深水に"話したいことがある"と連絡をすると、放課後、オカルト研究部の部室で会おう、ということになった。上谷は掃除当番だったので、その旨を伝えて、放課後、少し遅れて部室へ向かう。
そしていざ扉の前まで来ると、緊張で体が動かない。深水はすでにこの中で待っているはずだ。待たせているのだから、早く行かないと。そう思うのに、できなかった。気まずい、というわけではない。決して。謝りたいという気持ちにも変わりがない。ただ、上谷は少しだけ、怖かった。今までこういうふうに、誰かと気まずい関係になったりしたことがないから、もちろん仲直りも初めてで…仲直りって、どうやったら仲直りなんだ? 双方の合意はどうやって? だめだ、対人関係に関して、そんな基本的なこともわからなくなってきた。
「上谷氏」
「…っ!」
声を上げなかった自分を褒めてあげたい。上谷はばくばくと脈打つ心臓を宥めながら振り返る。
「岩見くん…」
「お疲れ様でござる。そんなところで何を?」
「いや…ちょっと、扉の模様を確認してた、っていうか…」
「なるほど。変わった趣味をお持ちで」
そう言いながらも、上谷の言葉を真面目に受け取ったわけではないらしい。顎に手を当て、ふむ、と声をもらす。
「深水氏とは仲直りをしたのですか?」
「な、仲直り? なんで?」
「喧嘩中でしょう、お二人」
「……なんでわかったの?」
「それは、もう。こう見えてわたし、お二人とはそれなりに長い付き合いになってきましたので」
岩見が自信ありげに眼鏡を押し上げる。深水の家での一件以降、上谷はこの瞬間、初めて岩見と顔を合わせた。深水の方は部室へ行っているから、何度か会っているのだろうけど、それにしたって、二人がちょっと気まずくなっている、なんてことを見抜けるヒントは少ない。
「…岩見くん、すごい観察眼だね…」
「魔王英雄列伝の考察で鍛えられましたから。それで、喧嘩の理由は?」
「喧嘩…っていうか。俺がちょっと、深水を怒らせちゃった、というか」
「上谷氏全肯定botの深水氏が? それはめずらしい」
「ぜんこうてい…なに?」
「仲直りなら、わたしにいい案がありますぞ」
岩見がぴん、と人差し指を立てる。
「ありがたいけど、俺、普通に謝ろうとしてて…」
「まあまあ。わたしの愛読しているラブコメによりますと、仲直りの秘訣は」
「ラブコメなら、男女の場合のみ通用する話なんじゃない?」
「…上谷氏」
岩見が呆れたように息を吐く。まだその段階か…。言葉にされずとも、表情が十分にそう語っていた。
「いいですか。深水氏と上谷氏の間にあるものは、紛れもなくラブでござる」
「え、…!?」
「そして、わたしと上谷氏の間にあるものも、わたしと愛犬ピータンの間にあるものも、紛れもなくラブ」
「あ、ああ…そういう…」
「ラブとはそういうものなのです。お互いが通じ合い、思い合えば、そこに性別や種族など不要。大丈夫、絶対にうまくいきますぞ」
今度は親指を立てて、岩見がにこりと微笑む。途中から、なんだか面白がっているだけのような気配を感じていたが、上谷は大人しく話を聞いてみることにした。
部室の扉を開けると、思っていた通り、深水は先に来て椅子に座っていた。いままで意識していなかったが、どうやら入ってすぐ左の席が、深水の定位置らしい。遅刻を謝りながら入ってくる上谷に会釈をして、向かい側へ座るよう促す。しかし、上谷は入り口付近に立ち尽くしたままだった。そんな姿を見て、深水が首を傾げる。いつも通りで、深水家での除霊以前と何も変わらない様子だった。
「…上谷先輩? どうしたんですか」
「…深水」
口内がからからに乾いていくのを感じる。ここへ来る前までに、シュミレーションは散々した。言うべき言葉だって、なんども頭の中で繰り返した。だから。上谷はぎゅ、と指先に力を込めると、頭を下げる。
「この間は、ごめんなさい」
頭上で小さく、息を呑む気配がする。
「あのとき、深水がなんであんなに怒ってたのか、ちゃんとわかってなかった。だって俺…深水に何を言われても、やっぱり、目の前で深水が傷つくところを見ている方が、嫌だったから。だから、俺がとった手段は間違いじゃなかったって……そう思いたかっただけ、かもしれないけど」
「……」
「でも、逆の立場で考えたんだ。深水のこと守ろうとしてんのに、その深水が自分なんかどうでもいいって顔で危険な場所に飛び込んでいくのとか、絶対嫌だ。もっと自分を大切にしてほしいって怒ると思う。…あの日、深水が言ってた言葉のまんまだ」
深水は何も答えず、じっと言葉を聞いている。
「友達にも言われたよ。自己犠牲は、やられる方は結構しんどいって。俺、深水のことを考えてるつもりで、実は一番傷つけてたよな。…本当に、ごめん」
しばらく、沈黙があった。やがて、小さく身体を動かす気配がして、
「…顔をあげてください」
深水がようやく、言葉を発した。顔をあげると、複雑そうな顔をした深水が、上谷をじっと見ている。
「…先輩が謝ることなんて何もないんです。そもそもあの日だって、俺がもっと冷静に対処して、幽霊を外に逃さなければ、先輩を危険な目に合わせることもなかった。結果論であっても、俺にはそれができたはずだ。そうじゃなきゃこんな力、持ってたって意味がない。全部、俺の力が及ばないせいです」
「そ…んなこと、ないだろ!」
思わず、声が大きくなってしまう。
「深水にはもう、十分過ぎるほど助けられてるよ! ていうか、深水がいなかったら俺、今もスニーカーの紐切れて転びまくってるし、忘れ物も無くし物も止まらないし、車に轢かれかけてただろうし!」
「…車に?」
「あ……と、とにかく! 深水はあの時できる最善を全部やってくれた! 俺は本当に! 心の底から深水に感謝してる! ありがとう! ……で、仲直りが、したいんだけど…」
途中で自信がなくなって、荒げた声がまた、小さく萎れていく。仲直りって…こんなふうに直接、仲直りしたいんですけどって申し込んで良いのかな? わからない。正解、不正解以前の問題だ。だって今までに、こんなことは経験をしたことがない。上谷は自問自答を繰り返し、首を傾げる。その様子をみて、深水が小さく笑った。
「仲直りも何も…喧嘩してないですよ、俺たち」
「…そうなの?」
「はい。確かに、少しだけ意見がぶつかりましたが…でも、先輩は仲直りの仕方も大胆で、明るいですね」
「…そうかな?」
「はい。見ていて本当に救われます」
膨らんだ涙袋に、まつ毛の影が落ちている。…いつもそうやって笑っていればいいのに。思うけれど、この表情を頻繁にお披露目されるのは、それはそれで心臓に悪い気がした。
そのまましばらく、和やかな雰囲気で言葉を交わす。そして、ある程度会話が落ち着いた頃に、上谷が切り出した。
「…深水」
「なんですか?」
「……その。こんな雰囲気で言うのもなんですが……よかったら、今度は俺の家にこない?」
「………………岩見さん、ですね?」
顔を上げると──修羅がいた。今までの穏やかな雰囲気はどこへ行ったのか、深水は神谷を通り過ぎて真っ直ぐに部室の入り口へ向かうと、がらりと扉を開ける。外で聞き耳を立てていた岩見がひえ、と声をもらし、気まずそうに視線を逸らした。
「お疲れ様です深水氏。大丈夫、お二人の会話はほとんど何も聞こえませんでした。どうやら、分厚い扉越しに盗み聞きができるのは、アニメの中だけの話というわけで」
「上谷先輩に何を吹き込んだんですか」
「…ふむ。わたしが愛読しているラブコメ、"ハイパープラズマディレクション"では、お家に招く作戦で見事に仲直りしておりましたが…いやはや。現実はうまくいきませんな」
「早くどこかへ行ってください。このままだと俺、岩見さんに何か壊滅的な印象を与えてしまいます」
「破壊的な印象!?」
「まて、深水!」
威圧感に耐えきれず、岩見は勢いよく走り出すと、廊下の奥へと消えていく。深水はその後ろ姿をじっと見つめていた。放っておいたら、そのまま草食動物を狙う肉食獣のように追いかけていきそうな雰囲気だ。ごめん岩見くん、せっかくアドバイスくれたのに…。心の中で謝りながら、上谷は深水という修羅の腕を掴み、部室へ引っ張り込んで扉を閉める。
「岩見さんの言うことは今後九割無視してください。そうじゃないと、SNSの類を一切をやっていない先輩の綺麗な脳みそが、一過性のネットミームに汚染される」
「ど、どうして俺がSNSやってないことを知って……たしかに、家に誘えって言ったのは岩見くんなんだけどさ。でも、どうかな実際」
「…どうかな、とは?」
「次の除霊は、俺の家でするの」
「……除霊」
「そう。前回、深水の家に行ったときはちゃんと出たわけだし…誰もいない家ってきっと、条件良いんだろ」
「除霊………」
除霊。つぶやいて、深水が脱力したように椅子へ腰を下ろす。…だめかな。不安になった上谷が、そろり、と顔色を伺おうとすると、その制服の裾を、深水が掴んだ。
「…それだけ?」
「……それだけって?」
「だって今度は、ちゃんとわかってて言ってるんですよね」
前回、教えてあげましたから。前髪の隙間、真意を探るような視線が上谷を見ている。つまり深水は、また上谷が何の他意もなく、自分の家へ深水を招こうとしているのではないか、ということを心配しているらしかった。
残念ながら、上谷には語れるほどの恋愛経験がない。スマートな振る舞いも、要所要所での正しい行動も、経験がないのでできる自信がない。けれど。
「…うん。わかってて、誘ってる」
授業でも何でも、一度しっかり教えてもらったことは、しっかりと覚えるタイプだ。
「完全に事故だったけど…深水、俺に告白してくれたじゃん」
「…しました」
「だからその返事も…除霊がうまく終わった後に、したいなって」
「……でたんですか? 答え」
「うん」
深水の瞳が不安気に揺れた。上谷は続ける。
「どうかな。来てくれる?」
「…俺が先輩の頼みを断るわけがない」
そういって、深水が項垂れる。家に来てほしい。と言っても今日、今すぐにというわけではなく、来週また家に誰もいない日があるからそのときに、と言ったら「告白の返事だけいまもらって、とどめをさしてもらうことは可能ですか?」と絶望したような表情で言われ、少しだけ胸が痛んだ。けれど…いつか、深水が言っていた言葉を借りるなら。上谷が深水の力を必要としている状態で返事をして、その結果、深水が上谷から離れたいと思っても、状況がそれを許さない、という風には、なってほしくない。だから返事は絶対、すべての除霊が終わってからしたかった。
そしていざ扉の前まで来ると、緊張で体が動かない。深水はすでにこの中で待っているはずだ。待たせているのだから、早く行かないと。そう思うのに、できなかった。気まずい、というわけではない。決して。謝りたいという気持ちにも変わりがない。ただ、上谷は少しだけ、怖かった。今までこういうふうに、誰かと気まずい関係になったりしたことがないから、もちろん仲直りも初めてで…仲直りって、どうやったら仲直りなんだ? 双方の合意はどうやって? だめだ、対人関係に関して、そんな基本的なこともわからなくなってきた。
「上谷氏」
「…っ!」
声を上げなかった自分を褒めてあげたい。上谷はばくばくと脈打つ心臓を宥めながら振り返る。
「岩見くん…」
「お疲れ様でござる。そんなところで何を?」
「いや…ちょっと、扉の模様を確認してた、っていうか…」
「なるほど。変わった趣味をお持ちで」
そう言いながらも、上谷の言葉を真面目に受け取ったわけではないらしい。顎に手を当て、ふむ、と声をもらす。
「深水氏とは仲直りをしたのですか?」
「な、仲直り? なんで?」
「喧嘩中でしょう、お二人」
「……なんでわかったの?」
「それは、もう。こう見えてわたし、お二人とはそれなりに長い付き合いになってきましたので」
岩見が自信ありげに眼鏡を押し上げる。深水の家での一件以降、上谷はこの瞬間、初めて岩見と顔を合わせた。深水の方は部室へ行っているから、何度か会っているのだろうけど、それにしたって、二人がちょっと気まずくなっている、なんてことを見抜けるヒントは少ない。
「…岩見くん、すごい観察眼だね…」
「魔王英雄列伝の考察で鍛えられましたから。それで、喧嘩の理由は?」
「喧嘩…っていうか。俺がちょっと、深水を怒らせちゃった、というか」
「上谷氏全肯定botの深水氏が? それはめずらしい」
「ぜんこうてい…なに?」
「仲直りなら、わたしにいい案がありますぞ」
岩見がぴん、と人差し指を立てる。
「ありがたいけど、俺、普通に謝ろうとしてて…」
「まあまあ。わたしの愛読しているラブコメによりますと、仲直りの秘訣は」
「ラブコメなら、男女の場合のみ通用する話なんじゃない?」
「…上谷氏」
岩見が呆れたように息を吐く。まだその段階か…。言葉にされずとも、表情が十分にそう語っていた。
「いいですか。深水氏と上谷氏の間にあるものは、紛れもなくラブでござる」
「え、…!?」
「そして、わたしと上谷氏の間にあるものも、わたしと愛犬ピータンの間にあるものも、紛れもなくラブ」
「あ、ああ…そういう…」
「ラブとはそういうものなのです。お互いが通じ合い、思い合えば、そこに性別や種族など不要。大丈夫、絶対にうまくいきますぞ」
今度は親指を立てて、岩見がにこりと微笑む。途中から、なんだか面白がっているだけのような気配を感じていたが、上谷は大人しく話を聞いてみることにした。
部室の扉を開けると、思っていた通り、深水は先に来て椅子に座っていた。いままで意識していなかったが、どうやら入ってすぐ左の席が、深水の定位置らしい。遅刻を謝りながら入ってくる上谷に会釈をして、向かい側へ座るよう促す。しかし、上谷は入り口付近に立ち尽くしたままだった。そんな姿を見て、深水が首を傾げる。いつも通りで、深水家での除霊以前と何も変わらない様子だった。
「…上谷先輩? どうしたんですか」
「…深水」
口内がからからに乾いていくのを感じる。ここへ来る前までに、シュミレーションは散々した。言うべき言葉だって、なんども頭の中で繰り返した。だから。上谷はぎゅ、と指先に力を込めると、頭を下げる。
「この間は、ごめんなさい」
頭上で小さく、息を呑む気配がする。
「あのとき、深水がなんであんなに怒ってたのか、ちゃんとわかってなかった。だって俺…深水に何を言われても、やっぱり、目の前で深水が傷つくところを見ている方が、嫌だったから。だから、俺がとった手段は間違いじゃなかったって……そう思いたかっただけ、かもしれないけど」
「……」
「でも、逆の立場で考えたんだ。深水のこと守ろうとしてんのに、その深水が自分なんかどうでもいいって顔で危険な場所に飛び込んでいくのとか、絶対嫌だ。もっと自分を大切にしてほしいって怒ると思う。…あの日、深水が言ってた言葉のまんまだ」
深水は何も答えず、じっと言葉を聞いている。
「友達にも言われたよ。自己犠牲は、やられる方は結構しんどいって。俺、深水のことを考えてるつもりで、実は一番傷つけてたよな。…本当に、ごめん」
しばらく、沈黙があった。やがて、小さく身体を動かす気配がして、
「…顔をあげてください」
深水がようやく、言葉を発した。顔をあげると、複雑そうな顔をした深水が、上谷をじっと見ている。
「…先輩が謝ることなんて何もないんです。そもそもあの日だって、俺がもっと冷静に対処して、幽霊を外に逃さなければ、先輩を危険な目に合わせることもなかった。結果論であっても、俺にはそれができたはずだ。そうじゃなきゃこんな力、持ってたって意味がない。全部、俺の力が及ばないせいです」
「そ…んなこと、ないだろ!」
思わず、声が大きくなってしまう。
「深水にはもう、十分過ぎるほど助けられてるよ! ていうか、深水がいなかったら俺、今もスニーカーの紐切れて転びまくってるし、忘れ物も無くし物も止まらないし、車に轢かれかけてただろうし!」
「…車に?」
「あ……と、とにかく! 深水はあの時できる最善を全部やってくれた! 俺は本当に! 心の底から深水に感謝してる! ありがとう! ……で、仲直りが、したいんだけど…」
途中で自信がなくなって、荒げた声がまた、小さく萎れていく。仲直りって…こんなふうに直接、仲直りしたいんですけどって申し込んで良いのかな? わからない。正解、不正解以前の問題だ。だって今までに、こんなことは経験をしたことがない。上谷は自問自答を繰り返し、首を傾げる。その様子をみて、深水が小さく笑った。
「仲直りも何も…喧嘩してないですよ、俺たち」
「…そうなの?」
「はい。確かに、少しだけ意見がぶつかりましたが…でも、先輩は仲直りの仕方も大胆で、明るいですね」
「…そうかな?」
「はい。見ていて本当に救われます」
膨らんだ涙袋に、まつ毛の影が落ちている。…いつもそうやって笑っていればいいのに。思うけれど、この表情を頻繁にお披露目されるのは、それはそれで心臓に悪い気がした。
そのまましばらく、和やかな雰囲気で言葉を交わす。そして、ある程度会話が落ち着いた頃に、上谷が切り出した。
「…深水」
「なんですか?」
「……その。こんな雰囲気で言うのもなんですが……よかったら、今度は俺の家にこない?」
「………………岩見さん、ですね?」
顔を上げると──修羅がいた。今までの穏やかな雰囲気はどこへ行ったのか、深水は神谷を通り過ぎて真っ直ぐに部室の入り口へ向かうと、がらりと扉を開ける。外で聞き耳を立てていた岩見がひえ、と声をもらし、気まずそうに視線を逸らした。
「お疲れ様です深水氏。大丈夫、お二人の会話はほとんど何も聞こえませんでした。どうやら、分厚い扉越しに盗み聞きができるのは、アニメの中だけの話というわけで」
「上谷先輩に何を吹き込んだんですか」
「…ふむ。わたしが愛読しているラブコメ、"ハイパープラズマディレクション"では、お家に招く作戦で見事に仲直りしておりましたが…いやはや。現実はうまくいきませんな」
「早くどこかへ行ってください。このままだと俺、岩見さんに何か壊滅的な印象を与えてしまいます」
「破壊的な印象!?」
「まて、深水!」
威圧感に耐えきれず、岩見は勢いよく走り出すと、廊下の奥へと消えていく。深水はその後ろ姿をじっと見つめていた。放っておいたら、そのまま草食動物を狙う肉食獣のように追いかけていきそうな雰囲気だ。ごめん岩見くん、せっかくアドバイスくれたのに…。心の中で謝りながら、上谷は深水という修羅の腕を掴み、部室へ引っ張り込んで扉を閉める。
「岩見さんの言うことは今後九割無視してください。そうじゃないと、SNSの類を一切をやっていない先輩の綺麗な脳みそが、一過性のネットミームに汚染される」
「ど、どうして俺がSNSやってないことを知って……たしかに、家に誘えって言ったのは岩見くんなんだけどさ。でも、どうかな実際」
「…どうかな、とは?」
「次の除霊は、俺の家でするの」
「……除霊」
「そう。前回、深水の家に行ったときはちゃんと出たわけだし…誰もいない家ってきっと、条件良いんだろ」
「除霊………」
除霊。つぶやいて、深水が脱力したように椅子へ腰を下ろす。…だめかな。不安になった上谷が、そろり、と顔色を伺おうとすると、その制服の裾を、深水が掴んだ。
「…それだけ?」
「……それだけって?」
「だって今度は、ちゃんとわかってて言ってるんですよね」
前回、教えてあげましたから。前髪の隙間、真意を探るような視線が上谷を見ている。つまり深水は、また上谷が何の他意もなく、自分の家へ深水を招こうとしているのではないか、ということを心配しているらしかった。
残念ながら、上谷には語れるほどの恋愛経験がない。スマートな振る舞いも、要所要所での正しい行動も、経験がないのでできる自信がない。けれど。
「…うん。わかってて、誘ってる」
授業でも何でも、一度しっかり教えてもらったことは、しっかりと覚えるタイプだ。
「完全に事故だったけど…深水、俺に告白してくれたじゃん」
「…しました」
「だからその返事も…除霊がうまく終わった後に、したいなって」
「……でたんですか? 答え」
「うん」
深水の瞳が不安気に揺れた。上谷は続ける。
「どうかな。来てくれる?」
「…俺が先輩の頼みを断るわけがない」
そういって、深水が項垂れる。家に来てほしい。と言っても今日、今すぐにというわけではなく、来週また家に誰もいない日があるからそのときに、と言ったら「告白の返事だけいまもらって、とどめをさしてもらうことは可能ですか?」と絶望したような表情で言われ、少しだけ胸が痛んだ。けれど…いつか、深水が言っていた言葉を借りるなら。上谷が深水の力を必要としている状態で返事をして、その結果、深水が上谷から離れたいと思っても、状況がそれを許さない、という風には、なってほしくない。だから返事は絶対、すべての除霊が終わってからしたかった。
