
「…不運が、ですか?」
「そう。地味に物なくなるのが一番きついかも。こうも頻繁にシャーペンとか消しゴムに家出されると、名前の通り太陽のような明るさを放つ俺でもさすがに気が滅入るっていうか。靴紐切れたスニーカーもお気に入りだったのに」
「…朝陽先輩でもそういう気分になったりするんですね」

 雰囲気が重くなってしまいそうだったので、車に轢かれかけた件はあえて言わなかった。話を深刻にして、本来は無関係であるはずの深水に、力になれなかった、申し訳ないなんて思ってほしくない。ふう、と息を吐いて天井付近を見上げる。何年か前の、虫歯予防のポスターと目があった。地区の小学生が描いたのであろうイラストで、ツインテールの女の子が歯ブラシを片手ににこりとしている。俺もあんな風に笑えたらな。わかりやすい現実逃避だった。
 深水はしばらく黙っていた。かけるべき言葉を探している、というよりは、言うべき言葉は決まっていて、それを本当に口に出して良いものか迷っている様子だった。考えて考えて、数分。意を決し、口を開く。

「……少しだけ怖い思いをしても大丈夫なら、一つ方法があります」

 脱力して、天井を見上げたまま椅子と一体化しそうになっていた身体がぴたりと止まる。聞き間違いかと思って顔を上げると、こちらをじっと見つめる深水と目が合った。

「どうですか?」
「ぜひ! よろしくお願いします!」

 神谷には断る理由がなかった。返事をした勢いそのままに机へ身を乗り出すと、ぎょっとした様子の深水が慌てて椅子を引き、距離をとる。「近いです、先輩」そう言って外方を向く横顔の、頬が少しだけ赤らんでいるように見えた。自分自身はつい数十分前にこの倍は距離を詰めてきたのに、不思議な話だ。神谷は姿勢を正し、椅子へ座り直す。

「具体的に何をするの? お札とかお酒とかいる?」
「いえ、そういうものは俺の方で用意するので大丈夫です」

 あ、必要ではあるんだ。思っていると、深水が続ける。

「さっきも言った通り、俺は霊能力者ってわけじゃない。狙った幽霊だけをその場に呼び出して祓うとか、そういうのは無理です。…だから、あっちから来てもらいます」

 神谷は首を傾げる。…あっちから、来る? 並べられた日本語はわかるが、意味が理解できない。
 
「今日の夜、お時間ありますか?」
「……ある!」
「十九時に校門前で待ち合わせしましょう。できれば制服は着替えずに、そのままで」

 何が起きようとしているのかはわからないが、深水が何かをしてくれようとしているのはわかる。お礼を言いつつ、感謝の印に握手をしようと手を伸ばしたが、先ほど距離を置かれたのを思い出してやめた。代わりにお礼の言葉をたくさん言っておくこととした。
 …あれ。
 そういえば俺、下の名前名乗ってないのに、深水は知ってたな。
 ということに思い至ったのは、その日の夕方、約束の時間が近づいてからだった。