ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

((──遥、気が付いてる?))

「えっ!?なにが?」

((──調停センター出てから、
  タクシーを黒のワゴン車が追いかけるように付いてきていたよ。))

「あっ、そうなの?」

((──うん。
  管理官が何かを仕掛けてくる可能性もあるから、気を付けた方がいいかもね。))

「うん、そだね。用心はしておこう。」

ヒヨリナに向けて歩き出すと、
うしろから男性が声を掛けてくる。

「七瀬さん。」

振り返ると、
黒のパーカーに黒いパンツ、
黒一色で統一された服装に身を包んだ男性2人と女性1人が立っていた。

「わたしですか?」

3人に向け声を発すると、1人の男性が近づいてくる。

「管理官から、お話は伺っていると思います。
 私共は、七瀬さんの撮影を担当させていただくクルーになります。
 以後、お見知りおきを。」

「あっ、そんなこと言ってましたね。」

彼は名刺を差し出し、丁寧な自己紹介をしてきた。

「撮影のリーダーを務める佐藤です。
 七瀬さん、宜しくお願い致します。」

「はい、ご丁寧にありがとうございます。
 七瀬遥です、よろしくお願いします。」

「七瀬さんの日常を撮影させていただきます。
 その後に編集をして、専用チャンネルで放送する形になります。」

「なるほど、もしかして調停センターから付いてきてました?」

「はい。急に出掛けると聞かされまして、
 急いで準備をしたものでご挨拶が遅れてしまいました。
 調停センターを出る前にお伝えしておけばよかったですね。」

「いえ、大丈夫ですよ。」

((撮影クルーだったみたいね。管理官の差し金は、ふふっ))

((──うん。遥に危害を加えるような輩でなくて良かった。))

((その辺も用心はした方がいいのかな?))

((──用心する事に越したことはないからね。))

((うん、わかった。))

「七瀬さんは、いつも通りにしてくだされば、大丈夫ですので。
 撮影されているといった意識はなさらないでくださいね。」

「はい、わかりました。いつも通りですね。」

佐藤を始めとするクルーに会釈をし、ヒヨリナへと歩みを進める。

((ゼニスと話すときは、脳内の方がいいよね?
  いつも通りだと、独り言の多い人みたいになるでしょ、ふふふ))

((──うん。そうだね。
  遥が独り言の多い人だと思われても良いなら別だけど。))

((う~ん、どっちでもいいかな。))

((──遥らしいね。))

ヒヨリナへ入り、
エスカレーターに乗り2階へと向かう。

うしろを振り返ると、
小型のカメラを持ち、撮影しているのが見えた。

((めっちゃ、撮影されてるんですけど~。))

((──うん。))

((なんか、芸能人になった気分、ふふっ))

((──ダークヒロインだからね。))

((うん、なんか微妙だよね......ダークヒロインってさ。))

((──うん。遥のイメージとはかけ離れているかもね。))

((でしょ。なんだろ......もっと明るい感じがよかったな。))

((──そうだね。
  でも、遥の明るいイメージのギャップを狙うとダーク寄りにするのは必然かもね。))

((なるほど、普段は白で、調停は黒みたいな?))

((──うん。
  普段と調停は別物といったところを狙っているんだろうね管理官は。))

2階のフロアに到着し、
以前ワンピースを購入したお店へと向かう。

((前にワンピ買ったときは、高くて買うか迷ったけどさ......
  今は無料だから、値段気にしなくていいもんね。ふふっ))

((──うん。))

店内へ入り、トップスやワンピースなどを見て回る。

((う~ん、どうしようかな。))

大きめの花柄が描かれた透け感のあるブラウスを手に取り、広げてみる。

「これ可愛いね。」

((──遥、独り言出てるよ。))

((あっ、そうだった。))

((──遥に似合う確立84%だよ。))

((えっ、うん、残り16%が気になるよ、わたしは。))

((──......))

((でた、無言。ふふ))

((──遥が所持している服との親和性の問題だよ。))

((おぉ~、いいこと言うね~。))

((──うん。))

((じゃ~、このブラウスに合わせたパンツも買えばいいよね?))

((──そうだね。))

ブラウスを手に持ったまま、
パンツコーナーへと移動。

「どんなのが合うかな~......」

((──遥、声出てるよ。
  シンプルなスカートやクロップドパンツが合わせやすいよ。))

((ついついね、忘れちゃうんだよ。うふふ))

((──うん。いつもの遥だね。))

((なにそれ~、呆れてるなゼニス。))

((──......))

((無言は肯定でしょ。ホントひどいな~。))

「あっはは、もう。」

((──それが、遥なんだよね。))

「なんだろ、独り言の人って思われてもいいような気がする。」

((──遥らしい考えだね。))

「うん。でしょ。」

ゼニスと会話を楽しみながら、
スカートとクロップドパンツを1枚ずつ手に取る。

その時、
撮影クルーの佐藤さんが声を掛けてきた。

「七瀬さん、独り言多いですね。」

「はい、わたし頭で考えていることが、
 口に出ちゃうタイプなんですよね。」

「七瀬さんの特徴ということですね。
 教えてくださり、ありがとうございます。」

「いえいえ、変な奴だと思われないですかね?」

「大丈夫です。七瀬さんの楽しそうな姿が撮影できていますし、
 編集して良い部分を放送するので、ご心配なさらないでください。」

「ありがとうございます。」

佐藤さんに会釈し、会計へと向かう。
支給された端末で会計をサッと済ませ店内をあとにした。

「せっかくだからさ、買った服に合うような靴も探そっ♪」

((──楽しそうだね、遥。))

((うん、そりゃ楽しいよ~。
  値段気にしないで買い物できるんだもん。ふっふふ))

((──うん。))

((前に厚底のサンダル買ったお店よくない?))

((──うん。品揃えも豊富だし、良いと思うよ。))

靴屋さんに到着すると、
大人びたサンダルがディスプレイされていた。

「ふ~ん、大人っぽい?感じ......
 歩いたらコツコツする系の靴持ってないな~。」

((──そうだね。
  遥は、スニーカーとサンダル1足ずつしか所持してないからね。))

((そうそう、スニーカーも1足買っちゃうか。ふふ))

((──うん。))

華奢なストラップが印象的な、
マットな質感の黒いハイヒールサンダルが目に入った。

「あっ、この黒のサンダル、大人っぽくて可愛い!
 ヒールは高いけど、ストラップがしっかりしてるから歩きやすそうかも。」

((──スムースブラックのサンダルだね。
  遥の足首のラインを強調し、
  かつ、先ほど購入したパンツとの親和性も90%を超えるよ。))

((うんうん、さすがの分析力だね。))

「あとは、ハイカットのスニーカー欲しいかも。」

((──うん。良い選択だね。))

視線の先にあるのは、
有名ブランドのハイカットスニーカー。

燃えるような赤と、
引き締まった黒のコントラストが印象的だ。

「これ、めっちゃカッコいいね!」

((──うん。
  履き心地と動きやすさを兼ね備えたスニーカーだね。
  商品レビューも星4.5と、かなり高評価だよ。))

「おぉ~、これにする。」

((──うん。))

2足分の箱を重ねて持ち、
会計を端末で手早く済ませる。

「調子に乗って買いすぎたかな......
 荷物多すぎだよね。あっはは」

((──可能ならサポートしたいけど、
  実体化はまだできないから。申し訳ない。))

((あはは、いつまで待ってもできないやつね。))

((──......))

((ありゃ、すねちゃったかな。ふふ))

その時、
後方で撮影を指示していた佐藤さんが近づいてきた。

「七瀬さん、よければお荷物お持ちしますよ。」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんです。良いシーンを撮影させていただいているので、
 これくらいは遠慮なくお申しつけくださいね。」

そう言うと、
服屋さんと靴屋さんで購入した袋を手に取り撮影クルーの元へ戻る。

((荷物持ってくれたよ、佐藤さん。))

((──良い仕事するね、佐藤。))

((佐藤さんね、ふふっ))

((──撮影クルーの佐藤。))

「あっはは~」

((──遥が楽しそうなのは、とても良い傾向だね。))

((うん。ホント楽しいよ。))

下りのエスカレーターに乗り、
1階へと降りる。

そのまま、
何度か購入しているケーキ屋さんに立ち寄った。

((ゼニスは、なんか食べたいものある?))

((──遥が食べたいものを買えばいいよ。))

((とか言って、チョコ食べたがるくせに。))

((──......))

((ふふっ、ゼニスが好きなものも買おう。))

((──うん。))

ケーキ屋さんの前で、
ショーケースを覗き込む。

((どのチョコケーキがいい?))

((──ザッハトルテが気になるかな。))

((ほぉ、なるほど。))

((──チョコレート風味のスポンジに溶かしたチョコレートをコーティングした、
  オーストリアを代表するケーキで......))

((スト~ップ、ゼニス辞書。
  だって説明長いんだもん、ふふ))

((──......))

「あっはは~」

((また、すねたね。))

((──いじける、ひねくれるといったニュアンスに近い。
  一般的にはムッとして口をきかなくなる行動。
  私は、口がないためそのような言葉は当てはまらない。))

「はいはい、わかってるよ~。」

ケーキをいくつか選び、
店員さんに声をかけた。

「すいません。
 ザッハトルテ4個とティラミスを4個お願いします。
 箱は2つにわけて欲しいんですけど、大丈夫ですか?」

店員さんは、
表情を一切変えることなく返答する。

「はい、ザッハトルテ4個、ティラミス4個ですね。
 ケーキは何個ずつお分けしましょうか?」

「ザッハトルテ3個とティラミス3個を一緒で、
 残りの1個ずつは同じにしてください。」

「はい、かしこまりました。」

ショーケースからケーキを取り出し、
黙々と箱に詰める。

会計を済ませて、
ケーキの入った箱を2つ受け取った。

((──ケーキの個数が多かったね。))

((うん、佐藤さんたちにあげようと思ってさ。))

((──遥らしい配慮だね。))

撮影クルーの方に向かい、
声を掛けた。

「佐藤さん、荷物持ってくれたお礼です。
 みなさんで、召し上がってくださいね。」

佐藤さんは、
こちらに視線を向け口を開く。

「七瀬さん、お気遣いいただきありがとうございます。」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。」

ケーキの箱を手渡した。

((買い物も楽しめたし、帰ろっか。))

((──うん。))

「佐藤さん、今日は帰りますね。」

「わかりました、七瀬さん。
 私共も戻って編集作業をします。」

佐藤さんはそう言うと、
外へと向かって歩いて行った。

「どんな感じに編集されるのか楽しみだね。うふふ」

((──うん。))

タクシー乗り場へ向かい、
先頭に停車しているタクシーに乗り込む。

ヒヨリナでの楽しいショッピングの余韻を残し、
タクシーは調停センターへと向けて走り出す。