ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

ブー、という電子音と共に、
ドローンがリング上部へと飛び上がる。

1R目とは打って変わり、
4401は突っ込んでこない。

((思ったよりダメージあるのかな?))

((──うん。左太ももが赤く腫れているから、
  踏み込みが上手くいかないと推測できるよ。))

しっかり構えて、
間合いを取りながら4401を見据える。

((こないなら、こっちから仕掛けようか?))

((──うん。相手の隙を見つけてポイントで示すね。))

((お願いね、ゼニス。))

4401は肩幅に脚を広げ右手を後ろにし、
オーソドックスな構えで狙いをつけている。

4401が左脚を少し前に出した瞬間、
ポインターが赤く腫れた箇所に点灯。

左脚を踏み込み、
ポインター目掛けて右脚を思いっきり振り抜いた。

バチン、という音が響き、4401の動きが止まる。

苦悶の表情をしているが、
眼光の鋭さは衰えていない。

((いい感触だったけどな......))

((──確実にダメージは蓄積できているから、
  焦らず落ち着いていこう。))

((うん。))

その時、
4401は力を振り絞るように前へ出る。

太ももに痛みなど感じていないかのように、
左、左、右と連続でパンチを繰り出す。

いつの間にか、
4401の間合いまで詰められていた。

((ヤバっ......))

ミシッ、右の脇腹にズシリと重い感触、
瞬間的に息が止まりそうになる。

そのまま、4401のパンチが容赦なく降り注ぐ。
成す術なく、ガードを固め後退。

((──遥、4401の左側に回り込んで。))

パンチを放ちながら前に出てくる4401の左側へ回り込むように、
右側に体を捻りながら躱す。

ポインターが、
左太ももに点灯、すかさず蹴りを当てる。

間髪入れずに左脇腹にも表示、
戻した右脚を即座に振り抜く。

バキッ、という鈍い音。
4401のガードが下がった瞬間、
左側頭部にポインターが点灯する。

左脚でしっかり踏み込み、
右脚を鞭のように4401の側頭部へ叩き込む。

ドサッ、と前のめりでリングに倒れ込む4401。

リング上部で戦況を見守っていたドローンが、
4401の側に降り、周囲を旋回しながら様子を伺っている。

「はぁ......はぁ......立たないで欲しい......」

((──4401のダメージ率87%と推測。
  左肋骨6番目、7番目の骨折あり。
  左太もも、重度の打撲と判別。
  総合的に判断して立ち上がる確率は3%未満だよ。))

「ふぅ......はぁ......それなら助かるね。ふふっ」

((──うん。))

4401の様子を伺っていたドローンは、
リング上部へと飛び上がる。

それと同時に担架を手にした職員が、
リングへと入ってきた。

「あぁ......終わったみたいね......」

((──うん。お疲れ様、遥。))

職員は倒れている4401に一瞥もくれず、
荷物でも扱うように担架に乗せ、
リングの外へと運び出して行った。

観客席からは歓声はなく、
ざわざわとしている。

「マジで、しんどかったね。」

((──うん。頑張ったね、遥。))

リングにそのままへたり込む。

「あと19回とか地獄だわ......あはは」

((──......))

ゼニスと会話をしていると、
リングの中へと栞が入ってきた。

「あれっ......栞ちゃん?」

栞が顔を覗き込みながら、
声を掛けてきた。

「遥さん、お疲れ様でした。立てますか?」

「うん、大丈夫だよ。」

「それならよかったです。」

「栞ちゃん、見てたの?」

「はい、もちろんです。
 遥さんの担当なので、ちゃんと見ていました。」

「そうなんだね。」

グッと両足に力を込めて立ち上がり、
栞と共にリングから通路へと移動した。

「わたしも脇腹とか痛いな......」

「大丈夫ですか、遥さん?」

栞が心配そうに顔を向けてきた。

((──遥の受けたダメージで、重篤なものはないよ。
  脇腹や鳩尾は軽い打撲とデータ上で確認済み。
  2日、3日すれば回復するよ。))

((おぉ~、それなら安心。))

「骨とか折れてないみたいだし、大丈夫だよ、栞ちゃん。」

「それなら、よかったです、遥さん。」

「栞ちゃん、心配してくれてありがと。」

「いえ、遥さんの担当なので、当然のことです。」

「うん。でも、ありがと。」

「はい、遥さんにはサバイバル・レジスタンスを
 盛り上げていただく必要があるので、
 参加できなくなると困ります。」

「......あっ、うん、そうだよね。えへへ」

((ぜんぜん、わたしのこと心配してる感じじゃないよね?))

((──うん。管理官の手のものだから、
  運営側、情報統括省の考えで動いているという事だね。))

((なるほどね、友達にはなれそうもないかもね。ふふ))

((──うん。用心に越した事はないね。))

((だね。))

栞は歩く速度を上げ、
スタスタと通路の奥へと消えて行った。

「なんか......味気ないね。あはは」

((──うん。でも、管理官が寄越した職員という事を考慮すれば、
  納得の行動とも言えるね。))

「確かにね。ふふっ」

キューブに戻ったゼニスの光が、
視界の隅で淡く光を放っている。

「ゼニス居るから、別にいいけどさ。」

((──うん。遥のサポートは任せてね。))

淡い光が少しだけ力強く光ったように感じる。

痛む脇腹をおさえながら、部屋まで戻った。

熱いシャワーを浴び、バスローブに着替え、
タオルで濡れた髪を拭きながらソファに腰を下ろす。

「ふぅ、さっぱりした。」

((──うん。))

「ホント疲れたね......」

((──うん。美味しいもの食べて、ゆっくり休もう。))

「うん。わたしの脇腹、少し赤く腫れてるね。」

((──遥の身体データを分析した結果、
  骨折や内臓損傷は見受けられないから安心して。
  軽度の打撲だから、無理のない範囲でトレーニングは可能だよ。))

「うん、さっきも教えてくれたから心配してないよ。」

((──うん。))

「でも、トレーニングの時は、なんていうか......
 空中にポインター表示されてもイメージ湧きにくかったけど、
 実際に相手がいて、体にポイント表示されるとわかりやすいよね。」

((──遥が的確に攻撃を当てている事も凄いよ。))

「記憶がイマイチなのは変わらないけど、
 空手はけっこう長くやってたんだろうね......なんとなくそう思うよ。」

((──うん。遥の動きをデータ分析しているから、
  技能に関する記憶が優れていることが良くわかるよ。
  長年蓄積された技能記憶の賜物だね。))

「小学生から高校生くらいまでやってたのかな?」

((──遥の記憶にアクセスができるわけではないから、
  技能が蓄積された期間については知る事ができないんだ。))

「だよね~。知ってる。」

テーブルから端末を手に取り、
ルームサービスのメニューを開く。

「う~ん、何食べたら脇腹早く治るかな。ふふっ」

((──たんぱく質、ビタミンC、コラーゲン、鉄、亜鉛、オメガ3脂肪酸、
  これらの栄養素が、傷んだ筋肉や皮膚などの修復に役立つ。
  そこから導き出されるメニューは、白米もしくは雑穀米、
  焼き魚、鶏肉、豆腐、納豆などだね。))

「管理栄養士かよっ、あっはは」

((──......))

「ごめ~ん、すねた?ふふ」

((──拗ねるというのは......))

「わかった、わかった、そのくだり。あはは」

視界の中にぷかぷか浮かんでいる
ゼニスに向けてストップのジェスチャーをする。

「わたしのイメージ的には、お肉食べたら治りそうな気がするんだけどな~。」

((──脂肪分や糖分は、適度であれば問題ないよ。))

「うん、それならお肉となんか甘いやつ食べよっ。」

((──うん。))

メニューの中から、
オーストラリア産ブラックアンガス牛サーロイン250g、
ライス、ミネストローネ、チョコレートアイスをオーダーした。

しばらくしてポーン、と部屋のチャイムが鳴る。

ドアを開け、
ルームサービスを運んできたスタッフを部屋に招き入れた。

宿泊フロアのスタッフは、
表情を一切変えず機械的にテーブルにオーダー品を並べていく。

並べ終わると、
軽く会釈をして部屋を出て行った。

「食べよっ、ゼニス。」

((──うん。))

「なに、このステーキ、ヤバッ。脇腹に染みるね。あっはは」

((──遥、固形物には、一般的に染みるという表現は使わない。
  しっとり、じんわり浸透する感覚から、
  アルコールなど飲み物に適用される表現だよ。))

「そだね~、知ってるよ。あはは」

((──......))

「また、すねたな。」

((──とても良いお肉だね。))

「あっ、話変えたな~。ふふ」

((──白米との相性も抜群な事も、
  遥の身体データから読み取れるよ。))

「えっ、まさかのスルー......」

((──幸福度が上がる食べ物だね。))

「あはは、ゼニスも腕を上げたね。」

((──うん。))

「楽しいし、美味しいから幸福度は爆上がりかな。」

((──うん。))

ステーキからデザートまで綺麗に食べ終え、
空いた食器をテーブルの隅にまとめた。

「ふぅ、ごちそう様でした。」

((──ごちそう様でした。))

ソファからベッドに移動し、
ベッドボードに枕を寄せて背中を預けるように座る。

「そう言えばさ、部屋っていつもキレイだよね?」

((──うん。毎日スタッフが掃除や片づけをしているからだね。))

「そっか、ありがたいね。」

((──うん。))

「アパートも好きだったけど、
 ここの暮らしも悪くないよね。すっごい便利だし、あはは」

((──そうだね。))

「サバイバル・レジスタンスがなければ、最高の暮らしなのかもね。」

((──うん。そうだね。))

「でも、それがなければ住んでないもんな~。」

((──うん。))

「まぁ......頑張るか。」

((──頑張れるようにサポートする。))

「うん。」

枕の位置を戻して、
布団を胸まで掛ける。

部屋の照明を落とし、
淡い光のゼニスを見つめる。

「今日は目を閉じたら、すぐ寝れそうだよ。」

((──うん。ゆっくり休んでね、遥。))

「うん、おやすみ、ゼニス。また、明日ね。」

((──おやすみ、遥。また、明日ね。))

瞼を閉じ暗闇に身を委ねると、
意識が静かに遠のいていった。