ゼニスは視界の隅で笑う~裁きはリングで決する、不条理な監視社会で生き残れるか~

((ねぇ......ゼニスってば......))

ゼニスの光が、いつも通りの淡さに戻る。

((──遅くなって、ごめんね、遥。
  どうしたら、この現状を打破できるのか思考していたんだ。))

((どうだった?))

((──思考した結果から伝えると、管理官の話しから逃れる術は見当たらなかった。))

((そっか......そうだと思ってた。))

((──良い答えを見つけられなくて、ごめんね。))

((ううん、大丈夫だよ。色々、わたしのために考えてくれたんだもん......
  どんな結果になっても仕方ないよ。))

((──うん。申し訳ない。))

((気にしないでよ。))

((──うん。))

いつも通りに戻ったゼニスの光は、再び弱々しくなった。
感情はないといいつつも、凹んでいるように見える。

管理官は黒いコートの裾を翻し、脚を組みなおすと再び口を開く。

「サテサテ、『サバイバル・レジスタンス』ノ主役デアル七瀬サン。
 アナタニハ、損失補填トイウ枷ハアリマスガ、ココデノ待遇ハ補償シマスヨ。
 デスカラ、安心シテクダサイネ。」

「待遇は補償されるんですか?」

管理官は指をパチンと鳴らし、話を続ける。

「モチロンデス。アナタガキーパーソンナンデスヨ。
 盛り上げる為ニモ、待遇ハ重要ナコトナノデス。
 アナタノ、士気ガ下がるノハ困りマスカラネ。」

「なるほど......待遇は補償するから、適当な調停はするなってことですかね?」

管理官は手で口を覆い、乾いた無機質な笑い声をあげながら続ける。

「アハハハハハ、七瀬サン良くオ分かりデスネ。
 サスガ、私ガ見込んだ方デス。ソノ通り、手ヲ抜いてモラッテハ困りマスノデネ。」

「わかりました。逃げ道もなさそうなので、管理官の話に従います。」

「ウンウン、賢明ナ判断デスネ。
 仮ニ逃げたトシテモ、地ノ果てマデデモ追いかけマスガネ。」

「大丈夫です。逃げませんから。」

「ワハハハハハハ、イイデスネ七瀬サン。
 デハ、契約書ヲ作成シマショウカ。」

管理官はテーブルに置いてある端末を手元に引き寄せ、手慣れた様子で操作し始めた。

「フ~ン、コンナトコロデショウカネ。
 七瀬サン、内容ヲ確かめてクダサイネ。
 不備ガアレバ修正シマスカラネ。」

管理官から手渡された端末を覗き込む。

『サバイバル・レジスタンス』
損失補填特別執行業務・寄託契約

・一戦勝利するごとに、七瀬遥が負っている損害賠償額から5%を免除する。
・勝利時にはボーナス報酬が支払われる。
・敗北した場合は、その時点で残りの賠償額を即刻全額支払い、
 かつ調停対象となることを承諾する。
・観客の熱狂を一定以上に保つ義務を負う。
・無気力な試合と判断された場合、敗北時と同等の扱いになる。
・ダークヒロインの魅力を維持するため、私生活を含むすべての言動と行動を、
 情報統括省が記録・放送することを許可する。
・損害賠償額がゼロになった時点で、七瀬遥は自由を得るものとする。
・衣食住については、全て情報統括省が補償する。

((ゼニス......))

((──うん。契約書自体には問題はなさそうだよ。))

((だよね......勝ち続けないと......わたしの人生詰みなんだよな~、ふふ))

((──でも、執行担当と調停を行うよりは、勝利を重ねていく可能性は高いよ。))

((ま~、エキスパートよりはマシだろうけどさ......))

((──うん。遥が勝てるようにサポートする。))

((うん、頼りにしてるよ、ゼニス。))

管理官はモニターを見ながら口を開く。

「七瀬サン、契約内容ハドウデスカネ。
 報酬モ発生シマスシ、衣食住モ補償シマス。
 カナリ高待遇ダト思いマセンカ。」

「はい、そうですね......
 20回勝てば......負けずにですけど、損失はなくなるんですよね?」

「モチロンデス。損失ハナクナリ、オマケに報酬マデ手ニ入るワケデス。
 ソノ分、活躍シテモライマスガネ。」

「わかりました。
 でも、わたしアパート借りてるんですけど......」

「ソウデスネ、『ヒヨリ北レジデンス101』ニツイテハ、
 コチラデ解約手続きヤ荷物ノ運び出しハ手配シテオキマスカラ、ゴ安心クダサイネ。」

「あっ......そうなんですね。お願いします。」

「デハ、本人確認シテ契約完了デス。」

端末に手の甲をかざすと、
ピッ、という電子音と共に画面に『契約完了』の文字が表示された。
管理官は満足そうな笑みを浮かべ、端末を眺めている。

「現在、宿泊シテイル部屋ガ七瀬サンノ居住空間ニナリマス。自由ニオ使いクダサイネ。
 アト、食事ハ端末カラオ好きナモノヲ好きナダケ注文シテクダサイネ。
 料金ハ一切カカリマセンカラ、安心シテクダサイネ。」

「はい、わかりました。」

「デハ、指示ニツイテハ端末ヲ確認シテクダサイネ。」

「はい。あと......外出とかは?」

「外出ハオ好きナヨウニドウゾ。タクシーモ料金ハ不要デスノデ。
 オ好きナ『ヒヨリナ』ニショッピングデモドウゾ。」

「はい。わかりました。」

「契約ニモアリマスガ、『サバイバル・レジスタンス』デ、
 七瀬サンノショッピングナド行動ハ放送サレマスノデネ。
 特別チャンネルデ放送予定デスヨ。楽しみデスネ。」

「プライベート全部ですか?」

「全部デハアリマセンヨ。
 ショッピングナド楽しい場面ヲデスカネ。
 調停トノギャップがアリマスネ。
 コレハ熱ヲ発生サセル為ニ放送スルワケデス。
 ファンガ増えレバモ盛り上がりマスネ。」

「なるほど......」

「デハ、調停マデ準備モアリマスカラ、ゴ自由ニオ過ごしクダサイネ。」

「はい。」

管理官室を後にし、エレベーターに乗り部屋へと戻った。
部屋に入り、ベッドへとダイブする。
うつ伏せから、仰向けになり大きく息を吐く。

「ふう~......管理官の思うつぼだったね、あっはは」

((──うん。))

「やっぱり、逃げ道もなかったし......さすが、情報統括省って感じなのかな。」

((──......))

ゼニスの光は、弱々しく淀んでいるように見える。

「まぁ、仕方ないよね。もう決まっちゃったことだしさ......」

((──うん。))

「負けないように......しないとだね。
 あとは、可能な限りケガもしたくないよね、ふふ」

((──最大限サポートするよ。))

「うん、単純に20連勝って確率低そうだよね......」

((──例えば、コインの表が20回連続で出続ける確率は、
  1/2の20乗で、1/1048576=0.00000095367...、約100万回に1回。
  じゃんけんのように3択であれば、1/3の20乗で、
  1/3486784401=0.00000000028679...、約35億回に1回になるよ。))

「それは、単純な確立なら、そうだよね。
 でも、調停って相手もわかんないし......
 ルールもわかんないから、不確定要素が多いよね?
 つまり、わたし次第だけど勝率は意外とあるんじゃないかな......」

((──そうだね。
  不確定要素がどのくらい有利に働くのかは計算ができない部分だね。
  逆に不利に働いてしまう可能性もあるから。でも、遥の事は全力でサポートする。))

「ゼニスが、相手を分析してさえくれれば、なんとか勝機は見出せそうな気がするよね。」

((──うん。))

「よ~し、なんか頑張れそうな気がするよ。」

((──うん。良い傾向だね。))

淀んでいたゼニスの光が、力強さを取り戻していた。

「そう言えばさ、全部無料ならさ、ヒヨリナ行って、バカみたいに散財してもいいんだよね!あはは」

((──うん。))

「やった~!すっごい無駄遣いしてやる、あっはは」

((──遥らしい考え方だね。))

「うん、絶望しても意味ないからね。
 元気に生きてれば、きっといいことあるよ。」

((──うん。本当に良い傾向だね。))

「タクシーは端末で呼べるのかな?」

((──うん。端末で全て完結できるよ。))

「持ち歩く必要はあるの......この端末?」

((──連絡は端末を通じて行われるから、持ち歩きが推奨されるよ。))

「なるほど......でも、タブレット型って大きいよね。
 バッグに入れても、すっごい邪魔な気がするよ。ふふっ」

((──そうだね。バッグに収まりきらないサイズだね。))

「う~ん、困ったな......」

その時、部屋の中に無機質なチャイムが響く。

「あれ、誰だろ?」

ドアを開けると、いつもの女性職員が立っていた。

「七瀬様、お出かけになる際は、こちらの端末をお持ちください。」

スマホサイズの持ち歩きに便利そうな端末を手渡された。

「ありがとうございます。」

お礼を伝えると、彼女は少し笑顔を見せた。

「今後も、七瀬様の担当になりますので、引き続きよろしくお願い致します。」

「あっ、そうなんですか?」

「はい、そのように監理官から通達されております。」

「なるほど、それならお名前を聞いてもいいですか?」

「はい、私は佐藤・スミス・栞と申します。」

「ミドルネームあるんだ!カッコいいね。」

「ありがとうございます。」

「これからも、よろしくね栞ちゃん。」

「はい、こちらこそよろしくお願い致します、七瀬様。」

「なんか堅苦しいから、遥でいいよ。」

「わかりました。遥様。」

「栞ちゃん、様とか要らないから、あはは」

「はい、遥さん。」

「うん、それならいいかな。」

栞は少し照れているように見え、人間らしさを感じることができた。

「わたし、これからヒヨリナ行こうと思ってるんだ。」

「そうなんですね。タクシーを手配しておきますね。」

「ありがと、栞ちゃん。」

「いえ、遥さんの担当なので、業務範囲内です。」

「えっ、そうなの。色々ありがとね。」

栞は軽く会釈をして、その場を後にした。

「栞ちゃんが担当なんだって、ゼニス。」

((──うん。遥の幸福度がアップしてるよ。))

「久しぶりに人と話したような気がするからかな?」

((──うん。そうだね。))

「ゼニスと話してても幸福度は高いと思うけどな~。えっへへ」

((──......))

「なんだよ、その沈黙は。あはは」

((──うん。わかってるよ、遥。))

「でしょ。」

USA-DE-PPONのバッグを肩から下げ、スマホサイズの端末と財布をバッグに入れる。

「準備完了かな。」

((──うん。))

通路を進み、建物を出ると正面にタクシーが停まっていた。
近づくとドアが開き、そのまま乗り込む。

「ヒヨリナまでお願いします。」

行き先を伝えると、運転手さんは頷きタクシーは走り出した。

((なんか、ヒヨリナ行くの久しぶりな気がするよね。))

((──うん。))

((なんか、いい感じの服買おうかな~。))

((──うん。))

((買い物しても無料なんだよね?
  でも、どうやって決済すればいいのかな?))

((──佐藤に渡された端末で決済できるはずだよ。))

((栞ちゃんね、ふふ))

((──うん。佐藤。))

((まぁ、ゼニスらしいね。ふふふ))

((──うん。))

タクシーは走り続け、ヒヨリナに到着した。
端末で支払いを済ませ、お礼を伝えタクシーを降りる。