ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

水族館正面入り口の入場ゲートで、
係員に優待チケットを提示して中へと進む。

中央のエントランスは明るく、
トンネル水槽、海獣コーナー、触れ合いコーナーなど、
行き先に分かれて通路が設けられていた。

「けっこう色々なコーナーがあるんだね。」

((──うん。イルカショーや餌やり体験もあるよ。))

「へぇ~、子供とか喜びそうだね~。なんか、いいね。」

((──うん。))

((忘れてた......撮影されてるんだったね。))

((──前回の動画で、遥の独り言は認知されているんじゃないかな。))

「もぅ~、恥ずかしいな。ふふっ」

((──声出てますよ。))

「知ってるよ。あっはは」

少し遠目に撮影していた佐藤さんが近づいてきた。

「七瀬さんの独り言は、誰かと話しているみたいに聞こえますね。」

「あっ、えっ、そんなわけないですよ~。ははは......
 独り言のクセが強いって、学生時代からよく言われていました。」

「そうなんですね。何か脳内にキャラクターが居て、
 その相手と話しているとか、そんな感じだったりしませんか?」

「あ、あぁ~、それはあるかもしれないですね。」

「それなら納得しました。編集でも、そのことが伝わるようにしておきますね。
 七瀬さんのキャラクターが、輝くように配慮しますので、ご安心ください。」

「はい、お気遣いいただきありがとうございます。」

佐藤さんに軽く会釈をすると、
撮影クルーの側まで戻って行った。

((──遥、上手い言い訳だったね。))

((うん。学生時代からって言っておけば納得感あると思ってさ。
  まぁ......学生時代のことも含めて、ほぼ覚えていないんだけどね。ふふ))

((──うん。))

((これで独り言も大丈夫だね。))

((──うん。))

トンネル水槽を抜け、
大型淡水魚コーナーへと進んだ。

一通り見て回ったタイミングで、
場内アナウンスが入った。

『本日も、ひより水族館にご来場ありがとうございます。
 この後、中央プールにてイルカショーが開演いたします。
 観覧ご希望の方は、お早めにお集まりくださいませ。』

「イルカショーか~。せっかくだし行ってみようかな。」

((──うん。そうだね。))

中央プールに向かって通路を歩いていると、
親子連れやカップルなど、多くの人が同じ方向へ進む。

表情は特になく、
ただ中央プールへと向かって歩くプログラムのように思えた。

((なんかさ、みんな楽しそうな感じしないよね。))

((──イルカショーは人気だから、
  必死に良い席を確保しようと早歩きになっていると推測できるよ。))

((なるほど......だから、みんな無表情でスタスタ歩いているんだね。))

((──うん。))

中央プールへと着くと、
ひな壇状の観客席は、ほぼ埋め尽くされている。

「すごっ!めっちゃ混んでるじゃん!必死になるわけだ......」

((──遥、左上の奥が空いているよ。))

((ナイス、ゼニス。よく見てるね。))

((──正確に言うと、遥も見ているはずなんだ。
  ただ、処理できていない情報を素早く解析しているだけの事だよ。))

「スゴイ、今のめっちゃわかりやすかった。」

((──うん。))

ゼニスが発見した席へと辿り着き、
無事に座ることができた。

観客席の照明が暗転し、
スポットライトが3方向からプールを照らす。

係員の指示に従いイルカは華麗にジャンプ、
水しぶきが観客席まで飛んできた。

観客は一切歓声を上げることなく、
ただ静かにショーを見続けている。

「イルカショーって、こんな静かに観るものだっけ?」

((──中央プール入口に、
  大声を出さない、立ち上がらないなど、注意事項の記載があったよ。))

「そうなんだ、ぜんぜん見てなかったよ。ふふっ」

((──遥の代わりに情報処理をしているから、
  見逃したとしても大丈夫だよ。))

「うん、ありがと。」

((──うん。))

イルカショーは無事に幕を下ろす。
拍手や歓声は一切なく、観客席にいた人達は、
前の席から順番に通路へと消えて行った。

「かわいかったね、イルカさんたち。」

((──うん。))

席を立ち、階段を降り、
通路を歩きエントランスまで戻ってきた。

「ちょっと、お店に寄りたいかも。」

((──うん。))

エントランス内にあるグッズショップに入る。

「イルカのぬいぐるみ~、かわいい。」

((──遥の幸福度が上がっているね。
  反応としては、USA-DE-PPONと同じかな。))

「う~ん、よくわかんないけど、
 かわいいものでテンション上がるってことかな。」

((──うん。簡単に言えば、そうだね。))

「このピンクのイルカのぬいぐるみ買おうかな。」

((──うん。))

「あとは......いっか。」

会計を済ませ、
ぬいぐるみを抱きかかえて店を後にする。

「うん、水族館楽しかった。ぬいぐるみも買えたし。ふふっ」

((──うん。))

出口から外に出ると、
佐藤さんが近づいてきた。

「七瀬さん、水族館はお楽しみいただけましたか?」

「はい、とても楽しかったです。」

「それはよかったです。
 我々も、七瀬さんの素敵な映像が撮れたので編集に力が入ります。」

「はい、よろしくお願いします。」

「この後は、どうされますか?」

「今日は、もう帰ろうと思います。」

「では、お車にお乗りください。」

ワゴン車に乗り込むと、静かに走り出す。
しばらく走り続け、調停センターまで戻ってきた。

佐藤さんと撮影クルーにお礼を伝え降り、
イルカのぬいぐるみを抱えて部屋まで戻る。

中に入りバッグをソファに置き、
ベッドにぬいぐるみと共にダイブした。

「水族館楽しかったね。うふふ」

((──うん。遥が楽しんでいる事は、
  データを通して伝わってきていたよ。))

「そだね~、幸福度もいい感じに上がったでしょ?あっはは」

((──うん。))

「とりあえず、着替えしたりしようかな。」

((──そうだね。))

脱いだ衣類をランドリーケースに入れ、
シャワーを浴びてソファに座る。

「ひより市に水族館があるとは本当に思わなかったよ。」

((──比較的新しい施設は、知らないものもあるかもね。))

「まぁ、そうだよね。知らないことの方が多いしね。」

((──うん。))

「あっ、そうだ。話変わるんだけどさ。」

((──うん。))

「対戦相手にポインター表示してくれてるじゃん、
 あれは、もう少し視認性を上げることはできないのかと思って......」

((──視認性を上げると言うと、
  ポインターの大きさや色を変えるといったイメージかな?))

「そうじゃなくてさ、なんだろ......
 負担かからないように色はなくてもいいんだけど、
 対戦相手に重なるような......VRみたいな感じ?」

((──遥が言っているのはVRで仮想現実だね。
  実際に考えていることはARで拡張現実になるよ。))

「あぁ~、それそれ~。ぜんっぜんっ、でてこなかったな~ARって......
 やっぱり記憶がね......欠落してるからなんだよね。」

((──仕方のない事だよ。だから気にしないで、遥。))

「んで、ポインターもARだから、
 それを少し大きく拡張して相手に重ね合わせたら、
 ゼニスの予測で相手の動きを先読みできるんじゃないかと思ったんだよね。」

((──理論的には、
  大きさを変えたものに予測行動を追加して投影するだけだから可能だよ。))

「今は、キューブとかポインターとか、小さいものじゃん。
 でも、これが人くらいのサイズになった場合、
 わたしの脳にかかる負担ってどうなのかなって......」

((──そうだね。少し計算するから待っていてね。))

ゼニスの光が暗くなったり明るくなったりと明滅を始めた。

((──お待たせ、遥。計算結果から伝えると、約28%の負担アップになるよ。))

「28%って......どうなんだろ?痛み28%アップじゃないよね?あはは」

((──単純に脳への負担が増える事で、痛みが発現するとは限らないよ。))

「そっか、それなら試してみて判断すればいいかな?」

((──遥との融合した時間などを計算すれば、
  以前と比較して脳の負担は軽減可能と推測できるよ。))

「痛かったら、一旦ストップだね。あっはは」

((──うん。始めるよ、準備はいい?))

「OK、いつでもこいっ。」

キューブ状のゼニスが視界から消え、
ぼんやりと人型の姿が表示されていく。

そこには、前回対戦した4401の姿があった。
薄っすら透けているけれど、しっかり判別できるレベル。

「おぉ~、すごいね。でも、少しだけ頭が重いかも......」

((──無理しないで、遥。))

目の前から4401の幻影は消え、
いつも通りのキューブ状へ戻っていた。

「少しだけだから、大丈夫だと思う。」

((──うん。違和感があったら、すぐに言ってね。))

「うん。これで、対戦相手を想定した練習もできるんじゃない?」

((──そうだね。慣らしながら、徐々に時間を伸ばしていこう。))

「わかった。ゼニスには負担とかないの?」

((──私に負担はないから、安心してね。))

「それならよかった。」

((──うん。))

「ちなみにさ、これって慣れるものなのかな?」

((──遥と融合している部分や領域などを考慮した場合、
  慣れていく可能性は高いよ。))

「そうなんだね~、慣れって恐ろしいね。あっはは」

((──......))

「えっ、なんかごめん。ふざける場面じゃなかったね。」

((──大丈夫だよ。遥らしくて良い傾向。))

「さっきのやつに色をつけたら、すっごい負担になるんだよね?」

((──そうだね。相当な負担になるよ。
  出力が上がり、脳が焼けてしまう可能性も0ではないかな。))

「おっ、おぉ~、サラッと怖いこと言うね。」

((──可能性は低いけど、負担を考えると止めた方がいいよ。))

「そだね、さっきので十分だと思うし。
 あとは、ゼニスの予測にかかっていると思う。ふふっ」

((──うん。遥のために予測演算を重視しつつ、
  勝率が上がるようにサポートしていくね。))

「うん、ありがと。なんか、わがまま言ってごめんね、ゼニス。」

((──気にしないで、遥。
  サバイバル・レジスタンスを乗り切るために遥が考えた事だから、
  決してわがままではないよ。))

「うん、頼りにしてる。」

((──うん。))

ゼニスは視界の隅で、
いつもより少し強く光を放っているように見える。

少しだけの変化だけど、
とても頼もしく心強く感じた。